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    ばくばく博打メシ 東京都大田区平和島のボートレース平和島に、今日もギャンブルという場においてのみ勝ちに全くと言っていいほど縁のない男・禪院甚爾が客席で呆然と目の前のレースの勝敗を見送っていた。
    「おい、禪院……勝ったか? 」
    「うるせーな、全部スったとこだ」
    だろうなぁ、と初めから分かり切っていた返答に適当に相槌を打ちながら、残っていた所持金全てを負けに投資してしまった仕事請負人・禪院甚爾に新規の仕事を紹介に来た仲介屋の孔時雨は、ゆっくりとした動作で胸の内ポケットから煙草を取り出して一本引き抜くとそれに火をつけた。ふぅ、と吸い込んだ分の空気を紫煙と共に肺から吐き出す。つい先日、と言っても半月ほど前に一件の仕事で甚爾は百万稼いだはずだ。しかし果たして本当に生活費をギャンブルという最悪の手段での投資に賭け、全てをボートの立てる波と泡と共に水のように跡形もなく溶かしたのは事実だ。目の前の本人の表情が何よりも雄弁に物語っている。有り金など一銭もないと。
    時折、公営競技場、いわゆるギャンブル場に携帯代の支払いさえ滞る甚爾を捕まえに足を運んでいた時雨は何度か見た光景に紫煙とは別の息を吐いた。お前、仕事があって本当によかったなという一言は飲み込んで、懸念していることを聞かずには居れなかった。
    「恵はどうしてる」
    記憶の中の赤ん坊は、今はもう立ち上がって喋りだす頃になるのではないだろうか。母親に似た面影の幼児を、こいつはどうやって世話しているのだろうかという疑問が常に胸に蟠るようになったのは、甚爾の細君が死去したと知らされた時からだ。いつもの仕事と何ひとつ変わらない態度であいつ死んだんだ、と告げた時と今も変わらずになんでもないように、甚爾は女に恵を見てもらっていると告げた。
    「女、ってもう新しいの見つけたのか」
    「向こうから声かけてきたんだよ、都合いいからそのまま預けてる。」
    そういうものか、とこれ以上他人の家庭事情に首を突っ込みたくはないという気持ちがせり上がりそのまま自分を納得させて会話を終わらせた。恵は、この父親とも呼べない男がいない方が健康優良に育ってくれるだろうと。そう思うことにした。そうであってほしいと思う。生活費も維持できない男より世話を申し出てくれる女の方がまだ安心できる。
    「なぁ、時雨メシ奢ってくれねぇか」
    すげー腹減ってんだよと、いやに媚びるような声音で問題児然とした男は宣う。
    これだ、この声音がどうにもよくない、と時雨は思う。この禪院甚爾と言う男と仕事をしだしてから、時雨は幼少期に拾った小さく汚れた真っ白な野良猫のことを時折思い出すようになった。学校の帰り道でたまたま見つけて拾って数ヶ月は一緒に暮らしたが、ある日母親の不注意で家から抜け出し、交通事故にでも遭ったのだろう道路脇の歩道で傷や血溜まりなどなく綺麗な姿のまま横たわっていた。白い猫の、なんでもないような表情や仕草がどうにも可愛らしかったと思った感覚が冷え固まった感情の底でほのかに温かみを取り戻すように感じられることがある。死ぬまでの僅かの間の天真爛漫な猫の姿が、どう言うわけかどうにも甚爾と被って見えてくるのであった。この猫とかぶって見える状態を時雨はよくない症状だと自覚していた。悩まされていると言い換えた方がいいのかもしれない。きっかけが何だったかを思い出すのが難しいが、多分甚爾が結婚していることを明かした時にざわざわとしたものが胸に去来したように思う。こんな闇稼業で生計を立てている野郎がなんでまたこんなヒモで食い繋いでるやつを少しばかり可愛らしいと感じているのだろうか、と自問しても答えはうまく言葉に表す事ができない。