さあ、どっち?!夕暮れの下校時刻、私は一人で校門を通り過ぎていた。
前までなら、私の隣にはある人が一緒に並んでいた。
一見軽そうな人に見えるけど、自分の考えをちゃんと持っていて。
友人関係は広いけど、決して浅いわけではなくて。
それで実は寂しがりやで、甘えたがりなあの人。
「(本当に、別れちゃったんだな…)」
改めて私は事実を認識する。
私と桃越ハル先輩は付き合っていた。
けどそれも今日のお昼まで。
今の私達の関係は、なんてことないただの『先輩と後輩』だ。
◇ ◇ ◇
とぼとぼと歩いていると、誰かに声をかけられた。
「よう!お前も帰りか?」
「あ、廣瀬くん。うん、そうだよ」
私に声をかけてきたのは、同じ学年の廣瀬櫂くんだった。
「あれっ、桃越先輩とは一緒じゃないのか?」
ピンポイントで痛いところをついてきた。
「あのね、廣瀬くん。桃越先輩とはもう…」
次の言葉を紡ごうとするけど、上手くいかない。
私はもう大丈夫なんだから、ちゃんと答えなきゃ。
「もう?」
ほら、廣瀬くんが続きを待ってくれてる。
それなのに、言葉を出そうとすればするほど上手く話せない。
やがてそれは焦りに変わった。
「(答えなきゃなのに…)」
答えなきゃ、答えなきゃ…。
あれ、今までどうやって言葉にしていたんだろう。
それに、気のせいか今の私は呼吸ができていない気がする。いや、できていなかった。
息を吸って、吐こうとしても上手くいかない。
なんで。なんでなの?どうして息ができないの?
心配そうに廣瀬くんがこちらを覗きこんでいる。
答えなきゃ。けど息もしなきゃ。
どうしよう。どうしよう。
視界が真っ暗になってく。
そして、そこで私の意識は闇に落ちた。
◇ ◇ ◇
目を開けると私は保健室にいた。
さっきまで学校外にいたはずなのに、どうしてだろう。
「気付いたかい?」
「あ、はい」
保険医の若桜郁人先生に問いかけられて私はとっさに答える。
「それなら良かった。そこの男子が君を連れてきてくれたんだよ?」
ベッドの隣には椅子が置かれていて、そこに廣瀬くんが座っていた。
「あの、廣瀬くん。どうして私が保健室に連れてこられたのかな?」
起きる前の記憶がないため、どうして自分が今ここにいるかわからず、廣瀬くんに訊いてみた。
「学校のすぐ外でお前を見かけたから話しかけて、ちょっと話してたらお前が黙りこんで、そしたら過呼吸みたいになって、そのまま倒れたんだよ」
もっと早くに体調が悪いって気付いてやれなくてごめんな。
そう廣瀬くんが謝ってきた。
「ううん、廣瀬くんは悪くないよ!それに、私今日別に体調悪くないよ?なんでだろう…」
その疑問には若桜先生が答えてくれた。
「それは過度な緊張による過呼吸だね。君、彼女となんの話してた、の?」
「オレそんな答えに困るようなこと話してないっすよ!ただ、いつも桃越先輩と一緒だけど今日はいないから、どうしてだろうなって…」
ああ、思い出した。
それで私、途中から上手く言葉が出てこなかったんだ。
「何か喧嘩でもしたのか?でもなぁ、先輩そんな怒ったりしないしなぁ…」
廣瀬くんが一人考え始めている。
私は今度こそ答えなくては。
そう思っていたところ、若桜先生が口を開いた。
「だから、それが緊張に繋がっちゃったんだよ。それにこの場合は、少しストレスもかかっちゃった、かな」
そう言って廣瀬くんを止めた。
「そっか、個人の問題に首つっこまれたらそりゃ嫌だもんな。本当にごめんな?」
「大丈夫だよ、気にしないで」
私はそう答えた。
「さて、もう最終下校時刻は過ぎてしまっている、ね。君達も早く帰りな?」
私と廣瀬くんは若桜先生にお礼をして、保健室を後にした。
◇ ◇ ◇
外はもうすでに夜の闇に侵食されていて、ほとんど真っ暗だった。
そのため、廣瀬くんが家まで送ってくれることになった。
私は大丈夫だと言ったけど、廣瀬くんが
