【VVV夢】かっこうのむすめ 5話 ジオール最後の学校――咲森学園のモジュールはどうやら中立地帯である月へと向かって逃亡したようだ。
果たして彼らの生存エールPVを何回リピート再生したろうか。もしかしたらあの女生徒が歌っていた歌詞まで覚えてしまったかもしれない。これでアードライの前で鼻歌でも歌ってしまったらどんなに怒鳴られるだろうか……。これは聴き過ぎてしまったかもしれないなと
ツェーツェンは苦笑いを浮かべる。
「なんか学生さんたち、自信作らしいから。もう一回再生してあげてもいい?」
「構わない。ヴァルヴレイヴが映っているシーンはこっちで勝手に切り取ったからな」
さすがに見飽きてしまったハーノインやゲームを再開したくなったクーフィアも去ってしまい、部屋には情報端末を操作するイクスアインと
ツェーツェンのみ。
ちなみにアードライはとっくの昔に
決闘の意思を剥き出しにして正装用の白手袋をディスプレイに投げつけ、「こんな屈辱はない!!」とその場に居る誰にぶつけてもしようがない怒声を炸裂させ退室していた。
「ごめんね。いつもの事だけど、アードライ様が空気悪くさせちゃって」
ああなってしまったアードライを宥める術を
ツェーツェンは持っていない。むしろ絶望的なまでに下手だという自覚は有った。だから勝手に退散してくれて非常に助かった。あのまま
ツェーツェンが何か言ってお茶を濁そうとしたところで、きっとより更に激高させていたような気さえする。幼馴染みであるとはいえ、アードライとは笑ってしまうくらいに相性が悪かった。
「アードライの気持ちも分からないではないさ。奴らは名案のつもりらしいが、こんな目と鼻の先に敵が居るというのに派手な挑発をしてくれたからな」
「
ドルシアの怖さ分かってないよね~」
妙な悪運の強さでまぐれ勝ちを続けさせてしまってはいるが、こちらは経済大国ARUSと大昔から真正面でやり合っている軍事国家だ。あまりにも
ARUSに守ってもらいながら頼り過ぎて生きてきてしまったために、戦争情勢も未だに盲点なのだろうか。
ツェーツェンはむしろ怒りより、その愚かしい生き様が可愛らしいとさえ思える。
「戦争から国家独立からPVまで……何もかも素人集団の学生のくせに、敵ながらよくやるよね」
「――いや、あながち素人というわけでもないらしい」
ふと独り言同然に漏らした呟きにイクスアインは律儀に応え、持っていた端末の画面を
ツェーツェンに見せてくる。
「よく見えないよ。隣りに座っていい?」
「ん、構わない」
ツェーツェンが近くへ寄ると、端に座っているイクスアインは更にもう少しだけ端の方に位置を移動する。紳士的対応を示したのかもしれないが、むしろそこまで他人行儀にされるのもむず痒い気がした。パーフェクツォン・アミーの面々で野宿をしたり、粗末な待機場所で雑魚寝をした経験だって一度や二度じゃないのにだ。
「歌っていた女は流木野サキ――あの学園へ入学する前は芸能人をやってたそうだ」
「へ~ジオールのアイドルだったんだー。どーりで可愛い顔してるわけか」
童顔や幼女が好きなジオール人のわりには、意思の強そうな吊り目が魅力的であると
ツェーツェンも思う。……まあそんなべた褒めしても、彼女達を侵略する母国の軍策の手を緩める気はないのだけれど。
「でもとっくに引退した小国のアイドルに詳しいとか……もしかしてイクスアインって、こういうタイプが好きなんだ?」
「ちっ、違う! 彼女は前に、映画で観た事あるだけだ! 小さな劇場で、少しだけ公開してたやつでっ!」
ツェーツェンがからかいの目を向けると、イクスアインはそれこそ律儀過ぎるくらいにペラペラと否定の理由を述べる。
仲間達の誰もが分かっているけれど、イクスアインは少々人間的に背伸びをしているところがあって。自分で機械的に見せようとしているわりには、逆に人間味が滲み出ている青年であった。
「なーんだ。じゃあ映画面白かったんだ?」
「まあ、アイドルを起用したわりには、悪くないシナリオだったな……ジオール人が作ったわりにはな」
今や敵国となった亡国寸前の小さな国に申し訳程度の賞賛を送る。そういえばイクスアインは、ARUSで大々的に宣伝されるような莫大な予算を投じられて作られるような大スペクタル映画はあまり趣味じゃなかったと思い出す。彼がこう言うからには、悪くはない映像作品だったのだろう。
「ただ……私はあまり、共感出来る題材ではなかったよ」
「ふぅん、どういうのだったの?」
「この流木野サキの役が、一人で生きていても平気だという結論に辿り着くんだ。誰も“自分を選ばなかったから”とな」
絶賛するほどではなかったと言うわりには、随分と内容を覚えているものだ。
「まあ。男の人にとっては、そういうのは可愛くない女かもしれないね」
「そういう事じゃなくて――、それは誰も選ばなかったからだと思うんだ」
自身の意見を探りながら話すイクスアインの声が、少し遠く聴こえた。
ツェーツェンはむしろ、その流木野サキが演じたという役に共感する気がしたからだ。
それを否定するというのは、彼は今までに誰かに選んで貰えたという自信があるのだろう。少し、羨ましかった。
「イクスアインって頭でっかちで軍人に向いてないわりに、頑張ってるよね」
微笑みながら、だが挑戦的的に囁く
ツェーツェンの言葉にイクスアインは怒りはしない。代わりに言われ慣れぬ評価に吹き出していた。
