【始春】夢のパン 就寝時間が早かったせいか、まだ朝と言える時間帯に目が覚めた。
いつもであれば昼過ぎまで寝ている休日だが、せっかくだからと身を起こす。
それでもベッドから出るには時間がかかった。ゆっくりと身支度を整え共有ルームへ向かう。
仕事のメンバーはすでにおらず、共有ルームにいたのはダイニングテーブルの前に立つ春ひとりだった。
「おはよう、始」
ドアを開けた瞬間、春が振り返る。
淡いジャケットを羽織っているのは外から戻ってきたばかりなのか。
「はよ。……なにやってんだ?」
視線をテーブルへ移すとパンが並べられていた。
しかも全部が長い。
フランスパンか、と言いかけて始は唇を閉じる。
迂闊に言えば春から訂正されると気づいたからだ。
「ねえ、始。どれがいいと思う?」
「は?」
「バタールとパリジャンとバゲットとフィセルを買ってきたんだけど、サンドイッチにするにはどれがいいと思う?」
長さと太さの異なるパンを手のひらで指しながら春が聞いてくる。
「具材によるだろ」
春がどんなサンドイッチを食べたいのか知らない始には答えようがない。サンドイッチと言うからには具材も買ってきているのだろうからそれに合わせてそれぞれ切ればいいだろうと始は思う。
まだおねむだねえと笑いながら春が言う。
「一本まるまるサンドイッチにして食べてみたいんだよ」
「……………なるほど?」
そういうことか、と始はゆっくり春に近づいた。
切るのがナシだから迷っていたのか。考えてみれば当たり前だった。春に頭が寝ていると笑われてもしかたない。
ビニール袋越しに触れたパンはまだ温かかった。焼き立てを買ってきたのだろう。
「さすがにバタールは太すぎだろ」
「そうだよねえ」
適度にカットするなら話は別だが、それでは春の希望に合わない。フィセルにしておけ、と始は言った。
「ほどほどにしておかないと高い肉になるぞ」
「ならないならない!」
ちらりと春の腹部へ視線を投げた始に春は慌てて否定する。
鼻で笑うとフィセルを掴み、キッチンへと始は向かう。
「始?」
「具材も買ってきてるんだろ? 作ってやるよ」
「やったー!」
諸手をあげて喜ぶ春がいそいそと冷蔵庫のドアを開ける。
数年前なら、自分でやるからいいよと断ったに違いない。聞かれる前から作ってやると言ってしまう自分も、素直に喜ぶ春も変わってきた。
良い変化なのだと思いたい。
「春」
「なに?」
「言っていいか?」
小首を傾げる春に始は唇の片端を持ち上げる。
「発想が恵方巻きだな」
「……え、ええ!?」
春の両手から具材を取り上げ、西洋恵方巻きか、と始は小さく笑った。