【VVV夢】(0.5話)革命の転校生達の舞台裏【side:Haruto】
「コラ!! 何やってんのタロウ!!」
銀髪の――知り合いでもないし全く見た事も無い生徒に押し倒された。次は殴られるかもしれないと覚悟していたところに、女の子の慌てた声が近づいて来るのが聞こえた。
「弟が乱暴してごめんね。大丈夫?」
僕を押し倒した奴とは大違いの、優しい目をした女の子が気遣ってくれる。顔立ちが僕やショーコみたいな純ジオール人と違って、どこか違う外国の雰囲気がある。何より背が高くて、僕と同じくらいあるかもしれない。
そうは言ってもジオールがかつての……えーっとなんていう名前だったっけ。忘れてしまったけれど、ジオールが今の八咫烏の国旗を掲げる国になってからだいぶ人種の混血も進んでいるし。こういう白人の特徴の方が強いジオール人もそう珍しくはなくて、金髪の人も結構居たりする。
「大丈夫じゃないよ! ハルトが何をしたっていうの!?」
怒り満面のショーコが僕と乱暴男――そして女の子との間に入ってこようとする。いつだって正義感を忘れない幼馴染みの背に僕は隠れがちだけれど、大切な女の子だからこそこんな時まで彼女の後ろに隠れているわけにはいかない。だってさっき押し倒された時、奴の袖の陰にちらりとナイフが見えたのだから。
「い、いいよショーコ……っ!」
「いいよって、ハルトはいつもそうやって――!!」
ショーコはいかにも納得いかないという顔を浮かべるし、実際なんで絡まれたのか僕だって納得いってない。けれどこんな危ない奴に何が何でもショーコを近付けるわけにはいかない!
弟だとかいうあの乱暴者はこの場をお姉さんに任せて、さっさと自分だけ元居た集団の方へ戻って行ったけど。さっきみたいな喧嘩っ早さを考えると願ったり叶ったりだ。腹は立つけどあんな乱暴な奴なんて怖くって、出来れば長く話していたくはなかったし。
「きっと何かむしゃくしゃするような事が有ったんだよ! ちょっと話聞いてくから、ショーコは先に祠の掃除行ってて」
「すぐそうやって自分が悪いみたいに遠慮するんだから! 言う時はちゃんと言わなきゃダメだからねハルト!!」
苦し紛れの言い訳で、ようやくショーコは介入する事は断念してくれたらしい。
けれども普段から押しの弱い僕が心配なのか――もしかしていつもながら歯痒いのか。掃除道具を抱えて廊下の曲がり角まで離れてくれて行ったはいいものの、今は遠い乱暴者に食いつかんばかりに睨んだまま監視を続けていた。そんなに僕って頼りないのかな……。
「可愛いくていいカノジョさんだね。羨ましい」
そんな僕やショーコを交互に、そして楽しそうに眺めて女の子はからかうような口調を向けてくる。言われ慣れているけれど、知らない女の子にまで彼女だなんて囃されるのは恥ずかしくて堪らない。そりゃショーコの事は勿論好きだけれど、でもショーコをそう呼ぶ事を許される手順を、僕は勇気が出せなくて全く踏んでいない。
「かっ彼女じゃなくて幼馴染みだよ!!」
「……幼馴染みか。そっか、幼馴染みってやっぱ君達みたいにふつーは微笑ましいものだよね」
もっとなじって絡まれるかと思ったら、女の子は意外にあっさりと納得して冷やかしをやめてくれた。もしかしなくても、銀髪の乱暴な弟よりはちゃんと落ち着いて話せる人のようだ。
「本当にごめんね~。えーと、立てる? ハルト君?」
あんなにショーコが叫んだものだから僕の名前を覚えてしまったのだろう。女の子は僕が立ち上がるのに手を貸してくれたから握り返したのだけど、何か運動でもやっているのか見た目によらず少し固い手をしていた。
「あの……。君の弟、袖に――」
「ん、気付いちゃった? 実は私達の前の学校、ちょっと札付きのナントカ校ってやつでさ~。護身用だよ」
ちっとも似ていないけれど銀髪の乱暴者のお姉さんだというから、彼が袖の中に隠していた危険な凶器の事を咎めるように訊ねてみたのだけれども。その反応は思っていたよりもずっとあっけらかんとしていて言葉を失ってしまった。……やっぱりちょっと、この女の子もあまり無害な人じゃないのかもしれない。
「前の学校って――、転校生なの?」
「そ! 転校生の杉山リセっていうの」
「……なんかすごい大人っぽい人達も居るし何だと思ったよ」
今は年度始めでもなければ、リセもタロウとかいう弟も到底一年生には見えない。変な時期に、そして変な年齢で転校してきたんだなと思う。
何より一緒に連れ立って来たエレベーター付近の連中のうちの目つきが鋭い眼鏡の男と、茶髪に上半分だけ金髪に染めて沢山ピアスを付けたいかにも不良っぽい男。あの二人は正直、この学校の生徒の誰よりも大人に見えた。制服を着ていなかったら大学生だと言われても信じてしまっていたかもしれない。
