【VVV夢】かっこうのむすめ 9話 パーフェクツォン・アミーによる五度目の作戦は決行された。これがエルエルフの原隊復帰を許される最後のチャンスの作戦であった事は決行前のブリーフィングによりアードライから念押しを受けてはいた。
先の四度目の作戦の際、今までに無い卓越した操縦技術によりエルエルフ本人がヴァルヴレイヴに搭乗した可能性が濃厚となってはいたけれども。アードライ自らがモジュール77に乗り込み投降を促した五度目の作戦において、ジオール軍所有であったスプライサー機に搭乗したエルエルフ本人がイデアールを攻撃した姿が確認された。
彼はドルシアではない新しい祖国を見つけたのだ。エルエルフはもう、我々の仲間として戻っては来ない。
モジュール77への侵攻は六回行われ、そのうち五回がカイン大佐の関わった作戦であり――全てさしたる成果を挙げぬままの失敗に終わっている。
ARUSの艦隊を沈めた事など大した功績にはならない。本来のARUSは世界一の繁栄を自負する大国だ。所詮月周回軌道軍のほんの一握りを潰しただけの戦績など、子供のおつかい程度の成果に過ぎぬという事だ。
カインに任されたヴァルヴレイヴ奪還も、未だ成功の狼煙を上げられる気配もない。
「マニンガー准将が自ら出撃なさるそうだ」
――そろそろ本国が痺れを切らす頃合いである事は、誰もが気付いていた。
「准将は我々がお嫌いなようでね。“スパイ”の協力は極力受けたくないそうだ」
歴代の戦果を数えれば凄まじい戦果を上げているカルルスタイン機関であったが。正規徴兵制、そして由緒ある士官学校を経由せぬ独立性に胡散臭さを覚え忌避するドルシア軍人も多い。
そのカルルスタイン機関生は前線登用における戦闘力において実力を発揮するのであり、むしろ幼い頃より訓練施設に隔離され世間に疎い子供達は潜入捜査の方が不得意であるくらいだ。
それを“スパイ”と呼ぶなど、ARUS映画の観過ぎか……それともよほど総統の懐刀カイン・ドレッセルの権威を毛嫌いしているらしい。
「スパイですか……」
無体を通り越して滑稽な言われように
ツェーツェンは苦笑いを隠せない。現に咲森学園に潜入する際の仲間達の“学生なりきりシュミュレート“などの酷い有り様を思い出すと、ついこの間の事なのにひどく懐かしい気がした。
しかし何故カインがこの話を
ツェーツェン一人だけに言って聞かせるのかの意図が掴みかねる。
「我々は次は陽動の囮役しか任せて貰えなかったものでね。君には一旦地球に戻ってもらって、中将閣下――お父上からの命令を伺って欲しい」
突然出される父の名に、
ツェーツェンは先日クリムヒルトに問われた疑惑を思い出す。
カインの前であの話をしては、父の首が物理的に飛びかねないという可能性が背に冷や汗を流させた。
「私だけ地球での任務って、どのようなものでしょうか。まさか親孝行だなんて言いませんよね?」
「かもしれないね。詳しい話は地球で聞いてくれ」
ツェーツェンの冗談混じりの軽口に応えるカインの表情は、とてもとても優しい表情で。
……一人前に軍務を全うしているつもりなのだけれども。本当に娘可愛さで呼び戻しされた、任務とは名ばかりの休暇などであったら、仲間達に対し実に恥ずかしい限りである。
「あくまで噂話という認識で――、こんな下世話な事を言うのは申し訳ないが」
訝しがる
ツェーツェンに、引き続きカインは温かな声を向ける。
「
ツェーツェン……いや
ローレ嬢。君の父親は中将閣下とは名ばかりで、先の革命より以前ほどの権威を失っているね」
「まあ、政治に対する影響力はなくなりましたね。確かに」
ローレも小さかったからあまり覚えてはいないが、赤い木曜日以前の父は経済界とも非常に懇意で。かつての実家がやたらと華やかだったのはその恩寵であったらしい。しかし現総統の政権――言うなれば独裁体制になってからは、その交友も“交流”の範囲に留まるのみとなった。
階級の上では
ローレの父の方が上であったが、きっと大佐であるカインの方がよほど各方面への影響力を有しているのであろう。……ソレに関し、実に下世話な憶測が囁かれているのもまた事実だ。
「知っての通り私はアマデウス総統の腹心であるから……、どうやら君がカルルスタイン機関に入れられたのは、父君が君を私に花嫁として差し出すつもりだと噂が立っているようでね」
