【VVV夢】かっこうのむすめ 4話 エルエルフの機体を除いた五機のイデアールの整備が終わり次第、パーフェクツォン・アミーには出撃せとの命令が下された。
既に全員がパイロットスーツに身を包み、格納庫の待機スペースで各機コックピットへの搭乗許可を待ち望むばかりである。
「諸君、この中で誰か――エルエルフから離反の意思を聞いた事がある者は居るか?」
そんな中で意を決したようにアードライが訊ねたのは、やはりエルエルフの事である。
「……アードライ、その話は帰還してからにしよう」
「私は思い出話を分かち合いたいたくて訊いているのではない!」
後にしようとイクスアインが宥めるも、聞く耳は持たぬ怒気の孕んだ声が返って来る。
今から出撃した先でエルエルフが待ち構えていないとも限らない。彼は戦う為には、真意を知りたくて堪らないのだ。
「聞いたも何も……、一番よく喋んのはお前だろアードライ?」
「喋ってるっていうかぁ、王子様から絡んでるだけにも見えるけどねえ」
噛み付く相手が間違っているぞと、イクスアインを庇うようにハーノインが苦笑い混じりでアードライの肩を叩く。ついでに追い打ちをかけるクーフィアの茶々は正直余計であった。
「――エルエルフはあまり多くを語らぬ男だ。だが少なくとも、私を裏切るような素振りを見せた事はない」
“
祖国”ではなく“私”という言い方が気がかりではあったが、誰もその根底へと問い詰める様子はない。
「てゆーかエルエルフって普段から何考えてるか分かんないし」
過去を探るようにゆっくりと話すアードライに、クーフィアがまたわざと神経を逆撫でるような発言を投げる。
だがエルエルフと普段親しくし、何より一番の理解者であると自負していたアードライは向けられた言葉の一つ一つに奥歯を噛み締める。小さき同僚の言う事はもっともであったのだ。
「……エルエルフよりも、貴方のご意思を確認してもよろしいでしょうかアードライ様?」
「何が言いたい
ツェーツェン?」
いちいち緊張感に欠ける
ツェーツェンの声音であるが、あまりいい質問ではない予感はしているのか。アードライは面持ちを固くして応じる。
「アードライ様が言うように、今から鉢合わせる敵の中にエルエルフが居た場合……撃墜してもいいのですかって事です」
カイン大佐からはアードライの友情を支えてやれとは言われたが。エルエルフの兵士としての実力は生半可なものではなく、殺すか殺さぬかの迷いを抱いたまま向き合っていてでは生還は難しい。
実際のところアードライがどうしたいのか、それを明らかにせねば
ツェーツェンも動きようがないという苦い笑みだ。
「言うじゃん
ツェーツェン? まああっちにはイデアールはねえしな」
「イデアール対イデアールでも勝ってみせるけどね!」
口笛を吹くハーノインから楽しそうに笑われるが、何も見栄で大きな口を叩いたわけではない。
「戦略抜きの戦術でしたら、イデアール戦でも私が上でした。お答えを頂かなければ、奴が本気で歯向かって来た時――確実に殺してしまいます」
代々軍人を輩出する名門の家で育ち、当代の家長である父も高官である
ツェーツェンにとって。バッフェやイデアールといった世界屈指の兵器達は、王侯貴族が嗜む乗馬同然の教養教育であった。
幼い頃は機嫌の良い父や兄達にそれらの兵器に同席搭乗を許され、操縦桿を握らせて貰って遊んだ。その経験はパイロットとして女ながらに引けを取らぬ戦績を見せていた。
「……それはどうなんだ、アードライ?」
「エースが困ってるぜ。はっきりしねえとマジで殺っちまうかもな?」
「え~! なんで
ツェーツェンがエルエルフ獲っちゃうんだよお、ズルいじゃん!!」
仲間達は次々とアードライに伺いを立てる。カインに尊重された通り、エルエルフと一番親交が深かったのはアードライだ。あの地獄のような機関での訓練を共にした者なら、最も信頼していた人間への決着は自ら下したいはずである。
もしも尊重して欲しい意思があるのならば――と、
ツェーツェンは決断を促した。
「私は……」
『整備は完了した! 艦外環境での最終点検が終わり次第出撃となる。全員直ちにコックピットへ搭乗せよ』
悠長に話している時間は許されていないようで、格納庫の中にクリムヒルトのよく通る声がこだまする。
結局、エルエルフ離反の真意は誰一人知らなかったという事だ。
「――皆には申し訳ないと思う」
各々が命令に従いメットの準備をする中、意を決したようにアードライはプライドを呑み仲間達に懇願する。
