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    EM-エクリプス・モース- 第三章「赤雷の騎士と闇の王」赤雷の騎士剣聖の王国敵襲死闘と底知れない恐怖傷みの重さ赤雷の騎士父さん……俺は騎士として失格だ。俺は、騎士として守るべき者を二度も守れなかった。そんな俺に出来る事は———。

    サレスティル王国を後にしてから数日後、ヴェルラウドはかつて父に連れられて辿り着いた集落に来ていた。集落には父の墓がある。父が眠る墓の前で、ヴェルラウドは亡き父への想いを馳せていた。母国クリソベイアでは騎士団長として国民から称えられ、誰よりも尊敬していた父。魔物の軍勢によって深手を負い、自らの命を捨てて助けてくれたのも父だった。ヴェルラウドは胸ポケットに忍ばせていたシラリネのペンダントを取り出し、僅かに震える掌と共にジッと見つめる。
    「……俺に出来る事ならば、何だってやってみせる。何だって……な」
    胸中に秘めた想いを言葉に表したヴェルラウドはペンダントを首にかける。
    「まってよ~!」
    「きゃはは、ここまでおいで~!」
    不意に無邪気な子供の声が聞こえてくる。はしゃぎ回る小さな女の子と男の子だった。
    「あっ!」
    走っていた女の子が突然転んでしまう。
    「ぐすっ……うっ、うえ~ん」
    転んだ事で膝を擦り剝いてしまった女の子は泣き出してしまう。
    「どうしたの、だいじょうぶ?」
    男の子が心配そうに見つめている。その様子を見ていたヴェルラウドは子供達の元に歩み寄る。
    「ケガしたのか?今助けてやる」
    ヴェルラウドは手持ちの薬草をすり潰し、女の子の膝の患部にそっと当てる。
    「よし、これでもう大丈夫だ」
    応急手当が済むと、ヴェルラウドは女の子に笑顔を向ける。
    「ありがとうおにいちゃん!」
    「ああ。転んだりしないように気を付けるんだぞ」
    気さくに振る舞うヴェルラウドを、男の子が興味深そうに見つめている。
    「おにいちゃん、何者なの?」
    「うん?俺が何者かって?そうだなぁ……いろんな人をお守りする騎士さま、かな」
    「え!おにいちゃん、騎士さまなの!?すごいやすごいや!」
    男の子は目を輝かせてはしゃぎ始めると、ヴェルラウドは男の子の背丈に合わせるようにしゃがみ込んだ。
    「君はこの女の子の友達か?」
    「うん」
    「だったら、何があっても大事に守ってあげるんだぞ。大切な友達だったらな」
    ヴェルラウドは穏やかな表情を浮かべながら男の子の頭を撫でてはそっと立ち上がり、マントを翻して去って行った。
    「かっこいいなぁ……あれが騎士さまかぁ」
    男の子は去り行くヴェルラウドの背中をジッと見つめている。
    「ねえねえ、騎士さまってなあに?」
    女の子が興味津々で男の子に聞く。
    「騎士さまはねえ……お城のおひめさまをおまもりする人なんだ。ぼく、おおきくなったらお城の騎士さまになりたいんだ」
    男の子はヴェルラウドの姿に密かな憧れを抱き始めていた。


    集落を去ったヴェルラウドが向かう先は、母国であるクリソベイア王国だった。魔物によって陥落したが、もしかすると何かがあるかもしれない。自身がまだ知らない隠された何らかの秘密があるのかもしれない。サレスティル女王を浚った謎の黒い影を追うのが目的であるが、黒い影は今何処にいるのか解らない。行くべき場所も解らない。当てもなく彷徨うより、母国に戻る事で少しは何かの糸口が掴めるかもしれないからだ。その途中に襲い来る魔物の群れ。魔物の数はかなりのもので、凶暴化したものが次々と襲い掛かって来た。数々の魔物を打ち倒し、橋を越えて更に北東へ進む。半日間に渡って止まらない魔物との戦いを重ね、傷ついた身体を引きずりながらも廃墟となった城に辿り着く。そこがクリソベイア王国だった。騎士の国と呼ばれていたかつての栄華は完全に滅び、瘴気と毒、そして今でも人々の屍が転がっている廃墟であった。

    一体……何故こうなったというんだ。俺を狙う魔物どもは、何故この国を……。

    やり切れない思いのまま、ヴェルラウドは廃墟の城に足を運ぶ。城の中にも騎士達の屍が転がっており、酷い死臭が漂っていた。所々が荒れ果て、瓦礫だらけの廊下を歩くヴェルラウドは母国で暮らしていた頃の出来事を振り返っていた。

    「どうした!お前の力はその程度ではないはずだ。もっと打ちかかれ!」
    ヴェルラウドの父であり、剣の師でもある騎士団長のジョルディス。王国の騎士を指揮し、王国一の剣の腕を誇る実力者であり、厳格ながらも真っ直ぐで責任感が強く人望に厚い人柄で国民からは大いに慕われている存在であった。幼い頃から備わっていた騎士としての素質を見込まれたヴェルラウドは、父からの厳しい訓練を叩き込まれる日々。数年間に渡る騎士としての訓練を乗り越えた結果、未来の騎士団長に相応しい実力を身に付け、クリソベイア王と姫であるリセリアを守る騎士に任命されるようになった。
    「あなたがジョルディスの息子なのね」
    「ええ。姫様をお守りする騎士として、この命に代えてでもお守り致しましょう」
    ヴェルラウドの瞳からはジョルディスに似ているものを感じた王とリセリアからは絶大な信頼を寄せられ、国王と姫を守る騎士として生きる事となったのだ。

    「陛下……姫様……」
    過去の出来事を振り返っているうちに、ヴェルラウドの脳裏に魔物の凶刃によって切り裂かれ、血に塗れて倒れるリセリアの姿が浮かんでくる。思い出は忌まわしい記憶へと変わっていき、ヴェルラウドは項垂れながらも拳を震わせていた。城の中を彷徨う中、ある部屋に辿り着く。そこは、幼い頃のヴェルラウドとジョルディスが共に過ごした部屋だった。


    ねえお父さん、ぼくのお母さんってどこにいるの?なんでお母さんいないの?

    母さん……か。ちょっと、お仕事中なんだ

    おしごとちゅう?

    今はちょっと遠いところでお仕事に行ってるんだ。何、そのうち帰って来るよ……。


    生まれた頃からは既に母親の姿はなく、母親の顔を知らないヴェルラウドは何故自分に母親がいないのか解らなかった。あの頃はお仕事に行ってると教えられたから、そのうち帰ってくるものだと信じていた。だが、何時になっても帰ってくる事は無かった。母は今、生きているのだろうか。そうでないとしたら、幼かったあの頃の自分に悲しい想いをさせないためにも、父はあえて嘘をついていたのだろうか。その答えを知る事がないまま、父はこの世を去った。もし母が何処かで生きているなら、何故この国を去ったのだろうか。そもそも母はどんな人なのだろうか。自身に備わっている赤い雷の力は、父には備わっていない能力であった。そう考えると、この能力はもしや……。

    ヴェルラウドは顔も知らない母の事を考えながらも、部屋を後にする。崩れかけた階段を登り、謁見の間へ向かおうとする途中、不意に立ち止まる。何かの気配を感じ、足を止めたのだ。
    (……この城に、何者かの気配がする……城にいるのは俺だけじゃねぇのか……)
    得体の知れない気配に用心しつつも、階段を登り終え、謁見の間に辿り着く。そこには無数の白骨死体が転がっており、凄まじい死臭に塗れていた。
    「うっ……!」
    ヴェルラウドが見たものは、一つ目の影の姿を持つ魔獣———シャドービーストだった。玉座の前で頭蓋骨を舐め尽くしているシャドービーストはヴェルラウドの存在に気付き、鋭い牙を剥けて唸り声を上げる。
    「チッ、バケモノが」
    剣を抜き、構えるヴェルラウド。飛び掛かるシャドービーストの攻撃をかわし、剣による一閃を加えては距離を取る。手強い相手だと感じたヴェルラウドは赤い雷を剣に宿し、シャドービーストの爪の一撃を受けつつも、体に剣を突き立てる。赤い雷による感電がシャドービーストを襲い、咆哮が轟く。一つ目を赤く光らせ、凶悪な表情を浮かべるシャドービーストが飛び掛かった時、後方から地面を這う斬撃の衝撃波が襲う。突然の衝撃波によってシャドービーストは体を真っ二つに切り裂かれ、声を上げる事もなく息絶え、溶けるように消滅した。
    「何だ今のは……?」
    予期せぬ出来事にヴェルラウドは思わず背後を振り返る。
    「ふむ。危ないところだったようだな」
    声と共に現れたのは、戦斧を手に持つ鎧を着た大柄の戦士の男だった。
    「誰だ!」
    見知らぬ男の出現に剣を構えるヴェルラウド。
    「待て。決して怪しい者ではない。不審だと思うのも無理はないかもしれぬが」
    冷静な声で男が言う。
    「あ~あ。例の人って本当にこんなところにいるのかしら?この城ってば、目ぼしいお宝みたいなものはないし腐敗臭半端ないし全然いい事ありゃしないわ!」
    続いて女の声が聞こえてくる。やって来たのは、杖を手にした魔導師のような印象を受ける金髪のショートカットの少女だった。
    「あれ?オディアン。そこにいる人は誰?」
    ヴェルラウドの存在に気付いた少女がオディアンと呼ばれた戦士の男に声を掛ける。
    「スフレよ。どうやらこの者で間違いないようだ」
    「本当!?ねえ、ちゃんと確認したんでしょうね?」
    「うむ。紛れもなく赤き雷の力を使っていた」
    「こんなイケメンが賢王様の言ってた赤雷の騎士だっていうわけ?あたしがイメージしてたのとちょっと違ったなぁ」
    突然現れた少女スフレとオディアンのやり取りを前に一体何なんだと戸惑うばかりのヴェルラウド。
    「おい、いきなり何なんだよあんた達。何の話をしているんだ?」
    ヴェルラウドの一言に、スフレは表情を笑顔に変えて軽くお辞儀をする。
    「初めまして、赤雷の騎士様。賢王に仕えし賢者スフレ・モルブレッドと申します」
    続いてオディアンが胸に手を当てて軽く頭を下げる。
    「初にお目に掛かる。私は剣聖の王に仕えし騎士オディアルダ・レド・ロ・ディルダーラ。オディアンと呼んで頂きたい」
    二人が自己紹介をすると、ヴェルラウドはそれに応えるようにお辞儀を始める。
    「俺はヴェルラウド・ゼノ・ミラディルス。このクリソベイア王国の生まれだが、魔物どもの手によって陥落してからサレスティル王国へ移住した騎士だ。だが今は訳あって旅をしている。あんた達は、俺について何か知っているのか?」
    スフレは軽く咳払いをする。
    「あたし達は賢王様の予言に従い、赤雷の騎士の力を求めてやって来たのよ。ヴェルラウドと言ったわね。あなたはかつて闇王と戦った赤雷の騎士の子であり、赤き雷を継ぐ者。復活した闇王を討つ為には、あなたの力が必要なの」
    「赤雷の騎士……闇王?どういう事だ?」
    唐突な話にヴェルラウドは困惑するばかりだった。
    「……って、いきなりこんな話してもわけわかんないよね。とりあえず、賢王様のところへ案内するわ。賢王様はあなたを必要としているんだからね」
    「待てよ。その賢王とかいうのは誰なんだ?何故俺を……」
    「つべこべ言わず今はあたしの言う通りにしてちょうだい!あれこれ説明するのも面倒なのよ!」
    スフレはヴェルラウドの腕を引っ張ってまで無理矢理バルコニーに連れて行こうとする。
    「悪いが今はスフレの言う通りにしてくれ。我々にとっては重要な事なのだ」
    オディアンの一言。ヴェルラウドは訳が分からないまま、スフレに引っ張られる形でバルコニーに向かって行った。バルコニーに出ると、スフレは腰から銀色の笛を取り出し、綺麗な音色によるメロディを奏でる。すると、遠い空から一体の飛竜が飛んでくる。現れた飛竜はヴェルラウドの前に降り立つと、誘うように鳴き声を上げる。
    「こ、これは……?」
    「この子は賢王様が手懐けた飛竜のライル。背中に乗れば賢王様の神殿へひとっ飛びよ!」
    颯爽と飛竜のライルの背中に乗るスフレ。
    「こいつに乗れって言うのかよ……」
    ヴェルラウドは一瞬躊躇するが、成り行き上乗るしかないと思い、恐る恐る背中に乗り込む。オディアンが乗り込むと、ライルは翼を広げて空高く飛び立つ。
    「うわわわわ!お、おい!危ないだろ!」
    慌てて手綱を握るヴェルラウドだが、飛竜の背中に乗った慣れない空の旅はひたすら落ち着けない状態だった。
    「ちょっと!ジタバタしないでよ!高所恐怖症なの!?」
    「仕方ねえだろ!俺こういったのは初めてなんだよ!」
    「もう、初心者でも少しは我慢してよね!変なところ触ったりしたら突き落とすわよ?」
    あたふたするヴェルラウドをしっかり抑えつけるオディアン。三人を乗せたライルは陸地を離れ、海を越えて数十分後、見知らぬ大陸へと降り立った。
    「はぁ、はぁ……ここは?」
    空の旅から解放されたヴェルラウドの額は汗に塗れていた。三人が降りた場所は、荘厳な雰囲気漂う神殿の前だった。
    「ここが賢王様の神殿よ」
    スフレが神殿の門の扉を開く。門の向こうにある長い階段を登っては神殿の中に入る。多くの賢人に迎え入れられる中、大祭壇の間に入る。祭壇の上には年老いた賢者がいた。
    「よくぞ来た、赤雷の騎士よ。わしは賢王マチェドニル。賢者を統べる者、といったところじゃ」
    賢王マチェドニルを前にして跪くスフレとオディアン。ヴェルラウドは律儀にお辞儀をして自己紹介をする。
    「あなたは俺の事を必要としているようだが、一体どういう事なんだ?それに、赤雷の騎士とは……」
    「うむ。話せば長くなるのだが……ヴェルラウドよ。そなたはかつて悪しき魔の一族との戦いに挑んだ赤雷の騎士エリーゼの子。つまりそなたは魔を滅ぼす赤き雷の力を母となるエリーゼから受け継いだ騎士なのだ」
    ヴェルラウドは思わず自身が扱っていた赤い雷について振り返る。初めて赤い雷の力が発動したのは、母国の少女が魔物に襲われている時だった。魔物に苦戦を強いられている時、突然巻き起こった雷の力で魔物を一瞬で倒してしまった。その力は後に降りかかる王国の悲劇と相まって、王国中の言い伝えにあった災いを呼ぶ力ではないかと錯覚していた。だが、それが魔を滅ぼす力というのはどういう事なのだろう。そしてこの赤い雷の力は自身の母親から受け継いだものであるという事———マチェドニルの口から語られる話に、ヴェルラウドは様々な思いを募らせる。
    「世界に災いを運ぶ闇の力を持つ種族を束ねる王……闇王と呼ばれる者が復活し、この世界の何処かに暗躍している。そなたの母国であるクリソベイアが魔物に襲撃されたのも、闇王によるものなのだ。赤雷の騎士であるそなたを討つ為にな」
    ヴェルラウドは衝撃を受ける。魔物達が自身を狙っていた理由がようやく判明した事により、闇王とは何者なのかという考えが頭を過る。
    「闇王……そいつは何者なんだ?全てそいつの仕業だったというのか!」
    拳を震わせ、叫ぶようにヴェルラウドが言うと、マチェドニルは話を続ける。