「背が高い二人? あの二人はケンカで停学して留年してるしけっこー強いから、怒らせない方がいいかもね」
「ええっ!? ……でも、眼鏡の人は真面目そうに見えるけど……」
随分大人っぽく見えるとは思っていたけれども、やっぱり本来は高校生の年齢ではない……らしい。
悪いけど面白そうに笑って見てくるピアス金髪はそういう物騒な経歴でも納得出来る。でも眼鏡の方はいかにも委員長とか生徒会長をやっていそうな几帳面ぽそうな印象がして、そんなケンカで学歴を躓かせるようなタイプには見えない。けれどリセがぺらぺらと彼の事情を喋っている今、何か言いたそうにこちらを凝視してくる目つきは鋭くって。……確かにこう見ると、ちょっと怖い人に見えるかもしれない。
ていうかうちの学校って、そんな危ない経歴持ちでも平気で転入させるんだな……ってちょっと驚いた。
咲森にも山田君や風本君ていう有名な不良が居て、どっちも中学時代は色々やらかしてたって聞いてるけど。あの二人は編入じゃなくて一年生から入学して入ってきて、一年のうちにこの学校の番長の座を取ってから無駄なケンカは一切しない。この連中が転入して来たら、あの二人がまた騒がしくなるのかなあと思うと――早々に無関係の僕が標的にされてしまった気分でウンザリしたくなった。だってどう考えても本来、僕なんて関わり合いを持つような人種じゃないよ。
「ああいうのがキレると怖いんだって、ハルトも覚えておいた方がいいよ。うちの弟だって、きれーな顔してるわりにおっかなかったでしょ?」
「おっかないどころじゃなかったよ!!」
そもそも僕はショーコと話していたのであって、あのタロウとかいう転入生に何か因縁をつけた覚えなんて全く無いし。なのに向こうから勝手に突っかかってきたのだから、どれだけ好戦的なんだ。……これは本当に、勝ち負けをハッキリさせたがる山田君の騒ぎようが目に浮かぶようだ。
「ちなみに一番ちっちゃいのが、下の弟のジロウ。姉として言わせて貰うとあれが一番凶暴で手がつけられないから、気を付けなよハルト君~」
「怖いってあんなに小さいのに……」
リセが一緒に居る一団はみんな背が高かったからつい目線を上にばかり向けていたけど。言われてみればだいぶ下の方で、小さな赤毛の男の子もひょっこりとこっちを見ている。
言ってはなんだが、あの男の子もリセとは似ていない。タロウとかいう銀髪とも大分背丈が違うから双子……では無いと思う。弟が二人という事は三姉弟で、そしてリセが一番上で三年生という事か。タロウやジロウなんて随分古臭い――いや古風な名前だけど、長女?でないのかリセは“ハナコ”ではないらしい。二番目か三番目くらいなのかな。随分と子供が沢山居るご家庭だ。
正直同い年だと思っていたから、先輩だと聞いて話し方を変えた方がいいかなって少し迷った。でもリセはあまり気にしていないようだし、それにさっき受けた乱暴を考えれば僕の方ばかりへりくだるのも少し癪な気がするんだ。ショーコに宣言したからではないけれど、僕だって人並みに怒りくらい覚えはするし。
「――あそこにいかにも育ち良さそうなお坊っちゃん見える? 前の学校じゃちょっと坊ちゃまの勉学に相応しくなくてね、それで幼馴染みの私達が一緒に転校して来たの」
言われた先を見ると確かに一人ちょっと偉そうと言うか、まるで王子様のように華やかな人が居る。連坊小路先輩もちょっと似たような雰囲気があるけど、生徒会長と違って現実離れした空気すら伝わってくるような気がする。お伽話の王子様っていうよりは、ゲームの中のファンタジーな王子様っていう感じだと思う。
しかし改めて見ると本当に男ばかりだ。リセも紅一点と呼ぶよりはその――札付きだったという前の学校とやらは、工業高校か何かだったのかな……。そういう学校に、坊ちゃまと呼ばれるような人が間違ってでも入学するようには思えないけれど。
「幼馴染みで、みんなで転校するものなの?」
随分年齢も雰囲気も違う集団なのは一目瞭然だったけれど、姉弟と古い友人という……それなりに長い付き合いの群れだったらしい。
「私達はね、あの人の付き添いっていうか、取り巻きってやつ?」
「取り巻きって本当に居……いや居るか……」
本当に居るんだって言おうとして。現実に生徒会長の連坊小路先輩やミス咲森の二宮先輩といった咲森の有名人達が、実際に取り巻きじみた友達や後輩を連れて歩いているのを思い出した。漫画やドラマみたいな出来事って、案外日常生活に転がっているものである事を忘れていた。
もしかしたら僕だって、ショーコ――総理大臣の娘の取り巻きの一人に見られているのかもしれない。