「そう言って、もしまた倒れたら大変だろ?お詫びも兼ねて、お前を家まで送らせてくれ」
と言ったので、送られることになった。
私の気を紛らわせようと面白い話をしてくれていたけど、私の家の前まで来た時に廣瀬くんにこう質問された。
「嫌だったら無理に答えなくて良いんだけどさ、お前らどうかしたのか?」
そう私を気遣いながらに言ってきた。
今度はきちんと話すことができた。
「実はね、私達もう付き合ってないんだ」
その言葉が震えていなかったとは、あまり自信を持って言えない。
それでも今回は言葉を伝えた。
廣瀬くんはまだ何かを訊きたそうな顔をして、それでもそれを押し留めてそれ以上は何も訊いてこなかった。
「今日は送ってくれてありがとう。それじゃあ、また明日」
「おう、じゃあな!」
廣瀬くんの姿が見えなくなると、私は家に入った。
◇ ◇ ◇
次の日から、私は廣瀬くんと過ごすことが多くなった。
下校時刻が被るらしく、一緒に帰ったり、そのまま街のほうまで遊びに行ったりした。
何度も遊ぶうちに、ふと気になることがあった。
廣瀬くんは美術部に所属しているけど、活動はどうしているのだろう?
そう疑問に思い、問いかけたこともあった。
すると
「桑門先輩に、お前があまり元気ないって話をしたら『多少部活を休んでも良いから、彼女と一緒にいてあげて?』って言ってくれたんだ。それで活動を少し減らしてるんだ。でも、その分家でデッサンの練習とかしてるんだぜ?だから、お前が気に病む必要はないぜ」
そう言ってくれた。
◇ ◇ ◇
廣瀬くんと学校帰りに遊びに行く約束をしていたある日、私の携帯にメールが届いていた。
それは桃越先輩からで、内容は、遊馬先輩もいるから三人でゲームセンターに行こう、というものだった。
「(廣瀬くんと約束してるから、断らないと)」
友達との予定があるから、と断りのメールを送ると、それならその子も連れてくれば良い、と返ってきた。
どうしよう…。
私としてはまだ前のことが少し心に残っているけど、普通に桃越先輩は接してきてくれてる。
それに廣瀬くんは桃越先輩のこと尊敬しているから…。
先輩には「友達と話をして、大丈夫そうだったらまたメールします」
と送った。
◇ ◇ ◇
その後私は廣瀬くんと合流し、さっきのメールのことを話した。
「それで、廣瀬くんは桃越先輩のこと尊敬してるよね?今日どうする?」
廣瀬くんは驚いた顔でこちらを見ている。
「確かに尊敬してるけど…お前はそれで良いのか?」
廣瀬くんが気遣わしげに訊いてくる。
「うん、良いよ。せっかく誘ってもらったんだし、それに廣瀬くんに迷惑ばかりかけるわけにはいかないから」
そう、私のせいで廣瀬くんが楽しめないのは嫌だし、気持ちの整理もついてきたと思う。
それはきっと廣瀬くんが一緒にいてくれたからかな、なんて考える。
廣瀬くんは
「お前が良いなら良いけど…」
と言った。
私はさっそく桃越先輩にメールをした。
◇ ◇ ◇
廣瀬くんと校門前に向かうと、もう先輩方はそこで待っていた。
「あれ、君が言ってた友達は廣瀬のことだったんだ」
桃越先輩が意外そうに言う。
「そうなんすよ~、最近オレら仲良いもんな!」
廣瀬くんが笑顔で答える。
「そうだね。でも、本当に部活とか他のことを優先して良いんだからね?」
私は廣瀬くんにそう言った。
「それじゃあ、行こっか!」
遊馬先輩に言われて私達は歩き出した。
◇ ◇ ◇
ゲームセンターで長い時間ゲームをプレイしたあと、少し休憩をすることになった。
「それじゃあ俺、みんなの分の飲み物買ってくるよ」
「あ、オレも一緒に行きます!!」
そうして、桃越先輩と廣瀬くんは自動販売機のほうへと歩いて行った。
◇ ◇ ◇
「廣瀬さ、最近あの子と仲良いって言ってたけど、どうしたの?」
桃越が不思議そうに問いかける。
それに対して廣瀬は笑顔で答える。
「ああ、そのことですか。実はあいつ、先輩と別れた日の放課後に過呼吸を起こしちゃったんすよ」