「だがエルエルフは私にとって最後の同期であり、カルルスタインの日々を過ごした同胞という気持ちは……君達も変わらないと考えている」
元々機関に居た頃もチームを組んでいたこのメンバーは当然仲間意識が強い。“同期”という言葉には一様に反応する。カルルスタイン出の年上達はハーノインやイクスアインしか生き残っていないし、思えば
ツェーツェンの同期もこの小さなクーフィアたった一人だけだ。
「カイン大佐も約束して下さったんだ。奴も単なる一時の気の迷いであるのならば、共に救いの手を差し伸べて欲しい」
片目を持っていかれたというのに、この王子殿下はどこまで寛大なのだろう。甘いと誰もが思う。だがこの情の深さこそが、ただ一人高貴の生まれである彼を誰もが仲間と呼ばせるのだ。
「同期って言い方やめろよなー。俺達が弱いの知ってて言ってんだろ?」
「まあ、カイン様がお許しであるというのなら。私も協力しないわけではないが……」
思った通りハーノインやイクスアインが渋々と了承しつつ、反論を述べるつもりはないと各自のイデアールへ向かって無重力を跳んで行く。
「えー。僕エルエルフとバトりたいよー。
ツェーツェンも裏切り者を許しちゃうの~?」
クーフィアだけが納得せずに未だ返事を出さぬ
ツェーツェンに纏わりつく。たぶんこの子は最後の同期とはいえ、上官に討てと命じられれば
ツェーツェンを躊躇なく撃ち殺してくるんだろうなあ……という嫌な予感は常々抱いている。むしろ嬉々として照準を向けてくる気がする。
「アードライ様がそう仰るなら、少なくとも私は逆らえないよ?」
今は亡き王子の姿が
ツェーツェンの脳裏に蘇る。それとも体の弱かった彼は最初の試練を乗り越えたとしても、この場に立てるほど生き残れはしなかったのだろうか――。
アードライだけが最後までメットをかぶらず沈黙していたが、直ちにという命令が出ているのだ。元主君の言葉を待たず、
ツェーツェンも壁を蹴り無重力に身を乗せた。
***
「
ツェーツェン、イデアール……ボックスアウト!」
当初の戦略目標であったヴァルヴレイヴの他に小賢しいARUSの月周回軌道軍が相手であったが、正直ARUSなどは数で圧倒する人海戦術を得意とする大国だ。さして手勢も集めておらぬ態勢では、我らが機動殲滅機イデアールの敵などではない。
『正面が空いたぞ! バッフェ隊突入!』
まるで小蝿のようにヒュンヒュン飛び回るスプライサ―機をミサイルで撃ち落とし、ビームで切り刻むのは造作もない事であったけれど。真の目標であるヴァルヴレイヴがいつまで経っても姿を見せない事が苛立ちばかりを募らせた。
『ヴァルヴレイヴ……何故出て来ない!』
『焦るなよ王子様?』
『大尉だ、今の私は!』
「“特務”が付いた、大尉ですけどね」
チーム内でのみ開かれた通信回線にて、ハーノインがなだめるようにアードライに向けて音声を送るけれど。それは宥めるよりむしろ別の方向へ機嫌を損ねてしまっている。かつての身分を冗談の材料として使われる事を嫌うアードライは律儀に怒声を返していた。
『ネットで見たろ? 乗ってるのは、エルエルフじゃなかったんだ』
手応えの足りぬ現状の通り、小煩いスプライサ―達の中にもエルエルフが搭乗している気配はない。そして戦争のエキスパートであるエルエルフを味方に引き入れておきながら、何故か学生達やARUS軍は彼をヴァルヴレイヴのパイロットどころか、防衛指南の役目も与えないらしい。ますます不可解な離反劇である。
あまりにもぬるい抵抗を黙らせた後、このままモジュールに再侵攻してしまおうというと考えていた頃合いに無人操作のバッフェ達に次々と緑の閃光が刺さる。
誰も正体の分からぬ光の進撃――ようやく待ちに待ったヴァルヴレイヴの登場だった。
『あの武器は見ていないぞ!』
『気を付けろ!』
この度で三度目の戦闘であったが、今まで見た事がない銃剣のような装備を携えている。これまでの戦闘の中では鎌とカタナを使っていたのは記録されていたが、この武器では一体どのような戦い方を見せるというのだろう。
『追うぞ!!』
アードライの声で一斉にその背を追う。だがドルシア屈指の戦士達の追撃などよそに、ヴァルヴレイヴは自らの母国のダイソンスフィアの外殻に降り立つと、なんとその銃剣をモジュールを繋ぐ支柱へと突き立て走り出したのだ。
「はあ!? あんなんモジュール壊れんじゃん!!」