    人々の間では、闇を司りし力を持つ者は世界に災いと破滅をもたらす存在とされていた。古の時代、地上の全てを冥府の闇で支配した冥神と呼ばれし邪神が伝説として人々の間で語り継がれ、地上に存在する闇の力を持つ者は邪神が遺した遺産とされ、地上に蔓延る魔物は闇の力によって生み出されたものだと伝えられていた。神に選ばれし者によって冥神が封印され、地上に光を取り戻してからも闇の力を司る者は多く存在していた。闇を司りし者———外見上は普通の人間と変わりないが、闇の力が目覚めると悪魔の姿に変化する者を『人魔族』、人間の姿をベースとした悪魔の姿を持つ者を『魔族』と呼び、そして闇を司りし者を束ねる存在が、闇王であった。地上に多くの魔物が現れるようになり、人々が魔物の存在に危機感を抱き始めた頃、何処からともなく現れた強大な魔物が一つの大陸に猛威を振るうようになる。魔物は強力な闇の力を扱う恐るべき存在であり、やがて大陸全体に脅威をもたらすようになるが、現在のサレスティル女王である戦乙女シルヴェラ、クレマローズ王国のガウラ、クリソベイア王国の騎士ジョルディス、剣聖の王国ブレドルドの剣士グラヴィルと妹となる騎士エリーゼ、そして賢者マチェドニルによって倒された。恐るべき魔物を生み出した元凶となる存在が闇を司りし者にあるとされ、魔物を倒した戦士達は闇を司りし者達との戦いに挑んだ。闇を司りし者に挑む戦士の一人であるエリーゼには、赤き雷の力が備わっていた。それは冥神に挑みし者の一人である戦女神が操る雷であり、全ての魔を打ち砕く雷と闇を浄化する光の炎の力を併せ持つ裁きの雷光であった。闇王との死闘の最中、グラヴィルが深手を負って倒れた時、エリーゼの中に眠る赤き雷が目覚め、迸る裁きの雷光は闇王を打ち倒した。雷光は闇を司りし者を滅ぼし、赤雷の騎士として称えられたエリーゼはジョルディスと結ばれ、クリソベイアに移り住んだが数年前から病を患っており、一人の子供をもうけた直後にこの世を去った。兄であるグラヴィルも既に亡くなっていた。

    そして今———何らかの理由によって闇王が蘇り、邪悪なる魔物を使役して赤雷の騎士を狙っているのだ。

    「まさか……俺の親父とお袋が……」
    マチェドニルの口から語られた過去の出来事を聞いて言葉が出ないヴェルラウド。
    「ヴェルラウドよ。闇王は古の邪神が生み出した存在なだけに、このままだと世界に脅威をもたらす事になるであろう。そなたを狙いながらな。奴を打ち倒す為にも、ある物を手に入れて欲しいのじゃ」
    「ある物?」
    マチェドニルの言うある物とは、冥神に挑んだ古の戦女神の力が備わった神雷の剣と呼ばれるものであった。ブレドルド王国の王家によって守られていた剣であったが、強大な魔物が猛威を振るった際にグラヴィルの手に渡り、闇王が倒れた後、エリーゼによってブレドルドの王家が管理する地底神殿の奥深くに封印されたという。剣が封印された地底神殿の扉を開くにはブレドルド王の力が必要であり、闇王の居城がある大陸は闇の結界に覆われている故に神雷の剣がないと闇王の元へたどり着けないというのだ。
    「やれやれ……随分と厄介な事になったもんだな」
    想像以上の試練を課せられたヴェルラウドは軽く溜息を付く。
    「スフレよ。オディアンと共にヴェルラウドの力になってくれ」
    「はい!私の魔法ならばきっと大きな力になれるでしょう」
    スフレがお辞儀をして挨拶をする。
    「てなわけで!あたしがあなたのサポートをしていくからよろしく頼むわね、ヴェルラウド」
    「あ、ああ」
    「ブレドルド王国は私の出身国だ。私が王国まで案内しよう」
    オディアンの案内でブレドルド王国へ向かう事となったヴェルラウド達。ブレドルド王国への道のりは徒歩では所要時間十数分程の距離であった。
    「なあ、あの翼の生えたドラゴンは呼ばねぇのか?」
    「呼ぶ必要ないわよ。ブレドルドはここからだとそこまで遠くないんだし」
    「そうか、それなら安心だ」
    「ふーん、さては怖かったんだ?」
    「な、なわけないだろ!」
    「ハハハ!あなた、一見すまし顔のクールなタイプだと思わせといて割と表情豊かなのね!」
    「うっ、うるせぇよっ……」
    からかう調子で言うスフレに、ヴェルラウドは少々顔を赤くしながらも反論した。
    「む?お前達、気を付けろ。魔物の気配がする」
    オディアンが戦斧を構えると、魔物の群れが出現する。獰猛な魔獣ヘルジャッカル、逞しい肉体を持つ牛型の獣人オックスバトラー等の凶暴な魔獣タイプが多数集結していた。
    「この程度などあたしの魔法があれば楽勝よ」
    スフレが詠唱を始めると、魔物の群れが一斉に襲い掛かった。ヴェルラウドとオディアンがそれぞれ武器を手に迎え撃とうとした瞬間、スフレの身体が魔力のオーラに包まれる。多数の属性魔力を司る賢者の象徴である黄金のオーラだった。
    「アーソンブレイズ!」
    スフレが杖を地面に突き立てると次々と火柱が巻き起こり、魔物を取り囲むように大きく燃え上がる。怯んだ魔物の群れを、オディアンが戦斧の一撃でなぎ倒していく。
    「跡形もなく吹き飛ぶがいいわ!エクスプロード!!」
    スフレの凝縮された炎の力が爆発を起こし、魔物の群れを吹き飛ばしていった。スフレの魔法とオディアンの攻撃によって、魔物の群れはあえなく全滅した。
    「すげぇな……」
    ヴェルラウドはただ驚くばかりだった。
    「どう?これがあたし達の実力よ。驚いたでしょ?」
    「……そうだな」
    素直に感心するヴェルラウド。
    「ま、闇王の力はとてつもないものだって聞いてるから浮かれてらんないけどね。あなたも頑張りなさいよ」
    「ああ、それくらいはわかっているさ」
    三人は再び歩き始める。途中立ちはだかる魔物を撃退しながら進む事数十分、三人はブレドルド王国に辿り着いた。
    剣聖の王国剣聖の王国ブレドルド———古の時代、冥神に挑んだ戦女神が建国した王国といわれ、代々多くの剣士と騎士による戦士兵団によって守られた悠久の歴史を持つ王国であった。頑強な塀に囲まれた城下町の中心部には、剣士グラヴィルと騎士エリーゼの等身大の像が建てられている。闇の力を扱う強大な魔物と、災いを呼ぶとされる闇を司りし者達を滅ぼした英雄兄妹として崇められているのだ。
    「まさか……この人が俺のお袋だというのか……」
    ヴェルラウドはエリーゼの像を見た時、何とも言えない気分に陥っていた。
    「うーん、こうして見比べてみたら似てるような似てないようなって感じよねぇ」
    スフレはヴェルラウドの顔をジッと見つめる。
    「グラヴィル様とエリーゼ様は私にとって憧れの存在でもある。私が王国の騎士となり、兵団長を務めているのもグラヴィル様とエリーゼ様がいたからこそだ」
    ブレドルド出身の騎士であるオディアンは、戦士兵団を統率する兵団長であった。グラヴィルとエリーゼに憧れ、王国の騎士を志願したオディアンは剣聖の王と呼ばれていたブレドルド王の元で鍛えられ、数々の厳しい訓練を乗り越えて王国一の実力を誇る騎士へと成長を遂げ、兵団長に任命された。今では王や部下から多大な信頼を寄せられ、王国の人々からも英雄グラヴィルの闘志を継ぐ者と呼ばれている程だった。
    「さあ、陛下の元へ行くぞ」
    オディアンに案内される形で、ヴェルラウドは城へ向かった。

    戦士兵団の剣士と騎士に迎えられながらも、謁見の間にやって来るヴェルラウド達。玉座に腰掛けるブレドルド王を前に跪くオディアン。傍らには大臣が立っていた。
    「うむ、よくぞ来た。そなたが赤雷の騎士エリーゼの子か」
    ヴェルラウドは胸に手を当ててお辞儀をし、自己紹介をする。
    「なるほど、確かにそなたからはエリーゼの面影を感じさせる。マチェドニルから聞かされたと思うが、そなたの持つ力は闇王率いる闇を司りし者達を打ち砕いた裁きの雷。今蘇った闇王達を倒すにはそなたの力が必要なのだ」
    「はい。それで国王陛下に一つ頼み事があるのですが」
    ヴェルラウドは神雷の剣が封印されたブレドルドの王家が管理する地底神殿の事や、闇王の元へ向かうには神雷の剣が必要だという事を全て話す。
    「神雷の剣か……」
    ブレドルド王の表情が少し険しくなる。
    「あの剣は我がブレドルド王家によって代々守られていた古の戦女神の力が込められた剣と言われる。かつて闇の力を持つ強大な魔物が猛威を振るった時にやむを得ずグラヴィルに与えたのだが……」
    ブレドルドの王家が代々守っていた、古の戦女神の力が備わる神雷の剣———それは神の力と呼ぶに相応しい戦女神の強大な雷の力が込められた剣で並みの人間が到底扱える物ではなく、かつて王国一の剣士であったグラヴィルや赤雷の騎士であるエリーゼですらまともに使いこなせなかった程だった。エリーゼは剣に秘められた力を危険なものだと考え、誰の手にも渡らないように地底神殿の奥深くに剣を封印したという。
    「そ、それ程恐ろしい剣だっていうの?」
    「うむ。このブレドルド王国は冥神に挑んだ古の戦女神によって建国された王国でもある。代々剣を守り続けていたのは、我が王家の遠い先祖が地上に残した戦女神の子のような存在だったのだろう」
    驚きのあまり言葉を失うヴェルラウド達。
    「だが……ヴェルラウドよ。そなたがもしあの剣を扱う事が出来たら或いは……。いや、蘇った闇王を完全に葬り去る為にもあの剣を扱える資格がある者でなくてはならぬ。そこで、一つそなたの力を見せてくれぬか?」
    「え?どうやってですか?」
    「簡単な事だ。城の奥にある闘技場で我が国の兵団長であるオディアンと戦ってもらう」
    ブレドルド王の言葉に、ヴェルラウドは思わずオディアンに視線を移す。
    「ねえ王様、ヴェルラウドがオディアンに勝ったからといって剣を扱えるっていう確証はあるわけ?グラヴィル様やエリーゼ様ですら使いこなせなかったんでしょ?」
    スフレが言う。
    「……仮にヴェルラウドが我が国の戦士をも凌駕する実力を以てしても、剣を扱える者とは言い切れん。だが一つ言える事は、王国一の実力者であるオディアンに勝てないようではあの剣を扱う事は出来ぬであろう。それに、赤雷の騎士たる者の子の実力を確かめたいというのもあるからな」
    ブレドルド王が背中を向けて呟くように返す。ヴェルラウドは一瞬戸惑うが、後には引けない空気を感じてオディアンとの戦いを引き受ける事にした。
    「……わかりました。引き受けましょう」
    ヴェルラウドが承諾の声を上げる。
    「今日は疲れただろう。試合は明日行う事にする。我が城で休息を取るがいい」
    この日は城で休む事となったヴェルラウドとスフレは、オディアンに連れられて兵士達の宿舎へと案内される。訓練を終えた剣士達数人とすれ違う中、二人用の個室へと案内される。
    「では私はこれにて失礼する。明日に備えて体を休めておけ。スフレよ、後の事は頼んだぞ」
    オディアンが扉を閉めて去って行く。
    「あーあ、今日はこんな汗臭いところでヴェルラウドと二人きりで過ごすのね」
    スフレはマントを脱ぎ、ベッドに転がり始める。
    「古の戦女神の力が込められた剣か……お袋でも使いこなせなかったという剣を、俺が使えるものなのか……?」
    ヴェルラウドは様々な事実を整理しているうちに、色々困惑していた。
    「よくわかんないけど、何事もやってみなきゃわかんないでしょ。後ろ向きに考えちゃ何も始まらないわ」
    ベッドの上で寛いでいるスフレは体を解そうと背伸びを始める。
    「まあ、な……。出来れば前向きに考えたいところだが……な」
    ヴェルラウドは過去の忌まわしい出来事を振り返りながらも、震える拳をジッと見つめていた。
    「……もしよかったら、話してくれない?何か辛い事があったら。あたしでよかったら、相談に乗るよ?」
    スフレはヴェルラウドの目で何か只ならない事情を抱えていると察し、思わず声を掛ける。ヴェルラウドは話していいものかと思い始めるが、スフレの純粋な目を見て断る気になれず、過去の出来事を全て話した。目の前で魔物によって惨殺されたリセリア姫とクリソベイア王の事や、己の命を捨ててまで自身を助けてくれた父の事。第二の故郷として受け入れてくれたサレスティル王国のシラリネ王女を目の前で失った事を。そして旅の目的は、謎の黒い影によって浚われたサレスティル女王の救出である事を。
    「そう……それだけ辛い思いをしてたのね……」
    スフレは目を潤ませながら、ヴェルラウドの手をそっと握る。
    「でも、自分を責めたりしないで。何事も一人で抱え込まないで。あなたには、守れなかった人達の為にもやるべき事があるんでしょう?」
    スフレが顔を近付けて言う。
    「あたしでよかったらいくらでも協力するわ。あなたが言う黒い影とかいう奴ももしかしたら闇王と関わりのある奴かもしれないし。あたしには、賢者としてあなたの力になるという使命があるんだから!」
    笑顔で励ますようにスフレが言うと、ヴェルラウドの表情が綻び始める。
    「……お前、案外お人好しなんだな。ただの騒がしい奴だと思っていたが」
    「あーっ、何よ!あたしは元々お人好しよ?困ってる人を見ると放っておけない性分なのよ!」
    「全く、わざわざ俺なんかの為に……まあ、悪い気はしねぇな。素直に感謝するよ」
    「もう、素直に感謝してるんだったらぶっきらぼうに振る舞うんじゃなくて笑顔で表しなさいよ!」
    「うるせぇなあ……細かい事はほっとけよ」
    軽く指で小突くスフレに、ヴェルラウドは自分の話を聞いてくれた事に内心感謝しながらも穏やかな表情を浮かべる。夜も更け、二人はそれぞれのベッドで深い眠りに就いた。


