アルバム(腐*ノクプロ)「プロンプト、お前のアルバムを少し貸してはもらえないだろうか」
突然執務室にやって来てそう告げたイグニスは、俺が当然アルバムを貸すと信じていたらしく言葉と同時に手を差し出した。こっちは急なお願いに驚いて「え?」としか返していないっていうのに。
「アルバムって……あの、俺が個人的に作ったやつ?」
「そうだ、茶色の表紙の、旅の途中からつけていた――」
「え、やだ」
イグニスが言い終わるよりも前に、対象を確定した俺は即座に返事を投げる。
イグニスはと言えば、まさか断られるとは思っていなかったらしく、珍しく驚いたように目を瞠った。
「駄目か……何故だ?」
「何故ってねぇ……そもそもなんに使うの」
「それが、王城のロビーにあの旅の記録を展示しようという話になってな。アルバムの展示は期間を限定するから、ひと月ほどで返せると思うのだが」
「え、ロビーってことは誰でも見られるようにするってこと?」
「もちろんケースに入れて触れられないようにはする。日替わりでページをめくっていこうという話になっているんだ」
「やだ! 絶対やだ!」
詳細を聞いて俺の気持ちはなおさら固まる。
みんなにあのアルバムの中身を見せろだって? イグニスたちにも見せられないような写真もあるのに、絶対にムリ。
「だから何故だ」
「いやいや、自分用に作ってたやつだからさ、恥ずかしいって」
「何度か見せてもらったが良い写真ばかりだった」
「……で、でもノクトとのツーショットとかも追加してるからさ、やっぱ恥ずかしい」
「ならそのページは公開しないさ」
「うーん……でもなぁ」
「どうしても駄目か……?」
ぐ、と声が詰まる。
イグニスの、眉をひそめた困ったような表情に俺は弱い。そしてそれをイグニスはきっとわかった上でやってるんだ。
だからここは心を鬼にして断るべきなんだろうけど……。
「いいアイデアだと思ったんだが……皆に、あの旅のことを知ってもらえたらと」
「う~~、俺だって旅してた頃のノクトたちの様子は見てもらいたいけど~」
「お前の撮るノクトの表情はどれも良かったからな、皆が見たらきっとノクトの好感度も上がるだろう」
「……」
「俺たちにとっても、改めてあの旅を振り返る良い機会になるかもしれない」
「……」
「今思えば良い旅だった。皆、良い表情をしていた。それが俺たち以外の誰かの記憶にも残るというのは、とても素晴らしいことだと思ったんだが……お前が嫌なら仕方がないな」
「もーー! わかったよ!」
あの手この手で攻めてこようとする軍師さまに、両手を上げる。到底、俺みたいな一般人が敵う相手じゃなかったんだ。
それでも諦めの悪い俺は、でも、と続けてただでは引き下がらない旨を主張した。
「やっぱ見せるの恥ずかしいやつとかあるし、一回整理させて。明日渡すから」
「あぁ、了解だ。また明日引き取りに来る」
「絶対に失くしたりしないでね!」
「もちろんだ、俺が責任を持って預かる」
そう告げて満足そうな顔で踵を返したイグニスが部屋を出るのを待って、引き出しの鍵を開ける。そこから例のブツを取り出して机の上に広げた。
家に置いておくとノクトが勝手に見ちゃうから自分の目が届くこの執務室置いてるんだけど、そういえばこうして取り出したのは久々かもしれない。
懐かしさを感じつつパラパラとページをめくると、これまた懐かしい写真が目に入る。
一生懸命マステとかでデコったときのことを思い出して、これまた懐かしい気持ちになった。
「……と、これはやっぱ表に出しちゃダメだよねぇ」
ページの後半、ノクトが帰ってきてからの写真が並び始めたところで手を止める。
ノクトと俺のツーショットは他にもあるけど、これはちょっと人様には見せられない。でも個人的にすっごく気に入ってるし思い出深い一枚だから、どうしてもここに入れておきたかったのだ。
忘れもしない。ノクトが帰ってきた翌朝、十年ぶりに肌を重ねた日の朝。部屋のほのかな灯りの下で、眠ってるノクトに身を寄せてこっそり撮った写真。
