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    銀魂大正パロ 馬車が揺れたときに、もっとすばやく行動すべきだったのだと思う。
     従姉妹の屋敷を訪ねた彼女――お嬢様、というべきか――を迎えにいった帰りのことだった。
     がたんという音と共に床がきしんで傾ぎ、足元に置かれたランプが倒れて消えた。
     向かいに座っていた少女が小さな悲鳴をあげて、軽く腰を浮かした。おれが彼女を抱きとめると、ほのかな夜気を感じて右へと視線を走らせた。
     面を布で隠した男が一人、月明かりに冴え冴えと光る白刃を構えて戸口に立っていた。
     おれは舌打ちをかみ殺して、彼女を抱き締める力を一層強くした。なに――とかすかに戸惑ったような、おびえた声が腕の中からしたが無視をする。
     おれのその態度でか尋常でない事態を察したのか、このお嬢さんは小さく息をのんで、ドレスのなか身をかたくした。

     馬丁を捕らえた男が一人と、この男と、少なくとも二人の暴漢はいる計算になる。ほかの護衛がやってこないところを見ると、そいつらもおさえられているのかもしれない。一人でこの子を守って、屋敷までどうやって帰る。
    「兄さん、その子を放しな」
     押し殺したような、低い声が聞こえた。命が惜しかったらな、と面布の下から言う。
    「…目的は?」
     彼女が暴漢のほうを向かないように、腕で強くおさえつけた、すると、おれの肩を手の平で押し返すような、もがく気配がした。――悪い、な、だけどあんたがこいつの姿かたちを覚えちまったらなおさら厄介なことになるんだよ。
    「現在の涜職・不正蔓延る閥族政治を正しそれらと密接に関わって国民のものたる富を掠め取る者どもを一掃し、日本に真に民主的たる議会政治を確立する先駆けたること、それを徳川公爵に分かって頂きたい」
    「その為には女子供を盾にしても構わねえとは、大した題目だなァ、おい」

     おれはそう言って笑った――さて、どうするか。

     暴漢が、なに、と言って鼻白んだところで、おれは馬車の奥へ、奴からできるだけ離れるよう彼女の体を引き寄せた。男の腹を蹴り上げると同時に懐に手を入れた。細長い感触をつかんで奴へと投げつける。ぎゃ、と短い叫び声と赤いものが散って、男の姿が戸口から消えた。
    「そよ様、ここに、」
     そう言い残し、馬車から飛び降りた。起き上がろうとする暴漢の一人の腹をさらに踏みつけ、失神させた。奴の仲間らしい数人が駆け寄ってくるのを眺めた。いち、に、と心の中で数える。あと、四人か――必死だな。

     その時、だった。ぱん、という短い破裂音と共に、四人のうちの一人がくずおれた。破裂音は幾度か続いて奴らは次々に倒れていく。薄闇にも彼らが肩や胸から流れた血で、黒い衣が濡れているのが分かった。
     思わず音の方向を探したとき、ゆら、と明かりが灯るのが分かった。おれは眉を寄せてその明かりを持つ手を待った。
     柔らかいランタンの光を左手で胸元に掲げた男は、右手に持った金色にかがやく銃口を無造作に下ろした。

    「…君は彼らの仲間ではないようだ」

     ぽつりと言うと、その銃を軽く肩にかけただけのフロック・コォトに閉まった。白い襟元に深緑のベストを着て、銀縁の眼鏡をかけた、だけど、どこか爬虫類を思わせる男だ、と思った。
     この状況で言うのもなんだが、たぶんおれは、こいつを嫌いになるだろうな、とその時はっきり予感した。
    「…土方さん…?」
     おびえたような声と一緒に、少女が傾いた馬車からおずおずといった感じで顔を覗かせた。辺りをそっと見回す。
    「大丈夫ですよ、そよ様」
     おれがそう言ってやると、おけがはありませんか、とさも心配そうに口にした。

    「――ああ、あなたは徳川そよ様では?」
     ランタンを掲げた男は、ゆっくりと微笑みを浮かべて、おれを無視して彼女に近寄った。
    「…あ、確か、前にお会いした…。伊東様」
    「覚えていてくださいましたか」
     伊東は馬車の戸口に添えられた彼女を手を取り、その指にうやうやしく口づけた。
    「父が先年亡くなり、子爵の位を継ぎました、伊東鴨太郎です。お久しぶりです、そよ様」


