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    財ユウ「愛と呼ぶには、まだ少し」 バレンタインデーなんて、浮かれた行事。
     いつもと少し、いやだいぶ。異なる空気が漂う通学路。何となく緊張した面持ちの生徒たちの間を足早に追い越し、校舎への道を急いで行く。
     早歩きのせいか、僅かに弾む呼吸に吐き出した息が白く染まる。暦の上では春というのに、春の気配はまだどこにもない。鼻先がツキンと痛むのに、巻いていたマフラーの顔を埋めた。校門をくぐったところで歩く速度を少し落とし、すっかり冷え切った手をコートのポケットに突っ込み、手にあたる小さな箱と、その周りを覆うビニールの薄っぺらな感触を確認して、「バレンタインデーなんて」と一人ごちる。
     十粒入りの、スーパーでもコンビニでも、いつでもどこでも買える小さな箱に詰められたチョコレートは、この特別な日のためのものではない。例えば、口寂しい時に口に放り込んで気を紛らわせる、それくらいの価値しかない。まあ、とは言え、百円程度で口寂しさを紛らわせてくれるのだから、価値のあるものとも言えるのかもしれない。
     ポケットから手を抜いて、リュックを背負い直す。生徒たちの波に流されるまま、昇降口の前までたどり着けば、掲示板に貼られた『一氏ユウジ、バレンタインスペシャルライブ開催』と大きな文字で書かれたポスターが目に入る。確か男子限定のライブだったはずだ。クラスメイトの女子が「男子ずるいー」と文句を言っていた。チケットはもちろん完売。二月の、イベントが少ない時期とあっては、こういった催しに生徒が殺到するのは無理もない。
    「受験生やろ、アホか」
     マフラーの中、一つ溜息を吐き出す。生温い空気が、朝の空気で乾いた唇を少し湿らせた。
     
    「あ……」

     下駄箱を開けば、小さな物体が幾つか、その時を待っていたかのよう落っこちてくる。
     ころんころんと、転がっていく物体を数秒の間見つめ、「おお、勝ち組やん」などと後ろから聞きなれた声が聞こえてくるのに、タイミングが悪いと振り返ることなく、綺麗な紙に包まれ、可愛らしいリボンや花の飾りが施された正方形や長方形の箱を無言で拾った。
    「何個もろたん?」
     声の主がひょいっと後ろから覗き込んでくるのに、答えることはせず、「いち、に、さん、よん、ご……、ろく」と、リュックにしまい込みながらその数を声に出して数えてやった。
    「嫌味な奴やな」
    「聞いてきたん、自分やろ」
     リュックのファスナーを閉めて、よっこらせと年寄りめいた声をかけながらリュックを背負う。チョコレートが嫌いというわけはなかったが、この日にもらうチョコレートはやけに重たくて、それでいて甘い気持ちにもなれない。
     一年前も同じような気持ちを味わった。
    「ユウジ先輩かて、ぎょうさんもろたんやろ」
     全てしまい込んだところで立ち上り、ようやく後ろを向いた。
    「企業秘密やなあ」
     ふふんと、どこか得意げな表情を浮かべるユウジに、財前はマフラーに埋めていた顔を上げた。無意識に、それから、コートのポケットの辺りを手で押さえた。そこにあるものを見られたくないような、そんな気分だった。
    「それ、全部自分で食べるん?」
     ユウジが続けて聞いてくるのに、「食べる」と、ポケットに手を置いたまま答える。
    「ほんまに?えげつない量もらうんやろ、どうせ。それ全部食うん?」
    「そ、食べます」
     嘘はない。去年だって、両手でも数えれきれないほどのチョコレートを全て自宅に持ち帰り、時間をかけて食べ切った。中には手作りのものもあって、ヤバいものが入っていたらどうしようなんて不安も頭を過ったが、それでも、食べた。両親や、兄嫁にも手伝ってもらいながら、ほとんどは財前が食べた。下駄箱や、机の中に押し込まれていた、名前の書いていない匿名のものには、さすがに口をつけなかったが。
    「へえ、やさしいとこあるやん。俺には出来ひん」
    「優しいわけやないけど」
     決して、そうではない。ちょっとだけ先延ばしにしているだけだ。もしくは曖昧に誤魔化せる時間を彼女たちに与えて、財前自身が何か言わずとも、彼女たちから上手いこと諦めてくれればいいと考えている。
    「そうなんや、財前くんは優しいと思うけど」
     言葉を濁せば、隣を歩くユウジがどこか楽し気に言った。
    「で?何の用事だったんすか?」
     話を切り上げるべく、ユウジに尋ねた。そうだ、どうしてユウジはあんなところにいたのだろうか。
     俺のことを待っていた?
