月城衛のエリエナ観 エリファスが≪アストラル世界の意思≫と称されるのは実のところ彼自身の性質というよりは彼が個人的に掲げる抱負であるのかもしれない。というのも、彼は本編中で≪アストラル世界の意思≫という割には民の意に反するほどの過剰な潔癖さを見せ、民を苦しめていたのだ。
アストラル世界の民が創り上げてしまった、ランクアップのみを目指し続ける純粋で孤高の存在。彼はアストラル世界を導く者として生を受けたこと、そして統治者として民の期待を一身に背負っていたことを誇りに思い、期待に応えようと気負い過ぎていたのだろう。それゆえに――民を正しい方向へ導けるようにと完璧さと強さを追い求めていった挙句に――かえって周囲の声を聞くことも、弱音を吐くこともできなくなっていったのではないか。要するに、かつて青き聖地に君臨した暴君の正体は、無邪気な努力家の成れの果てだったのだ。
弱さを、不完全さを、切り捨てずに向かい合っていけ。一人の決闘者が叩きつけた信念が暴君の仮面を砕き、呪縛を解いた。その結果アストラル世界に希望が
齎された。けれども、だからといってエリファスは自分自身の弱さをそう易々と受け入れることができたのだろうか?
他人の弱さを認めて受け入れることはできても、自分自身の弱さを認めて受け入れることは存外難しいものだ。彼は望みを託した相手のために命を捨てることはできても、弱さや不完全さが許されるようになった今もなお、誰にも
縋ることができずに一人であれこれ抱え込んでしまっているのかもしれない。中にはもはや手遅れとなりかねないほどに長い間
燻り続けた≪不発弾≫もあろう。そんな彼の弱さや不完全さをも受け入れ
赦す存在を、彼は必要としているのではないだろうか。それはかつて彼の暴走を憂い、アストラル世界の再建時には彼の隣に寄り添っていたエナに他ならないと私は考えている。願わくば、純潔なる二人の未来に幸多からんことを。