無の目
桜の群生の下で昼食を兼ねた細やかな宴席を設けた。関ヶ原の戦において中途で同盟破棄をした相手とあり、出迎えた当初には警戒心がどの臣の顔からも滲み出ていた。が、視察を率いる天下人は前と変わらず爛漫とした態度でその首魁たる男に接しており、また春の陽気と冬に仕込んだ諸白の酒の威力には叶わず、いつの間にやら飲めや歌えの能天気で朗らかな宴になっていた。
北と西の訛りが入り乱れた音頭は聴けるものではないが悪くはない。何処からか囃子道具まで取り出しての盛り上がりを背にしながら、政宗は花弁が舞う並木の合間を歩く。
曲目が分からない程度にまで遠ざかったところで政宗は目当ての人物を見つける。この群生の中で最も樹齢の長い大木の下に佇む男は、ただ真っ直ぐに青空と桜を見上げているようだった。
政宗がわざと草履の底を鳴らしながら近付く。後五歩ほどで隣に並ぶだろうというところで男が振り向いた。未だに見慣れない朽葉の袴に山吹の小袖を着込んだ男はいつものように瞳を曲げて柔和に微笑む。
「どうした独眼竜、亭主が席に居なくて良いのか?」
「Tea Partyじゃねえんだ。オレが居ない方がアイツらも楽だろう?」
アンタもそのクチだろ? そう政宗がニヤリと笑って水を向けると、それを受けた家康は一瞬だけ驚いた顔を見せてからふふふと声に出さず笑った。
「済まないな独眼竜、気を遣ってもらって。」
「Don't worry! まあオレもアンタに話があったからな。」
「話? また最上が何かしたのか?」
「またって……あのGentlemanは度々アンタに何かしてんのか。一度シメてやんねえと分からねえみたいだな。」
「いやまぁ大したことでは無いからそこまで気にしてはいないんだが……いざとなったら頼むとしよう。」
何処かの髭がくしゃみをする様を思い浮かべ、へっと鼻を鳴らした政宗に対し、家康はまた少しだけ笑う。そんな家康の姿を横目で見た政宗は今居る桜の下から一歩だけ右に足を向け、自分に付いてくるようにと無言で人差し指を動かす仕草をした。
その意図を理解した家康が隣に並んだところで政宗は再び歩き始める。久々とはいえ北方の押さえとして書状でのやり取りを何度もやってきた甲斐あってか、前と変わらぬ調子で会話が進む。雪解け後に災害は起きていないか、今年の米作畑作の都合はどうか、春蚕は順調に進んでいるか。よくもまあそこまで気にすることだと感心する程度には細かい部分にまで気を配っている様は、戦時中とはまた違う家康の一面なのだろうと政宗は目を細める。
「Shoot。」
「ん? どうした。」
「いやまぁ大したことじゃねえんだが……well well well……あった、コイツだ。」
ふと思い出した政宗は懐に手を入れ中を探る。そして小さな包みを取り出して、中身を開いて見せた。
懐紙の中には、紙の色よりかは少しくすんだ白をした小さな塊が十ほど入っていた。政宗に促された家康は小石ほどの大きさに型抜きされたそれを一つ手に取った。
「何だこれは?」
「何て言ったか……確か砂糖と粉を混ぜて固めて蒸した奴だったか……。」
うーんと思い出そうとする素振りの政宗と指に挟んだそれを家康は見比べる。政宗は若干首を右に傾けてから「ああ、毒は入ってないぜ」と不敵に笑う。家康はぎくりという音が聞こえそうなほどの勢いで表情を変える。
「そういやアンタが飯食ってるとこ見たことなかったが、あんなに毒見役が居るったぁ聞いてなかったぜ。」
「あー……まぁ、ちょっと昔な、色々あってな。」
嘘がバレた時の子供のような誤魔化しの苦笑を浮かべる家康に、政宗は仕方が無いといった風に肩を竦めて応える。
「まあ飯に毒盛られるなんざ、あの頃には日常茶飯事だったからな。ましてや今や天下を統べる将軍様……おちおち死んでもいられねえってのはまた大変なもんだな。」