    瓦礫だらけの見知らぬ荒れ地の中———ボロボロになった鎧を身に纏い、剣を持った血塗れの顔の女騎士が立っている。傍らには、物々しくも神々しい雰囲気を放つ剣が地面に刺さっていた。女騎士の周りには、同様に血に塗れ、傷だらけの姿となっている騎士の男、女戦士、男戦士がいる。かつて一つの大陸に猛威を振るった強大な闇の魔物と闇を司りし者に挑んだ歴戦の戦士エリーゼ、ジョルディス、シルヴェラ、ガウラであった。
    「全く……生きているのが不思議なくらいだな」
    「ああ」
    「はは、エリーゼ。すっかり不細工な血達磨だな」
    「貴様も人の事言えん程の醜い顔だろ、ジョルディス」
    傷だらけの戦士達がお互いの姿を見て笑い合う。闇を司りし者達との戦いに挑み、総大将となる闇王との死闘の末、辛くも勝利を収めたばかりであった。
    「兄上は……無事だろうか」
    「大丈夫だ。グラヴィル程の奴ならばそう簡単に死なぬ。マチェドニルがいるのだからな」
    「それもそうだな。だが、もう一つやるべき事がある……ん、ぐっ!げぼっ……!」
    エリーゼは多量の血を吐いた。
    「エリーゼ、大丈夫か?」
    「……平気だ」
    「血塗れのツラで血ヘド吐いてよく平気だとか言えるな」
    「フン、そう易々と死にはせん」
    口から血を滴らせながらもニヤリと笑うエリーゼ。戦士達は帰るべき場所に帰還する。ブレドルド王国であった。ブレドルド王に闇王を撃破した事を報告すると、エリーゼは兄グラヴィルの元へ向かう。グラヴィルがいる部屋には、マチェドニルがいた。
    「おお、エリーゼか。闇王を打ち倒したのだな」
    「ああ。兄上は無事なのか」
    「うむ。体に風穴を開けられて大変な状態だったが、何とか傷口は塞がったよ」
    エリーゼとマチェドニルがやり取りしている中、グラヴィルがそっと目を覚ます。
    「……ん……その声、エリーゼか……?」
    「兄上!」
    エリーゼが思わず顔を寄せる。
    「……血みどろの酷いツラになってもわかるぞ。エリーゼだな……ってて」
    「貴様も一言多いぞ、馬鹿兄。生きててよかった……」
    グラヴィルの手を握るエリーゼの目がうっすらと潤み始める。
    「ふふ……その顔で涙はマズイぜ。泣く時は元の綺麗な顔で泣けよ」
    「やかましい」
    エリーゼの目から一筋の涙が零れ落ちる。マチェドニルの光の回復魔法によってエリーゼの傷は癒されていったが、グラヴィルの容態はまだ完治には至らないままだった。負傷から回復したエリーゼは、ある目的の為に再びブレドルド王の元へやって来る。次なる目的は、強大な魔物との戦いの際にグラヴィルに与えられた神雷の剣の封印であった。
    「神雷の剣の封印だと?」
    「はい。あの剣は並みの人間が扱えるものではありません。兄や私でも使いこなす事が出来ませんでした」
    グラヴィルとエリーゼですらまともに使いこなせなかった神雷の剣———それは並みの人間が武器として使おうとすると不思議な力が働いて体が重くなり、激しい電撃が襲い掛かるというものだった。
    「……やはりお前達でも無理であったか。剣聖の王と呼ばれたこの私は疎か、先代の王、先々代の王ですら使いこなせなかったと言われている。もしかするとその剣は、神に選ばれた者しか扱えぬのかもしれん」
    ブレドルド王はエリーゼが持つ神雷の剣を見つつも淡々と呟いた。
    「神の力が込められた武器は、人間が使うと危険なものになると私は考えています。よって誰の手にも渡らぬよう、私が封印して参ります」
    エリーゼの言葉にブレドルド王は一瞬言葉を詰まらせるが、軽く咳払いをする。
    「……うむ、ならば我が王家が管理する地底神殿の奥深くに封印すると良いだろう。我々の遠い先祖が神を称える儀式の場として設けた神殿だと言われている。伝説の武器が眠る場所としては丁度良い」
    ブレドルド王から神殿の鍵を受け取ったエリーゼは、地底神殿に向かうべく城から出た時、ジョルディスがやって来る。
    「ようエリーゼ。元の綺麗な顔になってから何処へ行くんだ?」
    「血みどろの顔でも綺麗だ、馬鹿者が。剣の封印に向かうところだ」
    「剣って、その神雷の剣か?」
    「ああ。この剣は私達が使うものではないようだからな」
    ジョルディスはエリーゼが手に持つ神雷の剣を見て少し首を傾げる。
    「その剣、本当にお前でも使いこなせなかったのか?お前には闇王を倒した赤い雷の力があるんだろ?」
    赤い雷という単語を聞いた時、エリーゼは俯き加減になる。
    「……あの力とは関係なく、単に剣を使う資格がなかったという事だろう。私や兄上もな。それだけだ」
    視線を剣に移して呟くエリーゼ。
    「まあまあ、何がどうあれ、どうだっていいじゃないか。闇王も倒した事だしな。用事が済んだら……約束通りにな」
    ジョルディスの意味深な発言にエリーゼは少し顔を赤らめる。
    「……約束通り……か」
    エリーゼはそっとジョルディスの唇を奪う。
    「な、なっ……おま……!?」
    突然のキスに思わず驚愕するジョルディス。
    「……フッ、そのうち幸せな家庭が持てたらいいな」
    剣を手に去って行くエリーゼの後姿を、ジョルディスはドキドキしながらもずっと見つめていた。


    この剣は、私や兄上……仲間や王にも扱えない神の剣。


    神の力が込められているからこそ、並みの人間が使うべきものではないのだろう。
    だが……私の中に眠る赤き雷の力は、戦女神の裁きの雷光といわれている。そしてこの剣は戦女神の力が備わった剣。それでも私はこの剣を扱う事が出来なかった。

    それは私が人間だからなのか。それとも神に剣を扱う者として認められなかったのか。
    もしこの剣を手にする時が来るとしたら———。


    「……ラウド!ヴェルラウド!」
    ヴェルラウドが目を覚ますと、スフレの顔が近くにあった。
    「もう、いつまで寝てるのよ!今日はオディアンとのバトルでしょ!」
    夢から覚めたヴェルラウドは、夢の内容が気になっていた。夢に出てきた人物———亡き母の姿。そして若かりし頃の父の姿。過去の出来事が夢となって現れていたのだ。それはまるで過去の世界に来たかのような錯覚であり、戦いを終えた両親の姿を追いながらも、ただただ見守るばかり。決して干渉出来ない過去の世界を彷徨っているような夢だった。
    (今の夢は……全て過去の出来事だというのか?何故こんな夢を……)
    鮮明に覚えている夢の出来事を不思議に思いながらも、ヴェルラウドは支度に取り掛かる。朝食を済ませ、剣を手にスフレと共に城の奥にある闘技場へ向かうヴェルラウド。闘技場は、多くの観客と城の戦士兵団が集まっていた。中心部には、ブレドルド王と大臣がいる。
    「ひゃー、わざわざ観客まで集めるなんて!ヴェルラウド、カッコ悪いところを見せるんじゃないわよ!」
    「ああ、わかったよ」
    観客の声援に包まれた闘技場の雰囲気によって自然に込み上がる緊張感を押さえつつ、ヴェルラウドはゆっくりと舞台に上がる。向かい側からは、兜を装備し、両手剣を持ったフルプレートアーマー姿のオディアンが上がってくる。
    「……ヴェルラウドよ。お前はかつて闇王を打ち倒した英雄の子。赤雷の騎士たる者の力を見せてもらおう。誇り高きブレドルドの名に懸けて、全力で受けて立つ」
    オディアンが剣を構えると、ヴェルラウドも剣を構える。一筋の風が吹くと同時に物々しい空気が漂う中、静まり返る観客。ブレドルド王が試合開始のゴングを鳴らす。
    「はあああああっ!!」
    両者が剣を手に突撃し、響き渡る金属音と共に剣が交わる。火花を散らせながらも激しく交わる双方の剣の攻防。両手で振り下ろされるオディアンの剣を自身の剣で押さえるヴェルラウド。負けじと押し返そうとするヴェルラウドに、後方に飛び退くオディアン。剣の腕はオディアンの方が上であった。単なる打ち合いでは勝てないと察したヴェルラウドは赤い雷を剣に宿らせる。
    「来るがいい。我が剣技を凌いでみせよ」
    ヴェルラウドの赤い雷に対抗するように、オディアンが剣に力を込める。次の瞬間、オディアンが剣を手に凄まじい気迫でヴェルラウドに襲い掛かる。
    「翔連覇斬!」
    激しく繰り出される斬撃の嵐にヴェルラウドは剣で防御するが、その勢いは止まる事なく徐々に押され気味になり、やがてバランスを崩した瞬間、オディアンの剣が振り下ろされる。
    「がはああっ!!」
    剣で切り裂かれたヴェルラウドが叫び声を上げた。鮮血が舞う中、ヴェルラウドはガクリと膝を付く。
    「どうした、その程度か。赤雷の騎士たる者の力はそんなものか!」
    一喝するオディアン。傷口から流れ出る血を押さえつつもヴェルラウドは再び立ち上がり、剣を構える。オディアンの剣による連続攻撃が繰り出される中、ヴェルラウドは剣に赤い雷の力を蓄積させる。一端攻撃の手を止め、距離を取るオディアンは剣を掲げ、精神集中させる。ヴェルラウドが剣を手に突撃した瞬間、オディアンが剣を大きく振り回す。物凄い金属音と共に舞う鮮血と迸る電撃の音。繰り出された攻撃は、両者にダメージを与えていた。
    「ぐっ……」
    赤い雷が込められた剣の一撃を受け、僅かな痺れを全身に残しつつ膝を付くオディアン。
    「がっ……げほっ!」
    脇腹からの出血が止まらない中、血を吐くヴェルラウド。滴り落ちる血と額の汗に視界が霞んでいく。倒れそうな体を剣で支え、視線をオディアンに向ける。戦況は、ヴェルラウドの方が大きなダメージを負っていた。
    「ちょっとヴェルラウド、もっと頑張りなさいよー!あんたには今やるべき事があるんでしょ!?」
    スフレが叱咤激励の声を投げかけると、ヴェルラウドの脳裏に再び過去の出来事が浮かんでくる。騎士として守る事が出来ず、目の前で死んでしまった大切な者達———。

    俺が生まれた故郷の王国でも、俺にとって第二の故郷となる王国でも、騎士として守るべき者を二度も守れなかった。

    だが———俺にはまだ、騎士として果たすべき使命がある。
    陛下……姫様……シラリネ……俺に出来る事ならば、この命に代えてでも———!


    「……うおおおおお!!」
    ヴェルラウドが目を見開かせると、全身が赤い電撃のオーラに包まれる。
    「これは……!?」
    思わず身構えるオディアン。ヴェルラウドが剣を構え、勢いよくオディアンに斬りかかる。ヴェルラウドの激しい連続攻撃にオディアンは剣で辛うじて防御しつつ、間合いを取る。
    「なるほど、それがお前の力か」
    オディアンは剣をゆっくりと掲げ、再び精神集中を始める。
    「俺には騎士として果たすべき使命がある。その為にも何だってやってみせるさ。騎士として守れなかった大切な人達の為にもな」
    ヴェルラウドは剣に赤い雷の力を込め、構えを取る。一瞬の静寂が闘技場を包むと、両者は同時に飛び掛かり、激突する。激しい火花を散らせながらの剣と剣の戦い。互いに隙を作らず、ひたすら剣を交える二人の騎士。止まらないぶつかり合いに、闘技場の観客は興奮したかのように盛り上がり始める。両者は攻撃の手を止めて距離を開け、同時に渾身の力を込めた一撃を放つ。その瞬間、オディアンの鎧が砕け散り、身に深い傷が刻まれ、鮮血を撒き散らしながら倒れた。ヴェルラウドは右腕を深く斬りつけられた事によって一瞬倒れ掛けるものの、剣で支える事によってフラフラさせながらも身体を起こす。倒れたオディアンは立ち上がる事なく、ニヤリと笑みを浮かべる。
    「見事だ……お前の力、恐れ入ったぞ……。ヴェルラウド、お前の勝ちだ」
    感無量とばかりにオディアンが呟くと、試合終了のゴングが鳴り響く。試合はヴェルラウドの勝利で終わり、闘技場は歓声と共に拍手に包まれた。
    「ヴェルラウドー!」
    スフレが舞台に飛び込んで来る。
    「大丈夫?随分酷くやられたわね」
    「ああ……何とか大丈夫だ……」
    「ケガだったらあたしの魔法で治せるから心配無用よ!」
    スフレはそっと魔力を集中させる。
    「命の水よ……傷つきし者に癒しの力を……ヒールレイン!」
    ヴェルラウドの元に水の雨が降り始める。その雨は心地良く、傷ついた身体の痛みが徐々に和らいでいく。水の魔力による回復魔法である。血は洗い流され、身体の傷は塞がっていった。
    「傷が治った……これが賢者の魔法か」
    「へへん!賢者たる者、これくらいは朝飯前なのよ!あたしがいる事に感謝しなさいよ!」
    鼻高々な様子でスフレが言うと、ヴェルラウドはやれやれと表情を綻ばせた。
    「おっと。オディアンも回復してあげなきゃね」
    スフレは倒れたオディアンの場所へ行き、そっと回復魔法を掛けた。


    それからヴェルラウドとスフレはブレドルド王に呼び出され、謁見の間へ向かった。ヴェルラウドの勝利によって、ブレドルド王は神雷の剣が封印された地底神殿の鍵を与えようとしているのだ。王の傍らには、スフレの魔法によって負傷から回復したオディアンもいた。
    「この度は見事であったぞ、ヴェルラウドよ。赤雷の騎士たる者の力をとくと見せてもらった。闇王に立ち向かう為にも、そなたには神雷の剣を手にして貰いたい。地底神殿の鍵を受け取るが良い」
    鍵を受け取ったヴェルラウドは王に感謝しつつ、スフレと共に神殿へ向かおうとする。
    「待て。私も同行しよう」
    オディアンからの一言だった。
    「陛下、私も彼らと共に行動します。このヴェルラウドという男は英雄エリーゼ様の子。剣聖の騎士として彼の力になりたいのです」
    王は穏やかな表情を浮かべる。
    「オディアンよ、そなたからはグラヴィルの意思を感じさせる。誇り高き剣聖の王国ブレドルドの騎士として、彼らの力になってくれ」
    「はっ!」
    力強く返事をし、オディアンは再びヴェルラウド達と行動を共にする事になった。
    「オディアンが付いてると百人力ね」
    「そうだな」
    スフレが意気揚々と足を進める。外は、既に日が暮れる頃となっていた。
    「地底神殿は王国から少し離れた場所にある。日を改めて行くのが好ましかろう。今日は休んでおくぞ」
    「えー、またあの汗臭いところで休めってわけ?」
    「宿代に余裕がない故、仕方があるまい」
    再び兵士の宿舎で休む事となったヴェルラウドとスフレは、翌日に備えて二人部屋で休息を取った。



