小さな町の小さなバー。
そう大きくない店内、バーテンダーが一人のこの店にはカウンター席しかない。
一見、どこにでもありそうな小さなバーだ。特別珍しい酒を置いているわけでもない。
他の店と違う所をあえて挙げるとしたら、
この店、なにかを必要としている者しか辿り着けない不思議な店だった。
そう、その客がたとえ人でなかったとしても…。
「いらっしゃい」
磨いていたグラスから顔を上げた。
店に入ってきた客は慣れた様子でカウンターに着き、頬に垂れている髪を耳にかけた。
深緑の髪色に 沈みかけの夕陽のような瞳。
いつもつかみどころのない笑みを浮かべている。
「珍しいな、ミモレット」
シェリーグラスを彼女の前に置き、ティオペペを注ぐ。彼女の最初の飲み物はいつも決まっている。
「久しぶり、ヴァシュロン。なんだかあなたとお酒が飲みたくなったのよ」
酒の注がれたシェリーグラスをひょいと持ち上げると、香りを楽しんでからこくっと一口 唇を湿らせた。
「ったく、しょがねーな…今日は店じまいっすか」
「そうなさい、そうなさい♪」
がしがしと頭をわざとらしくかき、
カウンターでにまにま笑うミモレットを横目にクローズの看板を表に出しに行く。
夜はまだ始まったばかりだ。