5月6日【5月6日】
山で怪我をしていた老人を助けた。
「うちの奴の伴侶になりなさい!」
「そうだ、それがいい!」
無事に村へ送り届けて、村人達に取り囲まれたと思えば、これだ。身動きが取れない。
村人達は皆一様に貼り付けたような笑顔でこちらを見ている。異様だと思った。思い出しかけた何かが胸につかえて気分が悪い。とにかく、長居はしたくない。
村人に腕を掴まれそうになって、咄嗟に地面を蹴る。上手く人の群れをすり抜けて、村の外を目指して走り出した。
胸につかえている、これはなんだろう。
何か、大切な人がいたはずだ。こんなところに留まっていられない。早く会わなければならない、誰かがいるはずだ。それなのに、顔も名前も思い出せない。
膨らみ続ける違和感の答えを知りたいという衝動に突き動かされていた。
上手く走れないのは案の定だった。
すれ違う村人達の顔は墨で塗りつぶしたようだった。足がもつれかける度に、真っ黒な手が伸びてくる。
「村にいなさい」
「村人になりなさい」
「はやく」
「こっちにこい」
うわんと脳を揺らすような嫌な声が何重にも響いていた。吐きそうになった。
走って走って、山の中にあった真っ白な建物に飛び込んだ。外にも中にも、人の気配はない。
奥の個室に閉じこもって、壁にもたれかかる。ズルズルとずり落ちて、膝を抱えた。
思い出さなければいけない。思い出せないことが苦しくて、情けなくて、涙がこぼれた。
「なんで、思い出せないの」
荒い息は終ぞ整わなかった。