メモリーフライト
轟々と振動音を響かせる通路を抜けてしまえば、中は予想よりずっと静かだった。乗客はまばらで離陸まで時間があるとは言え空席も多く散見する。ラックに放り込まれていた雑誌を捲りつつ、自分の隣、窓側に座った白い棘へと視線をやった。座席に着いてからというもの、彼は無言でじっと窓枠を見据えている。
GUNの用務で民間の航空機を利用するなど滅多に無いことで浮かれた素振りでも見せるかと思いきや、空港に着いてから彼はずっとこの調子だった。日頃の愛想の良さはなりを潜め、手荷物チェックでの会話も言葉少なに済ませていた。それでもラウンジにいる間は空を見上げるなどしていたのに、今はその目をほとんど伏せている。ふっと吐いた息を最後に完全に沈黙していたが、気配から寝ていないことには気付いていた。
「機嫌が悪いな」
「……何で飛んでるかもわかんねー鉄の塊にワクワクしてんだよ」
暫しの間を置いて、冷めきった声が珍しく皮肉で返してくる。まるで繕う気も無い様子に瞬いてやれば、僅かに視線が此方へと傾いた。
「今日はアンタだけだし、そのアンタは俺の機嫌なんか気にしないだろ」
「飛べるくせに高所は苦手か」
「あ? こんな縛り付けられてちゃ動けやしない。おまけにこの大きさだ。空の上じゃできることも限られる」
悪態混じりの発言から、浮かれるどころか最も悪い可能性まで想定していことか窺える。気乗りしなさそうにしつつ非常扉と乗客の位置を確認していたし、そうなった時に何ができるか伏せた瞼の下でシミュレーションしていたのかも知れない。その上で、できることの少なさにげんなりしているのだろう。
見れば無意識なのか、指先が何かを確かめるよう緩やかに握っては開く動作を繰り返している。日頃陽気な顔ばかり見せる彼にしては珍しい所作だった。どうやら本当に、この空間が苦手らしい。感情を腹に溜め込み軽口でやり過ごそうとしている。その姿に、ふと言葉が口をついた。
「君はたまに、ソニックに似ているな」
「…………は?」
「彼もそうやって縛り付けられるのが嫌いだった」
そのままついと彼に向けて身を乗り出す。ぎくりとしたように竦みかけた身体を無視し、その腰回りへと手を伸ばした。
――手探りで掴んだベルトを引き出し、カチリとこれ見よがしに音を鳴らす。
「……」
「治まったな」
フッと鼻を鳴らし視線を彼の手に向ける。遊んでいた指先は、いつの間にかその動きを止めていた。本人も気付いたらしく、一瞬苦虫を噛み潰したような顔をする。舌打ちしなかっただけ上出来だろう。
「恐いならヘッドホンで子守唄でも聞いていろ」
「うるっせぇ。地面に降りたら絶対にうまいもん食ってやる」
奢りだからなと悪態を吐き窓の外を睨み付けたところで機内アナウンスが間もなくの離陸を告げる。いっそうげんなりした気配に喉奥で笑ってやった。