駆け引き 久々に二人きりの出掛け先は本丸よりいくらか暑く、じっとりと張り付きそうな衣服が不愉快だった。初夏の風は僕たちにかけられた木漏れ日を揺らしている。一休みしようと近づいた根本では遮りの分だけ幾らか涼しかった。
「いくら影になってるって言っても暑いな、流石に」
流石に堪えるらしく、兼さんはうだりながら座り込んでいく。大柄な体躯は平生の半分以下になった。
「うーん、暑いってより湿っぽいかな」
汗ばんでいることもあってか、愛しい男は長くて僕と同じように癖のある前髪が僅かながら束になっている。それを手甲の無い布地部分雑に拭った。そうしょっちゅう洗う物でもないのだが流石にこの暑さだ、後で洗ってあげないとなぁなど呑気な思考を巡らせる。きっとこの時期は良い風が吹くからすぐに乾くに違いない。
「お前は楽そうな格好してるしなぁ」
暑さよりもそういう所に気が付くだろう、という。確かに兼さんが僕よりも暑そうな格好をしているのは間違いないだろう。だが、暑い暑いと言いながらもその衣服一枚を崩すことは勿論、脱ごうという気はないだろう。洋装への衣装替えなんてもっての外と言い出す姿が容易に想像できる。だからこそ、あえて質問をする。
「その格好、嫌なの?」
「いや、んなことあるわけねぇだろ?」
やはり即答し、愛おしそうに一番暑そうな外套を撫でた。兼定の証であり誇りの体現でもある。それがただの外套だったなら真っ先に不要だと脱ぎ去るだろうが、これはただの衣服とは意味合いが違うのだ。きっと一枚ずつ衣服を捨てなければならないのなら最後まで残すのがこの外套だろう。
「そうだよね」
「当然だろ」
自信に満ちた声が風の止んだ場所に響く。斑になった影が落ちているほんのりとした憂いの伏し目、僅かな上気は情事とは違う雰囲気でどうしようにも魅惑的だった。そうだ、今ならきっと届くかもしれない。そう思うと衝動は抑えられずそのまま新緑に身を任せる形で、不意打ちで口づけを落とした。普段ならばその体格差もあって絶対にこんなことは叶わない。だからこそ日常で起こったという事実に愛おしい人は驚いている。
「ねぇ、僕がもし主さんに刃向かおうとしたら、兼さんはどっちのことを信じる?」
雰囲気に飲まれたまま、もしもを問えば腰を抱き寄せられてそのままふわりと重心が揺らぎ、倒れこんだ場所から体格差を感じさせられた。
「これが、オレの答えだ」
真っ直ぐな意志を伝える自身と同じ色の目が近距離にある。そんな答えなんかずるい。
「なんてな」
その真剣な顔は軽快な返事と共に僕の大好きな明るい笑顔へと変わった。どうやらこの駆け引きは僕の負けらしい。