明日は無いものとして 山尾はソファーに腰かけ、背筋を伸ばしたまま身じろぎもしなかった。
伊藤はその凍りついたかような表情をじっと眺める。悟られないように溜め息をついた。
――困ったなあ。
普段から山尾という男は、人より先んじようとしたり、才気走って周りが見えなくなることは決してない。昔からどんな宴席でも物静かで端然として、乱れたことがなかった。
その性格は穏和で誠実、それゆえ目立ちはしないが長く付き合えばなるほど信頼に足る。
だがその実、なまじな政府に出仕する顕官よりも、余程扱いづらいと伊藤は思う。
一度これと決めたら、どんな毀誉得失を説いたところで頑として動かない。
普段が普段だから、どうやら他藩出身者にはそれが分からないらしい。
そういう性質が今、発揮されようとしていた。
明治三年四月、鉄道建設の技師として来日していたイギリス人モレルによって、「一大公共事業ノ省」についての建議書が提出された。内容は工業事業の推進、すなわち鉄道建設、鉱山経営、道路改修、港湾開鑿、燈台設置などを管轄する政府の省が必要であるというものである。
それを受けて、民部大輔の大隈、同じく民部少輔の伊藤は、その実現として「工部院」を設置することを提案した。
かねてより日本に工業を興すことを一生の使命と考えていた民部権大丞の山尾はこの機を捉え、「工部省」を設けその実現を図るべきだとの意見を強く述べた。
内務卿の大久保は「工部院」あるいは「工部省」の設置に消極的であった。元来より農業重視の政策であったうえに、政府の財政難にも苦慮していたのである。
工業への一般の理解の薄さもあり、規模についても民部省の一部としての「工部寮」で構わないのでないかとの案も出されていた。
ここにおいて、寮程度の少部局ならそれは自分の素志に添わぬ、としたのが山尾であった。
内務省は今日も多忙を極めているらしい。その一室で、伊藤と山尾の二人は大久保卿の呼び出しを待っている。
これからあの内務卿・大久保に対し、「工部省」新設を認めさせなければならないのだ。
真向かいに座した伊藤に視線を注ぎ、山尾はその瞳の色を一層深くする。
「…これが通らなければ、おれは辞める」
「……そう」
応じた伊藤の言葉に、山尾は少し笑った。
「……味方してくれれば助かるが、無理にとは言わん」
伊藤は目を見開く。
ただ、と改まって山尾は頭を下げた。
「辞めたあとのことは頼む。迷惑をかける」
――真摯で誠実なばかりでは、人は動かない。
伊藤などはそう思う。
けれど、山尾とは昨日今日の付き合いではなかった。
無理にとは言わない、というのがいかにも山尾らしい。自分の計れないことは口にしない、だから他人にどうこうと差し出がましいことはしない。そういう男だ。
――…困ったなぁ。
静かに端坐した山尾を前に、伊藤は一人考えていた。