【VVV夢】かっこうのむすめ 6話「何故だ!?」
抑えきれぬアードライの怒声が通路に響く。窓から見える格納庫の中では、アードライ用のイデアールの整備は――されていなかった。
目障りなARUS艦隊を挟み撃ちで殲滅する為の段取りがついたという時、次の奇襲作戦のメンバーにアードライの名が無かったのだ。
「アードライ様はほら、お怪我もありますしー。休養されるのも任務のうちかと……」
彼の大きな声を聞く度に、
ツェーツェンは人知れず身を縮こめる。プライドの高い彼が腹を立てる度に頭に血が昇るのを幼い頃から見慣れていたけれども、見ていてあまり気分の良い場面ではない。
「私は既に万全だ! なぜ私が作戦から外される!?」
「まだ鎮痛剤飲んでいらっしゃるのに万全も何も――」
「カイン様の命令は絶対だ」
その命令はカイン本人から直接下されたわけではなく、伝言を受けたというイクスアインの口頭から伝えられたものであった。
イクスアインは強い言葉でアードライの反論を跳ね除けるが、正直なところ彼自身もその真意を知りはしないのだろう。
「カイン“様”ねえ……」
「ねえねえ、大佐様と王子様ってどっちが偉いの?」
よせばいいものを、よりによって仲間内で衝突してる最中にハーノインやクーフィアがイクスアインに茶々を入れる。
――そういえば。イクスアインと違い、ハーノインがカインを個人的に尊敬する素振りは見た事がない。先日イクスアインから聞いた話では、幼き日にカイン大佐に命を助けられたのはハーノインも同様であるはずなのに。
「私の言葉はカイン様の御言葉だ!」
片やイクスアインの捉え方は、もはや崇拝と呼んでもよかった。上司に対する感情をとう越えている。
幼馴染みである彼らは、カイン・ドレッセルに命を救われるという同じ思い出を共有しているはずなのだけれど。その気持ちの処理の仕方の違いは個人の性格によるものなのだろうか。
「……そうだアードライ様! お土産にコーシエンの土を持って帰りましょうか?」
「いらん!!」
空気が悪い。話を変えようとやけにあっけらかんとした声で
ツェーツェンは機嫌を取ろうとするが、どうやらお気に召さなかったらしい。
「土なんか持って帰ってどうすんのさあ?」
「ジオール人がベースボールの試合で敗退した際、参加賞として持ち帰るものらしい」
眼鏡のフレームを持ち上げると、イクスアインは律儀にクーフィアの疑問に答える。さすが読書家である彼は異国の知識も豊富だ。
「それ持って帰ったらなんかボーナスポイントにでもなるのぉ?」
「勝敗は覆らない。だが勝っても持って行っていいらしい。まあジオールの奇習にありがちな、変わった参加賞でしかないな」
「そのコーシエンって、モジュール77にもあんのかね?」
スポーツのジンクスめいた話という事で、洒落た話に敏感なハーノインも少し気になるらしい。街の女の子達とお喋りする話のタネにでもしたいのだろう。
「いや、コーエシエンキュージョーがあるのは……ジオール本土だ」
「持って帰れねえじゃん!」
そうだったのか。
ちなみに
ツェーツェンはコーシエンとは野球場をジオール語で言い換えたものだと思っていた。だから野球好きのジオールの一般的な学園モジュールであれば、どこにでもコーシエンがあると思っていたのだが……どうやら持ち帰るのは叶わぬようで楽しみが半減した。
「だからいらんと言ってるだろッ!!」
アードライの激高する声が重力の薄い空気をピリピリと痺れさせる。むしろ自信の誇りに関わる話を有耶無耶にされ、先ほどより温度を上げているのだろうか。
昔からの事であるが、アードライとは
ツェーツェンとは感性や気風がまるで合わない。気分を和ませるつもりで言ったのだが、とんだ地雷だったようだ。
「……二度も言わせるのか? 私の言葉はカイン様の御言葉」
未だ納得のいかぬアードライの聞き分けのなさにイクスアインは苛立つ。普段の彼らは仲違いを起こすほど噛み合わせが悪いというわけではないが、彼の信仰するカインに異を唱えるというのが我慢なぬらしい。
「従えないというのなら――」
「ちょっ! ちょっとそれはやめてイクスアイン!」
