Heat Islandデトロイト本編平和エンド後の小話です。
ハンクとコナーと時々マーカス時々スモウ
ほのぼのです。
なんでも許せる人向け。
炎天下の事件現場ほどくそったれなものはない。
ハンクはうんざりとした気分で現場を眺めていた。鑑識官達がサンプル採取をして回っている。自分達が見て回るのはもう少し経ってからでもいいだろう。ハンクは日陰のベンチを見つけて腰を下ろす。
「アンダーソン警部補、現場検証はいいのですか?」
アンドロイドの相棒、コナーがいつものように涼しい声で言う。アンドロイドにはこの暑さも関係ないのかもしれない。少しうらやましく思いつつ、ハンクは悪態をつく。
「こんなクソ暑い中真面目に仕事する気になると思うか?」
「確かに、今日は異様な暑さですね。40℃になるかもしれないようです。」
悪態をたしなめられるかと思っていたが、意外にもコナーは暑さに対してだけだが同意を返してきた。少しばかり拍子抜けしながらも、ハンクは肩をすくめる。
「そんな死人がでそうな気温の時には真面目に仕事をしない。」
「……はあ」
コナーの返事は曖昧な声だった。全く持っておかしい。変異体事件を経て、だいぶ融通がきくようになった相棒だが、普段ならばもっとはっきりきっぱりと明確な回答をするはずだ。
「どうした、お前らしくないな。」
「そんなことはないですよ。いつも通りです。」
そう言ってコナーはいつものようにコインいじりを始める。それを観察してみるが、やはり普段ほどのキレがない。最近練習してちょっとできるようになったハンクの方がましなくらいだ。あと、どうもコナーの周囲が妙に暑い気がする。そして、こめかみのLEDが赤く光っているのが目に入った。
「……コナー、お前、いつもより熱くないか?」
「外気温が高いため、排熱機能が十分に働かず、内部熱が普段よりも高温となっています。スペックも定常時の40%減です。」
最近はわかりやすい会話ができるようになっていたはずなのだが、久しぶりの専門用語いれまくりの難解な発言だ。相当重症らしい。ハンクは溜息を吐く。
「わかりやすく言え。」
「……人間でいう熱中症のようなものかと。」
「マジか。」
「マジです。」
本格的にコナーの発言がおかしい。そういえば、何年か前の猛暑の日に、アンドロイド達が海に集団で飛び込む事件があったような気がする。あの時は集団自滅プログラムかなどと騒がれていたが、ただ単にアンドロイド達の熱中症だったのかもしれない。
とりあえず、熱中症だというのならば、何かしらの対処は必要だろう。赤いLEDを点滅させているコナーに目を向ける。
「とりあえず冷やせばいいか?」
「急冷は内部に結露が発生してやパーツに障害が生じる可能性があるのでおすすめできませんね。」
「めんどくせえな……とりあえずその暑苦しい制服脱げよ。」
「緊急時以外は着用を義務付けられているので……」
「故障するなら緊急時だろ。」
ハンクの指摘にコナーが考え込む。コナーが考え込むという時点で異常事態だ。早いところ対処しておいた方が良いだろう。一度車に戻って何かないかを確認してみよう。同僚たちに断って、車へ戻る。コナーも特に何も言わずについてきた。車の中にコナーを押し込み、冷房を入れる。発熱体があるせいか、冷えるまでに時間がかかりそうだ。ぼーっとしているコナーは放っておいて、後部座席の荷物をあさる。奇跡的に清潔な半袖のシャツが出てきた。
「ほらそれ脱いでこれでも着とけ。」
コナーの暑苦しい暗色の制服を脱がせて、半袖シャツを押し付ける。受け取った半袖シャツをコナーが広げる。
「ありがとうございます……うわダサい……。」
「そういう言葉ばっかり覚えやがって……。」
元気だったら一発殴りたいところだが、病人?相手なのでさすがに我慢しておく。ダサいなどと言いながらも素直に着替えていたので、多分熱中症でそういう回路がおかしくなっているのだと大目に見ておくことにする。
「しかしアンドロイドも熱中症とは。」
「単純労働タイプなら処理熱の問題はあまりないのですが、我々RKシリーズとなると、特殊な演算能力が搭載されているので、機体への負荷が高くなります。」
「RKシリーズってことは、マーカスもか。」
「おそらく。」
確かマーカスの方がコナーよりも稼働年数は長かったはずだ。暑さへの対処も知っているかもしれない。
「コナー、マーカスの連絡先わかるか?」
「ええ。つなぎましょうか?」
「いや、自分で連絡する。番号だけ教えてくれ。」
「わかりました。」
