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    鎮魂のソワレ
     天賀谷一生。生前は超高校級の舞台俳優と呼ばれていた。
     まばゆい照明を全身に浴びて、燦然と咲き誇る舞台の花。彼の歌唱、舞踏、芝居から溢れるパトスは人々を魅了し、その心を揺さぶった。出演した演劇やミュージカルの数々は脚光を浴び、喝采を博した。

     彼は才能に誇りを持ち鼻にかけていた。第一印象を一言で表すならば奇天烈。
     羽ばたく鳥のような髪型を思わず見つめてしまった時は「この私のファンかい。君は実に幸運だ。私のヌードブロマイドが残り一枚だったのだよ」と写真を無理やり押し付けられたのだ。冷ややかな視線を向け何度断ろうと「恥ずかしがり屋だな」などと好意的に受け取られるので困ったものだった。
     ただ、どんなものであれ分け隔てなく接し、意気揚々と話しかける彼はどこか憎めなかったのだ。

     そんな彼が仲間の一人である梁雪梅の命を奪った。
     彼女の友人に変装し部屋を訪れ、油断していた彼女の心臓をナイフで一突き。自殺に見せかけるために遺書を捏造、鍵の交換によって密室を作りあげた。一目して非情、周到な計画的犯行に偽装工作の数々。
     しかしそれらは不完全であった。彼女に非があると声高らかに主張していた彼であったが、無意識に芽生えた自責の念に阻まれ、完全犯罪を成し得なかったのかもしれないと今にしてみれば思う。
     誰の目から見ても誇り高い彼には、本当の顔があった。感じやすい故にむやみに人目をうかがい、臆病。そんな仮面の下の素顔を覗こうとした彼女を恐れ、殺意を抱いたのだ。
     彼は最後まで仮面を外すことはなかった。否、外すことができなかった。自分自身すら見失った彼は学級裁判に狂気を振り撒き、誰からも理解されぬまま処刑されてしまった。

     異常なまでに臆病である自分を否定し、心の奥底に隠蔽しようとした彼の心理や如何に。










     静寂に包まれた部屋。

     施された完全防音は外界の音を拒み孤独な世界を築き上げた。腰掛けているベッドの上で脚を組み替えれば、衣擦れとベッドの軋む音が鮮明に聞こえる。
     一人でいることはあまり好きではなかった。普段ならば気晴らしに誰かと会うかさっさと眠りについただろう。
     ところが、今夜は一人ではなかったのだ。ひとつ咳払いをすると成る丈おだやかな口調で壁際の"彼"に語りかけた。