それを聞いて桃越は唖然とする。
それでも構わずに廣瀬は続ける。
「だから、またあいつがそんなことにならないように一緒にいるんすよ。だから先輩」
そこで廣瀬はさっきよりも声のトーンを下げ
「先輩が今、あいつのことどう思ってるかは知らないっすけど、中途半端に出てこないでもらえないすか?なるべく嫌なことを思い出さないように遊びに行ったりしてるのに、こんなところで来られても正直迷惑なんすよ」
それに、と廣瀬は付け足した。
「今度また何かあったら、その時は完全に壊れますよ、あいつ」
そこまで言うと廣瀬は、まるで何もなかったかのように
「それじゃ、二人のところに戻りましょうか」
と言った。
◇ ◇ ◇
「いやぁ、今日は楽しかったね!」
遊馬先輩が元気そうに言う。
「そうですね。それにしても、廣瀬くんすごいね!クレーンゲームでひょいって景品を取っててびっくりしちゃった」
私が廣瀬くんに話を振ると、反応がすぐには返ってこなかった。
廣瀬くんを見ると、何やら考え事をしてるみたい。
「(そういえば、廣瀬くんも桃越先輩も、飲み物を買いに行ってから雰囲気が少し違うかも)」
何を考えているのだろう。
「廣瀬くん?」
「うおっ、どうした?!」
さっきの話は頭に入ってなかったみたい。
「さっき彼女が君のことを褒めてたんだよ、ハルも廣瀬のことすごいって思ってるんじゃないかな?」
「え?ああうん、そうだね」
遊馬先輩が桃越先輩に話しかけるけど、そっちも似たような感じみたい。
「(何かあったのかな?)」
私が少し心配をしていると、急に手に人の感触がした。
「…?廣瀬くん、どうしたの?」
その感触は、廣瀬くんが私の手を握った感触だったらしい。
「ん?いや、特にこれといった理由はないけど、言うならなんとなく、だ!」
廣瀬くんが笑顔で答える。
それを見ている先輩方といえば
「お、なかなかやるねぇ!」
これは遊馬先輩。
そして桃越先輩はというと
「…」
完全に固まっていた。
そんな私はというと、何故だか涙を流していた。
その場にいた私以外の皆は驚いている。
「どうした?!そんなにオレと手繋ぐの、嫌だったか?」
廣瀬くんが少し傷ついた様子で訊いてくる。
「ごめんね、そんなんじゃないの。私もよく理由がわからなくて…」
皆に心配をかけないよう早く泣き止みたいのに、手で涙を拭っても拭っても次々とまた零れてくる。
「あれ?本当になんでなんだろう…私悲しくともなんともないはずなのに」
廣瀬くんが黙って頭を撫でてくれる。
それにもまた私は涙を流し、結局それは家に帰るまで続いた。
◇ ◇ ◇
「ねえ君、このクラスに廣瀬櫂っている?」
「ああ、それなら…」
次の日、桃越は2年C組の教室を訪ねていた。
「も、桃越先輩!オレになんか用すか?」
「ちょっとね…ここじゃ話しづらいから移動しない?」
そうして二人は中庭へ歩き出した。
◇ ◇ ◇
中庭に着くと、廣瀬はさっそく桃越に説明を求めた。
「それで、話ってなんすか?」
そう言う廣瀬の表情はすでにいつもと違っていた。
嘲笑しているようにも、苛立っているようにも見える。
桃越はその急変振りに少し圧されたが、意を決して廣瀬に話しかけた。
「昨日のことだけど…お前、彼女のこと泣かせたよね?」
「あれは…」
「別に責めてるわけじゃないんだよ、ただね」
そこで桃越は一呼吸置くと
「俺は、彼女に幸せになってほしいんだよ。残念だけど、彼女から逃げてしまった俺にはそんな資格はない。だからお前に任せたかったんだけど…このままじゃ、俺が奪っちゃうよ?」
「なっ」
話はそれだけだとでもいう風に、桃越はその場から去っていった。
◇ ◇ ◇
最後の授業が終わり、帰りの支度をして、私は教室を出た。
すると、廊下に廣瀬くんがいて、手を振りながらこちらに向かってくる。
「よう!一緒に帰らねーか?」
「うん、私のこと待っててくれてありがとう」