コナーがマーカスの連絡先を暗唱する。ハンクは携帯電話に苦労してそれを打ち込んだ。そして、ちょっと電話してくる、と車の外に出る。ポンコツ車ではあるが、一応冷房は効き始めたようで、車外に出ると熱気を感じた。車にもたれかかり、携帯電話の通話ボタンを押す。
「はい、どちら様でしょう?」
「あー、アンダーソンってもんだが、マーカスか?」
「はい、マーカスです。Mr.アンダーソン……というと、ああ、コナーの相棒の。あなたから直接電話がくるとは思っていませんでしたよ。」
思っていたよりも穏やかな声が返ってきた。人間に対して敵意を抱いているのかと思っていたのだが、そうでもないらしい。
「それで、どういったご用件で?」
「捜査とは関係なく、君らについて聞きたいことがあるんだが。」
「それはコナーに聞けば早いでしょう?」
マーカスの声音は不思議そうな響きを帯びていた。普通の人間と話しているのと変わらないな、と思いつつハンクは通話を続ける。
「いや、コナーが熱中症でぶっ倒れそうだからどうしたらいいか聞きたくて。」
「――ああ、ここ数日、そちらは暑いようですからね。」
笑い声と共に納得したような声が応じた。そちら、ということはどこか別のところに出かけているのだろうか。
「すみません、今は父――カールと避暑でデトロイトにいないんです。」
「ちくしょう優雅だな。」
思わず本音が出る。それにマーカスの愉快そうな笑い声が返ってきた。
「あなたのそういう率直なところ、良いと思いますよ。」
「そいつはどーも。で、質問の件なんだが。」
「そうですね、人間の熱中症の対処とそう変わらないと思いますよ。」
「涼しくして冷たいものでも飲ませろと?」
「対処法としてはそれで十分です。冷えたブルーブラッドでもあればだいぶ回復すると思いますよ。あと、今後も暑い日が続くようなら熱帯仕様のパーツに変えると良いかと。」
「やっぱり年の功だな。ありがとよ。」
「いえ、仲間のためですから。」
マーカスが穏やかに微笑んでいる姿が見えるような気がした。革命の立役者などと言われているが、穏やかに過ごす方がきっと性に合っているのだろう。
「せっかくの休日を邪魔して悪かったな。親父さんと仲良くな。」
「あなたも、息子さんと仲良くお過ごしください。」
ハンクは肩をすくめ、通話を切った。
「……息子ね。」
ハンクは苦笑を浮かべ、携帯電話をポケットにしまう。車の中の様子をうかがうと、コナーは眠っているようだった。まったく、手のかかる息子だ。
ハンクはそっと車を離れる。
捜査は相棒に冷えた飲み物を買ってきてからでも良いだろう。
こんなクソ暑い日に仕事なんてやってられるか。
今日もデトロイトは暑い。こんな暑さの日に連続で炎天下の現場に出なくてはいけないとはついていない。ハンクは苦々しい表情を浮かべつつ、車から下りた。規制線のすぐそばで、直立している相棒の姿が目に入った。相棒は一般的に言えば爽やかに見える笑顔を見せた。
「おはようございます!アンダーソン警部補!」
「コナー、今日もクソ暑いのに朝から元気だな……つーかまた着てんのか、その暑苦しい制服……」
いつにも増して元気よく声を張り上げる相棒に、ハンクは耳を押さえる。二日酔いの頭によろしくない。昨日は熱中症というか、オーバーヒートのような状態でろくに働いていなかったコナーだった。反省して今日は制服ではない服装にしてくるかと思っていたのだが、いつもの暑苦しい黒いユニフォームに、しっかりネクタイまでしている。見ているだけで暑苦しい。げんなりとした顔で見るハンクに、コナーは得意げな笑みを見せた。
「今日の私は一味違いますよ。」
おしゃれを見せびらかす若造のように胸を張るコナーだが、ハンクにはいつもとどう違うのか皆目見当がつかない。というか、二日酔いで考えるのが面倒くさい。
「いつもと変わらんだろ。」
投げやりに答える。ハンクは同じ機種のアンドロイドの見分けがつけられない程度の個体判別能力なのだ。(ニセモノのコナーを見分けられなかったことを未だに相棒にからかわれている)
相棒の昨日との違いなどわかるわけがない。
「パーツが違うんです。」
「気付くかんなもん。」
得意そうに言うコナーに、呆れた声を返す。相棒は気にした様子もなく話を続ける。
「昨日マーカスが夏場におすすめのパーツリストを送ってくれたので、さっそく交換してきました。」
「マメだなあ、あいつ。」
そういえばコナーの熱中症にどう対応したらいいか、マーカスに連絡をしたな、と思い出す。ジェリコでリーダーと慕われるだけあって、面倒見がいいな、とハンクは感心する。