「かっ、カイン大佐もそのウワサをお聞きになっているんですか!?」
ツェーツェン自身もカルルスタインの集落から出て、本格的に軍部に配属されるようになってから晒されるようになった
噂だ。まさか憧れのカイン本人の耳にまで届いていたとは、どんな顔をすればいいのやら。
「あくまで噂だ。君の父君の本当の真意は分からない。けれどね――もし、今回の里帰りでその話が出たとしても。私は君が相手なら、悪い気はしないよ
ツェーツェン?」
「……そ、それは私が中将の娘だからですか?」
言葉通り、実際の父の目論みは――あるのかないのかすら分からない。だが中将である
ローレの父とカイン大佐が義理の親子関係ともなれば、マニンガー准将のように改革後の厚遇抜擢を良しとせぬ者達を黙らせる人事を配するのも楽になろう。
「それも大いに有る。だがね、可愛い教え子を伴侶として愛しいと考えるのを――私はいけない事だとは思っていないよ」
カインの微笑みは優しいなどといった表現を通り越して、蕩けるような甘さに満ちていて。
「私の個人的意思はそういう事だよ。以上だ、ブリッツゥン・デーゲン」
「
ツェーツェン、張り切って地球に一時帰還致します! ブリッツゥン・デーゲン♥」
早く地球に返ってパパに会いたい!!と
ツェーツェンが思ったのも、無理からぬ事であろう。
***
――ここはどこだろう。
真っ暗な部屋で横になっていて。頭がぼうっとするから、寝室なのかもしれない。
だが、どこの寝室なのだろう。久しぶりに帰還した
ツェーツェンの実家にこんな部屋は有っただろうか。
部屋の中でぼんやりとした光源となっている明るい緑色の灯りは、嫌いじゃあない。
その色は忌々しいヴァルヴレイヴの不可思議な軌跡を思い出すけれども、あれも本当は嫌いではなかった。モニターに映される光の帯は、恐ろしくも美しいとすら感じていた。
暗い部屋でひそひそと、複数の人数の話し声が聴こえる。
絵本で見た事がある。人間が寝静まってから妖精が集まって宴を催すという、ああいう場面なのだろうか。
〔本当に皇女によく似ている〕
〔似てはいるが、背が高過ぎる〕
〔だから、“
カルルスタイン”とやらに送ったのだろう?〕
〔こんなに背丈が違っては、影武者など無理だからな〕
〔まあもはや……あの皇女に移った者自体、もう大して使い物にならぬがな〕
〔しかもルーンの採取まで嫌うとは、愚かな〕
〔だから身体も育たなくなったのだ。本体が痩せ細れば、器とて生命力を欠く〕
〔可哀想に。ならこの娘は皇女の我儘で、“飼育場”に送られたわけか〕
〔所詮はその程度の正義感に過ぎぬ。自分のしでかした事で、ニンゲン一人の運命を狂わせるとも考えなかった思慮の浅さよ〕
〔憐れな哀れなかっこうのむすめだ。せめて我らで大切に使ってやろう〕
〔おやおや。この地に来て随分となるのに間違えているぞ〕
〔そうそう、かっこうは逆さ。違う鳥の巣に己の卵を置いて育てさせるんだ〕
〔そうか逆か。まあ、大した違いではない〕
〔古き人の身を捨て、新たな人の身に!〕
どこまで聞いただろう。
意識は、部屋と同じ暗い闇の中へと沈んでいく――。
「……“あなた”の名前は?」
うっすらを目を開けると、頭上には父の顔があった。寝顔を見られてしまうなんて何年ぶりだろう。なんだか恥ずかしい。
それに、父から“あなた”なんて他人のように呼ばれたのは初めてであった。
「私、は……
ローレだよ」
気恥ずかしさで顔を隠したくなったけれども、身体が怠くて上手く力が入らず腕が動かない。
照れ混じりに答えたところ、いくつかの悲鳴の後にざわざわと部屋が騒がしくなった。
〔儀式は失敗だっ……!〕
〔……□□□も目を覚まさない!〕
〔元々種族がハッキリしなかった器を使ったのが早計だったのか〕
「――ルーンの適合が上手くいっていないのかもしれない。まずは生かして様子を見よう」
まだ妖精たちが帰っていないのかもしれない。父の声がその輪にごく当たり前のように交じっている。
「今は休みなさい、
ローレ」
「……うん。おやすみ、なさいお父さん……」
目を閉じると、またあの美しい緑の光が優しく撫でてくれる気がした。
お父さんって、ほんとうにすごいんだね。
ドルシアを守る軍隊でとっても偉い中将なのに、その上妖精とお喋り出来るなんて。