名取に白衣を着せたいばっかりのパロ「失礼します」
そう言っておれはおもむろに保健室のドアを開けた。薬の匂いがふわりと鼻先をかすめる。
見やった先にはその人が予想通りの姿でいて、つまりは女生徒に取り囲まれるようにしてデスクに座っていた。
おれはため息をかみ殺した。非常にいつも通りの風景だ。
彼は、女生徒の隙間からこちらを発見したらしく、ああ、と笑って手招きする。
「田沼くん。ごくろうさま」
まったくです。おれは女生徒にちょっと遠慮をしながら、名取先生にプリントの山を手渡した。アンケート。生徒の生活習慣を調べるという、他愛もないもの。
「せんせー、コレなあに?」
「ん? アンケート。答えただろう?」
女生徒の一人が首を傾げながら問うと、名取先生は、真面目に答えてないの?と彼女に笑いかける。
「えー私ちゃんとやったよー。覚えてるもん、ね」
彼女がむきになって隣の少女に同意を求める様子に先生は、ハイハイと応じる。
つくづくこの人は、生徒の扱いがうまいと思う。ついでに言えば、自分自身のなみはずれた容姿とか、そういうものを分かっている、ような気がする。
「二年生のぶんは、それで全部です。集計したのが一番上にクリップでとめてあるやつで、後は一組から六組まで順番に」
おれが説明すると名取先生は、ありがとう、と笑った。
おれは、この人が苦手だ。
あ、頭痛……。おれはいつも、保健室に来ると体調が悪くなる。それが、この保健医を忌避させる理由になってないわけでもないけど。
キーンコーン、カーンコーン。予鈴。あと5分で午後の授業が始まる。この学校のチャイムは、変なところで一呼吸ずれてる。この校舎が古いせいかもしれない。そのせいか妙に雰囲気があって、怪談は七つじゃきかない。
「ね、次って移動じゃない?」
「あ、うん。じゃあせんせー、またね~」
女生徒二人がパタパタと保健室を駆け出してく。
おれも頭が痛いのでとっとと退散しようとしたが、先生に呼び止められた。
「田沼くん。夏目、教室にいた?」
……たぶん、これもこの人が苦手な理由だと思う。
「いましたよ」
そう、と名取先生は笑い、立ち上がる。片手に茶封筒を持っていた。
「届け物なら、おれが持っていきましょうか?」
予鈴も鳴ったことだし、と忘れず付け加える。
しかし、名取先生は首をふって微笑い、やんわりとそれを拒んだ。
「彼の家庭の事情に関することでね」
そうですか、とおれは引き下がらざるを得ない。
家庭の事情に関することなら担任に渡せばいいものを、と思うが、自分で渡しに行くつもりらしい。
おれは再びため息をかみ殺した。
夏目はおれの友人で、どうやら今まで幸せとはいいがたい半生を送ってきたようだ。
だからこの人は良く言えば、複雑な家庭事情を持つ生徒を気に掛ける、いい先生ってことになる。
ただ、おれの見る限り、この人が夏目を気にかけるのはそればかりではないような気がする。夏目の体質――これはおれも無関係ではないけど――妖を見てしまうという体質を、たぶんこの人は知っている。
夏目にとって、それを他人に知られるということはとても重要な意味を持っている。この人が知っているんだとして、それをおれに教えないのは、そう夏目が判断したからなんだと思う。
それはそれで別に構わない、きっと妖に当てられやすいおれに気を遣ってのことだろうから。
夏目を気に掛けてくれるのはいい、しかし名取先生の場合、とにかく目立ちすぎる容姿をしている。だから、正直学校では夏目もちょっとうっとおしいらしい。いわゆる、ありがた迷惑。
どうぞ、と先を譲られ保健室を出る。この人の白衣は、デスクワークが多いだろうにいつも綺麗にアイロンが当たっている。これを180近い長身で、しかもずば抜けて端整な容貌で着こなすんだから、そもそもなぜ保健医なんかやってるのか分からない。
迷いなくおれの教室の方向へ向かおうとする先生に、すいません、と声をかけた。
「おれ、職員室寄ってかなきゃならないんで」
名取先生はうなずいて笑い、ごくろうさま、と言った。
隙のない笑顔、生徒全員に平等にそそがれる笑顔。その笑顔が曇ったのを、おれは見たことがない。
――おれは、やっぱりこの人が苦手だ。
用があるなんて嘘だったけど、おれはとりあえず職員室の方に歩きながら、どうやって授業が始まる前に教室に戻ろうか、とそんなことを考えていた。