「ああ……まだやるべきことは山程残ってるからな。おちおち死んでもいられないよ。」
「じゃあそれは俺からの心ばかりのGiftってことで、食ってくれるな?」
「ああ、頂こう。」
梅の紋様に型抜きされた塊を家康は口に放り入れる。政宗は悟られないようにその様子を伺う。視線に気付いた家康は味を確かめてからにっこりと笑ってみせた。
「うん、うまいな! さっき砂糖で出来ていると聞いたが、ほのかに塩の味もしていて面白いと思うぞ。」
「Ha、気に入ってもらえたなら何よりだ。」
政宗はその家康の反応に口元を上げて応えた。
家康が気付いた時にはいつの間にか桜の群生林を抜け、何処かに屋敷の庭に入っていた。所々に埋められた飛石を選んで進んでいくと、小さい庭と年季の入った縁側へ辿り着いた。
政宗は戸を全て開け放っている縁へ雑多に座り、隣へ座るように床をトントンと指先で叩いた。家康が一尺半ほどの距離を置いて座ると、政宗は手を打って人を呼ぶ。そして出てきた厨担当と思わしき前掛けをつけた配下に指示を出す。
「茶と茶請け出してくれ。ああ、後しばらく人払いしてくれるか。酔っ払った小十郎にゃ絡まれたくねえからな。」
分かりやした、と応じた若者に向かっていた政宗はふと家康に目配せをする。家康はその眼差しに、表面上の稚気のある悪どさではない、戦場での冷たく静かな色があることを察した。
そして政宗が袖から包みを取り出す様子を見た家康は一瞬だけ顔を顰める。そして政宗はそそくさと去ろうとした少年をwellと一言掛けて呼び止め、手招きする。
そして中のものを一つ取り出し、「酒の代わりだ」と言って手渡す。普段の気軽さゆえか、菓子を貰った小姓は大袈裟に喜んで見せてから、それを口の中に入れる。
次の瞬間、少年はくしゃりと表情を歪めた。そして『こんな塩っぺえもの食える訳ないじゃないですか!』と政宗に言い募る。愉快そうな政宗とは裏腹に、家康は何とも言えない表情で俯くことしか出来なかった。
種明かしをしてから茶が運ばれるまでの間、政宗と家康は互いに押し黙ったまま何処ともない場所を見つめていた。
その内に湯気の立った湯呑みが届き、人の気配が薄れる。宴席の喧噪よりも声高く響く鳶の鳴き声が薄ら明るい屋敷の中を鮮明に通り過ぎる。政宗が茶を啜ると、丈高の鉄釉碗を両手に持った家康はゆっくりと言葉を選びながら口を開いた。
「いつ気が付いた?」
「さっきも言ったろ。アンタが飯食ってるところは初めて見た、ってな。」
「いや……いや、でも……そうか……。」
家康らしからぬ歯切れの悪い返答に政宗は首を傾げる。それからあることに思い至り、言葉を付け足す。
「心配すんな。気付いてんのはオレだけだ。酒もある席とは言え、この場のMasterはオレなんでな。」
政宗の配慮に家康の口元が少しだけ安堵に緩む。そのことが多少気に障りつつも、政宗は何も言わず茶請けの羊羹を楊枝で切り分けて食べる。後で分けてやるかと離れの留守を任されていたさっきの若党の顔を思い出しながら、強調された小豆の味わいを堪能する。
試作を重ねさせ、より洗練された甘さになった羊羹に我事ながら頷きつつ、政宗は隣で背を丸めている家康を見る。家康は相変わらず揃えた膝の上に湯呑みを置いたまま動かない。
味が無ければ茶もただの湯。味が無ければ羊羹も、と考えたところで政宗は『味のしない羊羹』の感覚が分からなかった。小豆、甘葛、麦の粉、と材料それぞれの味を思い浮かべ、その中であれば麦の粉だけのようなものかと置いた上で先程の食感を組み合わせるが、それでもいまいち理解が及ばない話だった。
政宗は羊羹の二切れ目を食べる。そしてそれを飲み込んだ辺りで、家康が再度口を開いた。
「独眼竜は目敏いな。」