     なんて、そんなんあるわけないし。心が、期待に浮き上がりそうになるのを否定する。
    「ああ、せや」
     思い出したよう、ユウジがポンと手を叩いた。
    「今日、ライブやるんや。バレンタインライブ。みんな受験やなんやで忙しそうやったから息抜きや!男限定のバレンタインライブやで!」
     そんなん、知ってます。
     とは言わず、ユウジをじっと見つめる。
    「……落ちますよ」
     それから、秘密を伝えるような声と口調で言った。
    「な……っ、ふ、不吉なこと言うな!!そんな、放課後の二、三時間息抜きするくらい問題ないやろ。ないよな?ない?ほんまに?」
     バチンと財前の後頭部を勢いよく叩いたユウジが、どこか自信なさそうに言ってくる。
    「さあ~?その三時間で覚えられた英単語が試験に出るかもしれへんしぃ?」
     それに意地の悪い返しをすれば、ユウジはいよいよ顔を引き攣らせた。
    「なっ……、」
     一人慌ただしくあれやこれやと話すユウジを横目に、それで結局どうしてあんなところにいたんだ?と、財前の最初の質問はどこかに行ってしまったようだった。
    「ってのは冗談で、俺も同感です、たかが二、三時間で変わるようなことってないと思います。息抜きした方がむしろ効率も上がると思ってます」
     受験生に落ちる、はさすがに言い過ぎた。なんて罪悪感もあって、丁寧に自身の考えを連ねると、ユウジは目を輝かせた。
    「おお……!おお!せやんな!なんか、財前にそう言われるとそんな気がしてくるな」
     うんうんふむふむと感慨深げに頷くユウジに、「単純やな」と小さく漏らし、「それで?」と続けた。
    「で、先輩はなんで俺に話しかけてきたんです?」
     そうして、ようやく話を戻すことに成功した。
    「せや、せや。忘れてた。バレンタインライブ、おかげ様で満員御礼でな。ポスターに満員御礼!って書いて回ってたら、モテモテな財前くんを見かけてな。関係者席のチケット渡したろ思っててんけど、今日は忙しそうやな」
     ポケットから取り出したチケットをヒラヒラと揺らしながら、「あー、うん」とユウジが目線を財前の後ろへと向けた。なんだろう?と、チラと振り返れば、恐らく一つ下の後輩たちであろう女子たちが三人。その手にぶら下がる小さな紙袋の正体なんて分かり切っている。目が合えば、何か恐ろしいものでも見たかの如く、三人そろって俯き、後ろに下がる。部活の先輩との会話を遮る気はありません、そんな様子だった。
    「さすがやなあ」
     ユウジの方に向き直ると、ニヤニヤと、からかうような笑みをその瞳に浮かべていた。その表情に、ハアと、深いため息を吐き出しそうになるのを呑み込む。
    「……忙しくないです」
     溜息を吐き出す代わり、そう言って、ユウジの手元で揺れるチケットを奪うよう手に取った。
    「へ?」
    「別に忙しくないです、部活もオフやし、とっとと帰ろう思ってたし、全然、ちっとも、忙しくない」
     目を丸くするユウジに早口で言う。
    「へえ……、そうなんや」
