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    焚火 晴れ上がった青い空は高く、普段よりは冷えた色をしていた。太陽は雲間に隠れて、地を照らすことはない。吸い込む空気は焼け付くようにひんやりとして、乾燥した冬の匂いがした。稲の香りがしたのはほんの少し前、草いきれが漂っていたのは更に前だ。
     今、武州の土には落葉が降り積もっていた。
     足元の葉が踏まれて、音を立ててはじけた。男は構う様子もなく歩き続ける。男は秋が嫌いではない。しかし、冬は全くもって気に食わない。だから落葉を、裸の木を嫌う。
    ──雪のために葉っぱが場所を譲らなけりゃならねえなんざ、馬鹿げてる。
     きな臭い匂いを嗅ぎ付けて、男は辺りを見回す。畑の中の一本道、その先の目的の屋敷が発しているらしい、と気付いた。もくもくと煙が上がっている。
    「土方さん?」
     垣根の向こうから唐突に呼ばれ、男はぎょっとした。
    「当たりみたいですね。今、足音が乱れましたから」
     忍び笑う声がして、その主を知る。
    「…惣次郎」
     門前に来ていたが、すぐに顔を出すのも癪に障り、垣根越しに言った。
    「お前。……いったい年はいくつだ」
     出し抜けに別の声が放たれる。
    「入ったらどうです?歳さんも火に当たればいいじゃないですか」
     声は笑いを含んでいて優しく耳に届いた。井上源三郎だろう。この試衛館道場の門人で、温かな人柄は誰からも信頼される。
     言われて、土方歳三はしぶしぶ門をくぐる。いくら土方でも、井上の言葉には逆らえない。
     井上は自分とは違い、誰にでも分け隔てなく接するからだろう。土方は昔から、その天邪鬼な性格で自ら災いを呼び込んでいた。自分でも時にそんな自分が疎ましくなり、井上のようになれたならば、と思うことがある。