    邪悪なる道化師の世界である亜空間———。

    「へっへっ、ピエロさんよ。こいつは思った以上にいい体じゃねえか。不細工だが気に入ったぜ」
    道化師の前に、爬虫類のような顔に肩が岩のように発達した筋肉質の身体を持つ男が満足そうな顔をしていた。男は、かつてクレマローズ王国を襲撃し、レウィシアによって倒された地の魔魂の適合者である盗賊ガルドフだった。亜空間に引き込まれた際、道化師の持つ玉の中に幽閉されていたが、道化師の腹心となる妖技師ゲウドに肉体改造を施され、並みの人間の身体能力を超越した強力な肉体を得る事に成功したのだ。
    「クックックッ、気に入ってくれたとは光栄な事だ。そんなお前に最後の仕事を与えよう」
    「最後の仕事だぁ?どういう事だよ?」
    「何、単純な事だ。ある男を始末してもらう。成功すれば貴様に莫大な報酬を与える。それだけだよ」
    道化師は玉を差し出すと、玉から金色の瘴気が発生する。瘴気は金塊へと変化していき、金塊の山へと変化した。
    「貴様は元々こういったものを盗んでいたんだろう?その気になれば貴様ら盗賊どもが欲しがるものはいくらでも出せる。最後の仕事が終わればこれらの金は全て貴様のもの。そして貴様は自由の身となる。クックックッ……人間どもの世界は莫大な大金を手にすれば一生思うが儘に豪遊出来るのではないのか?」
    光り輝く金塊の山を目にしたガルドフは呆然となるものの、すぐさまニヤリとなる。
    「……へっへっ。面白ぇ。やってやろうじゃねえか。報酬が一攫千金とならば後には引けねぇぜ」
    ガルドフの意気込みを見て、道化師は不敵に笑っていた。


    一方その頃———。

    「復讐の素材……か。フン、実に愚かな事よ……素材たるものが魔魂の適合者に選ばれた人間の戦士だとはな」
    暗闇に包まれた城の玉座に佇む闇王の前に甲冑の男が立っている。甲冑の男は、サレスティル王国の近衛兵長であり、氷の魔魂の適合者である戦士バランガだった。だがその表情に感情はない。

    ———クックックッ……如何かな?オレが提供してやった素材は。

    道化師の分身である黒い影が闇王の前に出現する。だが闇王は返答せず、杯に注がれた酒を口に含み始めた。

    ———そいつは王国の近衛兵長なだけに、実力はなかなかのものだ。何、逆らえぬように感情は封印してある。貴様の意思のままに動く人形のようなものだ。使い捨てとしては丁度良かろう。

    酒を飲み干した闇王は杯をそっと置くと不意に全身が激しい痛みに襲われ、苦しみ始める。
    「……グッ……はぁ、はァッ……」
    苦しみに喘ぐ闇王を見て、黒い影は口を歪めていく。

    ———クックックッ、闇王よ。安心しろ。貴様の完全なる復活に必要としている暗黒の魂ならば用意は出来る。計画通りにこのオレの手にかかればな……。

    そう言い残し、黒い影は溶けるように消えて行った。闇王は項垂れながらも、悪鬼のような表情を浮かべて歯軋りをする。


    許さぬ……何としても消してやるぞ……。
    ヴェルラウド・ゼノ・ミラディルス……忌まわしき赤雷の騎士エリーゼの子……!

    貴様だけは……絶対に……!
    敵襲眠りに就いた時、再び夢を見た。

    夢の中の光景———聳え立つ岩山の洞穴から一人の女騎士が出てくる。洞穴の奥深くに設けられた地底の神殿に神の剣を封印したエリーゼであった。
    「あの剣を封印したのか」
    声と共に現れたのは、ガウラだった。傍らにシルヴェラもいる。
    「我々が使うものではないからな。あの剣を手にする時は、神に選ばれし者がこの世界に現れた時なのだろう」
    「そうか。私達は所詮人間に過ぎぬという事か」
    吹き荒れる風の中、三人の間に僅かな沈黙が支配する。
    「……お前達はこれからどうする?」
    「クレマローズへ戻る。アレアスが帰りを待っているからな」
    ガウラが返答すると、シルヴェラも続いて口を開く。
    「私も故郷へ戻る。父に代わって、一つの王国を建国する為にな」
    シルヴェラの故郷……それは、サレスティル城である。それは遥か昔の時代の民によって建てられた城であり、代々城主となる王によって守られた城であった。シルヴェラはサレスティル城に捨てられた子であり、王に拾われた事によって育てられた身だった。王は城で暮らす民にそれぞれの豊かな暮らしを与えようと城下町を造り、一つの王国へと発展させようとしていたが死期が迫っており、余命幾ばくもない状況であった。そこで王の実の息子である王子と養女に当たるシルヴェラが後継者として選ばれ、共に平和を愛する王国を建国しようと考えているのだ。
    「一つの王国……か。お前がそのような事を考えているとは意外だな」
    「フッ、私を育ててくれた父の為だ。それに、城には行き場を失った者が多く移り住んでいる。彼らに安住の地を与える為にもな」
    そんな会話を交わした三人は、それぞれ動き始める。エリーゼはジョルディスと兄グラヴィルが待つブレドルド王国へ帰還し、グラヴィルがいる部屋を訪れる。付き添っていたマチェドニルは王にグラヴィルの様子を報告しようと部屋から出たばかりであった。
    「帰ったか」
    グラヴィルが迎えると、エリーゼは神雷の剣を地底神殿に封印した事を伝える。
    「全く、あの剣は本当によくわからんな。王にも扱えなかったらしいし」
    「だからこそ封印する必要があると思ったんだがな」
    グラヴィルは傷跡から伝わる激しい痛みを堪えながらも、半身を起こそうとする。
    「……ジョルディスは何処だ?」
    「さっきここに来てすぐに出たんだが、トイレに行ってるんじゃないか?」
    エリーゼは少し俯きながらも、ジョルディスのある言葉を思い出していた。剣を封印する前にふと言われた『約束通り』という言葉であった。
    「……兄上。一つ聞きたい事がある」
    「何だ?」
    「私が……奴と結ばれる事になっても……見守ってくれるか?」
    エリーゼは顔を赤らめながらも、ややぎこちない口ぶりで言う。そんなエリーゼに思わず笑うグラヴィル。
    「何が可笑しいんだ」
    「可笑しいね。可愛げのないお前がいきなりそんな事を聞くなんてな。クックックッ……」
    「やかましい!とにかく……私には、あいつしか考えられん、という事だ」
    あからさまな照れ隠しのエリーゼを見て、グラヴィルはひたすら笑っていた。



    「ヴェルラウド!早く起きなさいよ!」
    スフレの声で目が覚めると、ヴェルラウドは夢の中の出来事を思い返していた。
    (また俺のお袋が出てくる夢……か。何故こんな夢を見るんだ……?)
    再び見た過去の出来事の夢も、鮮明に覚えている内容であった。夢の中に出てきた若き頃のエリーゼとジョルディス、そしてガウラとシルヴェラ。やはり過去の世界を彷徨っているような夢であり、単なる偶然とは思えない出来事にヴェルラウドは戸惑いと得体の知れない不気味さを感じていた。
    「ほらほら、早く準備するのよ!」
    スフレに急かされながらも準備に取り掛かるヴェルラウド。曇り空の中、ヴェルラウド、スフレ、オディアンの三人は地底神殿へ通じる岩山の洞穴へ向かう。道中に立ちはだかる魔物を蹴散らしつつも洞穴のある岩山へ向かう途中、雨が降ってくる。
    「あーもう!雨だなんて聞いてないわよ!」
    スフレが愚痴を零しつつも、一行は雨が降る中ひたすら足を進める。数分後、洞穴が設けられた岩山に辿り着く。
    「ここが地底神殿の入り口だ」
    入り口となる洞穴は、自然に出来たごく普通の洞穴という印象を受けるものだった。石灰岩による洞穴の内部は空洞による鍾乳洞が出来ており、足音が響き渡っている。洞穴の道を進んでいくと、洞穴を根城としている魔物が生息していた。一行は襲い掛かる魔物を退けつつも、奥へ向かって行く。洞穴の内部へ侵入してから数十分後、一行は広大な空洞に出た。そこには、遺跡のような雰囲気が漂う神殿が設けられていた。
    「これが地底神殿か?」
    「うむ。エリーゼ様はこの神殿に剣を封印したと言われている」
    神殿の入り口は、巨大な扉によって固く閉ざされていた。オディアンが地底神殿の鍵を扉の鍵穴に差し込むと、扉は重々しい音を立てながらゆっくりと開いていく。神殿内は無数の苔に覆われて朽ちた石柱や風化した像が並び、古の時代に造られた神殿特有の趣を感じさせる雰囲気が漂っていた。
    「すごーい!何だか歴史ある古代の遺跡って感じでワクワクするわね!」
    スフレが興味深そうに辺りを見回している。魔物の気配はないものの、至る所に瓦礫の山で塞がれた道があり、剣が封印された場所を探すだけでも一苦労であった。瓦礫だらけの道を彷徨っている中、一行は祭壇が設けられた部屋に辿り着く。祭壇には、一本の剣が立てられていた。祭壇にある物々しくも神々しい雰囲気を放っているかのような造りをした剣———それが神雷の剣であった。
    「この剣が……お袋ですら使えなかったという神雷の剣なのか?」
    ヴェルラウドは祭壇にある剣に手を伸ばし、そっと手に取る。
    「やったあ!神雷の剣を手に入れたのね!」
    剣を手に入れたヴェルラウドを見て大喜びのスフレだが、オディアンは険しい表情をしている。
    「ヴェルラウドよ。その剣を手に取ってみた感想はどうだ?」
    オディアンが尋ねる。
    「……別に。いつも使い慣れてる剣とそこまで変わりはないが」
    「そうか。では、一つ素振りをしてみてくれないか」
    「素振り?わかったよ」
    ヴェルラウドは神雷の剣を両手で持ち、大きく振り下ろす。その瞬間、ヴェルラウドは全身に重りを感じると、剣から伝わる激しい電撃によって感電してしまう。
    「ヴェルラウド!?」
    突然の出来事に驚いたスフレがヴェルラウドに駆け寄る。ヴェルラウドの様子を見ていたオディアンはますます険しい顔つきになっていた。
    「何があったの?」
    「……いきなり身体が重くなり、物凄い電撃に襲われた。この剣を振り下ろした途端にな」
    「うっそー!それってつまり、ヴェルラウドでも使えない剣って事!?」
    「何という事だ……やはりヴェルラウドでも使いこなす事は不可能なのか」
    グラヴィルやエリーゼ同様、ヴェルラウドでも剣を使えないという事実を目の当たりにしたオディアンは落胆するばかりだった。
    「おい、どうすればいいんだ?俺でも使いこなせなかったという事が証明された以上、どうしようもねぇぞ」
    ヴェルラウドが言う。
    「……ひとまず陛下に報告しよう。剣を持つだけでは大丈夫なのだな?」
    「ああ。一応な」
    一行は神雷の剣を手に、地底神殿を後にする。剣自体を持ち運ぶだけでは特に何らかの影響を及ぼすという事はなかった。
    「はーあ、ヴェルラウドでも剣が使えないとなったらどうすればいいのかしら」
    ガッカリした様子でスフレが呟いても、誰も答える者はいなかった。洞穴から出た時、雨は既に止んでいた。ブレドルド王国へ向かう途中、一人の傷ついた兵士がやって来る。
    「どうした、何事だ!?」
    兵士の負傷を見てオディアンが異変を察した様子で声を掛ける。
    「オ、オディアン兵団長……魔物が……魔物どもが王国を……!」
    「何だと!?」
    魔物が襲撃したという知らせを聞かされたオディアンの表情が再び険しくなる。
    「魔物ですって!?大変!すぐ行かなきゃ!」
    スフレはオディアンと共に急いで王国へ向かって行く。魔物による王国の襲撃という事件にヴェルラウドは思わず過去の記憶を掘り起こしてしまうが、すぐに振り払うように足を急がせた。


    「なっ……!」
    一行が王国に戻った時、既に魔物の襲撃が始まっていた。建物や民家の幾つかが放火され、多くの戦士達が魔物の群れに挑んでいる。その光景を見たヴェルラウドは引き攣った表情を浮かべていた。
    「おのれ、魔物どもの好きにはさせんぞ!」
    オディアンが戦斧を手にした瞬間、黒いローブを身に纏い、仮面を被った男が姿を現す。
    「見つけたぞ、赤雷の騎士ヴェルラウドよ」
    仮面の男がヴェルラウドの名を口にした瞬間、ヴェルラウドは思わず剣を手に身構える。
    「俺の名前を知っているという事は、まさかお前達も……」
    「我らは偉大なる闇王様に仕えし者。闇王様のご命令につき、貴様を殺す」
    男が仮面を外すと、醜い髑髏の魔物の素顔が現れる。髑髏顔の魔物は不気味な笑いを浮かべながらも着ているローブを破り捨て、姿を変形させていく。変化したその姿は、多くの足を持つ巨大な昆虫と髑髏顔の悪魔の身体を足したような異形の魔物だった。
    「ハァァァ……俺の名はレグゾーラ。赤雷の騎士よ……貴様の骸を闇王様に捧げてやるぞ」
    レグゾーラは口から粘着性の強い糸を吐き出す。糸はヴェルラウドを狙っていたが、すぐさまオディアンが前に出て、その身に攻撃を受ける。
    「オディアン!」
    オディアンは全身に絡み付いた糸の粘着から逃れようとすると、スフレがとっさに炎の玉をオディアンに向けて放ち、絡み付いた糸を炎の熱で溶かした。
    「忝い」
    軽く礼を言うと、オディアンは戦斧を構える。
    「ヴェルラウド、スフレ。こいつは私が食い止める。お前達は他の魔物どもを頼む」
    「わかったわ。ザコの処理ならこのスフレちゃんに任せなさい!ヴェルラウド、行くわよ!」
    ヴェルラウドは剣を持つ手を震わせながら、その場に立ち尽くしている。
    「ヴェルラウド、聞いてるの!?」
    「あ、ああ」
    「もう、緊急事態だっていうのにボーッとしてる場合じゃないでしょ!」
    その声に現状を改めて把握したヴェルラウドは、スフレと共に王国を襲撃している魔物の討伐に足を急がせた。
    「フン、大人しく我が手で殺される事を選べばよかったものを……まあいい。オディアン兵団長。貴様も邪魔者だ。赤雷の騎士の前にまずは貴様から血祭りにあげてくれるわ」
    レグゾーラが口から青緑色の液体を次々と吐き出す。物質を溶かす強酸性の液だった。オディアンは強酸の液を避けながらも戦斧を叩き込む。だが、レグゾーラは不気味な笑みを浮かべつつも、全身から紺色の瘴気を発生させる。次の瞬間、レグゾーラの口から紺色の炎が吐き出された。闇の力によるブレス攻撃だった。
    「ぐうっ……!」
    闇の炎を受けたオディアンの全身に火傷によるダメージが襲い掛かる。それは、鎧を伝って強烈な熱が全身を襲う感覚だった。
    「ククク、殺してやるぞ。愚かな人間め」
    ダメージを受けたオディアンを嘲笑うレグゾーラは、目を赤く光らせる。その光は、殺意と邪悪が込められた光だった。