幼馴染みだって事はそれなりに知られていると思うけど、僕達が彼氏彼女じゃないのなら、もしかしたら僕はショーコの舎弟のようなものだと周囲に見られているのかもしれないと思うと……少し落胆したくもなった。
「でも君達姉弟なのに、あんまり似てないんだね」
初対面の人間相手にぽろりと印象を漏らしてしまったのは、しょんぼり紛れについ気が緩んでしまったのだ。
だっておっとりと人当たりのいい姉に、妙にギラギラと眼光の鋭い好戦的な弟に、その下に妙にちっちゃくて凶暴だという赤毛の男の子――どういう両親から彼らのような姉弟が産まれてくるのだろう。誰だってそう思うのは仕方が無いとはいえ、どう考えてもデリカシーに欠ける話し方だったのは反省してる。
「それよく言われる~! そんなに似てないかなあ?」
「ごっ、ごめんっ! 悪口のつもりで言ったわけじゃなくてっ」
「いーよいーよ。ハルト君には弟が失礼しちゃったからおあいこ、失礼の半分こだよ!」
おろおろと狼狽える僕をよそに、リセは高らかにけらけら笑い続けた。失言だったと焦ったけれども彼らの外見が外見だし、もしかしたらよそでも言われ慣れているのかもしれない。
僕がさっき言ったように、リセが事も無げに“半分こ”と言うと遠くに居るタロウがまた睨んできた。さすがにお姉さん相手には急に殴りかかってきたりはしないみたいだけれども。
そもそも半分というフレーズに何を苛立つ事があるのだろう。さっきのハムエッグ論も難解だったし、彼の価値観とは一生涯仲良くなれそうな気がしなかった。だってハムエッグなんて完熟ならきちんと二等分出来るじゃないか、半熟だったらそりゃ出来ないけど、それは最初から彼の好みを押し付けてるに他ならない。そんなに惜しければ最初からハムと玉子焼きなりスクランブルエッグのセットにでもすればいいんだ。
大体好きな女の子を――誰かと分け合えるかどうかっていうの以前に、相手の女の子がまず自分を選んでくれるかどうかだと思うんだ。
「……おあいこってわりには、僕刺されかかったんだけど。前の学校ってそんなに物騒だったの?」
「そりゃあねえー。物騒の見本市百貨店だったよ。平和な暮らしをしてるハルト達に見せてあげたいくらいに、ね」
ニヤリと唇を曲げるリセはその表情のわりに、ふたつの目はどちらもちっとも笑ってなくて。むしろ爛々と不気味に目玉を光らせているようにも見えた。
断言出来ると思う。僕はきっと一見親しみ易いリセとも、そして一緒に居る彼らの誰とも、きっと仲良くなんてなれないだろう。そんな気がしてならなかった。
「り……リセ! そろそろ行くぞ!!」
「はい、分かりました坊ちゃま!」
今までずっとくだけた喋り方をしていたリセが、噂のお坊ちゃまという三つ編みの男の子に強く呼ばれた途端、丁寧な言葉で応えた。どっちも僕と同世代なのに、主従関係という表現がしっくりくる。本当にそういう世界があるんだなあと、ちょっと感心してしまう。
「坊ちゃまが呼んでるから行かなきゃ。ハルト君は何年生?」
「二年、だけど」
「じゃあタロウといっしょだ! 気難しい弟だけど、良かったら仲良くしてあげてねハルト君!」
「えっ!? む、無理だよ……!!」
うやむやにされていたけれど、タロウとかいう銀髪の乱暴男からは謝罪の言葉の一つも貰っていない事にはまだ少し腹を立てている。 他人同士の会話を立ち聞きして勝手にケンカを売ってきて、しかも常日頃袖の中に隠しナイフを仕込んているような好戦的な奴と、学年が同じだからって仲良く出来るわけがない。
だって暴力っていう呆れた手段で訴えられた彼の言う事自体は正論――かもしれないけれど。人が皆その通り願望に忠実に行動していたら、社会は秩序を保てるわけがない。
彼の言葉に耳を傾けてはいけないと、胸の中では激しく警鐘が鳴り響いていた。
「それならまず、お姉さんならリセからもうちょっと言ってやってよ」
「……本当に、姉ならね」
「え――?」
リセは“アウフ・ヴィーダーセーエン”と長ったらしく言い捨てて妙に不敵な笑みを残し、弟達や坊ちゃまとやらが居る幼馴染みの連中の所に戻って行く。こうして改めて彼らと並んだところを眺めると、やはりリセは背が高かった。
カッコつけのつもりだったのか、最後の挨拶はどこの国の言葉だったかな。聞いた事がある気がするけれど、馴染みのないフレーズの元ネタはすぐには思い浮かばない。
仲良くしてね、なんて。どう考えても無理だと断言出来た。
だから僕は思いもしなかったんだ。まさかアイツと、世界を革命する事になるなんて――。
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