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    花をもて飾りしひつぎをばとりまき 篝火にてらされた桜が、ゆらゆらと色を変えながら揺れていた。暗い波のうえに、光のつぶが浮かんでは消えた。
     土方は船べりによりかかって煙草に火をつけた。小さな光の点が闇のなかに灯って、白い煙が進行方向とは逆に流れていくのをじっと眺めた。真っ黒の水面にはほかにも屋形船が見えたが、同じように外に出て花を見ている奴はいない。
     花見にかこつけて酒のみてえ連中ばっかだしな、とおれは思って、少し笑う。背後の障子の向こうでは馬鹿みてえな騒ぎが続いていた。
    ―――そんなこと言いつつ、意外とこういうのが嫌いじゃねえんだよな、おれ。昔っから、近藤さんは宴会の中心にいたしな。
     静かに川を下っていく船のうえに、花の重みで枝が垂れ下がっていた。鞠がいくつかなったように花をつけた枝が目の前を通り過ぎていって、おれは思わず目をすがめた。
     頭上にはしたたるような半月――淡い月光を透かした桜は、花は青みを帯びてより淡く、幹はいっそう武骨になっていた。
     この花はこの幹だからこそ美しいのだ、と、そんな風に思った。黒茶色のざらざらした皮をして、決して洗練されることのない、春以外には誰にも見向きもされない木。花の時期以外には必要とされない、それでも、この幹がなければ花は生きない。


     船の屋根が枝に触れ花がぽと、と枝から離れて、ふわふわと風に漂ったあとにすとん、と落ちた。川のうえだった。
     波にたゆたう薄い色の花びらは白く光っているようで、船と同じ速度で闇のうえをゆるやかに滑る。


     ちゃぷん、と船の底を水が叩く音がした。続けて聞いていると、まるで自分の体の中から聞こえてくるような気がした。腹の中に、波を飼っているみたいだな。波―――小さな波、時に嵐のなかで船を巻き込み粉砕する。
     船の進む方向は、火に照らされた桜の群れで分かった。川沿いに植えられているんだろう―――あの子のいる城の堀も、今頃は満開だろうか。こうやって好きなだけ見ることはできないにしても、せめて城のなかから遠景だけでも見れたらいい、とそんなことを思う。
     いや、ほとんど城のなかにいるにも関わらず、あの子は季節をよく知っていた、な、考えるとおかしかった。鬼の副長があんな小娘に諭されているんだぜ、おい。
     小さく笑いをかみ殺すと、そんな自分をなんとなく、まずいな、という予感がした。まずいな――厄介な相手に、はまろうとしてんじゃねえのか。
     基本的に女に困ったことはない。放っておいても蛾のように寄ってくる女を、うっとおしく感じたことはあるが愛しく思ったことはなかった。
     だが一方で好きだと、愛せそうだとそんな風に思った女には自分から距離をおいた。そうやって、絶対に大切なものを作らないようにして生きてきた。まともな生き方なんざおれにはできないことを自分で分かっていたから、傷つける前に離れることにしてきた。
     それをこの年になって、彼女への気持ちの対処の仕方が分からない。
     弓なりにたわんで川のうえに枝を差し出す桜の木が目に入った。たわめられたものは、いずれ、それと同じだけの力で元に戻ろうとする。おさえつけられたものはそれだけ、自分に跳ね返ってくる。
     フィルターが燃えるかすかな音がして、長くなった灰が落ちる。手を振って灰を払うと船べりに残りを押し付けた。何を今さら、と自分で思って笑う。どんな状況下であれ選び取ったのは自分だ、後悔はしない。