    「はあああっ!」
    ヴェルラウドの剣の一撃が魔物を真っ二つにする。
    「エクスプロード!」
    スフレの魔法によって吹き飛ばされていく魔物の群れ。だが、王国にいる魔物の数はまだ多く存在していた。
    魔物の中には、ヴェルラウドを殺せと口走っている者もいる。その声を聴いたヴェルラウドは、頭にこびり付いて離れない過去の出来事が浮かんできては必死でその記憶を追い出そうとする。
    「ヴェルラウド、どうしたのよ?」
    スフレはヴェルラウドの様子を見て思わず声を掛ける。
    「……俺のせいだ。俺がいるせいで、この国までもが……」
    項垂れながらも拳を震わせるヴェルラウドは、自責と悔恨の念に襲われていた。
    「な、何言ってるのよ……あなたは悪くないでしょ!?全部闇王の奴が悪いのよ!あなたは何も悪くないんだから!」
    ヴェルラウドは返答せず、無言でスフレに視線を向ける。スフレが説得しようとした瞬間、岩石が飛んでくる。咄嗟に回避した二人は辛うじて直撃を逃れる。
    「クックックッ……ヴェルラウドってのはテメェの事かぁ?」
    現れたのは、地の魔魂の力で岩石を身に纏ったガルドフであった。周囲には無数の岩石が浮かび上がっている。
    「だ、誰!?」
    「ククク……俺はガルドフ。ある男の仕事を受けてヴェルラウドとかいう野郎を殺しに来たのさ」
    残忍な笑みを浮かべるガルドフを前に、ヴェルラウドとスフレが身構える。
    「俺を殺しに来たという事は、お前も闇王の部下だな」
    「闇王?そいつとは直接会った事ねぇし、部下じゃねえよ。俺をこんな風に改造してくれたピエロ野郎から聞かされた事はあったがな」
    「ピエロ野郎?」
    「クックックッ、俺に力を与えてくれた奴だよ。今の俺がいるのもそいつのおかげだ。そいつももうすぐ此処に来るようだぜ……この国の王を狙うって事でよ」
    「何だと!?」
    ヴェルラウドは思わず驚きの声を上げる。
    「クックックッ……テメェの相手はこの俺様だ。テメェを殺せば一獲千金の報酬が貰える。報酬の為に死んでもらうぜ」
    ガルドフは周囲の岩石を弾丸のように飛ばし始める。
    「きゃああっ!」
    「うぐっ……!」
    岩石の嵐を受け続ける二人。
    「くっ……アーソンブレイズ!」
    スフレが杖を地面に突き立て、火柱を起こす。火柱はガルドフを取り囲む形で大きくなっていく。
    「ヴェルラウド、今のうちに王様のところへ向かって!こいつはあたしが相手するわ」
    「何を言ってるんだ!お前一人では……」
    「聞いたでしょ。こいつに力を与えてる奴が王様を狙ってるって。あたしだったら大丈夫だから……!」
    スフレの目を見ているうちに、ヴェルラウドは思わず剣を強く握り締め、城の方に顔を向ける。


    俺のせいで、この国までもが魔物に襲撃されている。
    忌まわしいあの時の事と同じようにさせたくない。

    それに、俺だけではなく王までもが何者かに狙われているとならば……俺が……俺が行かなくては……!


    ヴェルラウドは全力疾走で城へ向かって行った。スフレは走るヴェルラウドの後ろ姿をそっと見送りつつも、ガルドフを覆う火柱の方向に視線を戻す。
    「クックックッ、これしきの火で俺様を倒せると思ったかぁ?」
    炎の中、ガルドフが姿を現す。
    「んん?ヴェルラウドのヤロー、何処へ行きやがった?」
    「さあね。あんたの相手はこのあたしがしてやるわよ」
    スフレが魔力を高めると、全身が黄金のオーラに包まれる。
    「へっ、何処の誰だか知らねぇがこの俺様をなめんじゃねえぞ。子猫ちゃんよお」
    ガルドフが再び周囲の岩石を弾丸のように放つ。スフレは防御態勢を取るが、岩石による攻撃の嵐は防御だけでは耐え切れるものではなかった。
    「くっ……!」
    スフレは反撃に転じようと杖を構えるが、拳大の岩石が顔目掛けて飛んでくる。
    「ぐはっ!」
    回避に間に合わず、岩石の直撃を受けたスフレは唾液を撒き散らしながら頭を仰け反らせて倒れてしまう。
    「へっへっ、俺の目的はあくまでヴェルラウドであってテメェのようなアマに用はねぇが、ウォーミングアップには丁度いいかなぁ」
    嫌らしく笑うガルドフの周囲に無数の岩石が旋回している。ゆっくりと起き上がったスフレは口から流れている血を手の甲で拭い、杖を構えるとガルドフの岩石の嵐が襲い掛かる。
    「大地の守りよ……アースプロテクト!」
    スフレの魔力のオーラが力強く輝き始める。それは地魔法で呼び寄せた大地の加護によって防御力が上昇する事を意味していた。防御力が高まった事で岩石の嵐のダメージを和らげるようになったものの、攻撃の手数が多い故に戦況は防戦一方であった。
    「ガストトルネード!」
    風の力を集中させた激しい竜巻が発生し、無数の岩石もろともガルドフを飲み込んでいく。竜巻の中のガルドフを捉えたスフレはエクスプロードを発動させ、爆発による攻撃が決まる。煙に包まれる中、旋回していた岩石が次々と地面に落ちていく。
    「まだ……やるつもり?」
    ガルドフの気配はまだ消えておらず、汗ばむ額を軽く手で拭いながら身構えるスフレ。
    「クヘヘヘヘ……なかなかやるな」
    煙の中、身体に炎を残したガルドフが下卑た笑いを見せながら姿を現す。
    「二年前に戦ったクレマローズのお姫さんといい、魔法使いの小娘といい、この俺はどうも強い女と戦う運命にあるようだな。全く奇妙なもんだぜ」
    にじり寄るガルドフに対し、スフレは攻撃に備えつつも魔力を集中させる。ガルドフは手を掲げると、頭上に拳大の岩石が集まっていき、巨大な岩石の塊と化していく。
    「へっへっ、避けてみろよ」
    ガルドフは頭上に浮かび上がる巨大な岩石の塊を放つ。辛うじて回避に成功するスフレだが、次の瞬間、目を見開かせる。更に巨大な岩石が飛んできたのだ。
    「ごっはあ!!」
    岩石の直撃を受けたスフレは大きく吹っ飛ばされ、建物の壁に叩き付けられる。
    「がはっ!ぐっ……」
    前のめりに倒れたスフレは血を吐き、全身を強打した痛みを抑えつつも立ち上がろうとする。身体を起こし、よろめきながらも立ち上がった頃には、既にガルドフが目の前に立っていた。
    「クックックッ、どうした?もっと魔法を見せてみろよ。それとも、今のでもうおねんね寸前ってわけか?えぇ?」
    岩石そのものと化したガルドフの拳がスフレの腹に深くめり込まれる。
    「ごぼぉっ……」
    スフレは腹の一撃によって体内から込み上がった胃液を吐き出す。内臓にもダメージが響いているせいか、胃液には血が混じっていた。腹を抑えて喘いでいるスフレの姿を嘲笑いながらも、ガルドフは無慈悲に脇腹にも蹴りを入れる。
    「がっ!あうっ……ごはっ」
    咳込みつつ、苦しみ喘ぎながら蹲るスフレを見下ろすガルドフ。
    「そろそろトドメを刺してやろうか?」
    ガルドフがスフレの頭を乱暴に掴み、無理矢理顔を上げさせる。その時、スフレは右手をガルドフの胸元に差し出し、凝縮させた魔力の塊を叩き付けた。
    「エクスプロード!」
    魔力の塊が爆発を起こし、吹っ飛ばされるガルドフ。眼前の距離で爆発させた故に巻き添えを喰らう形で爆風を受けたスフレも同時に吹っ飛ばされる。
    「ふっ、いつまでも調子に乗ってると痛い目に遭うわよ」
    爆風の影響で服をボロボロにしたスフレはよろめきながらも立ち上がる。
    「グググ……やってくれるじゃねえか。クソアマの分際でよぉ」
    同時に起き上がったガルドフは悪鬼のような表情を見せる。スフレはマントを脱ぎ捨て、杖を両手に構えながらもガルドフを見据えていた。


    一方ヴェルラウドは城内に突入し、魔物を斬り捨てながらも謁見の間へ向かっていた。城内にも魔物が侵入しており、何人かの兵士が応戦していた。謁見の間へ続く階段を登り終えた瞬間、一人の兵士が倒されているのを発見する。しかも、兵士の身体は凍結していた。
    「大丈夫か!しっかりしろ!」
    ヴェルラウドが声を掛けた瞬間、辺りに凍り付くような冷気が襲い掛かる。ヴェルラウドが剣を構えると、槍を携えた黒い甲冑の戦士が姿を現す。バランガだった。
    「お、お前は……サレスティル近衛兵長のバランガ!?」
    サレスティル出身の戦士であるが故に面識があり、思わぬ形での再会に衝撃を受けるヴェルラウド。
    「……ヴェルラウド。貴様を倒す。俺の目的は貴様の命だ」
    バランガは片手で槍を高速回転させながら目を赤く光らせると、自身の中に入り込んだ氷の魔魂の力を解放させる。周囲に雹を伴う冷気が発生すると同時に、氷の魔力によるオーラに包まれる。ヴェルラウドは吹き荒れる冷気に耐えつつも、剣を手に身構えていた。
    「何故だ!お前までもが何故俺を……!」
    「……貴様の命を奪う事が闇王の望み……そして我が主の計画の為……」
    鋭い槍の攻撃を繰り出していくバランガ。ヴェルラウドは剣で槍の攻撃を凌ぎつつも距離を取り、剣先に赤い雷の力を集め始める。
    「お前まで俺の命を……何故だ……何故なんだァァァッ!!」
    激昂のままにバランガに斬りかかるヴェルラウド。赤い雷を宿した剣と氷の力を宿した槍が激しくぶつかり合う中、それぞれ傷を負う二人。バランガの容赦ない槍の攻撃を受けては、反撃の一閃で対抗するヴェルラウド。両者の実力はほぼ五分五分であった。
    「覚悟しろ……」
    両手で槍を構えたバランガが突撃すると、ヴェルラウドは赤い雷が帯びている剣を握り締める。
    「うおおおおおお!」
    叫び声を上げた瞬間、お互いの攻撃が同時に激突した事による轟音が辺りに響き渡り、多量の鮮血が迸った。
    死闘と底知れない恐怖「げぼぁはっ!!」
    謁見の間で、ブレドルド王を警護する男騎士と女剣士が血反吐を吐きながら壁に叩き付けられる。同時に砕かれた鎧の破片が辺りに飛び散り、血塗れのズタボロとなった二人は既に白目を剥いて絶命していた。二人の戦士を倒したのは、道化師であった。道化師の足元には、屍となった数人の兵士がいる。
    「お、おのれ……よくも……!」
    残忍な笑みを浮かべる道化師を前に恐怖を感じながらも、王は両手で剣を構える。
    「ククク……いくら足掻いたところで無駄だという事は既に理解しているのではないのか?剣聖の王よ」
    笑いながらにじり寄る道化師。
    「お前は特別な素材だ。この国に魔物どもを差し向けたのも、闇王に素材を提供する為でもある。闇王を蘇らせたのも、このオレなのだからな」
    道化師の言葉を聞いた王は戦慄を覚える。
    「貴様があの闇王を……!?貴様は一体……」
    「知る必要は無い。間もなくお前はオレの手で素材となるからだ」
    道化師の目が紫色に光ると、王の全身に黒い鎖のようなものが絡み始める。
    「うぐっ……き、貴様……!」
    鎖による拘束で身動きが取れなくなり、必死でもがく王。その様子を、道化師は嘲笑うように眺めていた。


    大勢の魔物と王国の戦士達による激しい攻防が続く城下町。オディアンはレグゾーラとの死闘を繰り広げていた。闇の炎や強酸の液、粘着性の糸といった様々な攻撃に苦戦しつつも、戦斧による必殺攻撃を当てていく。だが、レグゾーラは倒れる気配を見せず、攻撃を続けていた。
    「クッ、まだ倒れぬというのか……!」
    オディアンは激しく息を切らす。顔は汗に塗れ、額からは血を流していた。
    「ハァァ……殺してやる……コロしてやるぞ……」
    レグゾーラの口から黒い瘴気が漏れると、オディアンは攻撃に備えて防御態勢に出る。次の瞬間、レグゾーラは闇の炎を吐く。オディアンは両手で戦斧を構え、襲い来る闇の炎に特攻しながらもレグゾーラの懐に飛び込む。
    「裂断牙!」
    全身全霊を込めた戦斧による渾身の一撃がレグゾーラに決まる。
    「グオオオオアアアア!!」
    その一撃は大きなダメージとなり、致命傷を受けたレグゾーラはおぞましい叫び声を轟かせる。特攻によって闇の炎の直撃を受けたオディアンもかなりのダメージを受け、膝を付いていた。
    「グググ……おのれ、貴様ァァッ……!!」
    逆上したレグゾーラは強酸の液を吐き出す。
    「ぐああっ!!」
    回避に間に合わず、強酸の液を浴びたオディアンの鎧の右肩部分が音を立てて溶け始める。鎧を着用しているにも関わらず皮膚にも影響を及んでおり、損傷を受けていた。
    「人間ンン……コロス……貴様をォッ……」
    レグゾーラの口から黒い瘴気が溢れ出る。オディアンはダメージの残る身体を何とか起こし、反撃に転じようとしていた。


    一方、ガルドフと交戦しているスフレは杖を両手で構え、魔力を高めようとしていた。ガルドフの周囲に無数の岩石が旋回し、幾つかがスフレ目掛けて飛んで行く。スフレは飛んでくる岩石の直撃を受けるが、すぐに態勢を立て直し、魔力を高めていく。
    (こいつの身体は岩石で覆われている。まずはこいつの装甲を何とかしなきゃ、勝ち目はないわ!その為にも……)
    スフレが高めている魔力は、炎の魔力であった。頭の中で1、2、3とカウントを数えつつも魔力を手の中に溜め込む形で高めていた。ガルドフは反撃する様子のないスフレを見てニヤリと笑う。
    「ククク、何だ。攻撃して来ねぇのか?それとも、今のでもう力を使い切ったっていうのか?」
    ガルドフの全身が地の魔力によるオーラに包まれる。
    「へっへっ、冥土の土産って事で面白ぇもん見せてやるぜ。あのピエロ野郎から貰った地の魔魂の底力ってやつをよ。最も、この力をまともに使うのはこれが初めてなんだがなぁ!」
    ガルドフが徐に地面を殴り付けると、辺りに地響きが発生する。
    「な、何!?」
    地響きにたじろぐスフレ。次の瞬間、地面から次々と柱状の岩盤が突き出ていく。スフレは必死で突き出る岩盤から逃れようとするが、ガルドフが投げた岩石が目の前に飛び込んで来る。
    「げほぉっ!」
    直撃を受けたスフレは血を吹きながら吹っ飛ばされ、更に突き出た岩盤の攻撃を背中に受けてしまう。
    「あ……うっ……」
    もんどり打って倒れたスフレは、痛む身体を抑えながら立ち上がろうとする。半身を起こした瞬間、ゲホゲホと血を吐きながら咳込み、口から流れる血を拭いつつもよろめきながら立ち上がる。その目からは闘志は衰えていなかった。
    (負けるなんて嫌よ……絶対に負けたくない!負けてたまるか……!)
    諦めずに頭の中でカウントをしながらもスフレは手の中の魔力を溜め続ける。20、21、22……カウントの最中、ガルドフによる岩石の弾丸や地面からの岩盤、そして地響きと情け容赦ない攻撃が続く。だが、攻撃を受けて倒されてもスフレは魔力を溜めていた。
    「テメェよお、一体何をやろうとしてるんだ?さっきから無抵抗じゃねえか。この俺様をナメてんのか?」
    悪態を付くガルドフ。
    「……そうね。ナメてるっていうか、もう諦めてるって感じよ」
    「あぁ?」
    「この勝負、降参だわ。あんた、ガルドフだっけ?あんたは文句無しに強いよ。賢者のあたしですら敵わないなんて、恐れ入ったわ」
    額や口から血を流し、痣だらけの顔になったスフレが項垂れる。
    「ククッ……クハハハハ!何だ。お手上げってわけか?笑わせやがるぜ。今更ビビっちまったってわけかぁ?」
    大笑いするガルドフを見て内心ニヤリと笑うスフレ。45……46……47……48……49……50……。敢えて降参したフリをして魔力を溜め込むカウントを頭の中で数えながらも、時間稼ぎに持ち込もうと考えているのだ。
    「ま、そんなところね。あんたに殺される前にちょっと教えてくれないかしら」
    「あぁ?」
    「あんたに力を与えたピエロ野郎とかいう奴は何者なの?ヴェルラウドが言ってた黒い影とかいう奴と関係あるわけ?」
    ガルドフはペッと唾を吐き出すと、周囲を旋回している岩石を手に取り、徐に投げつける。だが、投げた方向はスフレの方ではなく、城の方だった。
    「あいつに関しては俺にも詳しい事はわからねぇ。あの野郎、自分が何者なのかろくに説明しやがらねぇからな。何しろ、二年くらいあいつの妖術みてぇなもんで眠らされてたみてぇだからな」
    「二年くらい眠らされてた?それで、黒い影とかいう奴について何か知らない?」
    「あ?あれの事か。あれはな……あいつの分身らしいぜ。あれに出会ったのが始まりだからなぁ。あいつがいなかったら俺は牢の中で確実に朽ちていた。仮に何らかの方法で脱出出来たとしても今の俺は絶対にいなかったわけだからな。この力を頂くまでは、俺はただの盗賊ってわけさ」
    「……なるほどねぇ」
    これは随分いい事を聞いたわ、と内心呟いたスフレは魔力が溜め込まれた手に力を込める。
    「聞きたい事はそれだけか?」
    スフレは少し黙り込み、深呼吸をして両手を広げる。
    「うん、もう十分よ。満足したから一思いに殺してちょうだい」
    ガルドフが残忍な笑みを浮かべる。
    「……へっ、せめて最後まで抵抗すればよかったものを。全く変な奴だぜ。ま、テメェがそう言うなら望み通り叩き潰してやるけどなぁ!」
    ガルドフが手を掲げ、頭上に巨大な岩石の塊を作り始める。スフレは両手を広げながらもそっと目を閉じ、魔力を溜めている手に意識を集中させる。