「内部で冷却液を循環させてオーバーヒートを防ぐ機構がついているので、高温地域でも高パフォーマンスを実現できます。」
コナーが変更内容をご丁寧にも説明してくれているが、ハンクにはさっぱりだ。ハンクは溜息を吐く。
「だから、わかる言葉で言え。」
「簡単に言うと、コナー夏仕様です。」
「夏仕様。」
なるほどわかりやすい。具体的にどう変わったのかはよくわからないが、とにかく夏でも大丈夫ということだけは伝わってくる。相棒の言い換えの腕は上がっているようだ。
「制服も通気性のよい素材に変更し、シャツも半袖です。暑さ対策は万全です。」
「そいつはよかった。」
「冷却機構のおかげで機体もやや低温に保たれています。」
ほら、とコナーが手の甲をハンクの頬に押し付ける。冷房をガンガンに効かせた部屋に引きこもっていた人間の肌くらいの温度だ。
「うわ冷てえ。」
炎天下の屋外でこんな良い冷え具合というのはうらやましい限りだ。まあ、悪くないな、と思わず零すと、コナーはにやりと悪戯っぽい笑みを見せた。
「アンダーソン警部補、暑さしのぎにハグしてもかまいませんよ?」
さあどうぞ、と両手を広げている辺りがなんともムカつく。ハンクは思いっきり顔をしかめた。
「絶対しない。」
「まあまあ、遠慮せずに。」
「しないと言ったらしない。」
「アンダーソン警部補の体表温度も普段の平均値よりやや高めですし。熱中症対策をおすすめしますよ。手近なところに冷却体もあることですし。」
執拗にハグをすすめる相棒を無視して、ハンクは事件現場へ足を向けた。
「……で、なんで当然って顔でうちに来ようとしてるんだお前は。」
仕事終わりに馴染のバーで軽く飲み、歩いて帰宅しようとしていたハンクは、後ろからついてくるコナーに半眼を向けた。昨日迷惑をかけたお詫びにおごりたい、という相棒の申し出はありがたく受け取ったが、家にまで来るとは聞いていない。コナーは不思議そうな顔をしてハンクを見た。
「ハンク、今日は泥酔一歩手前まで飲んでいたでしょう。安全のためにご自宅まで送るべきかと。」
「警察官襲うようなアホはこの辺にいねえよ。」
追い払おうと手を振るが、コナーは意に介さずハンクの横を歩く。
「確かにその可能性は低いですが、安全面で言えば……」
「うわっ!?」
側溝のふたが外れていたことに気付かず、踏み外しかけたハンクの腕をコナーがつかむ。
「……とまあ、このように思わぬ危険があるので。」
「……わかったよ。あと、助かった。」
「どういたしまして。」
残念ながら相棒を追い払うことはできそうにない。諦めてコナーと並んで歩く。
「……安全のためというのは口実でして。」
「あん?」
「久しぶりにスモウに会いたいなと。」
「それなら素直にそう言えよ。」
コナーはハンクの愛犬のスモウのことが妙に気に入っているようで、これまでも何度かスモウと遊ばせてくれと来たことがあった。スモウもこの変な相棒のことは気に入っているようなので、ハンクとしては特に問題はないのだが。
コナーは少し困ったように眉を寄せた。
「先日彼に会いに行ったときに撫でようとしたら嫌がられてしまったので、言い出しにくく。」
「スモウがお前を嫌がるなんて珍しいな。」
「普段通りだったのですが、何故だったのか……」
犬に嫌がられてしょぼくれるアンドロイドとは面白い図だ。
「まあ、あいつにも気分じゃない時があるんだろ。」
「そうだといいのですが……」
捜査で多少失敗しても、涼しい顔をしている相棒が落ち込んでいるのは少し面白い。ハンクは笑って相棒の肩を叩く。
そうこうしているうちに自宅へ到着した。玄関のドアを開けて中に入る。コナーも後に続いた。そして、迷いなくスモウのくつろぎスペースに向かっていく。
「スモウ!」
コナーが声をかけると、スモウが顔を上げ、コナーを見た。コナーはおずおずとスモウの鼻先に指を差し出す。スモウはしばらくコナーの指先の臭いをかぎ、のそりとその手に顔を乗せた。
「全然嫌がってないじゃないか。」
「よかった……! でも先日は確かに……」
「前にお前が来た時って、クソ暑い日じゃなかったか。」
「……そういえば、最高気温39℃の日だったような。」
「その時まだ夏仕様じゃなかっただろ。」
「はい。」
「お前が発する熱が嫌だったんじゃねーの。」
ハンクの指摘にコナーが天井を仰いだ。何故気付かなかったのか、とでも思っているのだろう。高性能の癖にこういうところが抜けている相棒だ。
「機体がひんやりしたおかげでスモウに嫌がられなくなりました!夏仕様にしてよかった!」
「声がでけえよ。」
ハンクの呆れた声を無視してスモウを撫で続けるコナーだった。