散る花の光散る花の光
任務は無事に遂行された。
時間遡行軍は退けられ、歴史はしかるべき形で歩みを続ける。
その様を、二振りの刀が見守っていた。
「……これで問題ないさそうだ」
「ああ、そうだな」
城下の様子を確かめながら足を進めるのは、三日月宗近と大包平の二振り。
今回は珍しく二振りのみの編成となっていた。
おそらくはこれが最適であると判断した審神者の采配であるが、確かに最適であった。
昼の江戸の町を舞台にした戦い。要人の保護を目的とした今回の出陣では、警護の者から瞬秒で信頼をえなくてはいけない場面があった。
「ここは危険だ、通りを真っ直ぐに駆け抜けろ」
と見知らぬ者に叫ばれ、それを信じる家来がどれだけいるだろうか。
だがこの二振りは、己の立居振る舞いのみでその信頼を得た。
飛びかかってくる異形を斬り伏せ、襲いかかってくる黒い影を弾く。
片や勇猛、片や優美。
いずれもその品格を知らしめる太刀筋を見せ、短くも適切な指示を飛ばす。
あっさりと信じた家来を、要人は決して咎めることはなかった。
二振りは要人を無事しかるべき場所まで運び、さらにその後も周辺を見回って残敵を始末した。
即断即決が求められる任務において、二振りによる身軽な部隊編成は十分に功を奏したといえよう。
残敵の処理が終わった頃には、すでに日が傾き始めていた。
夏の盛り。赤い残照が西の空を淡く染めている。
だが東の空にはすでに夜の帷が降り始め、星がちらちらと白い光を放っている。
「そろそろ日没か……」
三日月はそうつぶやいて空を見上げた。
「そちらでの観測はどうだ」
通信機を用いて、管狐に問う。歴史修正の予兆は完全に消えたと、どこか飄々とした声で答えが戻ってくる。
「そうか、では……」
「まぁ待て」
帰陣を告げようとする三日月の肩を、大包平がぽんと叩いた。
「なんだ」
「少し歩くぞ」
「どこへ?」
任務を遂行したいま、自分たちに本丸以外の目的地があるものか。
三日月はそう首を傾げたが、大包平は構うことなくスタスタと歩いていく。
こうなると、三日月の手には負えない。仕方なく素直についていくことにした。
歩いているうちに、中天まで夜が広がっていった。
日の光はもはや地平線らわずかに滲む程度で、染まった雲が日の気配だけを知らせる。
明日も暑くなるのだろうな。
今日一日の天気を思い返しながら、三日月は前を行く男の背中を追う。
その「明日」を、自分たちがここで経験することはないのだが。
やがて、二振りは川原に辿り着いた。
夕涼みの風が吹く。長く伸びた草が、ざわざわと音を立てて揺れた。
「どうしてこんな……」
三日月がつぶやいた時だった。
どぉん
空気を震わせる音が響く。
驚いて顔を上げると、きらきらとした赤橙色の光が、夜空に一筋の道を切り拓いていった。
ぱっと、散る。
それはまさに、散ると表すにふさわしい様だった。
天に昇った光の玉が、無数のかけらに砕けて崩れ落ちる。
どこからともなく、人の歓声が聞こえてきた。
「……花火?」
間を開けて、二発目が打たれた。
江戸初期には打ち上げるのに三十分以上かかっていたそうだ。
その冗長な時間は男女に語らいの時間を与え、時に見合いの場として使われていたという。
確かに、談笑の合間に思い出したかのように闇を切り裂く光がくだけ、そのかけらが相手の横顔を照らしなどしたら、平素は見向きもしないような相手にさえ、ふと心がときめいてもおかしくはない。
「……大包平」
この日これがあると知って出陣を長引かせたのかと、三日月は名を呼ぶ声に問いを込める。
目線の先の男は、咎めるような声にニヤリと笑みを浮かべた。
「どうだ。悪くないだろう?」
どぉん
大包平の語尾に被さるように、二発目が上がった。
光が昇る。
するすると鳥のように光は昇り、そして散った。
一瞬だけ開いた火の花は、大包平の姿を薄闇の中に浮かび上がらせる。
無数の光が宙を舞う。
はらはらと、ぱらぱらと。
そして音もなく闇に溶けた。
闇は刻一刻と深くなっていく。残照はすでに消え、天は紺青で満たされていた。
その空に薄く立ち登る白い煙を、三日月はしばらく眺めていた。
「――――……」
つぶやいた声は、三発目の破裂音にかき消された。
「おい、なんと言った」
「……別に」
そう言って微笑むと、大包平は「なんだ、それは」と返す。
眉間に皺を刻み、しかしどこか明るい表情で。
三日月は微笑んだまま首を横に振った。
いいのだ、聞こえなくても。
二振りはどちらともなく目線を上に向け、束の間の夏を楽しんだ。