    もう少し……あともう少し……


    95……96……97……98……99……


    100!


    「……いっけえええええっ!!」
    スフレは目を見開かせ、溜め込んでいた魔力の塊をガルドフに投げ付けた。次の瞬間、ガルドフの身体を覆っている岩石が溶けていき、人体では耐え切れない程の恐るべき超高温が襲い掛かる。ガルドフの身体を覆う岩石はスフレの限界まで溜め込んだ炎の魔力によって一瞬で溶け、マグマと化したのだ。
    「ぐあああああああ!!な、何だこれはあああああッ!?」
    身体を覆う岩石がマグマとなったガルドフは全身に渡る大火傷でもがき始める。頭上に作られていた巨大な岩石の塊はバラバラになって崩れ落ちていく。
    「ラーバブレイズ!」
    ガルドフを襲うマグマが激しく燃え盛る。魔力の塊による暴発であった。
    「うぎゃああああああああ!!」
    燃え盛るマグマに焼き尽くされたガルドフは断末魔の叫び声を上げる。
    「ふっ……作戦大成功!」
    スフレは勝ち誇ったようにポーズを決める。
    「……ぐ……あぁっ……」
    全身を焼き尽くされ、無残な姿となって倒れたガルドフは完全に虫の息であった。
    「できるだけここまではしたくなかったけど……今はそう言ってられないから……」
    倒れたガルドフを見下ろしながらもスフレが言い放つ。
    「……ち……ちくしょう……この俺が……」
    苦し気に呟くガルドフを見て、一瞬胸が痛む思いをするスフレ。
    「……へ……へへっ……まさか、テメェの策にハメられて二度も炎に焼かれちまうとは……巨大な力を手に入れて……思う存分好きな事をやろうとした天罰、かもなぁ。俺は生きてる限り……決して……反省はしねぇ……」
    ガルドフは目の前にいるスフレに視線を向ける。
    「へっへっ……女。今のうちにトドメを刺せよ。俺はこの通り……全身を完膚なきまで……焼き尽くされて動く事も、出来ねぇ。俺は絶対に……反省しねぇからよぉ……」
    「……うるっさいわね!動けないんだったらウダウダ言ってないで黙ってなさいよ!」
    スフレは項垂れながらも、吐き捨てるように怒鳴りつける。
    「あたしだって、出来るだけ殺生はしたくないのよ!あんたみたいなクズ野郎でも……」
    拳をわなわなと震わせるスフレは背後を振り返り、王国の戦士達と数多くの魔物達による激闘が繰り広げられている光景と城の方をジッと見つめる。
    「あたしには今やるべき事があるわ。あんたの事はひとまずお預けにしておくから、有難く思いなさいよ」
    そう言い残し、スフレはその場から走り去る。城の方へ向かって行くスフレの背後を見ながらもガルドフはクククと笑い始める。
    「全く……あの姫さんといい、魔法使いの女といい……俺みたいなクズ野郎でも殺しはしねぇなんて、とことん甘いな……。この身体がまだ動けたら背後から岩をぶつけてやるってぇのによ……けど、悪い気はしねぇな……」
    身動きが出来ないガルドフは天を見上げながらも呟き、徐々に意識が薄れ始める。
    「へっ……俺の命もここまでってわけ……か……。ムアル……テメェは今頃地獄にいるのかよ?俺もそっちへ……行くだろうな……」
    ガルドフの脳裏に過去の記憶が走馬灯のように蘇る。荒くれ者ばかりが住むならず者の街で育ち、盗賊として生活していた頃。各地で盗みを働いた末に地下牢獄に捕われていた時に現れた黒い影によって地の魔魂を与えられた頃。そして子分であるムアルと共に世界を流離いながらも黒い影が求める素材を探していた頃や、クレマローズ王国でレウィシアと戦った頃。全ての過去の記憶を遡り終えると、ガルドフの意識は既に途絶えていた。


    あんなところに生まれてなかったら……俺は真っ当な人間として生きていただろうな。けど、悪くねぇ人生だったぜ……。


    動かなくなったガルドフの呼吸は停止し、心臓も停止している。だが、表情は笑みを浮かべたままだった。



    「グアアアアアア!!」
    闇の炎が燃え盛る中、オディアンは戦斧を手に防御の構えを取る。だが、度重なるダメージの影響で炎に耐えられる程の体力は殆ど残されていなかった。
    「ククク……コロシテやるぞ……オディアン兵団長……」
    レグゾーラの醜悪な声を聞きながらも、オディアンは戦斧を両手に構え、精神を集中させる。
    (このままではマズイ。やはりここはあの技で決めるしかない……!)
    レグゾーラが口から粘着性の糸を吐き出す。オディアンは間髪で糸を回避し、目を閉じて戦斧を両手で掲げる。
    「バカめが……貴様に何が出来るというのだァァッ!!」
    襲い掛かるレグゾーラの鋭い一撃。
    「うおおおおお!」
    一撃が迫ろうとするその瞬間、オディアンは目を見開かせて突撃する。
    「秘技———閃覇十字裂斬!」
    カウンターを利用した戦斧による一閃、そして縦に大きく切り裂く一撃。十字状に引き裂く大きな斬撃が恐るべき速さで次々と繰り出されていく。その攻撃によってレグゾーラの身体はズタズタになり、魔物特有の黒味がかった赤紫色の血が多量に飛び散っていく。
    「グガハァァアアアッ!!」
    決定打となり、断末魔の叫び声を轟かせながらもバタリと倒れ込むレグゾーラ。力を使い果たし、膝を付いているオディアンは返り血に塗れていた。
    「ゴアアァ……おのれ……おのれェェッ……」
    忌々しげに声を荒げるレグゾーラは再び立ち上がろうとするが、もはや身体を動かす事が出来ない状態だった。オディアンは立ち上がり、戦斧を手にトドメを刺そうとする。
    「……クッ……クックックッ……例え俺を倒したとしても、王は助けられまい。闇王様を蘇らせたというあの男の手に掛かればな……」
    「何っ!?」
    レグゾーラの言葉にオディアンは驚きの表情を浮かべる。
    「答えろ。あの男とは何者だ!陛下を狙っているというのか?」
    「さあな……聞く前に直接行ったらどうだ?最も、その身体では王の元に辿り着くまでどうなってるかは火を見るよりも明らかだと思うが、な……クックックックッ……グッ!グボァッ」
    レグゾーラは血の塊を吐き出して息絶える。
    「ヴェルラウドだけではなく陛下まで……奴らめ、一体何を!」
    オディアンはダメージが残る身体を引きずる形で城へ向かって行った。


    城の中、凍り付く程の冷気に満ちた廊下で一戦交えるヴェルラウドとバランガは止まらない出血を抑えながらも激しくぶつかり合っていた。
    「ぐぁっ……」
    槍によって貫かれた傷穴がある左腕からの激痛でバランスを崩すヴェルラウド。その隙を見逃さなかったバランガが槍を振り回す。
    「死ね、ヴェルラウド。百裂氷撃槍!」
    放たれる無数の雹の塊と共に、氷の魔力を帯びた槍の連続突きがヴェルラウドを捉える。
    「ごはっ!がっ……ぐはっ!ぐおああっ!!」
    連続攻撃を叩き込まれ、血を撒き散らしながら倒れるヴェルラウド。バランガは倒れたヴェルラウドを見下ろしながら歩み寄る。冷気は壁に霜を生み、辺りがどんどん凍り付いていく。
    「……はぁっ……はぁっ……がはっ!ぐっ……」
    冷気による寒さと傷の痛みに耐えつつも立ち上がるヴェルラウドだが、既に満身創痍だった。出血と激痛が止まらない傷口をも凍り付く程の温度に達しており、徐々に気が遠くなっていくのを感じる。
    「……ぐっ……はっ」
    霞む視界の中、ヴェルラウドはバランガに視線を向けながらも剣を構える。
    「うぐっ……」
    バランガが脇腹を抑え、膝を付く。抑えている脇腹から溢れ出る多量の血。バランガもヴェルラウドの攻撃によって深い傷を負っていたのだ。
    「バランガ……聞かせろ。何故お前まで闇王の意思に従って俺を殺そうとしている?サレスティルの近衛兵長だったお前までも……」
    ヴェルラウドが問いただす。
    「……答える必要は無い。貴様は此処で死ぬからだ」
    冷酷な返答と同時に、バランガは槍を突き付ける。
    「ヴェルラウド!」
    突然聞こえてきた声。駆けつけてきたのは、スフレだった。
    「スフレ!」
    「うっ、何なのこの寒さ……ヴェルラウド!何があったの!?」
    「説明は後だ!今此処に敵がいる」
    冷気に包まれた廊下と傷ついたヴェルラウドの姿、そして槍を突き出しているバランガの姿と血に塗れた床と壁を見て状況を把握したスフレは思わず身構える。
    「フン、ザコが増えたところで同じ事」
    バランガが槍を振り回す。
    「何なのよあんた。さっき敵と死闘繰り広げてたからちっとも万全じゃないけど、このあたしをなめるんじゃないわよ!」
    スフレが魔力を高めると、ヴェルラウドが前に出る。
    「待て。こいつは俺がやる。こいつは……俺が世話になったサレスティルの近衛兵長なんだ」
    「え、そうだったの!?でもなんで?」
    「わからん……理由はわからんが、闇王と魔物ども同様俺を殺そうとしているんだ。今やこいつは俺の敵でしかない」
    出血と相まって激痛が走る傷口と凍える身体による二重の苦しみの中、ヴェルラウドは精一杯の力を振り絞り、剣先に赤い雷を宿す。
    「無茶よ!それだけ傷付いてるのに、下手したら死んじゃうわよ!ここはまずあたしの魔法で……」
    スフレが魔法でヴェルラウドの傷を回復させようとした瞬間、バランガの攻撃が襲い掛かる。
    「きゃあ!」
    バランガの容赦ない攻撃がスフレの左腕を襲う。傷ついた左腕から鮮血が迸り、もんどり打って倒れるスフレ。
    「ぐっ……」
    左腕からの出血を抑えながら、立ち上がろうとするスフレ。ガルドフとの戦いによるダメージが残っているせいか、身体を起こすだけでも全身に痛みが走っていた。
    「やめろ!お前の目的は俺の命だろ!」
    ヴェルラウドが赤い雷を帯びた剣を突き出す。
    「一瞬で終わりにしてやる。百裂氷撃槍!」
    繰り出される槍の連続突きと無数の雹が舞う中、ヴェルラウドは剣を大きく振り下ろす。その斬撃は赤い雷を迸らせ、激しい雷撃となってバランガを襲う。
    「ぐあああああ!!」
    赤い雷撃を受けたバランガは大きく吹っ飛ばされ、倒れる。
    「うぐっ……げほっ!」
    傷口を抑え、吐血するヴェルラウドは剣で身体を支えながらも倒れたバランガを見下ろしていた。
    「……ヴェルラウド……お前を……コロス……ヴェルラウド……」
    全身に痺れを残しながらも譫言のように呟くバランガ。その姿にヴェルラウドは「もう立ち上がらないでくれ」と心の中で返答する。
    「ヴェルラウド、大丈夫?」
    スフレは傷付いた左腕の痛みを堪えつつも、ヴェルラウドの傷を治そうと回復魔法を発動させる。だが、ガルドフとの戦いで殆どの魔力を使い果たしていた故に僅かな回復しか出来なかった。
    「ごめん……さっきの戦いで殆ど魔力を使っちゃったからあんまり回復出来なかったわ」
    「気にするな。これくらいでも十分……うっ!」
    ヴェルラウドが立ち上がった瞬間、不意に凍り付くような気配を感じる。
    「ククク……随分と派手にやってくれたものだな」
    謁見の間へ通じる前方からやって来る邪悪な気配。現れたのは、道化師だった。
    「誰だ!?」
    「クックックッ……闇王の協力者、と言っておこうか。ご苦労な事だよ、赤雷の騎士ヴェルラウド。オレが差し向けた魔物どもや精鋭の戦士の猛威を乗り切るとは」
    「何だと?つまり全部お前の仕業だったというのか!お前が俺の命を狙う魔物やバランガを……!」
    邪悪な気配に戦慄を覚えながらも、ヴェルラウドは剣を構える。道化師は恐ろしく不気味な笑みを浮かべていた。
    「実はこの城に存在する素材を必要としていてね。その為に大勢いる邪魔な戦士どもを片付けるついでに闇王の願望を叶えてやる目的で潰しにかかったというわけさ。ま、計画通り素材は手に入ったがね」
    「貴様!」
    斬りかかろうとするヴェルラウドだが、道化師の凍り付いた瞳に思わずたじろいでしまう。
    (何なんだこいつは……どこかで感じたような恐ろしく凍り付くような感覚……こいつは一体何者なんだ……!?)
    冷酷に笑う道化師を前に立ち尽くすヴェルラウド。背後にいるスフレも同じだった。
    「クックックッ、貴様らも本能で感じているようだな。このオレの恐ろしさを。だが安心しろ。オレの目的はあくまで闇王に捧げる素材だ。今は貴様らを直接始末する気は無い。今はな」
    すると、道化師が一瞬でヴェルラウドの背後に回り込む。振り返った瞬間、目の前にいる道化師の姿を見てヴェルラウドは冷や汗をかく。
    「いい事を教えてやろうか?闇王を蘇らせたのは、このオレだ」
    そう言い残し、道化師の姿が消える。辺りを見回すヴェルラウドとスフレだが、道化師は既にその場から消えていた。倒れていたバランガの姿も既に消えている。
    「クックックッ……赤雷の騎士よ。また会えるといいな」
    道化師は姿を見せないまま、不敵な言葉を残していた。
    「……くっ」
    冷や汗と血に塗れた顔のヴェルラウドは、脱力したように壁に寄り掛かる。
    「あいつ……一体何なのよ?物凄く恐ろしい感じがしたけど」
    スフレもまた、得体の知れない恐怖感に立ち尽くしていた。ヴェルラウドは不意にサレスティルでの影の女王との戦いの後に現れた黒い影の存在を思い出す。
    (奴が放っていた邪気……妙に覚えのある感覚だと思えば、女王様の偽物を作り出したあの黒い影だ。奴の邪気はあの黒い影と似ている。つまり奴は……)
    ある確信をした矢先、オディアンが負傷した身体を引きずりながらやって来る。
    「オディアン!」
    「お前達、此処にいたのか。陛下は無事か?」
    「わからないわ。王様のところへ行く前に此処でヴェルラウドが敵と戦っていたから……」
    急いで謁見の間へ向かう一行。大扉を開けた瞬間、一行は愕然とする。血と武具の破片が飛び散り、破壊された玉座。惨殺された数人の兵士と血みどろの姿で死んだ男騎士、女剣士の姿。そして消えた王の姿。神聖なる謁見の間が無残なものへと変貌したその光景を目の当たりにした一行は、言葉を失うばかりだった。
    「な……何だこれは……陛下は……陛下は何処へ!」
    オディアンが叫ぶように言うが、王の姿は何処にもない。ヴェルラウドは手を震わせながらも、胸をえぐられる思いのまま立ち尽くしていた。