イクスアインの指がそろりと静かに腰の銃にかかる。パーフェクツォン・アミーは子供の頃から刃物と銃器を玩具代わりに育ってきた。激しい口論になると銃を向け合うのはカルルスタイン出の悪い癖だ。
「ケンカだケンカだ~」
「まあまあ、熱くなるなよお二人さん?」
この口論の火種は今さっき始まったものではない。そもそもは――エルエルフが居た頃から遡られる。
機関きっての優秀生であったエルエルフは年長であったハーノインや、そしてイクスアインよりもあらゆる点で優れており、多くの作戦で切り込み役として使われていた。
そしてリーダーシップにおいては生来の素養があるのか、アードライの威風堂々とした佇まいが重用されてきた。イクスアインとて分析力に関しては負けはしないのであるが、イレギュラー要素に弱い。
ブレーン兼エースをエルエルフに、リーダー役をアードライに。年上ながらも株を奪われてきたイクスアインが、ようやくカインから主格に据えて貰えるよう賜った作戦なのだ。俄然張り切るのも無理はなく、ましてそこを負傷兵であるアードライに乱される事をよしとしないのだろう。
「――私とて選ばれしカルルスタインの男だ。ルールは承知している!」
アードライが先に諦めの声を上げると、イクスアインの手はようやく銃から離れる。
命令を下したのはカインであり、イクスアインに異議を唱えてもしようがない事だとアードライもとっくに気付いている。何よりイクスアインが思いのほか怒気を上げ始めていた事にも気まずさを覚えたようだ。
王族の頃であった権力はもう無い。アードライは大人しく引き下がった。
「アードライ様……」
「……行くぞ。ハーノ、クーフィア」
この期に及んでもアードライを慰めようとする
ツェーツェンの姿に苛立ったのか。連れ立ってこの場を離れる際、イクスアインは彼女の名前を呼びはしなかった。
自意識過剰な見方かもしれないが。もしかすれば今回の作戦は先日“いい雰囲気”になった気がしないでもない
ツェーツェンに、職務の有能ぶりを見せたかったのだろうか。そこで他の男を気遣い続け、ひっそりと気分を損ねさせたのかもしれない。
だが呼ばれていないとはいえ、作戦の実行メンバーの一人である
ツェーツェンは同行しなければならない。アードライとはゆっくり離れて行く。
「バイバ~イ王子様~、お留守番頑張ってねえ」
「ちょっとクーフィア引っ張らないで! アードライ様、行ってきますっ」
クーフィアに袖を引かれ、低重力の中をふわふわと先へ進む。
視線の先では
かつての王子殿下の姿がどんどん小さくなるが、今は互いにドルシアの一軍人でしかない同士。ただ命令に従う立場でしかなかった。
***
「
ツェーツェン、イデアール、ボックスアウト!」
空色のカラーリングが施され、若葉や
牡丹と植物を
模ったラインの引かれた翼が真空の空を切る。要塞のような巨体を誇るイデアールは小回りこそ利かぬものの、
ツェーツェンにとってはむしろ女である我が身が唯一男性達と対等に渡り合える自由の身体の象徴だ。
進路も退路も挟み撃ちにする作戦は見事功を奏し、目障りであったARUS軍の護衛戦力を次々と沈める事に成功する。
『挟み撃ちに出来る機会を待ってたんだよォ!』
『待たせ過ぎたがな?』
「ジオール人ってサービス延長タイムが大好きらしいし、許容範囲内だよ」
『もう行こうよぅ! 早くはやくぅ!!』
あとは本命のヴァルヴレイヴがご登場しないならば、こちらから直接モジュールを叩くのみと息巻いていた頃合いに現れたのは――赤だけではなく緑のヴァルヴレイヴであった。
『ヴァルヴレイヴが二機ぃ!?』
「何が中立国だってば! めっちゃめちゃ兵器量産してたんじゃん?」
金でARUSからの庇護を買い、金でドルシアとの諍いを収める。ジオールのそんな小賢しい生き方は世界情勢においての常識だ。そうやって上手く立ち回り、自分達は戦争の矢面に立たないという顔をしていたくせに、蓋を開けてみればあんな超兵器を開発していたなんて油断がならないどころの話ではない。
『多少装備が異なるようだが、作戦通り行く』
よりによってアードライを欠いた中、一機でも強敵であるにこ関わらず二機も……という焦ったのは杞憂で済まされた――。
所詮最近まで学校でお遊戯みたいな生活を送っていた素人パイロットが初陣に望むのだ。玄人相手にロクに動けず、あっさりと戦力外に成り下がる。思ったよりも攻略は容易そうだ。
