[こぎつる]蕾と陽光「花見にはまだ早いじゃろう」
冬と春の境目。未だ固い蕾が暖かな陽光を待つ頃。一羽の鶴は縁側へ腰掛け、桜の木を見上げていた。
「やぁ、きみも一緒に飲むかい?」
「なんじゃ、まさかこの時間から呑んでおるのか」
「まさか」
彼は先ほどから縁側に佇む白い水筒を手に取り、予め用意していたのであろう湯呑みに注ぐ。するとたちまち、湯気と共にお茶の良い香りが広がった。
「さっき淹れた焙じ茶だ。きみも飲むといい。寒い中、俺を探しに来てくれたんだろう?」
差し出された湯呑みを受け取り、両手で暖をとる。
「何のことかわからぬな。布団が寒くて起きただけじゃ」
「ははっ、そうかそうか。それは申し訳ないことをしたな」
申し訳なさの欠片も感じられない言葉に非難の目で返す。隣に腰を下ろし、渡された湯呑みをよく見れば、そこには狐が描かれており、小狐丸の来訪を待ち望んでいたようだった。やれやれとため息を吐いて鶴丸に問う。
「それで、何をしていたんじゃ?」
「見ればわかるだろう?蕾を見ていた」
「そうではない」
わかるじゃろうと視線を投げれば、そう急かすなと返される。
「俺は、花は蕾が一番だと思うんだ」
「ほう」
「もちろん、咲き誇る姿は美しい。だが、蕾ならば様々な想像ができるだろう?この木は桜だが、今年は桜ではなく、見たこともない美しい花が咲くかもしれない。もしかしたら、豪奢な大輪を咲かせるかもしれない。……咲かないことも、あるかもしれない。そうやって想像を膨らませるのが、一等楽しいんだ」
そう言って蕾を眺める鶴丸は心底楽しそうで、しかしどこか切なげにも見えた。
「……ふむ、なるほど。鶴は心配性ということじゃな」
「おいおい、どうしてそうなるんだ」
眉をひそめた鶴丸に薄く微笑む。
「つまり、楽しみであると同時に不安なんじゃろう。予測できない未来が恐ろしいから。だから、大人しくしていられなかったのじゃろう」
違うか?と問うてみれば、ばつの悪そうな苦い笑みで返された。
「……さすがは小狐だな。俺のことなんかお見通しってわけか」
その笑みに苛立ちを覚え、鶴丸の頭を軽く小突く。そして、その身を腕の中へ閉じ込める。
「っ、こぎつね!?」
「怖いなら素直に言えばよかろう。強がるな。この小狐は、お主の隣にいると決めたのだ。先の未来がどんなものであろうと、共に在ろうぞ」
捕まえた身体を優しく包み頭を撫でれば、小さな嗚咽が響き始めた。甘え下手なこの鶴は、どうしてこんなにも愛おしいのか。
蕾の筈の桜の下で、ひらりひらりと花びらが散った。