「そりゃドーモ。まあ最初にあれだけ毒見置くのはイラッと来たが、あれはあれでアンタの気配りってことにしといてやるよ。だが次どっか行く時は精々2、3人にしとけ。もう毒だの戦だのの世界じゃねえんだ。Smartに行こうぜ。」
「ああ、そうしよう。忠告有り難く頂戴する。」
そう笑顔で返してから、家康はようやく茶を飲む。ああ、と恐らく普段通りの反応をしようとしたところで、政宗は「Stop」と楊枝を翳してそれを止める。
「美味くねえもんに美味いって言うのはやめろ。飯が作りにくい。」
「そうなのか? だがもう慣れてしまってな……。」
「Wait Wait Wait、まさかアンタその口振りだと誰にも何も言ってねえのか?」
政宗の指摘にハッと家康が息を呑む。そしてまた視線を地面に向けて口を噤む。思いも寄らない展開になってしまった政宗は、つい小十郎のように眉間へ力を入れてしまう。
詰問する訳じゃねえが、と前置きを置きつつ、政宗は後ろに投げ出しがちにしていた体を起こし、家康に向けて前のめりになる。
「だからあんなに用心してたのか。毒食べても気付かないまま飲み込んじまうからか。」
「……そうだ、その通りだ。」
「いつからだ? そもそも味がしないこと自体が毒なんじゃねえか?」
「それは違う。いつからだったかは記憶は無いが、あの頃は味がしない方が都合が良かったからそのままにしておいただけで」
「だからって何でそれを周りの奴等に言わない? アンタの宣う『絆』ってのはそういう時にこそあるべきものじゃねえのか?」
三度の沈黙に政宗は呆れたように鼻を鳴らす。あの時の見立てが間違っていなかったことが証明されたのは何とも歯痒く、さりとて多少の納得も自分の中にあることが不愉快だった。政宗は髪をガシガシと強めに掻いてから、ハァと溜息を吐く。
「だがな独眼竜。」
「何だ。」
「ワシは今の方が違和感が無いんだ。」
「……そりゃどういう意味だ。」
家康はようやく膝の上に置いた茶を飲む。そして深く深く胸の中に溜まった息を吐き出すと、縁側の外へ向けて目を伏せる。
「独眼竜は、片倉殿のことをどう思っている?」
「Ha? 何だヤブから棒に。」
話題を転々とさせる家康の意図が分からない政宗は探るような眼差しで横顔を見る。その視線の含意に気付いた家康は目を細めて微笑む。限りない優しさと柔らかさを持った琥珀色の瞳は、当人が背負う太陽の名に相応しい瞬きがあったが、政宗には気に掛かる色が底にあった。
「ワシの目から見たお前達は、互いの信頼があり、背中を預け合える……いや、それだけではないな。互いを守ることに命を惜しまず、それでいて決して命を無駄にすることがない……。」
「喧嘩売ってんのかアンタ。」
並べられた美辞麗句に対し、政宗は苛付きを覚える。言葉にすべきでないことを言葉にする様は前々から気に食わない面ではあったが、自分と小十郎の関係まで口にされるのは堪らない。政宗は下ろしていた足を縁側の上に上げて胡座を組み、わざとらしい穏やかさを纏ったままの家康を睨め付ける。
「余所者のアンタがオレ達をどう捉えようがアンタの勝手だが、所詮そりゃアンタの目で見たことに過ぎない。それが全てだと思ったら大間違いだぜ家康。」
政宗の牽制に家康は口元だけで笑い、「ああ分かっているさ」と応じる。
「外見がどれほど美しくても内面が伴わなければ意味が無い。逆もまた然りだ。内面が美しくあっても外見が伴わなければ意味が無い。ワシらの立場とはそういうものだ。」
「…………。」
「しかし間違いなく言えることは、外見と内面は必ずしも一致しないということだ。どんなに美しく見えてもその内実は空であったり、溢れださんばかりに中身があったとしても何も無いように見えたりする。そしてそれは当人でしか……いや、もしかすれば当人ですら知り得ないものなのかも知れない。」
「何が言いてえんだアンタ。」
