【VVV夢】かっこうのむすめ プロローグ 私ね、本当は王子様付きの衛士か何かになっていたはずだと思う。
大きくなったらお兄さん達みたいに士官学校に入って、お父さんみたいに立派な軍人になるって。
でも人生って順調にいかないね。
子供の私じゃよく分からないけど、この国はあれよあれよという間に革命の嵐。
仕えていた王子様はどこかに連れてかれちゃって、仲が良かったお姫様は籠の鳥。
うちも昔よりお金持ちじゃなくなったんだって。
けどお父さんが誰も恨んじゃいけないって言うの。
誰もが生きる為、世の中を善くする為にあれこれ動かしてるだけなんだからって。
みんなが豊かに生きるには、王族ばかりに任せきり過ぎたから不満が破裂したんだって。
私は子供だからよく分からないや。
とりあえず宮殿で社交パーティーが開かれなくなったのは残念かな。私も大きくなったらドレスを着て行ってみたかったかな。
でもねお父さん。
「ドルシアは我らの大切なゆりかご」って――、それって一体どういう意味?
***
「
ローレ、我らの殿下を覚えてるね」
「勿論。王政じゃなくなってから会ってないけど、王子様はどこでどうしてるんだろうね」
革命の動乱に翻弄され瞬く間に廃れてしまったけれど。
ローレの家は昔ドルシアの王族に仕えていたも同然であり、権力の庇護を受けて軍部の中でも高い地位を約束されていた。
だが世話になっていた王家の一家は、残念ながら革命の折に処刑されたと聞く。
ローレとは一つ違いの、一人息子の王子殿下だけがアマデウス総統新政権の恩赦を受け軍に預けられているらしいと聞いたけれども。その詳しい所在がどこかは
ローレやその兄達も誰からも教えて貰えなかった。
生きてさえいれば終わりではない――父は
ローレにそう説いて、幼い頃に共に遊んだ王子との記憶も時折思い起こすだけとなっていた。
「殿下は今は、カルルスタインという機関に預けられているのだよ」
「かるるすたいん?」
「優秀なエージェントを育てる訓練機関さ」
聞いた事が無い固有名詞であったが、そもそも
ローレは軍人の家に生まれただけのただの子供であり今現在をもって軍事知識に明るいわけではない。何もかも知らなくて当然である。
「聞きなさい
ローレ。またお前は王子にお仕えするのだよ」
「どういう事? 王子様ってその……カルルスタインって所に居るんでしょ?」
旧知であった我が家の誰一人として一度の面会も許されなかった王子に、どうやってまたお側仕えをしろいうというのだろう。それとも王子がそのカルルスタインという場所から、
ローレのこの家へ移り住んでくるのだろうか――。
幼いとは言っても、
ローレももう学校に通い始めて幾年にもなる。だがその程度の学識では、
ローレの幼い勘繰りはどれも的外れな答えしか浮かばない。
「殿下も慣れぬ辺境でお寂しいだろうから、お前が行ってあげなさい
ローレ」
だから父の言っている事が、最初は上手く理解出来なかった。
ローレは通っていた学校の初等部を辞めることになった。
級友達とはそれなりに仲良く過ごしていただけに、挨拶も出来ずに離れてしまった事は少し寂しい気がした。学校からはローレは士官学校のようなものに飛び級したと説明するらしい。
父親の推薦付きでカルルスタイン機関に入所したローレであったが、特に厚遇があったわけでもなく。いきなり殺し合いをさせられる羽目に陥った。いきなり何をさせるんだ。
しかし未だ内紛も頻発しつつ世界との競合を続ける我らが祖国ドルシアの特務の兵士たるものには、これくらいの教育が必要なのかもしれない。代々高官軍人を輩出する家に生まれたローレの納得は早かったと言えよう。
元々出自の定かでない――ようするに帰るべき場所の無い子供達ばかりを集めているらしいのは身なりを見てすぐに分かった。そもそもローレのような入所の仕方自体が特異であったようだ。
同期で入ったのはみんな年下の子供達であったけれど、それも虐殺試験でほとんど消えた。
「ちぇっ、大きいから当たりやすいと思ったのに。外しちゃった!」