『私の解析によれば、ヴァルヴレイヴは近距離戦闘兵器――』
接近戦特化型兵器である事をイクスアインが推察し、それも大当たり。複数居ようがどちらも遠距離射程の銃火器を持つイデアールに近付く事も出来ず、ミサイルの餌食になるかオロオロと逃げ回るばかり。
『つまり、接近さえさせなければその戦闘力は半減する!』
カルルスタイン随一の精鋭であったエルエルフが消え、生来のカリスマを持ったアードライも伏せられたこの作戦において、イクスアインは我こそはとカインの期待に応えるべく持ち前の能力を遺憾なく発揮する。
――緑の新顔が現れた際はよもやパイロットはエルエルフかとも戦慄を覚えもしたが、この無様な戦いぶりでそれは有り得ない。心置きなく戦えそうだ。
『少しづつ削っていけば、勝利は疑い無いっ!』
ドルシアの軍事連邦国の名は伊達ではない。威力も射程距離も多種多様な豊富な火力を惜しみなく用い、臨機応変に作戦を練り、不利な敵勢をも陥落する。
これが我らが祖国の繁栄を支える、強力無比の戦術であった。
『はいは~い、これで戦艦はおしまーい♪』
「……生身の人間を覗き込みながらブリッジを至近距離から直接砲撃なんて、よく出来るねクーフィア……」
イデアールに間近から張り付かれ、死期を悟り恐怖に凍りつき――そして呆気なく木っ端微塵に天に召されていったであろうARUS人達には敵でありながらも軽く同情をする。
だがこれで目障りであったARUS旗艦を沈める事に成功した。小難しい腹芸の分野は分からぬが、これで学生達の独立国との外交パイプを持っていたフィガロとかいう政治屋も一緒に抹殺仰せたという首尾だ。
『二機居ようが近付けさせなければ手も足も出してこねえし――、イクスの読みが大当たりじゃん?』
『
ツェーツェン、緑は明らかに戦い慣れていない。足止めしつつ確保してくれ!』
イクスアインから入った通信では一番難易度の低い攻略を任されが、これは先日彼の言っていた「女の子を前線に立たせたくない」という意思からの配慮なのだろうか。
ハーノインとイクスアインが赤のヴァルヴレイヴを消耗させ、ARUSの戦力をぷちぷちと殲滅するクーフィアも終わり次第それに合流。そしてイレギュラーではあったが新顔の緑を
ツェーツェンが叩く――。作戦としては完璧であった。
「……了解!」
ツェーツェンも
操縦成績優良と呼ばれる以上、せっかくの思いやりにも采配不適性といったほろ苦さを感じずにはいられなかったけれど。むしろ戦闘ではなく捕獲という技術勝負の任務に、巧みな操縦スキルを見込まれて――と考えた方が精神衛生上よろしいのかもしれない。
動きが鈍くなった緑色のヴァルヴレイヴへ向けて、
ツェーツェンは空色の殲滅機で距離を詰めた。
円盤状のナックルを扱いバッフェ相手には強気になっていた新型ヴァルヴレイヴも、カルルスタインの精鋭達が操るイデアール相手ではちょこかまと逃げるしかなせる術がないようだ。
「どういう学生サンが乗ってるか知らないけど、
初心者だからって容赦しないよ!」
本来なら民間人相手に武力を振り翳すのは趣味ではないが。人類の常識を凌駕するような秘密兵器に搭乗し、のこのこと戦場に顔を出しておいて非戦闘員と呼ぶなどおこがましい。
これがクーフィアであったら、猫が鼠の仔をいたぶるようにねちねちと装甲を剥いでいくのかもしれないけれど。
ツェーツェンは悪趣味でない程度に緑のヴァルヴレイヴを中距離火砲で狙い撃つ。
「……降伏する気になった?」
息をもつけぬ猛攻の中、緑の羽虫が目に見えるペースで速度を落としている事に
ツェーツェンも気付き始める。
網目のように隙間無く放ち続けていた拡散レーザーをそれとなく緩め始めると、とうとう緑のヴァルヴレイヴはほとんど停止同然のまま動かなくなってしまった。
「まあ破壊が目的じゃないから……、大人しければそれで構わないけどさ」
今まで一定距離を保ち焦らせていたイデアールを静かに近付けると、
ツェーツェンは緑の機体にイデアールのアームパーツをじわりじわりと伸ばす。機体回収のみが目的であれば、四肢を切り離し別々に持ち帰るやり方でも十分命令遂行となる。