拾った猫に対するささやかな愛情と同じだと割り切ったつもりでも、ふとした瞬間に甚爾が見せる悲しげな表情に胸を掻き毟りたくなるような、時に抱きしめたくなるような衝動に駆られ、衝動を抑え込むのに少々苦労するようになっていた。細君が亡くなってから特にぼうっとしている時の物憂げな表情に弱くなっていた。時雨は何かしら自分の中のスイッチみたいなものが誤作動を起こしているのではないかと思う。いい歳になっても十代の頃のような甘酸っぱい感傷に浸ってしまっている自分が理解できない。もう卒業しただろう、そう言うのはと自分で持て余す感情に目を瞑っても消えるわけではないので甚爾に会うたびに症状は出る上、徐々に悪化していた。
    今日はとうとうボロ負けした甚爾の姿を、可愛いなとはっきり言葉にして内心呟いていたのを自覚してしまった。時雨は仕事に支障が出ることだけは避けなければならないと、表情にも態度にも出さないように細心の注意を払っているがうまく隠し果せているか最近自信がない。
    「……いや、まだ飯代くらいは」
    あるだろうと言い切るはずだった言葉が途中で止まる。珍しくもない申し出だがこのやりとりは一体何回目になるのだろうか、と頭の片隅で考えつつはたとまさか恵の飯代までこいつは毟っていきはしないだろうな?と嫌な想像が脳裏に浮かぶ。甚爾を可愛いと思うのとはまた違うささやかな愛情で甚爾の息子・恵のことを見ていた。恵とは何度か会った事があるし時には甚爾の仕事が終わるまでお守りをしていたこともある。絶対に父親に似るなよと思いながら世話をしていたが、その父親を前にして時雨の脳内にはよからぬ予想が展開されてしまった。預けている女にそれなりに金は渡しているはずだろうと思うが、果たしてこの男は自分の子供のための金にまで手を出さない人間かと問えばどうしたものか、そこまで清廉潔白とは到底思えなかった。これまでにそれなりの期間を経て幾度も仕事を依頼してきた関係上でしか禪院甚爾を知らないが、家庭事情以前に金銭感覚が常軌を逸しているというか破綻しているのは最初の頃にわかりきっていた。懐に入った金は全部使い切らないと気が済まないと言っても過言ではない金遣いの荒さの余波がまだ幼い恵に降りかかるのではないかと言う予感めいた妄想が頭の中を埋めていく。恵が辛い思いをするのはどうにもやるせない、というより許し難い気がした。
    自分も禪院のことをとやかく言えた人間ではないが、仕事以外の堅気の人間に余計なとばっちりが及ぶ事は避けたい。そして何より自分と顔見知りの子供に害が及ぶなら尚更避けたいと思うのだが、この感情は、と割り切れない自分に笑えてくる。あどけない、可愛らしい幼児の顔を思い浮かべて俺はその父親に懸想しているのかと思うと罪悪感がじわりじわりと肺を覆う。恵という子供を知ってしまっている以上、その存在に目を瞑るのはどうにも不誠実な気がして、このままここで俺が禪院に飯を施してやらなかったらどうなる。もし次の仕事の報酬が振り込まれるまでの間にこいつが恵たちの生活費を平然と取っていったら?底のない悪い予感だけが時雨の脳内を最悪の展開へと転落するよう埋めつくしてゆく。冗談だろう、と自分でも思う。俺が他人の子供に何をしてやれるというのか。
    「……しょがねぇな、メシ食いにいくか」
    「あ?奢りか?」
    「今回だけだぞ」
    自身の中の最悪の予想を回避するために、時雨は目の前にいるケチ癖ぇなこれからも奢れよなどと抜かす問題児のためではない、問題児からでてきた罪のない幼児である恵のためにと善行を行なうことにした。これは自己満足だとよく理解している。だが碌に子供の面倒も見れない親を放っておけば巡り巡って禪院自身の身の破滅に繋がるのではないか。今し方破綻した瞬間を目撃したばかりだが、まともに仕事を引き受けてもらうためにも、この問題児に金銭的かつ精神的にもある程度は日常が送れる程度の余裕を持たせるのも必要経費になるのではないだろうかと己を納得させて依頼人から追加経費をふんだくる算段をつけた。

