彩子と弱小女子バスケ部部長 たぶん、美人だと思われていて、たぶん、言えばやってくれると思われていて、たぶん、わたしが向いてないってことはみんな分かっていて。それでも、わたしが部長になったのだった。
つまり、ああいうやつが上に立つのが普通とかいうよく分からない事情によってわたしが持ち上げられた。
上に立つものって、難しい。みんなのトラブルを聞いたり、コーチの言うことを聞いたり、指導する立場になったり、部活のために練習する時間よりも部活を円滑にまわすための時間の方が長い気さえしてくる。
疲れて教室でふて寝したくなった。けれど、あの楽しい時間は今しか味わえないこともわたしはよく知っている。夏が終われば引退する。去年の夏ははすかしいことに初戦で負けた。先輩たちが悔しそうにしている横で、わたしは「練習してなきゃ意味が無い」と思っていた。練習すればいいのだ。そうして悔いがないように、過ごすしかないのだ。
起き上がってスポーツバッグを肩にかけて歩き出した。仕事したくない、と愚痴をたれている姉の気持ちがなんとなくわかった気がした。
そうやってふて寝や愚痴を言ってしまったからか、結局悔いは残るというもので。わたしたち湘北高校女子バレー部は去年と同じくインターハイ初戦負けだった。
試合を終えて、ふと観覧席の方を見るとよく知った顔がひょっこりと動いていた。
彩子だった。
くるくるのパーマがかけられた髪の毛に、彼女らしいスポーツミックスのコーディネートは「お出かけスタイル」だった。どうしてここに? わたしの口はかっさかさに乾いていて音にならなかったが、彩子はわたしの視線に気がついて手をひらひらとふった。
彩子はめちゃ強男子バスケ部のマネージャーである。弱小チームのうちとそんなに関わることはないはずなのだが、彼女は試合を見に来てくれていたらしい。
「おつかれさま」
帰り道に、体育館の外で待っていた彼女を見つけて駆け寄った。部員たちには先にバスに乗るように言ってある。部長という立場はこういう時に便利だった。
「彩子はどうして……」
「名前の試合だよ? 絶対みなきゃじゃん」
「……そっちとちがって、つまらない試合だったでしょ」
体力も足りないし、技術も未熟。途中から諦めた部員もいた。チームメンバーの顔は死んでいて、はやく試合終了のホイッスルを聞きたいっていう顔でパスを受け取る。わたしはその顔が自分にもうつってやしないか心配だった。
「そりゃあ、正直に言えばあんまりにもだらしない試合だったけど」
「言うわね……」
「でも。名前が頑張ってチームを引っ張ってきてたの見てたから」
泣きそうになったり文句言ったりリョータと体育館の使用時間で喧嘩したりして、一生懸命やってたじゃない。
わたしは、彩子にそんな姿を見せた覚えはなかった。彩子とわたしはクラスが違うし、そもそも部長という意味では男バスの宮城リョータのほうがしゃべっている時間は長いと思う。だから彩子がここに来ることが本当に意外だったのだ。
彩子とわたしは小学生の頃、同じチームに入っていた。中学で彼女は男バスのマネージャーへと仕事を変えてしまい、わたしはひとりあのコートに残っていた。
「わたしはマネージャーで妥協したけど、名前はずっとやってたもんね」
まあね、とわたしは笑いたかった。あんたに1on1で勝てないままバスケを続けてやったわよ、と。でも笑えなかった。初心者にも丁寧に教えて、すごく必死に応援とかしかけて、彼女はマネージャー業をすごく真摯にやっていた。
「だから、お疲れ様ってそれだけはここで言いたかったの」
はじめて学校サボっちゃったなあ、という彼女にわたしは「ありがとね」と言う。なんのお礼なのか自分でも分からなかったし、彩子も分からなかっただろうけれど。「いいってことよ!」彩子は笑って返事をした。
――
ミニバスでバスケはやめようと思っていた。元々マネージャーをやりたかったけれど、その為には自分もバスケについて知ってなきゃダメかもしれないと思ったからミニバスに入ったのだ。
そこで、名前と出会った。私の方が先に始めていたから私の方がうまかったけれだ、名前はどんどんと上達していった。小学六年生のときの最後の1on1は本当にギリギリで「また負けた!!」と泣く名前に私は「勝ててよかった」と言うしかなかった。
私は中学に入って念願叶って男子バスケ部のマネージャーになった。名前は私がバスケ部に入らなことにショックを受けていて「やめた方がいい」とか「才能がもったいない」とか言ってたけれど次第にそれもなくなった。名前は昔みたいに練習に必死にならなくなり、チームの中と外で起きるトラブルに引っ張られるようになっていった。
名前は美人だ。女の私からみてもそう思う。だから、中学に入ってそれはもうモテていた。名前に憧れて入部する者もいたらしい。名前はバスケバカだから知らなかったみたいだけれど、名前がだれだれの彼氏を奪っただとか女と付き合ってるだとかいろんな噂が流れていた。名前がひとりでバスケの練習をする姿を見て、私もやってみようかと思ったけれどマネージャーとしての仕事が忙しくてそんな理想は全くの絵空事だった。
高校に入り、リョータと同じチームになり、私はますますナマエと疎遠になっていた。女子バスケ部の混沌は相変わらずで赤木先輩やリョータたちから「女ってすげぇこえぇ……」と言われることもしばしばだった。
名前が部長になったとリョータから聞いた時、「やっぱりね」と思うと同時にあの子がいつかしんどさに倒れてしまわないか心配だった。
名前はそれでも折り合いをつけてやっていたみたいだけれど、インターハイ直前に主力部員のひとりがやめると言い出したらしくバスケ部をどよめかせた。
私はなにがなんでも名前の試合を見ようと思った。中学で彼女を支えられなかった私が何を今更、という話だけれど。それでも、見ておくべきだと思った。
試合は本当にひどかった。はやく終わんねぇかな、と言わんばかりの仕草に見ている私も腹が立った。名前にパスを出させるのは私ではないことが悲しいと同時に、自分はあの場に立つ人間ではないと実感する。名前の汗ではりついたユニフォームと、自分のペラペラなシャツは私たちの間にある大きな溝をそのまま示していた。
着替えて出てくる名前を待っていたら、部員たちになにか言い残してひとりこっちに来てくれた。なんと言えばいいか分からなかった。
泣くのを我慢して、なんとか捻り出したのは「お疲れ様」だった。いい試合だったよ、という言葉はかけてはいけないと思った。
名前はひとりで、あのコートにたち続けた。周りがなんと言おうと、練習の時間を奪われようと、それでも足掻いていたのだ。
名前は会話の最後にありがとうと言った。それは来たことなのか、それとも別のことなのか、私には分からなかったけれど。でも、昔みたいに言い返していいかなと思った。
「いいってことよ!」
叩いた名前の肩は筋肉のついたそれで、その努力が報われないまま、泣きもしないままわたしを見る名前に私が代わりに涙を流してしまった。