「こんなに上手く作戦が進むなんて。やっぱりイクスアインの分析力はすごいなあ」
だが問題はやたら脚の多いこの緑のマシンの構造だ。まずどこをもぎ取ればいいのやら――。
まるで虫のようで、今にもうぞうぞとデタラメに動きそうなフォルムは開発デザイナーの気が知れない。いや不気味に生え揃う脚など放っておいて、やはり武器をブン投げてくる腕をもいでしまうのが最適か。
ツェーツェンが緑のヴァルヴレイヴの腕をねじり切ろうとしたその時、沈黙を守っていた脚達が一斉に蠢きイデアールのアームを力づくて弾き折る。
「ひっ!?」
さながら蜘蛛の脚のようなその奇怪な動きに生理的嫌悪を覚え、思わず
ツェーツェンは悲鳴を上げる。その僅かな間に十分な隙が生まれた事は事実であった。
「……まっ、待ちなよ緑!?」
虫のようだといってもあくまで印象の話で、実際に巨大な虫が目の前に居るわけではない。だが瞬時に嫌悪感を押し込めたものの既に遅く、振るわれたナックルでイデアールの脇腹を抉られる。
真横をすり抜けるヴァルヴレイヴを慌てて追うも、あの多脚が爪の先に波紋状のエネルギーを作り出し、中空を蹴って蹴って加速して跳び回って。それは文字通り光の早さ――いや光を使った早さで無重力の空を駆け、翡翠のヴェールを残し
ツェーツェン機のイデアールを置いてけぼりにしてしまった。
「ごっごめんッ!! 緑そっちに逃がした!!」
数多の解析を踏まえたイクスアインの自信は
ツェーツェンの過失により打ち砕かれる事になる。
『ハラキリはやらせないよぉ? 止まった瞬間に捕まえてやる!』
『同じです、何機来ようと』
ツェーツェンが捕らえ損なったあの僅かな間に一体何があったというのだろう。緑のヴァルヴレイヴは先ほどまでとは打って変わって別人のような機動性で真空を駆け、相見えた時よりもずっとずっと上手く長距離ミサイルを避けていく。
『こんな機動性がっ!?』
『有り得ない!!』
敵を捕らえ損ねたミサイルがあっけなく散る
閃光を
背景に、仲間の赤を撃墜せんとしたイクスアイン機に、瞬く間に緑のヴァルヴレイヴが迫る。
そう、従来の駆動殲滅兵器では想像も出来ぬようなスピードで。
『きっ近距離に……ッ!!』
分析した通り、ヴァルヴレイヴは近距離特化型の先頭兵器だ。
舞うがごときステップでひらひらと空を跳ぶ瞬くような瞬発力に目を奪われ。気付いた頃にはもう、イクスアイン機はヴァルヴレイヴが得意とする間合いに踏み込まれていた。
『うわあああああああああ!!』
イクスアイン自身は辛くも脱出したが、彼のイデアールは投擲されたナックルにより無残に爆散を遂げる。
『何だッアイツはッ!?』
『イクスアイン! くっそう――!!』
『待てっ! 撤退だ!! 全軍、エルス方向に撤退せよ!!』
ハーノインが友の雪辱戦に向かおうとするも、クリムヒルト少佐からの通信により撤退に従わざるを得なくなる。
『なんでぇ!?』
緑が戦士としての頭角を現した今、ただがむしゃらに戦略もなく突き進むのは無謀以外の何物でもない。
『繰り返す! 全軍撤退せよっ!!』
『逃げちゃうのぉ~!?』
『っ! だってよッ!?』
「ゲームじゃないんだから。
万全な作戦再開はすぐに出来ないよ!」
納得いかぬという態度を隠さぬものの、ハーノイン機がイクスアインの脱出ポットを掴んで戦場に背を向けクーフィア機もそれに続く。
イデアールの格納庫部分をごっそり奪われた
ツェーツェン機も重量バランスが狂ってしまい、これ以上の戦闘続行は難しい。大人しく命令に従い仲間達の後を追った。
「何なのあの動き……、それに放出したエネルギーを物理的に固定して蹴る? 本当に有り得ない」
そもそもヴァルヴレイヴの放つ光の軌跡に、一時的であろうと質量が生まれている事自体が超常的にも程がある。
前回のモジュール分断の際に薄々は気付いていたが、はっきりした事がある。
通常時は接近戦でしかその性能を存分に発揮出来ぬとはいえその機動力――そしてチャージ装填後のハラキリの最大出力。世界最強の戦略兵器であったはずのイデアールは、ポテンシャルにおいてジオールの造りし新兵器に全く歯が立たぬのが証明された。
なんと腹立たしいのだろう。中立を装っていた小狡い狐共に、まんまと王者の名を奪われてしまったのだ。