そよ姫が人外 はらはら、はらはら。
はらはらと、白い薄いものが散る。土方の肩に落ち、足元に積もる。
まるで雪のようにつもり、わずかな身じろぎでふわりと舞い上がる。
なぜ雪が降るのだろう、ここは城の中なのに、と、非現実的なことを思う。
白い雪の中で、姫さんは微笑みを浮かべておれを見ている。まるで戸惑うおれを見守っているみたいだ。 なぁ、姫さん、これはなんなんだ?そう聞きたい気もしたが、言葉を発したら、この不思議な暖かい世界が壊れてしまうんじゃないかと思った――馬鹿だな。
たぶん、これは夢なんだろう。視界を遮るほどの雪に覆われて、現実ならこうやって平然と立っていることなんてできやしねえよ。
ふ、と眩暈がした―――晴れ渡る青い空と白い地平線、刺すような冷たい大気――凍った大地にただ一人立っている。雪の平原にかすかに奇妙なかたちの線が浮かぶ。まるででかいひとでだ、五本の腕を外に突き出している。
――なん、だ、今の、は…?
夢の中で夢をみている。あんなたくさんの雪なんざ見たことがない。
おれがゆるゆると頭を降ると、その周りの雪が舞い上がる。
はらはら、はらはら。
「ねえ、土方さん」
と、姫さんは嫣然と笑んで、しってますか、と口を動かした。
「この城にはね、死体が埋まっているんです、それはもう、数え切れないほどの」
は、とおれは聞き返した。今、この少女は死体、と言ったのか?
「この壁は白くて綺麗でしょう?骨でできているんです」
少女はおっとりと微笑んで、つ、とおれを縁側まで手招きする。その袖の動きにあわせて雪が舞う。おれはつられるようにそこまで歩いていった。
赤い袖には鏡に流紋、そのうえにも雪はとりつく。
「見て」
姫さんはおれを見上げると、雪よりも白い手でおれの腕をとった。
白い肌は透けていきそうだ、あんたは寒くないのか?
姫さんが指さした先には、堀がある。縁側の下はすぐに水だった。なんでこんなに水が黒いんだろう、まだこんなにも明るいのに。
黒い水の上に、白いものが映る。雪…?
いや、もっと大きい、青白いこぶしほどのものが水の上をゆらゆら漂う。ふわ、と浮き上がる。
気づけばたくさんの青白いものが水の上に生まれていた。水から生まれて、しばらく水面を転がってこぶしほどの大きさになると空中に舞い上がる。
水のうえにも雪は降る。
「この城は昔は、気が遠くなるくらい昔は、道沿いの谷だったんです。たくさんの死体が投げ込まれた、捨て場だったんです。だから城は建ったんです――だって、人柱が必要でしょう?」
姫さんはそういってはんなりと笑う。無邪気な微笑みがきれいで、あまりに現実離れしてる、と思い、その真っ黒い髪の上に降る雪に視線を奪われた。
いや、それは雪ではなかった。白くて薄い、ぺらりとした、何か…そうして、背中が粟だった。
それは皮膚だった。干からびた、薄い、半透明の、くしゃくしゃと皺のよった疲れた人間の皮膚だった。
人間の皮膚が降り積もる。おれの肩に頭に足元に、顔の上に。
身じろぎするごとに舞い上がって、おれは誰かの皮膚を吸い込む。
現実がひび割れて剥がれ落ち、赤くじくじくとしたたる何かが姿を現そうとしていた。
―――此処には沢山の死体がうまつてゐるのです。私はそのうへに暮らしてゐるのです。