回りくどい家康の言に政宗の眉間に皺が寄る。その声の刺々しさに気付いた家康は政宗を見て、ようやく普段のような少し困った笑みを浮かべる。
「結局……そうだな、結局自分の姿を自分で正確に捉えるのは難しいという話だな。だからワシはお前が羨ましいよ独眼竜。お前には片倉殿が居てくれるだろう。お前の背を守り、お前の在り様を厳しくも見定めてくれる……早々出会える存在ではないだろう。大事に―――」
「それがアンタにとっては石田だった、って訳か?」
不自然に会話を切り上げようとした家康にうんざりした様子で政宗は言葉を投げ付ける。家康は思ってもみなかった反応に一瞬だけ怯み、笑みに染めていた目元を苦い色に変える。
Bull's-eye、と政宗は口の中で呟き、次の言葉を待つ。家康はまたも逡巡の瞳を地面に落としながら、何かを思い出すような素振りを見せた。
「三成は……三成は、違うな。アイツはワシの背を守ることが秀吉殿の為になるからそうしていただけで、ワシの為に何かしてくれたことなど無いさ。」
自嘲を込めたように見える家康の口元の歪みに、政宗は何か引っかかるものを感じる。声色や話す内容に違和感が無いが、そのこと自体に違和感がある。嘘ではないが本当でもないような曖昧な感覚が政宗の耳に障る。
「……じゃああの大猿の何もかもを消す為に、アンタは石田に拘ってたって言うのか?」
言外に『違うだろ』という否定を込めた疑問形で問う政宗に、「お前は本当に手強いな」と家康は苦笑いで答える。そして再度茶を口に含んでから、ゆっくりとした語り口で問い返す。
「独眼竜は三成に会ったことはあるか?」
「無いな。一番近くに居るって聞いた小田原ん時は、あの髭がやらかしたせいで結局会わずじまいになっちまった。」
「そうか。一度お前にも会わせておきたかったな。これまでワシが出会った中で一番真っ直ぐで純粋な男だったんだ。」
ようやく家康の顔にほころぶような自然な笑顔が浮かぶ。既に死んだ人間に対するその朗らかさは政宗が家康に抱いている違和感を更に増大させたが、特に表に出すことはせず語調を崩さない程度に留める。
「だからこそ殺さなきゃなんなかったって話か? 真っ直ぐで純粋、ってなら大猿をブッ倒したアンタに矛先が向くのは当然だからな。」
「ああ……そうだ、当然だった。三成がワシを殺したいと思うのは当然で、ワシは勿論それを覚悟していた。」
政宗は胡坐の体勢から若干上げた右膝の上に肘を置き、頬杖を突く。少し身を引いて家康を俯瞰する眼差しになると、より注意して様子を窺った。
「だから三成は独眼竜にとっての片倉殿にはなり得なかったし、初めからなるとはワシ自身も思ってなかったよ。だからこそワシはお前たちの『絆』をとても羨ましく思うんだ。」
言葉の端々に多少の揺らぎが見える。確かに家康本人としては、自分と小十郎のような関係性を石田に求めていた訳ではないのだろうと政宗は判断する。義兄弟主従友と世に数多ある関係性のいずれかにはなるのだろうが、そこまで聞き出すほどの間柄では無いと政宗が考えていたところで、ふとあることを思い出す。
「ちょっと待て家康。オレは、アンタの舌がまともに働いてねえがそっちの方が良いとかなんとか言うのが分からねえって聞いたよな? 話逸らしてんじゃねえぞ。」
「ああ、そうだったか?」
いつの間にか話題の摩り替えに成功していた家康はケロリとした表情で薄く笑う。それに舌打ちしながら、政宗は残っていた羊羹を口に放り込んだ。
家康に当初の話をしろと促すように、政宗はむぐむぐと大袈裟に口を動かして見せる。そのわざとらしさにふふふと含み笑いを見せながら、家康は柔らかく話す。
「味が分からなくなって何を食べても一緒に思えた時に考えたんだ。ワシもそうなんじゃないかと。」
「What? そりゃどういう意味だ。」