     驚いた様子のユウジが普段よりも歯切れ悪く返してくるのに、しまったと思う。少し、前のめりになりすぎたかもしれない。受け取った、というより奪い取ったに近い、ライブのチケットを出来る限りクールな仕草でさっとポケットの中にしまい込み、「そうです」と下を向く。
     なんや、この空気。
     居た堪れないと思っているのはユウジも同じだったようで、「あ、ほな、放課後な!」とだけ言って、そのまま逃げるよう小走りで去って行った。
     その背中を見送ったところで、「財前先輩、あの」と遠慮がちな声に呼ばれた。
     

     *
     

     まったくもって、お気楽な学校だ。
     受験前だというのに、ユウジのお笑いライブの客は三年生ばかりだった。中には、テニス部で世話になった先輩達もいて、財前は驚くよりも溜息を吐いた。
     まあ、そうは言っても、受験だからと言ってギリギリと根詰めピリピリと苛立つのはこの学校らしくない。やる時はやって、笑う時は笑って、それがこの学校の『メリハリ』だ。テニス部の部長になって数か月、以前よりもそう思うようになっていた。
    「ほな、俺らは塾行くから、」
     校門の前、『関係者席』で一緒に並んで見ていた白石と謙也が軽くて手を上げて去っていくのを見送り、一人、校門の前に立つ。
    「塾とか、行くんやなあ、あの人らも」
     騒がしい声を夕暮れ時の通学路に残しながら、賑やかに歩く後姿を見つめて、それから夕焼け色に染まる空を見上げた。鼻先を掠める風には、まだまだ冬の冷たさが残る。日も暮れた時間帯となっては、それは朝に感じたよりも冷たく感じられた。
     顔の前で合わせた両手に息を吹きかける。早く帰ればいいのに、帰らない。気休めに暖めた手をポケットに持っていく。朝からポケットに入れたままのそれの感触を布の上から確認して、「何してんのやろ」と漏らす。
     可愛い女子じゃあるまいし。
     憧れの先輩にチョコレートを渡したい、だなんて。そんな女々しい願望、自分が持ち合わせているような人間だとは思っていなかった。別に、この日のために買った特別なものじゃあない。コンビニで見かけて、たまたま、何となく、気まぐれに買っただけだ。別にチョコレートが大好きというわけでもなく、ただ、食べる機会もなくカバンの奥に入っていただけだ。
    「こんなん、残りもんのあまりもんやしな」
     実際。言い訳のよう思えば、ビュウと北風が一吹き。さむぅ、とマフラーに顔を埋めて、別に今日渡さなくてもよくて、別にあの人にあげなくてもいいと、そう分かっているのに、健気に待ってしまう純情さが恥ずかしい。
    「お、財前やん~」
     そうして、通りがかったユウジが声をかけてくれば、それだけで心は冬の寒さを忘れてしまうのだから、もう諦めるしかない。
    「白石たちは?」
     きょろきょろと辺りを見回すユウジが言うのに、「塾やって」と短く返し、「小春先輩は?」と今度は財前がユウジに質問した。
    「家の用事があるって。あそこん家な、毎年バレンタインの日は娘たちで料理を作ってあげるんやで。ええなあ」
     はて、娘たち?
