第4話 #19 Call あの水浸し廊下事件からまた、学校が休みになった。『災厄』に見舞われたから、当然の措置であるのだが、羅門にとっては友達と遊べる機会を失ったのでつまらないことこの上なかった。避難を怠った事……一般人にはそう見えて当然、それに対し先生にはもちろん親にも叱られたし、どこにも出かけないように約束までさせられたのだ。だがこの悪ガキ別所羅門がそれに従うということもなく、『残りの悪魔を確かめるため』親の隙をついて近所の公園へとヘルメットを被り、自転車を漕いで向かった。
公園の庭に、可憐な花々が植えられていて、少し向こうの飼育ケージには白鳥やインコが飼われている。別のエリアには孔雀がメスに求愛していた。獣の匂いが鼻を刺激する。暖かな日であった。小さな噴水の近くにあるベンチに座っていたのは年配の夫婦。羅門に挨拶すると、「確かに自粛しろと言われても、困っちゃうわよね」と妻の方が同情してくれた。
「怖いのは嫌だけど、つまんないのはもっと嫌です」
本音であった。小学生である彼は、退屈や暇といった状態が一番ストレスが溜まる。それは羅門以外の小学生もそうであったようだ。自分より下の学年の子供が、遊具で遊んでいた。
「でも一人だと、何も遊ぶものないよな」
ブランコの揺れる音。羅門に友達がいないわけではない。ただ、塾の帰りや学校でおきた『奇跡』のことを考えると、巻き込みたくなかったという使命感があった。彼なりに、配慮という言葉を知っていたのだ。
「モンちゃん、じゃああたしと遊ぼうよ」
内なる声。最近は聞き分けられるようになってきた。初めての女性の声だ。
「何番?」
「ちょっと話が早くない?」
「周りに人がいるから、独り言に聞こえちゃうんだよ!」
周囲の様子を伺いながら、女性の声に言い返す羅門。
「んもうしょうがないなあ。しゃーぷじゅーきゅー。サレオスちゃんは永遠の19歳で覚えてね!」
番号を押して呼び出そうとしたとき、女の声がそれを制止した。
「……っていうかモンちゃん、あたしを喚起するほうがみんなびっくりしない?」
そっか、と気づく彼。すかさずトイレの影に隠れてから発信ボタンを押した。壁から魔法陣と共に、ピンク髪のツインテールの女性が喚起される。他の喚起された者と同じく白を基調とした短い丈の軍服だが、彼女はミニスカートを穿いていた。が、羅門が注目したのは。
「でっけー胸」
「なによ変態」
胸元が空いているインナーでより強調されているので、まだ思春期も迎えていない彼がうげぇと呆れるリアクションを取るのも無理もなかった。ふてくされた悪魔は、違和感なく建物の影から現れ、水鳥のいるゲージに近づいた。すると、白鳥が軽く首を傾げてから泳いでサレオスと名乗った女性に近づいてきた。更に、サレオスの谷間が微妙に光っている。『能力』を使っている証だ。
「……そっか」
「急になんだよ」
羅門は彼女が白鳥に話しかけているように見えたので、なおさら変に思えたのだろう。
「あ、話してなかったね。あたしの能力は動物と仲良くなること。特に水辺にいる生き物とはうまくいくの」
「なかよく?」
それまでの破壊的な能力とは異なる、平和な力。こんな悪魔もいるんだと感心しつつも……
「じゃあ全然強くないじゃん!」
「そういう問題じゃないのよ、モンちゃん」
小学生の彼には、化け物と戦ってきた悪魔たちと比較してしまうのは仕方ないのかもしれない。
「それに、この白鳥は教えてくれたのよ」
「何を?」
なんとなく、考えたくない答えを察した羅門の顔が曇る。
「……敵襲をね。」
ひとつ強い風が吹いたと思えば、巨大な黒い猛禽が追い風に乗って現れた。目は白目まで赤く、これが『化け物』であったことを羅門に発覚させる。ひょえあっと素っ頓狂な声を挙げた羅門。周りの子供たちは泣きながら逃げていき、老夫婦はベンチで固まってしまっていた。
「どーすんだよ、えっと、サレオス!」
「思ったより早かったーっ! えーっと、奥の手を使うよ!」
初めから使うなら奥の手もあるか、という羅門のツッコミをいなし、彼女は光る人差し指で円を描く。地面に現れた小さな魔法陣から、紫色とも黒色とも取れないような、不気味な色合いの鰐のような怪物を生み出した。それは口をあんぐりと開ける。時折同じ色の液体が滴っており、『人間界の生物ではない』ことを示唆していた。
「なんだ、戦えるんじゃん!」
「水場があればね。」
猛禽は羅門目掛けて急降下した。素早い動きだが、鰐がそれを庇った。そして鋭い牙と強靭な顎を以て、猛禽の脚に噛み付いた。
「いいぞ!」
羅門は思わずガッツポーズをする。だがそれは油断に他ならなかった。猛禽は思いっきり脚を振り回すと、鰐を地面に叩きつけた。咆哮が響く。サレオスの焦りから、一転して不利な状況になったと安易に把握できた。重い音と共に砂煙が舞う。
「ちょっとー! 序盤からこんなに強いなんて聞いてないんですけどお?」
『序盤』?意味が分からない羅門は聞こうとしたが、今はそんな暇などないと落下していった鰐から逃げた羅門は思った。
「羅門、僕を喚起して! 手遅れになる前に……!」
もうひとりの、少年の声。地獄で仏とはこのことか。羅門はありがとう、と心の中に念じ、番号を尋ねた。
「42。僕はウェパル、君が喚起できる5人の悪魔のうち、」
スマートフォンを手に取り、番号を打っていく羅門。
「……最後の一人だ。」
そして、全てを託すように発信ボタンを押した。