     おれの予感は大概あたる。嫌な予感については特に。
     ―――あの時、もっとはやくあの男を遠ざけてさえいれば――

     伊東、と名乗る冷たい銀縁の眼鏡をかけた男は、黒いフロックコォトの袖で父師に拱手をして、一度も私のことを見ないままに部屋を出て行った。
     むせかえるほどの梔子の香りが我慢できなかったのか、あるいは別の理由かも知れない。この街でもあの騒動以来、日本人が少なくなった。そのなかでいかにも富裕なあの男が歩くのでは目立つだろう。日本人というだけで反感を持つ者も少なくない。

     ただ、この街には彼がその危険を犯すだけの価値がある。
     世界中の欲望の集まる街、金さえあれば手に入らないものなど存在しない街。
     この街はまるで娼婦のようだ、と、神楽は思う。世界中の金持ちが、欲を吐き出すためだけに訪う。
     そういえば、娼婦を殺したことがあった、と思い出した。外国人の商人と通じて、父師から売り上げをねこばばしようとした。だから、その赤毛の上にまたがっているときに殺してやった、と。

    「―…神楽、どうした」
    「…なんでもないね」

     父師が聞くので、私は寝そべっていた長椅子を下りて、部屋の隅から父師の元まであるいていった。最上級の虎皮の頭の部分が、父師の耳のすぐ後ろに見えた。
    「あの日本人、気に入らないね」
     そう言って、私は父師の背もたれに手をかけて、肘置きの部分に腰掛けた。父師は面白そうに私を見る。
    「では殺そうか」
    「ん…どっちでもいいある」
     私は大して気のない返事をして、この街では知らぬ者とてない父師の手が、そっと頭を撫でるに任せた。

    「いつでも殺れる奴を、今やることもないね」
    「賢いな、神楽は」
     父師はそう言って笑った。


     私は、そうね、と答えながら、ぼんやりと毛皮の麝香をかいでいた。

      ひとり洋館にこもり
      わが行末を思い見ぬ
      虎のごとく書いて死なんか
      陋居に飢ゑて死にはてんか
      死ばらんか、
      死ばらんか、
      この日降砂は天を蔽ひ
      濁れる雲は乱れたり
      我、杖を市街に曳き
      降砂のなかに立ち出でぬ。


     ふ、と読んでいた本を閉じて顔を上げると、思いの外視界が明るかった。
     ところどころくすんだ窓ガラスの外の、故郷の見慣れた町並みを眺める。秋はもうたけなわ、丸裸の木々がざわざわと揺れていた。空は澄んで、どこまでも高く浮かんだ雲の流れは速かった。
     この空は、あの男のいる空に繋がるんだろうか、と、なんとなく思った。

     もうすぐおれが、踏む土のもとにいる、彼―――遠い昔に別れた、幼馴染のうちのひとり、だ。
     もしその別れが、ああも急で、無理矢理でさえなかったら、おれはおそらくここにいない。
     彼がこの故郷から姿を消したのは、まだ十にもならぬ秋だった。探して、探してもなお見つからぬ――家出とは思いがたかった。
     年経り、おれがこの故郷の者らしく将来を嘱望される官吏となってようやく彼の行方が分かった、いや、分かったかもしれなかった。――タカスギ、と名乗る日本人が、上海にいる、と。
     そして夏、大陸への転任命令を受けた。再三同郷の上司に嘆願していたせいもあるんだろう。
     大陸へ渡る準備もかねて故郷へ帰り、彼の家を訪ねた。彼の父はもう他界してなく、事情を聞いた母は泣き崩れた。

     がたがた、と、窓ガラスが震えた。
     銀時は来きてくれるだろうか、と、思った。出来たら彼も連れていきたかった。
    ――来ないかもしれんな、…彼はもっとも師の志を理解していた男だから。
     彼が在野となって久しかった。同じ国にいてでさえ会うことは稀になっている。

     おれは息を吐いて、手元の本の表紙をなぜた。
     普選はおそらく、今度も実施されないんだろう。自分が属している組織のことだ、よく分かる。今自分たちが浴している権益を政党に渡すわけがない。しかもその政党は、次々と不正が上がっている、彼らでは閥族を倒す勢力にはなりえない。
     おまけにこの不況で民衆は不満を溜めている、その気持ちは理解できる気がした。

     哈爾浜はこの故郷よりもきっと寒いだろう――露西亜を望むあの地には、遠くすらぶの音曲がただようという。
     今あの地に派遣されるということは、どうやら期待されているらしいな、と、皮肉をこめて笑った。
     露西亜の王朝が倒された記憶はまだ新しい、シベリアには未だ我が軍は駐兵しているはずだった。


     探せようか、あの男を――見知らぬ異国の地が彼を変えていないことを、強く願った。


    (詩は室生犀星の哈爾浜詩集より「奉天の館」)
    ユバ Link Message Mute
    2019/11/20 12:37:53

    銀魂大正パロ

    #銀魂 #土そよ

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