    城下町で多くの魔物と戦っている王国の戦士達を空中から見下ろす道化師。左手からは闇の魔力による紫色の光球が浮かんでいた。
    「フン、この国の戦士どもも随分頑張るな。この辺で幕引きとするか」
    光球は分散すると、地上に降り注ぐ無数の光線となり、地上の魔物達を次々と貫いていく。城下町にいる魔物は道化師が放った魔力の光線によって一瞬で全滅した。突然の出来事に、魔物と戦っていた戦士達は何事だと騒然となる。道化師は右手に水晶玉を出現させると倒れた地上の魔物達から黒い瘴気が発生し、吸い込まれるように水晶玉に集まっていく。瘴気が全て集まると地上に降り立ち、死を迎えたガルドフの遺体の前にやって来る。
    「ガルドフめ、こんなところで無様にくたばるとはな。所詮貴様は与えられた魔魂の力に酔いしれていただけのならず者でしかなかったというわけか。ま、捨て駒にしては頑張った方だと思うがね」
    道化師はガルドフの遺体目掛けて手から闇の光弾を放つ。光弾は、爆発と共にガルドフの遺体を完全に消し去ってしまう。遺体があった場所には、地の魔魂の結晶体が転がっていた。道化師は魔魂の結晶体を手に取り、力を込めて握り締めると結晶体はひび割れ、粉々に砕け散った。結晶体の破片に混じり、魂のような光が浮かび上がる。光は、道化師の右手の水晶玉に吸収されていった。
    「おい貴様、そこで何をしている!」
    数人の戦士が剣を手に現れる。道化師はペロリと舌で水晶玉を軽く舐めると、片腕を素振りさせる。巨大な真空の刃が巻き起こり、現れた数人の戦士は一瞬で切り裂かれていく。
    「……クックックッ……ハーッハッハッハッハッ!!」
    辺りを鮮血に染め、屍と化した戦士達の無残な姿を空中で見下ろしながらも、道化師は狂ったように笑っていた。
    傷みの重さ翌日———道化師が差し向けた闇王配下の魔物の襲撃を受けたブレドルド王国は、多大なる被害を被っていた。
    「あんたぁ……あんたぁっ……うっうっ……」
    「お父ちゃあああん!うわあああああん!!」
    一人の戦士の亡骸を前に泣き崩れる母子。その様子を見ていたヴェルラウドとスフレは沈痛な面持ちで見守っていた。
    「酷い……どうしてこんな事に……」
    痛ましい気持ちでスフレが呟くと、ヴェルラウドは再び自責と後悔の念に支配され、そして己の無力さと己の存在が招いた出来事による残酷な現実を痛感する余り涙を浮かべていた。多くの人と戦士が犠牲となり、破壊された建物や炎によって全焼した多数の住居。更に王は消息不明という状況で王国の人々は恐怖と不安を抱いていた。オディアンを始めとする戦士兵団は消えた王を探し求めるものの、王の姿は何処にもない。ヴェルラウドとスフレは大臣からの呼び出しで、謁見の間にやって来る。大臣は地下に避難していた故に魔物の襲撃から逃れられたのだ。
    「陛下がいなくなり、王国が魔物によってこれ程の被害を受けるとは……一体何故このような事に……」
    頭を抱えている大臣を前に、ヴェルラウドは俯いたまま暗い表情をしていた。
    「やっぱりあのピエロの奴が王様を浚ったんだわ」
    スフレは城の廊下で遭遇した道化師について話す。
    「あいつはあたしが戦ったガルドフという男に力を与えた上に、闇王を蘇らせたって言ってた。王国が魔物に襲撃されたのも全部あいつが仕組んだ事だったのよ」
    「ふむ……そのピエロは一体何者だというのだ?闇王を蘇らせたというのは……」
    「わからない。ただ言える事は……闇王と深い関わりがあるのと、向かい合うだけでも凍り付きそうな恐ろしい邪気を放ってる奴、というのは確かよ」
    スフレが淡々と話し終えると、オディアン率いる戦士兵団がやって来る。
    「おお、オディアンよ。如何だったか?」
    「ハッ、残念ながら陛下の姿はお目に掛かれませんでした」
    「そうか……」
    大臣は落胆しつつも、スフレに聞かされた事を全て話す。王国襲撃事件の黒幕であった謎の道化師の存在を知り、オディアンの表情が険しくなる。
    「何という事だ……全てそいつの仕業だったという事か。スフレよ、それは真であろうな?」
    「当たり前でしょ!こんな状況で嘘なんかつかないわよ!ね、ヴェルラウド!」
    ヴェルラウドは返事せず、暗い表情のまま俯いている。
    「ねえ、どうしたのよヴェルラウド。あんたも目撃者なんだから何か言いなさいよ」
    「……黙っててくれ」
    「はあ?」
    「黙っててくれって言ってるんだよ!耳に響く」
    俯いたまま拳を震わせ、怒鳴りつけるように返事するヴェルラウド。
    「な、何なのよ……怒鳴らなくてもいいじゃない」
    スフレは何とも言えない気まずさを感じて一歩引き下がる。
    「スフレ、ヴェルラウド。お前達は一先ず賢王様のところへ行ってくれ。俺も事が落ち着いたらお前達の後を追うつもりだ」
    オディアンからの一言。
    「わかったわ。ヴェルラウドでも使えなかった神雷の剣の事もあるし、賢王様に報告しておくわ」
    「うむ。お前達も気を付けてな」
    事の全てをマチェドニルに報告すべく賢者の神殿に向かう事となったスフレは、ヴェルラウドに声を掛けようとする。
    「……悪いが、暫く此処で一人にさせてくれ。今は行ける気分じゃない」
    「え?」
    ヴェルラウドが顔を上げると、その表情は憔悴しきっていた。スフレはヴェルラウドの表情を見て一瞬驚くが、すぐに気持ちを切り替える。
    「ヴェルラウド、さっきから様子がおかしいんだけど……もしかして悩んでるの?今回の事で」
    スフレが問うものの、ヴェルラウドは黙って見つめているだけだった。その沈黙によって辺りが重い静寂に包まれ、見かねたオディアンが一歩前に出る。
    「気が進まぬのなら無理はせず休んでおけ。落ち着いた時に行くと良い」
    オディアンの一言にヴェルラウドは黙って頷き、謁見の間から出る。
    「あ、ちょっと待ってよ!」
    スフレが後を追う。
    「むう、ヴェルラウド殿は一体どうしたというのだ」
    大臣が首を傾げる。
    「何か只ならぬ事情があるのかもしれません。少し様子を見ましょう」
    オディアンはヴェルラウドの事を気遣いつつも、大臣にお辞儀をして謁見の間から去って行った。


    ヴェルラウドが向かった先は、寝泊まりで利用した兵士達の宿舎だった。
    「何故付いて来たんだ。一人にさせてくれって言っただろ」
    後を追ってきたスフレに対して冷たく言い放つヴェルラウド。
    「いつまでも暗い顔しないでよ!まさか王国が魔物に襲われて王様がいなくなったのも全部自分のせいだと思ってるわけ!?」
    思わず感情的になるスフレだが、ヴェルラウドは答えようとしない。
    「あんただってわかるでしょ!?魔物を仕向けたのは全部あのピエロみたいな奴の仕業だって事を。全部あいつが悪いんだし、あんたが責任を負う必要なんてないじゃない!」
    「やかましい!お前に何がわかるっていうんだ!俺は……俺は……」
    八つ当たりするように怒鳴り散らすヴェルラウド。スフレは思わずヴェルラウドの頬を引っ叩く。
    「……馬鹿よ、あんた。一人で悩んで自分を責めないでよ……あんたには、守れなかった人達の為にも果たすべき使命があるんじゃないの!?」
    スフレの目から涙が溢れ出る。
    「あの時言ったじゃない。あたしでよかったらいくらでも協力するって。あんたは……もう一人じゃないんだから……」
    涙が止まらないスフレは嗚咽を漏らしつつもその場を去る。ヴェルラウドは痛む頬を抑えながらも、涙ながらに去り行くスフレの後ろ姿を見つめていた。


    馬鹿だ。スフレの言う通り、俺は本当に馬鹿だ。

    俺がいたせいでこの国も魔物の手に掛かり、多くの人が犠牲になった。

    俺のせいで犠牲が出るのはもう沢山だ。もう、誰も死なせたくない。それに、俺にはサレスティル女王を助ける使命がある。

    その為にも、この剣を……お袋ですら使いこなせなかったこの剣を、俺が使えたら……。


    ヴェルラウドは背中の鞘に収めている神雷の剣を手に取り、振り下ろそうとする。だがその瞬間、全身に重りが襲い掛かり、剣から激しい電撃を受ける。
    (ぐっ……何故だ……何故使わせてくれないんだ……!)
    諦めずに剣を使おうとするが、重りで身体が言う事が聞かず、激しい電撃で全身が痺れてしまい、身動きが取れなくなった。
    「くそっ……たれ……」
    剣を床に落とし、膝を付いてしまうヴェルラウド。
    「おい、どうしたんだあんた?大丈夫か?」
    通りがかった兵士が声を掛ける。
    「いや、何でもない。気にしないでくれ」
    何事もないように振る舞うヴェルラウドだが、痺れのせいで身体を起こす事すらままならない状態だった。
    「何があったか知らんが、無理はよくないぞ。手を貸してやろうか?」
    「あ、ああ……すまない。ならば一人で落ち着ける部屋に連れて行ってくれないか。今は一人にしてほしい気分なんだ」
    「そうか、わかった。理由は聞かないでおくよ」
    兵士はヴェルラウドを個室部屋に案内する。部屋は簡易なベッドと椅子、丸テーブルが置かれた狭く質素なものだった。ヴェルラウドは兵士に礼を言うと、部屋に置かれた椅子に座り、ぼんやりと天井を眺めていた。


    その頃、道化師は亜空間にいた。傍らにはゲウドと倒れているバランガがいる。
    「ヒッヒッ、こやつも改造用の素材となるわけですかな?」
    ゲウドが嫌らしい笑みを浮かべながら言う。
    「そうだな……貴様の好きにするがいい。こいつも所詮闇王に与えたガラクタのようなものだ」
    「なるほどのう……ヒッヒッヒッ」
    道化師は動かないバランガを見下ろしながらも闇の瘴気が発生している玉を取り出すと、ゲウドとバランガは徐々に玉に吸い込まれていく。更に道化師は口から紫色に輝く光球を吐き出す。光球は魂のように浮かび上がっている。
    「ブレドルド王の魂……流石は剣聖の王と呼ばれているだけある。こいつでも十分だと思うが、もう少し汚染させる必要があるか」
    光球は、道化師によって浚われたブレドルド王の魂であった。ブレドルド王の魂を元に、闇王の完全な復活に必要とされる暗黒の魂を作り出そうとしているのだ。光球状の魂は道化師の力によって既に暗黒に染まっており、邪悪な光を放っていた。
    「クックックッ……楽しませてくれよ。闇王」
    魂を見つめつつも、道化師は歪んだ笑みを浮かべていた。


    夢の中、ヴェルラウドは何処とも知れぬ場所に一人で歩いている。そこは何もない真っ白の空間。そんな場所を、ずっと歩き続けている。二つの人影が見える。見覚えのある後姿———一人は懐かしき父の姿、ジョルディス。もう一人は、生まれた頃から既にこの世を去っていた母の姿……エリーゼだった。


    父さん……母さん……?


    ヴェルラウドの呼び掛けに応えるように振り返った父と母は、優しい笑みを浮かべていた。だが、その姿はうっすらと消えていく。


    今のは紛れもなく父さんと母さん……俺は……一体何処にいるんだ。


    再び歩き始めると、またも二つの人影が見える。人影は———クリソベイア王とリセリア姫だった。


    陛下……姫様……!


    穏やかな表情を見せるクリソベイア王とリセリア。ヴェルラウドが呼び掛けようとした瞬間、二人の姿はうっすらと消えて行った。二人の姿が完全に消えると、もう一つの人影が現れる。人影の正体は、シラリネだった。


    シラリネ……!