「ワシの存在が誰かの何かを変えるまでには至らない、とても些末なものじゃないかと思ったんだ。」
思わず政宗の咀嚼が止まる。それに気付かないように家康は不気味なまでの柔和さで語り続ける。
「ワシは信長公の行動を止められなかった。秀吉公の考えを変えられなかった。三成の思いを受け止めきれなかった。誰よりも近くに居たのに、ワシは誰一人としてお前たちのような『絆』を結ぶことが出来なかった。」
政宗は体を起こし、射貫くような瞳で家康を見る。半眼に伏せられた瞳は瞼の影が落ち、まるで宵闇の如き黒が宿っていた。
「そのことでどれほど多くの兵が死んだだろうか。民が死んだだろうか。田が踏み荒らされただろうか。村が燃やされただろうか。ワシの力が及ばなかったことで、どれほど多くの犠牲が積み上げられただろうか。
……そうだ、足りなかったんだ。ワシはずっと何かが足りないまま生きてきた。それが今はこうして味を失うという形で表れている。だから不思議と違和感が無かったんだ。」
政宗は家康の言葉の意味を考えるが、まるで理解出来ない。あるものが無くなったことを一種喜んでいる節さえある目の前の男の思考が分からなかった。だがしかし、不足に対する補完という観点においてだけは、家康と同じ感触を抱いているのではないかという自分自身への困惑があった。
その時不意に家康が笑う。秘やかなその声には何かを思い出した時のようなどこか懐かしい響きがあった。政宗は首を傾げる仕草を見せる。
「働かなくなったのが舌だけというのも分かりやすくてな。他の五官だとすぐに皆にバレてしまうだろう。だからきっとこれはワシだけが抱えていくべきことだと思ったのだが……何もかもそう上手く行くものではないな。」
「……それこそ、御天道様が見てるって奴だろ。いやこの場合だと……竜神様が見てるってか?」
政宗の冗談に家康は続けて笑う。そしてその吐息に喜色以外の色が混ざり始めたところで、家康は盆に湯呑みを戻した。
さあ戻ろう独眼竜。いつもと変わらない爽やかな笑みで家康は立ち上がる。政宗はつられて一瞬立ち上がりかけるが、片足を沓脱石の上に降ろすだけにした。
家康はいかにも不思議そうな眼差しで促す。やや西に傾いた陽光を右半身に浴びながら佇むその姿に若干の眩しさを感じながら、政宗は遠くを見る眼差しで家康に告げた。
「政宗、でいい。」
「は?」
突然の申し出に家康は目を丸くする。政宗は残った茶と羊羹を平らげつつ、きょとんとしたままの家康に楊枝の先を向ける。
「もう戦は終わったんだ。アンタがオレのことをその名で呼ぶ必要もねえだろ。」
「……何でだ? 独眼竜は独眼竜のままでいいだろう?」
「言わなきゃ分かんねえか? Pressure……他の奴らへの牽制だ。アンタと仲良くしてりゃあ色々と潰しが利くんでな。」
「またそれは随分な理由だな。」
「随分な理由だろう? その代わり、舌の件はSecretにしておいてやるよ。これで貸し借り無しだ。」
ぴくりと家康の眉が動く。それからうーんといかにも考えている風の表情になったものの、その内に少し含みのある一筋縄ではいかない笑みで口端を上げた。
「片倉殿にも言わないか?」
「Ha、当たり前だ。これはオレとアンタの話なんだからな。」
「ならそうしよう。これからよろしく頼むなどくが―――政宗。」
「おいおい早速かよ。味誤魔化すよりかは遥かにEasyな筈だぜ?」
空になった皿と湯呑みが二つ並んだ盆を縁側から家の内側に寄せるように置きなおし、政宗も草履を履いて立ち上がる。隣に並ぶと大して変わらない高さに大木の幹のような深みのある茶色の瞳がある。それを見た政宗はフッと口元だけで笑う。
デカくなったのは結局背丈だけなのかも知れねえな。いつの間にか家康自身の輪郭を捉えようとしている自分に気付いた政宗は、何も言わずにその答えを胸の深い場所に仕舞い込むことにした。