しでかしたのは一際小さな、同期の子らよりも更にいくつか幼い赤毛の少年だった。一人だけ背丈が大きなローレもまるで狩猟ゲームの的ように射撃の獲物として狙われたが、少しの運と性悪小猿の気紛れで死神との対面は免れた。
ローレ自身も祖国に役立つのは難しそうな子供を手際よく射殺し、見事カルルスタイン機関への正式な登録を認められる。合格の証として本名の代わりにアルファベットと数字を組み合わせた不格好な名が与えられたが、まるでスパイ映画の世界のようでローレはむしろ心が躍るような気分であった。
他の子供達は今までの人生との決別の意を込め、子供らしからぬ苦い顔で新しい名を受け入れ古い名を捨てているようだ。
しかし里帰りこそ許されてはいなかったけれども、ローレは別に実家が消えてなくなったわけでもない。ローレはローレという名も経歴も捨て去るつもりはなかったし、ツェーツェンというコードネームも非常に気に入った。むしろ祖国から祝福された新しい名であるとすら感じていたくらいだ。
ちなみにローレ……いやツェーツェン・カルルスタインにも躊躇なく殺意を向けてきたあの小さな小さな少年はクーフィアというコードネームを与えられていた。仕留め損なった縁か興味か、クーフィアはツェーツェンによくよく話しかけてくるようになったのだ。
そしてこれは運命だろうか。クーフィアが割り当てられたチームはツェーツェンにとって懐かしの――、そもそもローレという少女がカルルスタインに送り込まれツェーツェンという名を得るに至った発端である王子殿下が居たのだ。
「懐かしいですね、王子」
「……今の私は、ただの“アードライ”だ」
「じゃあ私もローレではなく、ツェーツェンと呼んで下さい。私はこの名前、とっても気に入ったんです」
本来ツェーツェンは実にくだけた態度の少女である。しかし自家が仕えていた経緯も有り、王子殿下にだけは昔のように臣下の態度を崩さなかった。プライドが高い王子は既に何の権威も持たぬ王族という肩書きで扱われるのを嫌ったが、芯では未練が深いらしい。時折どうしようもなく歯がゆそうな表情を浮かべる。
所詮行くあての無い貧しい孤児達の集まりの中で、ツェーツェンは気高い王族の名を剥がされて久しい少年を王子王子と昔のように呼び続けた。
「主君を追ってこんな所まで来るなんて、まるで物語みたいだな」
「すんげぇー、女の子以外の近衛兵とかも居たのかよ!?」
“アードライ王子”のチームの子供達は、自分達のチームメイトがよそのチームの少女からかしずかれる様子に浮き足立って興味を示す。
ただ一人、我らが王子とは違う銀の色の髪をした少年だけは……過去の栄誉の抜け殻を冷めた目で見守っていた。
「あなたはアードライ様のご学友の中でも、特に親友なの?」
「やめないかツェーツェン! 彼はそんな……簡単に語れるような者ではない!」
同じくカルルスタインに送られたと聞いていた、王子殿下のご親友――やはり王族に連なる子の姿は既にどこにもなかった。代わりにアードライ殿下はかつてのご親友とは大分毛色の違った少年と親しくしているようだった。
「……ここでは自分の事だけで精一杯にしておけ。でなければ死ぬぞ」
その毒気に満ちているように感じた言葉も、彼なりの気遣いと優しさであったらしいという事を理解するまでには時間がかかったし。彼がそうやって接する相手もそう多くはないと気付いたのもしばらくしてからだ。
エルエルフという名を与えられた少年は今期の……いや、カルルスタイン機関創設以来の最優秀訓練生であるらしい。学ぶべき点も多い彼に我らが王子殿下は接点を持ちたがったため、自然とツェーツェンも接する機会が多くなった。
チームメイト以外に気を許さぬエルエルフが、別のチームであるツェーツェンの事を時折眩く見つめる眼差しが不可解であったけれど。その度に王子様が不機嫌を起こすものだからなだめる対応に追われ、その意味を深く追求するには至らなかった。
あの荒涼とした辺境の地の日々も、今は遠い出来事だ。