    ヴェルラウドが近付こうとすると、シラリネは涙を浮かべながら駆け寄っていく。その華奢な身体を抱きしめようとした瞬間、シラリネの姿が突然変化していく。その出来事に思わず立ち止まると、変化したシラリネの姿は邪悪な気を放つ道化師になっていた。目の前にいる道化師は残忍な笑みを浮かべながらも、禍々しいオーラに包まれた手を差し出す。その手が光ると、ヴェルラウドの身体は一瞬でバラバラに引き裂かれ、大量の血飛沫によって辺りは真っ赤に染まっていった。


    ———オ前ハ、モウ誰モ守レナイ。オ前ノ大切ナ者ハ、オ前ノセイデ失ッタ。オ前ガ、無力ダカラダ。

    ———ヴェルラウド……オ前ハ、無力ナノダ。



    「っああぁぁっ!はぁっ……!」
    うたた寝による夢から覚めたヴェルラウドは、顔が汗に塗れていた。懐かしい人々の姿が自身の前に現れてはすぐに消えていき、道化師によって惨殺されるという悪夢は、鮮明に脳裏に焼き付いている程だった。
    (何だ、この恐ろしい夢は……。一体どうなってやがる……)
    夢の出来事を忘れようと頭を振るが、その記憶は消えようとしない。ヴェルラウドは顔の汗を拭い、風に当たろうと部屋を出る。
    宿舎から出た時、外は夜になっていた。涼しい風が吹きつける夜の城下町は、魔物の襲撃によって多くの住居や建物が破壊された影響で暗い状態だった。人通りの少ない夜の町を歩くヴェルラウドは、橋の上で流れる小さな川を眺めながらもシラリネのペンダントを胸ポケットから取り出す。
    「シラリネ……俺のせいで、また犠牲を生んでしまった。君は今、天国で俺を見守っているのだろうか……」
    思いのままに呟くと、ヴェルラウドやサレスティル王国を救う為に自らの胸に剣を突き刺し、命を絶ったシラリネの姿が頭を過る。掌にあるペンダントを強く握り締めながらも、ヴェルラウドは流れ行く川と夜の星空を眺める。
    「父さん……母さん……陛下……姫様……もし天国で俺を見守っているなら……全てのものを守れる力を貸して欲しい。そして、この剣を……!」
    ヴェルラウドは背中の神雷の剣を再び手に取り、振りかざすと全身に重りが襲い掛かり、激しい電撃に襲われて倒れてしまう。
    「くっ……!」
    再び剣を使おうとするものの、全身の重りと重なった二度目の激しい電撃はかなりのダメージとなり、これ以上使用すると自殺行為に等しい程であった。
    「クソがッ!」
    電撃で身を焦がし、苛立つヴェルラウドは剣を地面に叩き付ける。
    「この剣が使えないとならば、どうすればいいんだ……この剣がなければ……」
    途方に暮れるヴェルラウドはそっと剣を手に取り、背中の鞘に収める。静まり返る中に吹き付ける突風が、何ともいえない空しさを漂わせていた。
    「此処にいたのか」
    声を掛けてきたのは、オディアンだった。ヴェルラウドは無言で振り返る。
    「スフレから事情は聞いた。お前も、色々苦労していたようだな」
    静寂の中、吹き荒れる風。オディアンはヴェルラウドの隣に歩み寄る。
    「国王陛下は……ブレドルド王はどうなった?」
    「……未だにお目に掛かれぬままだ」
    「そうか」
    王の姿がまだ発見出来ていない事を聞かされたヴェルラウドは少し項垂れ、右手の拳を震わせる。
    「……俺は怖かったんだ。俺がいるせいで人が殺されたり、国が滅ぼされたりするのを恐れていた。祖国であるクリソベイアが滅ぼされたのも俺がいたからだった。国王陛下と姫は……俺の目の前で……」
    オディアンに抱えていた想いの全てを吐露するヴェルラウド。
    「この国も、俺のせいでこんな事になってしまった……。俺を恨むなら恨んでくれても構わない。俺に出来る事なら何でもするつもりだ。その為に俺は、この剣を……」
    オディアンはヴェルラウドの背中に収まっている神雷の剣を見つめる。
    「神雷の剣は……やはり使えなかったのか」
    「……ああ」
    「少し貸してくれないか」
    ヴェルラウドは剣を差し出す。オディアンはそっと剣を手に取っては両手で力強く握り、素振りを始めた瞬間、大きな重りが襲い掛かると同時に強烈な電撃を受けてしまう。
    「クッ……これ程までとは。この剣は思った以上に並みの人間が扱えるものではないな」
    オディアンは思わず剣を地面に落としてしまう。ヴェルラウドは地に落ちた剣を拾い、刀身を凝視する。
    「……俺は諦めない。もうこれ以上、犠牲を生みたくないんだ」
    ヴェルラウドの真剣な眼差しに、オディアンは不意に何かを感じ取る。その瞳から、誇り高きクリソベイアの騎士ジョルディスとブレドルドの英雄エリーゼの意思が宿る力を感じたのだ。
    「ヴェルラウドよ。その意思が本物ならば、過去と自責に囚われるな。我々は決してお前を恨むような事はしない。お前にも、騎士として果たすべき使命があるだろう」
    オディアンが静かに振り返る。
    「……明日、スフレと共に賢王様の元へ向かう。来るなら己の気持ちにけじめをつけてから来い。いいな」
    そう言い残し、その場から去ろうとするオディアン。
    「待ってくれ」
    ヴェルラウドが呼び止める。
    「……一つ、手合わせしてくれないか?あなたの剣と、俺の剣で」
    「どういう事だ?」
    「けじめをつける為だよ。ダメか?」
    「……いいだろう」
    ヴェルラウドが腰の剣を抜くと、オディアンは背中の両手剣を取り出す。
    「行くぞ」
    「ああ」
    両者が構えると突撃し、激しく剣を交える。橋の上で繰り出される二人の騎士による剣の手合わせを建物の陰でこっそりと見守っている少女がいた。少女は、スフレだった。


    夜が更け、宿舎の一室に戻ったヴェルラウドは汗に塗れ、ベッドに横たわる。
    「オディアン……あの人は強い。あの人の剣には、一寸の迷いも無い。だからあれだけ強いのかもしれん……」
    手合わせでオディアンの剣を受け止めた時、ヴェルラウドはその攻撃に迷いや葛藤等の感情が含まれていない、騎士として戦う使命や強固な意思そのものが露になった強さを感じ取っていた。
    「俺には弱さがあったんだ。あの時の忌まわしい出来事があまりにも重すぎたせいで、過去や自責に囚われてしまう心の弱さが。それを乗り越える事が出来たら……」
    己を省みながら天井を見つめていると、再びシラリネのペンダントを手に取る。ペンダントに嵌め込まれたルベライトが照明の光によって赤く輝いて見えると同時に、シラリネの優しい笑顔が浮かび上がる。シラリネは何時でも心の中に存在する。己の行くべき道に迷い、思い悩み、苦しむ事があっても、心の中のシラリネが自身に光を与えてくれる気がする。シラリネだけではない。自身の目の前で死した父ジョルディス、クリソベイア王、リセリア姫———。


    俺はまだまだ弱かった。俺が神雷の剣を使えない理由は、もしかすると俺自身の弱さも関係しているのかもしれない。
    かつて親父は言っていた。人は誰しも、何らかの弱さを抱えている。その弱さを乗り越えた時が真の強さを得るものだと。


    だが俺は、決して一人じゃないんだ———。
    俺には、騎士として果たすべき使命がある。だからこそ、後ろを向いてはならない。



    夜が明けると、スフレとオディアンは謁見の間で大臣と話していた。
    「賢王殿でしたら何か方法を知ってるかもしれませんなぁ」
    「ええ。王様がいない今では賢王様に頼るしかないからね」
    二人は報告と共に、神雷の剣が使える方法をマチェドニルに聞き出そうとしているのだ。
    「ところで、肝心のヴェルラウド殿は?」
    「あー……多分もうすぐ来るんじゃないかしら。まさか逃げるなんて事はしないと思うけど」
    スフレはヴェルラウドに直接会わず謁見の間に来てしまった故、ヴェルラウドが来ていない事を若干気に掛けていた。大臣との会話を終えた瞬間、大扉が開く。現れたのは、ヴェルラウドだった。
    「ヴェルラウド!」
    「悪いな、遅くなって」
    スフレは安心した様子を見せる。ヴェルラウドの表情は既にけじめを付けたものになっていた。
    「それでは大臣、我々は行きます」
    オディアンが挨拶をすると、一行は謁見の間を後にする。
    「スフレ、昨日はすまなかった。ついあんな辛く当たっちまって」
    「そんな事気にしてないわよ!で、頭を冷やしてきちんとけじめは付けたの?」
    「あぁ……俺に出来る事があれば、何だってやるつもりだ。何だって、な」
    詫びるヴェルラウドを前に、スフレが思いっきり顔を近付けて人差し指を立てる。
    「だったら約束して。これから何があっても、もう自分を責めたり過去に囚われたりしないって。あんたは決して一人じゃないから」
    「ああ、わかったよ」
    「約束破ったらこのスフレ式魔法フルコースのお仕置きだからね!いい?」
    「わかったわかった」
    「ま、泣きたくなったら一回だけ特別に胸貸してやるわよ」
    「はあ?」
    「馬鹿ね、ジョークよ」
    調子のいいスフレにやれやれと顔が綻ぶヴェルラウド。そんな二人の様子を、オディアンも表情を綻ばせていた。王国を出て、賢者の神殿へ向かう一行。その途中で魔物が襲い掛かるものの、一行は軽く退ける。数十分後、一行は賢者の神殿に辿り着いた。門の扉を開き、神殿の中へ入ると、賢人の姿はなく静まり返っていた。
    「え……誰もいない!?」
    不気味な程静まり返った神殿内には人の気配も感じられない。
    「まさか、ここでも敵の手が……!?賢王様!」
    不安を覚えた一行は大急ぎで大祭壇の間に入ると、マチェドニルの姿もなかった。
    「う、うそでしょ……賢王様まで、どうなったっていうのよ!?」
    ますます不安を募らせながらも一行は辺りを探り始める。
    「おお、誰かと思えばお前達か」
    突然辺りに響くように聞こえてくる声。マチェドニルの声だった。
    「け、賢王様!?」
    「無事で戻って来たようだな。今わしらは身を潜めておる。三人揃って祭壇の上に来るが良い」
    一体どういう事だろうと思いつつも祭壇の上に登る一行。すると祭壇が突然下降し、エレベーターのように地下に降りていく。
    「キャー何これ!?祭壇にこんな仕掛けがあったなんてー!?」
    予想外の出来事に驚く一行。下降した祭壇が止まると、一行が見たものは地下深くに設けられた大広間であった。中心部には青い炎が灯された巨大な燭台が設置され、神殿に住む賢人達もいる。
    「ふっふっふっ、まさかの仕掛けに驚いたじゃろ」
    そう言って現れたのはマチェドニルだった。この場所は先代の賢王が密かに設けていた地下広間であり、緊急避難用として使われているものであった。
    「近いうちに恐ろしく邪悪な存在がこの地に現れる予感がしたものでな。それでこの秘密の地下に全員避難していたのじゃ」
    「もう、ビックリするじゃないですか!まさかこんなところがあったなんて」
    秘密の地下広間の存在を知る者はマチェドニルのみで、神殿に住む賢人やスフレですら知らなかったという。スフレは事の経緯を全て話すと、マチェドニルの表情が険しくなる。
    「ヴェルラウドにも神雷の剣が使えなかったというのか……。闇王の元へ向かうには神雷の剣が必要だというのに、このままでは……」
    途方に暮れるマチェドニルは燭台の炎を見つめる。
    「……いや。方法が無いわけでは無い」
    「え?」
    マチェドニルは咳払いをする。
    「氷に閉ざされた大地……そこには試練の聖地と呼ばれる場所があるらしい」
    試練の聖地———それは、世界の最北端にあるチルブレイン大陸の氷に閉ざされた大地に存在する聖地と言われており、古の時代、戦女神たる者が聖地での試練によって己の全てを鍛え、冥神に立ち向かえる力を得たと伝えられている場所であった。人々の間では並みの人間では到底立ち入り出来ないという伝説の地とされており、グラヴィルやエリーゼを始めとする闇を司りし者達に立ち向かった歴戦の戦士ですら足を踏み入れた事がないという。マチェドニルは聖地での試練を乗り越えた事で戦女神は力を付けたと同時に、神雷の剣を手にする資格を得たものだと推測していた。
    「我々にとっても未知の領域である試練の聖地では、古の戦女神が試練を受けた事で力を得たと言われておる。もしかするとそれによって神雷の剣を……。もし聖地が存在し、その試練を受ける事が出来たら……」
    「なるほど、だったらその試練の聖地に行ってみましょう!ね。二人とも!」
    スフレの言葉にヴェルラウドとオディアンは無言で頷く。
    「うむ、お前達ならそう言うと思っておったぞ。だが、このわしでも訪れた事がない上、並みの人間では立ち入り出来ない場所と言われているだけに何があるかわからぬ。心して行くが良い」
    「勿論です!何があろうとも、私達は絶対に負けません!」
    力強く答えるスフレ。目的地が決まった一行はマチェドニルや賢人達に見送られながらも神殿を出ると、スフレは笛を吹いて飛竜のライルを呼び出す。
    「……またこいつに乗るのか?」
    ヴェルラウドが渋い顔をする。
    「当たり前でしょ!今度の旅はずっと遠いところになるのよ!」
    「そ、それもそうだが……」
    「はいはい、つべこべ言わずに乗った乗った!」
    スフレに言われるがままに、恐る恐るライルの背に乗り込む。全員が乗ると、ライルは鳴き声をあげつつ翼を広げて飛び立った。飛竜の背中に乗った空の旅には不慣れで落ち着けないヴェルラウドをオディアンがしっかりと抑え、ライルはスフレの指示で勢いよく飛んで行く。あっという間に陸を離れ、広大な海の上を空高く飛んでいた。


    戦女神の力が備わったというこの神雷の剣を扱えなかったお袋と俺には、戦女神の裁きの雷光と呼ばれる赤き雷の力が備わっている。
    お袋と俺がこの剣を使えないのは、人間だから使えないのか。それとも、己自身に足りないものがある故にその資格がないという事なのだろうか。

    だが、今は進むべき道を進まなくてはならない。例え僅かな可能性でも、それを信じて前に進まなくてはならない。
    俺には果たすべき使命がある。もうこれ以上、俺のせいで犠牲を生みたくない。


    全ての災いの元凶を絶つ為にも、俺は戦う。俺は、もう一人じゃないのだから———。



    海を渡る一隻の定期船。潮風が吹く中、一体の飛竜が上空を通り掛かる。船のバルコニーに佇んでいるのは、ラファウスだった。
    「風が……妙に気になりますね」
    潮風の流れに何らかの予感を覚えたラファウスは船内に戻ろうとする。
    「うっ!ぐおえええぇぇっ!」
    船酔いしたメイコがバルコニーで勢いよく嘔吐していた。
    「……大丈夫ですか?」
    メイコに声を掛けるラファウス。
    「あ、ラファウスさん!見ての通り、船酔いしちゃいましてぇ……もしかして、ゲボ吐くとこ見ちゃいましたぁ?」
    「船酔いでしたら横になった方がいいですよ」
    「そ、そうですね!ではでは、到着したら教えて下さいね~……!」
    フラフラと船内に戻っていくメイコ。ラファウスはバルコニーで潮風を浴びながらも、水平線を見つめていた。

    船内の客室では、レウィシアがルーチェを膝枕しながらも本を読んでいた。客室の本棚に置かれていた歴戦の戦士の伝記に関する本であった。ルーチェはレウィシアの膝の上で気持ちよさそうに眠っている。室内で静かに読書して過ごしていると、客室のドアをノックする音が聞こえてくる。部屋を訪れたのは、ラファウスであった。
    「あら、ラファウス。どうしたの?」
    「レウィシア。もうすぐ到着するようです。そろそろご準備の方を」
    船は、間もなく水の王国アクリムの領土となる大陸に到着しようとしていた。
    橘/たちばな Link Message Mute
    2019/11/13 23:45:04

    EM-エクリプス・モース- 第三章「赤雷の騎士と闇の王」

    第三章。この章はヴェルラウドが主人公のエピソードになります。
    #オリジナル #創作 #オリキャラ #騎士 #ファンタジー #R15 ##EM-エクリプス・モース- ##創作本編

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