     まずはニコライだなと甚爾は独り言を言いながらレース場に面した一般席から立ち上がり、振り返りもせずにスタスタと歩きだすとすぐ近くの幟が立ち人々の賑わいをみせる店内に入っていく。甚爾に続いて時雨も黄色とピンクの外装の「おおこし」と書かれた店へと足を踏み入れた。入り口の紫の幟には店の自慢であろう牛もつ煮込みとデカデカと書かれていた。こいつ今まずはって言わなかったか?と不穏な発言に一抹の不安に駆られるが時雨は一旦無視して店内のメニューを眺める。先に入って注文を済ませた甚爾が背後にいる時雨に顔を向けておなじのでいいだろと疑問ではなく断定する体で聞いてきた。
    「なんだニコライって」
    「煮込みライス」
    なるほどな、と勘定をしながら聞き流す。注文して十秒もしないうちに店員がお待ちどうさまとカウンターに乗せた器には並々とよそられたもつ煮があり、一緒に大盛りのライスが並ぶ。添え物の黄色いたくあんが目に眩しい。見れば周りの客もほとんど同じものを注文していて、店内にはもつ煮の独特の匂いが立ち込めている。甚爾は移動も面倒だと言わんばかりに注文したもつ煮定食をトレーごとおろしカウンター席に座り早速食べ始めている。何事も素早いやつだなと感心しながら時雨も隣に座ってもつ煮に箸をつけた。食欲を唆る香りとはこのことで、ちょうど昼時とあって少し腹が減っているのもあるが箸で持ち上げた肉の塊を口に運んだ瞬間、猛烈な勢いで食欲が胃の底から脳みそを突き抜けた。臭みのないもつと野菜がほとんど入っていない汁をかき込むように食べ、合間に白米を食う。時雨はこれまでに幾度かもつ煮を食してきたが、もつ煮とはこんなに美味いものだったかと少し感動しながら咀嚼していた。
    「なに上品に食ってんだ」
    横からなじられ、甚爾をみやれば白米の茶碗にもつ煮をぶっかけてもつ煮丼にしている。なるほど、そういうやり方もありなのかと、時雨も甚爾の真似をして白米の上にもつ煮をぶっかけた。モツとこんにゃくと大根のみのシンプルなもつ煮だが、モツの旨味と弾力、こんにゃくに染み込んだ汁の旨味が合わさって絶妙な美味さを成り立たせている。シンプルな組み合わせだからこそ、余計な雑味がなく旨味を感じるのかもしれないな、などと考えながら茶碗から白米ともつ煮を同時にかき込む。上に乗った白葱のシャキシャキ感もより美味さを引き立てる。今まで食べた中で一番うまい、と素直に思う。客足が絶えず、常に店員の掛け声が上がる活気溢れる店内、大きな鍋から立ち上る湯気と腹に直撃する匂い、長い時間の経過した内装の様子から人気の老舗であることが伺えた。
    「お前いつもこれ食ってんのか」
    うまい店があるなら一度くらい誘ってくれてもいいんじゃないのかという気持ちがほんの少し湧いたが、そういえばこいつは男に奢らない主義だったなと思いだした。
    「そうだけど。もつ煮食うの初めてか? 」
    意外そうな顔を向けられ、いや食うのは初めてじゃないと返す。
    「こんなにうまいもつ煮食ったことなかったからよ、知ってたんなら誘えよと思ってな」
    「お前の金でなら誘ってやってもいい」
    「奢ってもらってるくせに上から目線だなおい」
    いつものことだけどよ、とため息を吐きながら茶碗の最後の米粒を流し込んで咀嚼する。ボリュームたっぷりではあったがまだ腹半分といったところである。同じくらいのタイミングで食べ終えた甚爾が次は隣の店行くぞ、と言い出した。
    「ちょっと待て、まだ食うのか? 」
    「足りないだろ? 隣のチャーシュー丼もうまいぞ」
    「いや食えるけどよ、一気に食わんでもいいだろ」
    「食い溜めしとくんだよ、誰かさんが珍しく奢ってくれる間に」
    「欠食児童か? どうせ金がないって女に泣きつくなら、依頼主に早めに振り込ませるから食い溜めするな」
    「俺は今腹減ってんだよ」