     しばらくそうして川をぼんやりと見つめていると、ふ、と背後に気配がした。仕事柄、気配には敏感なんだよな、しかも、好ましくない気配に、だ。
    「…わざわざ何の用だ」
     とりつくろう気もさらさらなくて、おれはその男を見ることもしなかった。向こうもわざわざとがめはしないだろう。お互いに無駄なエネルギーは使わない、この場で騒ぎを起こすほどの馬鹿じゃねえしな。だからこそ、心底たがいを嫌いぬいてるんだろうが。
    「こんなところで一人で夜桜見物とは、君にも風流を解する気持ちがあったのか」
     独特の耳障りのいい声がして、やっぱりな、と思う。伊東とおれとは、絶対に喧嘩にはならない。互いに嫌いぬいていて、しかもそれを互いに知っているから。エネルギーの無駄になるだけだ。
    「酔いを醒ますためにだがな。お前は戻れ、幹部が二人も席を抜けたらことだし、おれはここをどく気はねえ」
    「そうだな――もっとも、近藤さんは一人で盛り上がっているようだが」
     おれは舌打ちをすると、伊東を振り返った。たぶん、これが奴の狙いなんだろうが。
    「あの人を馬鹿にするのだけは許さねえ」
     伊東は眼鏡の奥でうすく笑っていた。つくづく、吐き気がするほど嫌な野郎だな。
    「そんなつもりはなかったが?」
     相手にするだけ無駄だ、しかし、自然と目元が険しくなるのが自分で分かった。伊東もまた、おれが奴の目論見通りに動くことが癪にさわることを分かっているに違いない。
     伊東はそのまま冷ややかな声で続けた。
    「君に相談しておこうと思ったことがある」
    「…なんだ」
     あぁ、無性にいらつく、な。仕方がないので船に背を預けて煙草に火をつけた。伊東の後ろには障子越しの喧騒が見えた。
    「君はそよ姫に真選組を取り立ててもらうように頼んだことはあるか?」
    「―ねえな」
     一瞬、息を呑んで、それを悟られないように喉元で押さえた声になった。まさかいきなり、そよ姫、と、来るとはな。―――おれたちを見くびってんじゃねえよ。
    「護衛をしてる姫君にまで頼まなくても、真選組は実働部隊だ。評価はいずれ実力に追いつく」
     それは北辰一刀流のあんたが一番よく知ってるんじゃねえのか、と付け加えた。この男にだけは、あの子のこと、を知られるわけにはいかねぇな。
     なら、と、伊東は淡々と言った。
    「僕が近藤さんに勧めたほうがいいかもしれないな」
    ――てめえ…。
    「伊東先生ともあろう者が、女子供を踏み台にするように言うとは恐れ入る」
     おれはいきおいを付けて、煙と共に吐き捨てた。伊東はおれに、哀れむような蔑むような、微妙な視線を投げる。
    「政治の機微など君には分からないだろう?」
    「ああ。だが、それがどうした?」
     おれは政治を操るお偉方が、いかに実力においておれたちに劣るかを知ってるからな。そしてまた、空論をもって己を正当化して江戸を破壊し、一般市民を巻き込むことも辞さないテロリスト共もな――あいつらのせいで、どれだけの人間が犠牲になった?
     伊東はわざとらしく目線を落として息を吐いた。
    「君の弱点は大切なものに対しては真摯すぎて現実が見えないことだな」
     おれは眉根を寄せて聞いていた。この男の本当の目的はなんだ?何を探ろうとしている?
    「あんたの政治論こそ、表面をきれいな言葉で飾っただけの、ハリボテの理想論に見えるがな」
     伊東は見下げ果てた、という顔をしておれを見た。
    「真選組が世の中に与える影響は大きい、だが、理論がなければ飼い犬以上にはなれない。時代というのは乗りこなすか流されるしかないが、君はどちらでもない」
     結局のところ、この男とおれとは、決して相容れない、平行線なのだろう。伊東にとっては真選組もあの子も、目的を達成するための道具にすぎない。同じ場所、同じ立場にいても、こうも違うか、と思う。
     おれはうんざりして、返事もしなかった。
    「君は長生きしそうだ。だが、君のような輩は早く死んだほうがいいな」
     伊東はなんでもないことのように口にしたので、おれも同じように見返して言う。
    「お互いさまだな」

     おれと伊東とは、決して喧嘩にはならない――なるとしたら、殺し合いでしかない。


     伊東はそのまま座敷の中に戻っていった。
     あの男、花を見てねえな、何が君にも風流を、だか。
     伊東の目的はおそらくおれとも、近藤さんとも違う。真選組のためでも幕府のためでもねえ。
     残念ながら、おれは、おれと近藤さんで育ててきた真選組を、ただの踏み台に使おうなんて奴に明け渡す気はまったくねえんだよ。
     おれは再び川の方を向いた。ぎ、と船がきしむ音がした。
     決定的だな。遠からず、おれはあの男を殺すだろう――おれはそういう男だ、大切なものなどいらない、真選組のほかには。
     指で煙草を軽くたたいて灰を落とすと、何気なく水面に視線をやった。闇のうえに、いくらか花が浮かんでいる。少しずつ散り始めているのか。さっき見たときよりも明らかに増えていた。
     知らず、口元に笑いが込み上げた。残る花もいつかは散るんだよな、と当たり前すぎることを思う。人間はどうしようもなく、時代と一緒に生きることしかできない。
     一年のほんのひと時だけちやほやされて、あとは見向きもされない。
     一瞬の美しさ、でも、その姿は常に変わらない――少なくとも、一人の人間が生きている間は。

     人生の終わり、を、いつも意識しているから、この花を美しいと思うんだろうな、きっと。この花を、いのちなりけり、と詠んだのは誰だった?
     夜が明けたら、おれはあの子のところに行くだろう。そうしてあの子と一緒に桜を見るだろう。
     そして、おれはどんな状況でも、命があって春が巡るたびに桜を見るだろう。そんな風に思える女を見つけたことが幸せなのか、それともその反対なのかは分からない。
     あの子を、おれは少なからず愛しく思ってる――それだけは認める、でも、現実的じゃない。だからせめて、花の思い出だけを持っていけたらいい。

     最期のときに、思い出の中でだけでも花を見ることができたら――それでもう、充分だ。

     おれはそんなことをぼんやりと考えながら、煙草の光ごしにたゆたう桜を見て、酔ったな、と、かすかに思った。
    ユバ Link Message Mute
    2019/11/20 12:16:54

    花をもて飾りしひつぎをばとりまき

    #銀魂 #土そよ

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