     庭を覗いてみると、井上が落葉を集めて焚火をおこしていた。少年が傍にしゃがみこんで、両手を火にかざしている。
     少年は土方に気付いて笑い、上目遣いに見上げた。
    「怒ってないで、しゃがんで下さいよ。おっかないったらないんだから」
     土方は長く溜息をついてしゃがみ、少年と同じように手を顔前にまでもってくる。
    「どうして溜息なんかつくんです。つきたいのは僕の方なのに」
     惣次郎は言って、口を尖らせた。
     彼は最近、試衛館の食客である山南敬助の影響で、自分のことを僕、と言うようになった。なんでも勤皇家の間で流行っている言葉らしい。もっとも、惣次郎は主義や思想というものがないから、ただ物珍しさから使っているだけのようだ。
    「理由もねえで溜息をつきたがるな」
    「理由ならありますよ。どうしてそう屁理屈こねたがるんです」
    「…何だよ」
     惣次郎は土方の顔を覗き込む。
    「心当たり、あるでしょう」
    「ねぇな」
    「そんな筈はありません。胸に手を置いて考えて下さい」
    「悪いが俺は信心深くねぇからな」
    「もう!」
     惣次郎は眉根を寄せてふくれる。土方はさっきのお返しとばかりに平然としている。
    「土方さんはずるい」
     再び焚火の上で会話が始まった。
    「いっつも自分ばかりおいしいところを取ってって、後は知らん振り」
    「お前なぁ」
    「だってそうじゃないですか。この間の喧嘩にも、僕を誘ってくれなかった」
    「こらこら」
     井上の声が降ってくる。
    「だって源さん、これまでも何回もすっぽかされてるんですよ。連れてってくれるって言ったのに、原田さんや永倉さんばっかり」
     惣次郎は首だけを井上に向けた。
    「仕方ねぇだろう。お前は餓鬼なんだ」
     溜息を漏らして、土方は言う。瞬間、惣次郎は土方を睨み付けた。
    「でも、剣じゃ誰よりも強い」
    <  惣次郎の周囲の空気が帯電しているように思えた。肌を刺す冬の寒さにも似たこの気配はまさしく剣客、そう呼ばずして何と言えよう。土方は完全に惣次郎の間合いの中にいる。例え剣を帯びていなくとも、剣客は敵の骨を断つ。惣次郎の刀の動きは余程の手錬れでなくば見えず、見えても微動だにできまい。
     土方は、今まさに惣次郎に斬られたことを悟った。
    ──俺の負けか。
     土方は苦笑した。天賦の才、というものがこの世にはある。この少年がそうであることを土方は知っていた。
    「じゃあ、止めた。お前は沖田家の跡取りだ。だから、絶対に連れて行かない」
    「沖田家には林太郎義兄さんがいます。僕には関係ないじゃないですか」
     惣次郎は間髪入れずに言い放つ。
     彼にはみつという名の姉がいた。その夫が林太郎である。この林太郎が、現在の沖田家の当主だ。しかし家督は本来直系の嫡男が継ぐもの、林太郎は血族ではあるが傍流の人間なのだ。彼は惣次郎が生まれる以前に沖田本家に婿養子として入った。だからこのような状況になっている。
     惣次郎が継ぐのが筋だろう、土方はそう思っている。ましてや沖田家は白川藩の歴とした武家だ。そのように思う者も土方の他にいないでもないが、惣次郎本人がこの調子だ。
    「道場では誰にも負けません。誰よりも強いから。なら、実践でどれほど僕の腕が通じるか、試したくなるのが道理でしょう」
    「…確かに、道理ではあるな」
     惣次郎は顔を輝かす。
    「じゃ、連れてってくれるんですね!」
    「そのうちな」
    「次の喧嘩はどうです」
    「まだ次なんざ分からねぇだろうが」
    「ありますよ。土方さんだもの」
     煙の中で含み笑いする惣次郎を、土方はめねつけた。
    「俺が喧嘩ふっかけて歩いてるみたいじゃねぇか」
    「違うんですか」
    「向こうがふっかけてくるんだ」
    「売られた喧嘩は買うんでしょう?火種は土方さんだと思うんだけどな」
    「知らねぇな。俺は昔から敵が多い」
     生枝が火の中でぱちりと音を立てる。惣次郎がまじまじと土方を見つめ、ふと表情をほころばせる。
    「それは、そうでしょうね」
    「…何が言いたい」
    「いえ、別に」
     惣次郎がくつくつと笑う。
    「土方さんは感覚で生きてる人だから、根無し草のようでいてしっかり根を張って立ってる。それが気に入らない人がたくさんいるんだろうな、と思って」
    「俺だって考えてる」
    「知ってます。けど、土方さんは他の人より余計に考えることが少ないんですよ。最短距離が勘で分かる人だから」
    「どういう意味だ」
    「土方さんは回り道をしないんです。道草もするけど、それを絶対に無駄にしない。ずっとまっすぐな道を歩いていけるんです。僕なんかじゃ、とても追いつけません。僕には道すら見えないんですから」
     つまり、と惣次郎は考える様子を見せる。
    「土方さんは、すごいってことかな」
    「…お前の禅問答は聞き飽きた」
     土方はふいと視線を逸らした。照れているのだと気付いて、惣次郎は笑う。
    「絶対に、次は連れていって下さいね」
     かざした手が大分暖かくなった。火の粉が弾けて舞う。
    「分かったよ」
    「ほんとですか?」
    「ああ」
    「ほんとの、ほんとですよ?」
    「約束する」
    「ほんとの、ほんとの、ほんとに?」
    「うるせぇ」
     井上が声を上げて笑った。

     秋もたけなわ、武州には冬の足音がしていた。
    ユバ Link Message Mute
    2019/11/19 23:44:53

    焚火

    試衛館時代の土方・沖田・井上 #オリジナル #幕末

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