俺はすごく幸せそうな顔をしている。実際、これ以上ないくらい幸せだった。ずっとずっと待ってた人と、こうしてもう一度写真を撮れたことがすごく幸せだった。
写真を一度撫でて、どうしたものかと考える。
ページを破くのは絶対に嫌だし、剥がせるか試してみるか。と、ゆっくり端から持ち上げていったものの、すぐに台紙ごと剥がれそうな気配を感じて手を止めた。のりでくっつけちゃったから、そうそう綺麗には剥がせそうもない。
でもやっぱり破くのは嫌だ。となれば隠すしかない。
アルバムの入っていた引き出しの一つ上を開けて、中から茶色のマスキングテープを取り出す。デコレーションに使ったあまりで、他に使いみちがなくて置きっぱなしになってたものだ。
試しに台紙に貼って、そっと剥がしてみる。思ったとおり、粘着力が低いから綺麗に剥がれてくれた。
これなら写真の上から貼っても、あとでちゃんと元に戻せるだろう。
見た目にはこの際目をつむって、びっしりと写真を覆い隠すようにテープを貼った。それからその上に、ノクトとグラディオが写った写真を貼る。ノクトの顔がちょっと隠れちゃってるけど……かっこいいからまぁいいでしょ。
■ □ ■ □ ■
とりあえずの応急処置を終えたアルバムは、翌日約束通りイグニスの手に渡った。
それから本当に王城のロビーに展示されたアルバムを、少し離れたところから眺める。ガラスケースの前では女の子が興味深そうに中身を覗き込んでいた。楽しそうなその表情に、なんだかんだ嬉しくなってしまう。
みんなが楽しんでくれるなら良いか。
そんな風に思ってその場をあとにした……その数週間後。
玄関の鍵が開く音がして、俺はこの家の家主を迎えようと玄関に向かった。
「ただいまー」
「おかえり~って、わぁ!」
帰宅早々、俺を抱きしめて頬に一つキスをしたノクトは、どういうわけか上機嫌で部屋に入っていく。
「どしたの、ノクト」
「別に? 俺の嫁さんが可愛いなって思ってな」
「はぁ?」
「あ、イグニスとグラディオも来てるぞ」
二回目の「はぁ?」は口から飛び出る前に、イグニスの声で阻まれた。
「プロンプト、すまない」
「え、なになに急に。なんで謝るの」
「それが……これのことなんだが……」
そう言ってイグニスが差し出したのは例のアルバムだった。
それを出して謝るってことは……って考えて少し血の気が引く。
「も、もしかしてどっか破れちゃった?」
「いや、断じて傷をつけたりはしていないんだが……グラディオ、自分で言え」
またしてもイグニスが珍しい挙動を見せる。歯切れ悪くそこまで告げて、隣のグラディオを肘で小突いたのだ。
グラディオもグラディオで、バツの悪い表情で頭をかいている。
「な、なに? 怒らないから言ってよ」
「それがよぉ……テープで隠してた写真のことなんだが……」
今度こそ、さーっと血の気が引いた。
顔は熱いのに、指先は冷たい。
「すまねぇ! なんかあんのかって気になって剥がしちまった!」
予想通りの、けれどそうあってはほしくなかった言葉が飛んでくる。
あ、とかう、とか無意味な言葉だけが漏れる中、グラディオは深々と頭を下げていた。
「み、み、見たの……?」
「……すまねぇ」
「俺は見ていないぞ」
今そういう冗談言うのやめて!?
イグニスの言葉にそんなことを思ったけど、それが言葉になる前にふいに肩を抱かれて心臓が跳ねる。
隣に視線を向ければ、至極楽しそうな顔をしたこの国の王さまの顔があった。
「俺は見た」
でしょうね!
けれどその言葉も形にはならなかった。もうなんだか色々と言いたいことが多すぎて、頭が処理しきれてないのだ。
「今度は俺が起きてるときに撮れよ」
肩が震えるのが怒りのせいか羞恥のせいかすらわからない。
とりあえず、ひとつ心に決めたことだけ言葉にしよう。
「もう絶対みんなに写真見せないから!!」
焦ったような声で俺の名前を呼んだのは、果たして誰だったか。