そうして二人で歩き出す。
校舎の外に出たあたりで
「あれ?君たちも帰り?」
と、桃越先輩に話しかけられた。
「そうっすよ」
私のことを気にしてか、廣瀬くんが答えてくれる。
「へぇ…ねえ、俺も一緒に良いかな?」
その言葉は最初から、私に向けられていた。
「えっと…」
どうして廣瀬くんじゃなくて私に訊くのだろう。
「(この間だって、ゲームセンターに行けたし、大丈夫だよね)」
そう考えて、私は桃越先輩に返事をした。
「良いですよ」
◇ ◇ ◇
三人で歩く帰り道。
桃越先輩に話を振られて焦っても廣瀬くんがフォローをしてくれるため、この三人でいることは苦痛ではなかった。
振られたことを気にしていない、と言ったら嘘になるけど、それでも前よりはだいぶマシだと思う。
そんなことを考えていたせいか、私は足元の段差に気付かず、つまずいてしまった。
「あっ」
ろくに私の体は転ぶ準備ができておらず、そのまま倒れこみそうになる。
間に合わない、と思い目を瞑り衝撃に耐えようとしたが、いつまでたっても痛みは来ない。
それどころか、体に人の温かみを感じる。
目を開けると、廣瀬くんが私の体を支えてくれていた。
「大丈夫か?!」
その表情は、少し焦っているように見えた。
「うん…廣瀬くんが支えてくれたから大丈夫、ありがとう」
廣瀬くんは安堵の笑みを浮かべた。
「それなら良かった!それにしても、少しは気をつけろよ?いくらオレが傍にいるからって、完璧にお前を守りきれるかはわからないんだからさ」
それでもお前を守りきる!と廣瀬くんは続けた。
さっきまでこのやり取りを見ているだけだった桃越先輩が唐突に口を開いた。
「そういえばさ、君たちって…付き合ってるの?」
「なっ…桃越先輩、何言ってんすか?!」
私ではなく廣瀬くんが慌てている。
「廣瀬くん、落ち着いて…」
「落ち着いていられるかよ!だってお前、こんなのって…」
廣瀬くんは心なしか悲しそうな顔をしている。
「私のことなら気にしなくて良いんだよ?あれから時間も経ってるし、いつも廣瀬くんが居てくれるから寂しくないし」
それとも、桃越先輩にそう思われちゃったのが嫌だったのかな。
そう言うと、廣瀬くんは「そうじゃない!」と否定してきた。
「そうじゃないんだよ…」
廣瀬くんはまだ続けたそうに見えたけど、それは桃越先輩の一言によって遮られた。
「その様子だと、違うみたいだね。廣瀬もまだ告白していないみたいだし…」
それを聞いて廣瀬くんはしまった!というような顔をした。
「振った俺が言うのもあれなんだけど…もう一度、俺と付き合わない?」
えっ…と私は固まってしまう。
どうして、と訊きたいのに言葉が出ない。
この状態に、桃越先輩に振られた日の放課後を思い出す。
あの時と同じなら、この後の私は…。
しかし、ここから先は前回とは違った。
「そんなの、オレが認めない」
廣瀬くんはそう言った。
「こいつから逃げて傷付けて、挙げ句の果てによりを戻す?冗談じゃない!人がなんとかここまで持ち直させたのに」
まるでいつもの廣瀬くんじゃないみたい、と私は思った。
そしてやっぱり、私のことを心配してくれてたんだなと思った。
「オレだってなあ、お前のこと、ずっと前から好きなんだよ!」
ああそうか、そうなんだ。
私のことが好きなんだ…。
「って、ええ?!」
「そんなに驚くことかよ…これでも結構アプローチしたつもりなんだけどなぁ」
ここで廣瀬くんはいつものように戻った。
「だいたい、好きでもないやつと毎日遊びに行ったりしないっつーの」
廣瀬くんは少し呆れている。
「ご、ごめん…」
「別に良いけど…とにかく、これできちんとオレの想いは伝えたからな!!」
すると突然、桃越先輩が笑いだした。
「ははっ、やっぱり君たち最高だね」
桃越先輩が落ち着くまで、私と廣瀬くんはぽかんとしていた。
もしかして、廣瀬くんにこの言葉を言わせるためにあんなことを言ったのかな?