    堪え性のない子供のようにのたまう甚爾を前に、時雨は深い溜息を吐いた。待て待て、なんでこんなガタイのいい野郎のわがままにちょっと絆されてるんだ?と一度冷静に自分に問うてみた。答えは拾った猫のように可愛らしく少々憎からず思っているから、だった。やはり自分の何かがおかしいと思いながらもそんなに腹が減っているならしょうがないと思ってしまっている。それに甚爾のこの態度からして残った生活費もあっという間に消えるだろうことが予想できた。
    「……わーったよ、お前の食費ぐらいは振り込みあるまで俺が奢ってやるよ」
    「よし、行くぞ」
    ありがとうございますとか一言ねーのかとこぼしながら席を立つ。もつ煮の店から出たらすぐ隣の店へと入り込もうとする甚爾に以前からこんなにエンゲル係数の高い人間だったか?と疑問が浮かび、とりあえず店に入る前に確認する。
    「なぁ、昔からそんなに腹減らしなのか? 」
    「家出た後に格納庫の呪霊を腹に仕込み出してからかもな、腹が減りやすくなったのは」
    「はぁ? 」
    なんだそりゃ、と言えば最初は気のせいかと思ってたがと続く。
    「武具の格納用の呪霊に栄養取られてんのかもな。それくらいしか心当たりねーんだよ」
    聞けば食事をしても一時間と立たないうちに腹が減りだすという。そんなことがあるのかと、呪霊を違うのに変えたらどうだとしか言えることがない。武具格納庫としても腹への収納という機能面でも最適の呪霊なので他に乗り換える気はない、腹が減るのだけ解決できれば問題ではないと禪院は言う。それが一番の大問題じゃねぇか、と時雨は頭を抱えた。
    「どうしてたんだよ今まで……」
    「適当にそこらへんのおっさんとか話しかけてきた女に奢ってもらった」
    俺はそこらへんのおっさんと同類だったのか、と勝手な自己満足で善行を行なったつもりでいた自分の浅はかさに急に羞恥心が芽生えた。何が恵ためだ、馬鹿らしい。つけ上がってるのは俺の方だ。プロのヒモなのだから人の財布にたかることなど日常の些細な一幕だ、何を俺が奢ってやったくらいで少しばかりの優越感にでも浸ろうとしていたのか。いや、と言うか、体よく財布にしてる奴がいたんじゃねぇかとムカムカとした感情が湧き上がる。どうにも面白くない顔をしていると自分でも分かるが、表情筋が上手く動かない。むくれた時雨を気にするでもなく、甚爾はさっさとベイサイドと掲げられた店へと入っていく。甚爾との話しは終わったが、全く違う問題が俄かに発生していると頭の中で警報のようなものが鳴っている。常に腹が空くと言うことは仕事に支障が出ると言うことで、仕事中はどうしてるんだと不思議に思うがさてそれはあいつの腹が一時的に満たされてから一つ一つ問い詰めていくことにしよう。そしてあいつとは仕事の請負と依頼の仲介、それだけだ、それだけの関係でなければならない。これは野良猫を拾おうとか、そういう自己満足と傲慢さの別の形の発露だと俺はちゃんとわかっている。年齢による胃のもたれでもムカつきでもなく、胸のあたりに蟠るムカムカが何か、去来する感情の適切な処置方法を長年の経験で心得ていると自身に言い聞かせて時雨は甚爾の後を追った。
    kitakura473 Link Message Mute
    2022/06/05 16:44:58

    ばくばく博打メシ

    #ギャンブル飯 #時甚 #孔時雨 #伏黒甚爾 #呪術廻戦 #時+甚 #競艇 #平和島
    Pixivにアップしていたイベント展示作品です。

    公営競技場でごはん食べるだけの二人。カプ要素は少なめです。時雨さんが甚爾に片思いしています。

    甚受webオンリー「傷痕を綴じる」【https://pictsquare.net/rdbvq9gppmzka3fefn8046snqa0qlnc3】参加展示作品
    スペースNo:しぶや:あ2
    サークル名:ニュンモン
    サークル主:喜多倉


    原作読んだ時からこの二人絶対なんかある……!と確信して妄想していたものをお話しにしました。少しでもお楽しみいただければ幸いです。続きがあれば18禁にしたいです。
    平和島で僕と握手。

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