【VVV夢】かっこうの思い出 ~ハーノインと恋人の約束~ カルルスタインの村に居た頃、
ツェーツェンにはいわゆる“彼氏”と呼べるような男の子が何人か居た。好意を持って貰えるのは嬉しかったし、あの閉鎖された場所では仲間意識は強く――その中でも自分だけがトクベツとして選んで貰えるのはとても心地が良かった。
「
ツェーツェンって誰とでも付き合うのかよ?」
「誰とでもじゃないよ。好きな男の子とだけだってば」
「……好きな男ってそんな定期的に変わんの?」
ハーノインが疑問を投げてきたのも、そう無理からぬ事だ。機関入りして何年も経った頃の
ツェーツェンの付き合った男の子というのは、既に一人や二人では済まない。むしろ季節毎に入れ替わっているような節もあった。
「そんな薄情じゃないし!
カルルスタインだと定期的に死んじゃうだけだよ」
ツェーツェンが意図して迎えた破局など一度だってない。誰と恋を交わそうが、全て死に別れて終わっただけだった。
「そういうこったね」
口を尖らせ抗議するとハーノインは納得したように苦い笑みを浮かべる。
ツェーツェンより三年も早く機関入りをしている彼は、果たして何倍もの同胞の子供達の死を見ているのだろう。
「アードライ様が――何か言ってた?」
ツェーツェンとしては純粋な恋心を咎められる謂れは全くないのだけれども。やむを得ない事情があるとはいえ、定期的に入れ替わる恋愛模様を主君になるはずであった王子殿下がいい顔をするとも思えなかった。
「なんにも。ていうか
ツェーツェンが恋多き女子だって事すら知らないっぽいし」
「アードライ様自身がエルエルフに恋してるような近付きっぷりだもんね」
「そうそう。その他のことなんて目に入らねえって」
幼馴染みって、一体なんだろう。言ってて悲しくもなるが、厄介な心配事の可能性はなくなったようで安心した。
「ハーノインこそ、誰かと付き合ったりしないの? 女の子達、ハーノインのこと見てそわそわしてるよ」
身体能力の低さゆえにどんどん数が減っていくとはいえ、この村には女子の訓練生も居る。自身の恋もくすぐったくて嬉しいけれども、実際には同じ女の子達との恋のお喋りの方が
ツェーツェンには何よりの楽しみであった。
女の子達の関心は同い年、もしくは年上に向けられていく。黄色い声でハーノインやイクスアインの名が上がる度、
ツェーツェンはちきれんばかりに首を縦に振って同意を表明する日々だ。
「あー俺はまだここではいいや。だってほらここ、子供ばっかだし?」
「そこで私なんてどうかな? ほら、何人とも付き合った事あるからけーけんほーふだよっ!」
「そういう事じゃねえし~」
アードライとの縁で知り合った強みで
ツェーツェンは抜け駆けに走るが、ハーノインはそれを上手くかわされる。安易に受け入れない辺り、やっぱり年上って素敵だ。
「ぶっちゃけ
ツェーツェンて、キスより先もしてんの?」
「んー……体をペタペタ触られる事はあるけど。その先は、無いよ」
フラれてすぐになんという話題……だとも思うが、元々ハーノインと
ツェーツェンはあらゆる意味でライトな話し相手だった。
「みんなココで育ってるからさ、そこから先は具体的にどうするのか、分かんないんだよね」
「なるほど。まあ座学で教えられるつまんねー講習じゃ、いまいち雰囲気もエロさも感じねえもんな」
街で見かけた恋人達を参考にしようにも、そもそも街なんて出入りしたのは何年前であったか――。雑誌もテレビも無いこの村では、世間一般の恋人同士がどう振る舞っているとか、子供達だけではよく分からないのだ。
「ハーノインは、ちゃんと知ってる?」
「知らないわけじゃないけど。俺もここで育ったから、全部知ってるわけじゃねえな」
「みんな似たり寄ったりだね」
九歳で機関入りした
ツェーツェンと違い、ハーノインは適齢である七歳で機関入りをしたと聞く。生まれ故郷の思い出なんて、
ツェーツェン以上に遠い彼方の記憶であろう。
「残念だな~! 私こんなにハーノインのこと好きなのにっ!」
「ごめんな。俺はまだちょっと、あいつらの面倒見てるので忙しいし」
ハーノインの言うあいつらとは、アードライやエルエルフやクーフィアや――そしてイクスアインの事なのだろう。チームの最年長として真似っこの恋愛ごっこよりも、弟分である彼らの方が優先度が高いようだ。
「まあここを出れたら。二人で“その先”、しよーぜ!」
――その、“ここ”を出られる子供自体が、百人に一人という限りなく低い数字が囁かれているのだけれども。
「嬉しい! 私忘れないんだからねっ」
たとえ不確かな約束でも、トクベツな女の子として認められたような気がして。
ツェーツェンはくすぐったかった。