そんなことを考えていたら、それは完全に否定された。
「ああけど、さっきの言葉は本当だから。そこらへん、間違えないでね?」
◇ ◇ ◇
あれから何日か経ったけど、毎日のように二人は帰り誘ってくる。
「「それじゃ、行こうか(ぜ)」」
そして当然のように手を差し伸べ、繋いでくる。
中途半端な気持ちでこんなことをするのは、と止めようとしたこともあった。
するとその度に
「それじゃあ今、ここで答えを聞かせてもらえるかな?」
「オレは、お前がどんな答えを出しても受け止めるつもりだぜ」
というふうに、告白の返事を求められしまう。
「(それでもこれは不誠実のような…)」
いい加減、答えをはっきりとさせるべきなのかもしれない。
いや、させるべきだ。
そもそも、付き合ってもいないのに手を繋ぐだなんて、そんな厚かましいことをよく私はやっていたなと思う。
ちゃんと答えを出さないと、二人に失礼だ。
「あの、少し寄り道して行きませんか?」
◇ ◇ ◇
私が返事をする場所に選んだのは、近くの公園だった。
歩きながらだと手を繋いだままだし、かといってお店とかに入ると他の人の目がある。
ここならベンチに座れるし、私たちの他には小さい子が遊び回っているくらいだ。
「君から寄り道しようとするのは珍しいと思ったけど…まさか公園だとはね」
「そうっすね…もしかして、何か話があるのか?」
二人は各々の反応をしている。
「そうなの。これはきちんと話すべきだと思うから、騒がしくないここにしたんだ」
私は廣瀬くんにこう答える。
「ってことは…この間のこと、考えてくれた?」
桃越先輩が言う。
「…はい」
今さらだけど、緊張してきた。
それでもなんとか言葉にしなければ。
「それで、どう?俺とまた付き合う気になってくれた?」
桃越先輩の言葉に対し私は
「ごめんなさい、私は桃越先輩ともう一度お付き合いすることはできません」
そう答えた。
「確かに、桃越先輩とお試しとはいえ1ヶ月付き合ってみて、とても楽しかったですし、普通の先輩としても尊敬しています」
だから別れたときは悲しかった、という言葉は飲み込んだ。
「でも、私が落ち込んでいたときに励ましてくれたのは廣瀬くんでした。廣瀬くんは、私が気にしすぎないようにいつも一緒にいて、常に気を遣ってくれました。」
だからごめんなさい、と。
私は桃越先輩に伝えた。
「そっか…色々と掻き回しちゃってごめんね。でも、君にはもっと大切なことを言わないといけないやつがいるでしょ?」
そう言われて私ははっとした。
そうだ、確かに私は今、桃越先輩には言ったものの、肝心の本人には伝えていない。
私は廣瀬くんのほうを向き、きちんと目を見て話しかけた。
「廣瀬くん…私と、付き合ってくれませんか?」
廣瀬くんはというと…。
「え…?!」
とても驚いていた。
どうしてそんなに驚いているのだろう。
そう思っていると、まるで私の心の声が聞こえていたかのように話し始めた。
「だってお前、この間泣いてたじゃねーか。だからオレ、てっきり桃越先輩とよりを戻すのかと…」
なるほど、確かにこの間のだとそう思われても仕方がない。
そこで私は説明をした。
「この間は泣いちゃったけど、それは廣瀬くんが嫌だからとかじゃないよ。むしろ、それで廣瀬くんが傷付いちゃったことが私は悲しかったかな。それとも、廣瀬くんはやっぱり私のことが…」
そこから先の言葉は、廣瀬くんの行動によって続けることはできなかった。