「心外だな。自慢のつもりで言うんじゃないが、カルルスタイン機関出でこの年まで生き残れたのは私とハーノだけなんだがな?」
カルルスタインを出た者は、特務少佐にまで階級を上げられた試しはない。正規の士官学校を出たエリート達と並ぶ“少佐”への昇進を検討される前に、過酷な訓練で命を落とすか、あるいは最前線へと遣わされる任務で殉職を遂げる。
特務大尉という現状における最高の階級を既に何年も務めるイクスアインに、まさか年下の女の子から不適性と言われる日が来るなんて思ってもいなかったという顔をしていた。
「そういう事じゃなくて。イクスアインって元々軍人になるような家の子じゃないよね。なのにこんなエージェントまでやってて、正直驚いちゃうなって」
「そんな事言ったら君なんて女性――」
「私は、元から軍人の家の生まれだし。カルルスタインに入らなかったとしても、きっと軍人にはなってたよ」
それが私とあなたの違いだと、
ツェーツェンはにこりと言い切る。
「あなたみたいな一般人を前線に出しちゃったとか、軍人一家の身としては恥ずかしいよ」
元々国の為に身を捧ぐ戦士になるように生まれた身ならばとっくに覚悟を終えているものの、我らがドルシアは本来戦う運命になかった人間までもが銃を取り剣を掲げる事も少なくはない。
祖国への忠誠が増えるのは悪い事だとは思わないが、国家とは本来何を守るべき母体であるものなのか――
ツェーツェンは時折考える事があった。
「……
ツェーツェンの言う通り、私の父は軍とは無縁の人だった」
敵わないなと短く呟いて、イクスアインは眼鏡を上げる。気取っている風にも見える仕草だが、
ツェーツェンはむしろその“いかにも”な手ぶりが彼らしくて好きだ。
「私とハーノは、[[rb:山間<rp>(</rp><rt>やまあい</rt><rp>)</rp></ruby>の小さな町で育ったんだ」
深く溜め息をつくと、イクスアインは少し遠くを見つめながら昔話を始める。
カルルスタインに連れて来られる子供達の中では大して珍しくもない、“そういう経緯”で孤児になった者だと周囲から薄々は聞いた事があったけれども、本人の口から生い立ちの詳細を語られるのはこれが初めてであった。
「辺境の田舎だったから、突然の惨劇に軍は間に合わなかった。テロで両親が殺されて、ハーノと敵討ちに出たよ」
「小さいのに勇敢だったんだ」
「そうでもない。丸腰同然のガキが二人きりで乗り込んで、殺されかけた時にカイン様に助けて頂いたんだ」
イクスアインがカインを階級ではなく個人として尊敬の敬称で呼んでいるのは気付いていたが、そんな古い縁があったというのか。てっきりカルルスタイン機関長カイン・ドレッセル大佐という実力に惚れ込んでいるのかと思っていた。
「“背中を共に預けるな。背中も友も、両方を守れる強さを持て”とカイン様に教わったよ。その時に私達は、絶対に強くなってみせると決めたんだ」
その時彼は、共に仇討ちにまで乗り込んだハーノインという友人を唯一無二の存在として胸に置いたのだろう。それはハーノインもきっと同じだ。
彼らの強さは互いを選び合い、守り合った絆から育まれたのだろう。
少なくとも、アードライと
ツェーツェンの間にはこのような絆はない。無論性別の違い、過ごした経験の差もあるのだろうが、素直に互いを信頼し合っている関係は羨ましい気がした。
「
ツェーツェンもほら……、この服とか似合うんじゃないのか?」
何の前触れもなく再び手元の端末画面に向き直ると、イクスアインが流木野サキが昔ステージで着ていた衣装の写真を拡大して
ツェーツェンに見せる。
「えー、イクスアインってやっぱりこういう趣味なの?」
「だからそういうわけじゃない! 純粋に君に似合うと思ったんだ」
「こんなヒラヒラしたの、それこそアイドルしか着ないよー」
今まで聞いた事の無かった過去を分け合って、ネットに散らばった他愛ない写真を指して笑って。こんな穏やかな時間がひどく心地良い。
かつてイクスアインに不運に襲われ、軍人を志す事がなかったら。本来こうやって面と向かって話す事だって無かったであろう。生まれた土地も、国家における家柄の位置も違う者同士だった。
「この間――私はクーフィアを庇ったつもりだったんだが、逆に私も守ってくれてすまなかったな
ツェーツェン」
それは先日の、モジュール77の独立宣言によるモジュール分断の事を言っているのだろう。
「ああやって格好つけた私も、結局ハーノインに助けられたけどね」
「私も助けられるほど下手を打ったつもりではなかったが――、頼もしかったよ。あの時の君は」
いつの間にかイクスアインの視線は、手元の情報端末ではなく
ツェーツェンの方へと注がれていた。
「
ツェーツェン。確かに私は君と違って、軍人の生まれじゃない」
端末の画面に触れる二人の指が、僅かに触れ合ったような感触がした。
「だが君みたいな女の子をこんな前線に立たせるのが軍なら、私は進んで代わる。きっとその為にカイン様に導かれ、カルルスタインに入ったんだ」
「……イクスアイン……」
レンズ越しに
ツェーツェンをまっすぐに見つめる瞳はひどく優しくて、こんなイクスアインは今まで見た事がなかったかもしれない。
ベンチに座る互いの距離は、最初よりもほんのすこし狭まっていた気がする。