     と首を傾げるのはヤブか。言葉通りの理解が難しいユウジの説明を、「ふうん」と聞き流す。ユウジと小春の話をしたいわけじゃなかった。
    「財前は?」
    「え?」
    「誰か待っとった?」
     またチョコレートですかあ?などと、冷やかしまじり、肘で胸のあたりをつついてくるユウジに舌打ちをする。
    「……ちゃうわ」
    「じゃあ、なに?」
     顔を覗き込まれるのに、「別に、」とプイと顔を逸らしてそっぽを向く。
     ここでユウジが通りかかるのを待っていた。
     正直にそう言ったところで、今度は「なんで?」とユウジは首を傾げるに違いない。
    「……チケット」
     覚悟と諦めと。半々に混ざり合った気持ちを胸に、口を開く。
    「ん?」
    「チケット、ありがとうございます。面白かったです」
     ユウジのお笑いライブは文句なしに面白かった。大きな笑い声に溢れていた講堂の様子を思い出す。あんなにも大勢の人間を一瞬で笑顔にすることが出来るユウジのことを純粋に『すごい』と思う。それくらいは、伝えてもいいだろう。
    「なんです、その変な顔」
     ポケットの中から、どこにでもある、どうってことない。飾り気もなく特別な感じは何もしないチョコレートの箱を取り出し、ユウジに差し出して言う。すると、ユウジは妙なものでも見るよう眉をひそめた。
    「あげます、チケットのお礼。受験生やろ、勉強せえよ」
     財前の意図を測りかねているのか、難しい顔をしたユウジが、しかし小さな箱を受け取るのに、財前はふうと大きく息を吐き出したくなった。そんな意図はないと、さりげない風を装ってみたところで、二月十四日に渡すチョコレートは勝手に意味を持つ。
    「くれるん?」
     受け取っておいて、その手に箱を握っておいて、それなのに尚も尋ねてくるユウジに、「あげます、言うてるやん」なんて、返す言葉もぶっきらぼうになってしまう。照れれば照れるほど、二月十四日という呪いがこの小さな箱に降り注いでしまうというのに。分かっているのに、それが出来ない。
    「甘いもんは頭にええんやって」
     絶対に、そういう意図ではないと強調するよう続ければ、ユウジが「ふへ」と妙な笑い声とともに表情を緩ませた。それは、ともすれば、ユウジが想い人である小春に向けるものとよく似ていた。
     胸が高鳴る。嬉しいと思うのに、少し切ない。似ているけど同じではないことに気づいてしまって、心臓の辺りがズキリと痛む。
    「キモ……」
     そんな些細な表情の違いにも気がついてしまう自分に嫌気が差す。気持ち悪いなあ、俺。ユウジのことを考える時、最近いつも思う。
    「きもいってなんや!」
     そう噛み付いてくるユウジに、意地悪く唇の端を持ち上げる。意地悪く、のつもりが、やっぱり自分の笑顔だって、にへら、と。だらしないものになっていたに違いない。誰のことを好きでいてくれても構わない。ただ、こういう時間を過ごせるのであれば、それでいいと思っていた。我ながら健気でダサいなと、心の中で思う。惚れたモン負けというのは、この先輩の口癖やったな。そんなことを思い出しながら、「お返しは白玉ぜんざいでお願いしますわ」と、歩き出す。
    「なんかちょっとええもんになっとるやん」
     後ろをついてくるユウジが突っ込んでくる。
    「利子や」
    「バレンタインに利子とか初めて聞いたわ」
     はあ?詐欺や。そう文句を垂れるユウジの口調は、どこか楽しそうで、それが自分の都合のいい勘違いでないことを祈る。
    「まあええわ、よう分からんけど、分かったってことにしとく。三月十四日は覚悟しときや!」
     会話を交わすテンポが心地いい。トントンと、薄い唇から溢れる言葉と、それを紡ぐ声が愛おしい。ユウジと話す時間を楽しいと思うようになってから、何日が過ぎたのか。この日々は、あと何日続くのか。
     三月十四日。この校舎に、先輩はいない。
     はあ、と息を吐き、顔を空に向ける。
     続くのか、終わるのか。そう遠い未来のことでもないのに、分からない。
    「ああ……」
     せやな。
     そう呟くよう言ったユウジが、財前の視線の先を確認するよう、空を見上げた。
     見上げた空に、まだ星はなく。街灯の明かりもない。吐いた息だけが、濃い紫のヴェールを纏い始めた空を白く照らす。
    「うーん、まあ、卒業したって、ぜんざいくらい食べられるやろ」
     あっけらかんと、ユウジが言う。それに、「そうですね」と返す。じゃあ、その後は、どうなるんやろうか。薄いプラスチックをぺりぺりと剥し、チョコレートを一粒口に放るユウジが、「あまぁ」と、そう言って、また緩く笑った。
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    財ユウ「愛と呼ぶには、まだ少し」

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    今更バレンタイン!
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