「えっ…廣瀬くん、大丈夫?」
私は廣瀬くんに抱き締められていた。
そして廣瀬くんは、少し涙混じりの声で言った。
「そんなわけないだろう。オレから告白したのに、お前からもされるなんてな」
そして今度はしっかりと私の目を見て
「絶対に、お前を悲しませたりしないって約束する。オレのほうこそ、よろしくな!」
そう言った。
◇ ◇ ◇
「あのさ、俺の存在忘れてない?」
今まで見ているだけだった桃越先輩が口を開く。
「わ、忘れてないです!」
咄嗟に言ったものの、あまり信じてはいない様子。
「別に良いんだけどね」
そう言いながら笑っている。
「廣瀬、彼女のこと悲しませるなよ?」
「なんすか急に…もちろん、悲しませるはずがないっす」
それを聞くと桃越先輩は、笑顔に少し寂しさを滲ませながら去っていった。
◇ ◇ ◇
「ごめんね廣瀬くん、待たせちゃって」
「いや、こっちのクラスもさっき終わったところだし」
特に前と変わったこともなく日々は過ぎていった。
変わったところといえば、今私と手を繋いでいるのは廣瀬くんただ一人であるということ。
あの日から、桃越先輩とはあまり帰らなくなった。
それは仲が悪くなったとかそういうものではなく、状況を掻き回してしまった桃越先輩なりの謝罪の念らしい。
しかし、今日は少し違った。
「お!二人とも仲良しだね」
校門の前で桃越先輩に話しかけられた。
「ふふん!なんてったって、こいつにはオレがいますから!!」
自慢気に廣瀬くんが答える。
「だけど…二人とも、まだその手の繋ぎ方なの?」
そう問われて私は廣瀬くんと繋いだ手を見た。
至って普通に握っていると思うのだけど…。
「せっかく付き合っているんだし、恋人繋ぎくらいしたら?」
恋人繋ぎ…。
確か指と指を絡め合う繋ぎ方だったような。
「なっ…何を言ってるんすか?!」
廣瀬くんはとても動揺している。
「なんだったら、俺が手本見せようか?」
そう言って桃越先輩は私の肩を軽く引っ張る。
ただ二人の話を聞いているだけだった私の体には力など入っておらず、簡単に桃越先輩の方へと体が傾く。
「わわっ?!」
「ちょ、先輩!やめてください!!」
そう言って廣瀬くんが私を引っ張り、今度は廣瀬くんの方へ。
引っ張られた反動で、私と廣瀬くんは抱き合っているようなかんじになった。
「お、大胆だね」
「先輩!!」
桃越先輩にからかわれて顔を真っ赤にする廣瀬くん。
「お、オレだって、こ、恋人繋ぎぐらい…」
からかわれたことによって赤かった顔が、さらに赤みを増す。
「廣瀬くん?無理しなくて大丈夫だからね?」
少し可哀想に思えてそう声をかける。
するとそこで廣瀬くんは覚悟を決めたらしく、普通に繋いでいた手を開き、そして私の指に絡めてきた。
これは…思っていたよりも恥ずかしくて思わず俯いてしまった。
「二人して俯いちゃうなんて、可愛いね」
桃越先輩がそう言ったことで、廣瀬くんも私と同じく下を向いているのだと悟った。
あとはごゆっくり、とでも言うように桃越先輩は一人歩いていく。
「そ、それじゃあ私たちも行こっか」
「…おう」
恋人繋ぎをしているのはとても恥ずかしくて顔がずっと熱かったけど、それでも繋ぎ続けた。
「(今はまだこんなかんじだけど、いつかは慣れる日が来るのかな…)」
これから先も廣瀬くんと一緒にいられたら。
たくさんのドキドキするようなことを廣瀬くんと経験できたら。
そんなことを願いながら、私は繋いだ手をそっと、それでもしっかりと握りしめた。