ツェーツェンも目を丸くし驚愕させられるが、やはりその目新しい武器は我らドルシア軍には向けられず、自国の財産を切り刻むのに終始している。まるで電動ノコギリで工作でもしているかのような姿だ。
『なんだと!?』
『間違えるな! お前の敵はこちらだ!!』
一本目の支柱を台無しにしたかと思えば、二本目、三本目とその解体の機動力を止めない。追いかけ、狙い撃ち、仕損じたミサイルやビームは皮肉にもヴァルヴレイヴの破壊活動を手伝うかのように後を追う。
ドルシアの誇るイデアールが五機も揃って悔しいが、大型殲滅機であるイデアールであるからこそ小型の超兵器であるヴァルヴレイヴにはスピードで勝てやしない。加えてヴァルヴレイヴのパイロットの乱心の理由が分からぬ以上、次の手を読み先回りをする事も叶わぬのだった。
だがついに三本目の最後の支柱が壊された後、ようやくその意図を理解させられる事になる。
『モジュールが離れていくッ!?』
「なにそれ有り得ないし!!」
――実際のところ、モジュールは短期間であらば各個自立運用出来るだけのスペック自体は持ち合わせている。しかし大金持ちの私有領以外、大抵モジュールという一個建造物は各国家所有の領土である。切り離したという前例などまるでない。
パーフェクツォン・アミーの仰天をよそに、持ち前の機動力でジオールの人工太陽とモジュール77の間に回り込んだヴァルヴレイヴが未知の推進力でモジュールの天蓋を押し上げ、モジュール77が身を寄せ合って生きてきたダイソンスフィアから力技で切り離してしまった。
破壊され飛び散った無数の破片や鉄塊がモジュール分断を合図に次々と弾丸のごとき暴力となって、吹き出る間欠泉のように宇宙空間を降り注ぐ。
「最っ低っ! 学生はボランティアでゴミ拾いでもやってればいいのに、よりによって不法投棄の主犯とか!!」
悔しさのあまり軽口が溢れていくが、実際のところはその口ぶりが示すほどの余裕などどこにもない。
逃亡した学園モジュールを追いたくとも、イデアールはその大きな機体が仇となりスクラップの雨の中を自由に動き回れない。それはシールドを張るのに忙しい旗艦も同じであった。
『……あっ、アードライ!』
『クーフィア!!』
仲間達は互いの名を呼び、でたらめにコックピットに迫る破片から機体を庇い合う。
飛び交う廃材が災いしバッフェを集めるのが難しく間に合わない。イデアールの耐久性を確信し、文字通り体を張って仲間の壁になろうとするのだ。
「ちょっ! クーフィア! イクスアイン!」
機体丸ごとで盾とならんと躍り出る仲間達に仰天した
ツェーツェンは、残っていた自機指揮下のバッフェを廃材の豪雨のさなか巧みに掻き分けて操作し、破片避けの防護壁を作っていくつかのスクラップを弾かせた。
「機体そのもので突っ込まないで!!」
モジュールから撒かれたスクラップの中には大きなものもある。ひとつひとつが砲丸であると想定して貰わねば万一という危険性も否定出来ない。
『そう言ううちのエース様も、自分の事をちゃんとしないとな?』
意思のなき弾丸の中、気を抜けば災いは我が身にも降り注ぐ。叱咤する
ツェーツェン機にも迫った大きな鉄の塊が迫は、ハーノイン機がレーザーで細切れに変えてくれる。
「い、今のくらいの大きさならイデアールの装甲で何ともなかったはずでっ」
『それってさっきの
ツェーツェンの言葉をそっくり返したいよね』
大袈裟に啖呵を切った直後、いきなりの不注意を指摘され狼狽える
ツェーツェンにクーフィアは楽しそうに笑う。避けて弾いて撃って防いで……、こんな敵も居なくなった泥試合に何の意味があるのだろうか。
『――スフィアに背を向けぬよう、破片を撃ち落としながら後退だ』
モジュールという大荷物を抱えたヴァルヴレイヴの速度はさして速くもないであろうが、このスクラップ片の目くらましの中ではイデアールの巨体が追跡を行うのは不可能だ。
同様に混乱の最中である旗艦からの退却命令を待たず、イクスアインが撤退を提案する。
『くっそ! エルエルフはどこで何をしているというのだ!』
『僕なんて二回続けてロクに戦ってもいないのに逃げ帰るってつまんないよお!』
クーフィアの愚図る声が回線を通してコックピットを震わせる。この状況では遠方を索敵する余裕などどこにもないが、もはや学生達のモジュールとヴァルヴレイヴ、そして連れ戻すはずの
エルエルフを乗せ、いずこの
宇宙へ向かっているとも知れない。
まさかこの意味不明の自損大逃走劇が、あの小さなモジュールの独立国家樹立宣言だったなんて。この時は思いもよらなかった。