    「怖がらなくてもいいさ」
    「この私が怖がるだと、馬鹿な。君の方こそ私を怖がらないのか?」
     強めの否定の後、訝しげな声色で質問を返された。
    「君はデイヴの肩書をなんだと思っている。それとも死んだ拍子に忘れてしまったか。ミスター天賀谷」
     彼は黙った。今度はこちらから質問する。
    「生前のことをどこまで覚えている?」
     ばつが悪そうに目線を泳がせる様子を見て大体の察しがつく。それを確信に変える為と害意が無いことを示す為に、慎重に言葉を紡いだ。
    「無理に答える必要はない。死んでしまったものを詰り責め立てる気など毛ほどもないから安心するがいいさ」
     微笑してみせた。しばしの沈黙の後、彼は自嘲めいた笑みで吐き捨てた。
    「人殺しが無様に死にゆくグラン・ギニョルはさぞかし愉快であっただろう。特に君はレディの仇を取らんと躍起になっていたからな。責めてこないのは胸が晴れて余裕ができたからだ」
     歩み寄るつもりでかけた言葉を拡大解釈され、捲し立てられてしまった。きっと笑顔が逆効果だったのだ。
    「待て、誤解だ。デイヴが人の──クラスメイトの死で喜べるような人間に見えるのか」
     再び黙って俯いてしまった。
     やはり怖がられている。理解される筈がないとこちらに不信を抱いている。彼の魂はまるで断崖の際で北風にさらされているかのように凍てつき、孤独に打ちひしがれているのだ。
     ならば、まずはこの胸に優しく包みこんでやろう。目的はひとつ、凄惨な死を迎えた彼の傷ついた魂を癒し送り届けること。肉体を失った彼には温かい紅茶を振る舞うことも抱擁することもできない。言葉と言葉、魂同士のぶつかり合いのみ。それが陰陽師と死霊の意思疎通。
     しばらくして彼が口を開いた。
    「私は死ぬ直前までずっとずっと考えていたのだよ」
    「何をだ」
    「私が一体何者なのかをだ。君たちは教えてくれなかった」
     答えには辿りつけたかと尋ねれば、彼は首を横に振った。
    「hmm,ならばデイヴがともに考えよう」
    「自分ですらわからなかったことを他人の君がわかるとは思えないがね。好きにすればいい」
     木で鼻をくくったような態度。あれだけ教えてくれと懇願していたのに今はわかるはずがないと否定してかかるなど、ちぐはぐだ。
     しかしその声色から不思議と先ほどのような敵意は伝わってこなかった。すかさず切り込んでゆく。
    「正直に話そう、デイヴは君のことが少し苦手だった。思考や言動があまりにも不可解だったからだ」
     初対面でヌード写真を押し付けてきたしな、と付け足した。彼は黙っている。
    「しかし、今ならば君を理解できる気がする」
     必ずできると断言すれば反感を買う気がした。ここは一歩を控えるべし。彼はまたしても自嘲した。
    「まるで精神科医と患者のようだね」
    「デイヴは精神科医ではないが、陰陽師として幾多の魂を慰めてきたからな。拠り所にしてみる価値はあると思うぞ」
     否、死んでしまった彼が頼れるものはこの陰陽師しかいないのだ。彼もそれがわかっているからこそ大人しく部屋へ招かれた。藁にもすがる思いなのだろう。学級裁判で自分を追い詰め処刑に至らしめた内の一人に救いを乞う羽目になったその心情は計り知れないものだ。彼の自尊心を傷つけてはならない。まずは同じ目線に。
    「ところで、そんな隅ではなくこっちに座ったらどうだ」
     無理強いはしないが、と言ったが彼は恐るおそる来てくれた。それが果たして信頼からか。臆病だと思われたくないからか。見放されたくないからか。
     横に腰かけた彼をあらためて見た。高校生の男としては小柄である。堂々とした身のこなしで体格差を誤魔化してきたのだ。超高校級の舞台俳優のなせる業だったといえよう。
     しかし、彼は視線から逃れるように身をよじらせた。どんな形であれ見られることは気分がいいと豪語していた生前であれば考えられない振る舞い。目を背けてやる。これでいい。本来の彼はこうなのだ。優しく、ゆっくりと仮面を剥がしてやろう。

    「君は、彼女に臆病者と言われ傷つき殺意を抱いたのだったな」
    「傷ついたわけではない。何も知らない彼女に、私が臆病者なんて無様な人間ではないことを示しただけ。私は完璧でありたかったのだ」
     理解しがたい、矛盾だらけの思考。彼の狂気たる所以。しかし一気に畳みかける訳にはいかない。
    「完璧であるために彼女を殺す必要があったのか?」
    「そうだ」
    「本当にそう思うのか?」
     押し黙ってしまった。しばし沈黙。慎重に切り込んでゆく。
    「自分を完璧だと思うならば、彼女から言われた事など気にせず堂々と胸を張っていればよかったではないか」
    「臆病だなんて汚名を着せられそうになったのだぞ!私はそれが耐えられなかった」
     彼はこわばる。自己矛盾を見てみぬふり。
    「つまり、傷ついたということだ」
    「──そうなのかもしれないな。私らしくなかった」
     らしくないとは便利な言葉だ。自分は本来過ちを犯す人間ではないと、罪を過去のものとして切り離せるのだから。
     それにしても、彼の中の完璧な人間というものは何にも傷つかず恐れないらしい。そんな人間がいてなるものか。舞台俳優の才能を以てしてそれを演じてきた彼が人間味のない不可解な人物であったことにも合点がいく。破綻して当然。さながら自傷行為。仮面は軛となり、死してなお彼を苦しめる。
    「なんだか顔色が悪いようだぞ」
    「No problem.いつものことだ」
     外方を向いていた彼がいつの間にかこちらを見つめていた。
    「今さらだが、デイヴ君はなぜ幽霊を見ることができるのかね?」
     なんと、こちらに関心を示してきた。それは信頼をおこうと努力してくれている証であり、ふたりの絆が深まってゆく兆し。
    「そういう体質なのさ。物心ついた頃から見えた」
     彼は意外そうな声を漏らした。陰陽師として修業を重ねた成果だと思っていたのだろうか。
    「幼い頃からだと、想像するだけで恐ろしい。さぞや苦労したのではないかね」
    「恐ろしくて仕方なかったな。死者が見えるだなんて明かしたところで大抵の人間は信じないのさ。精神病だとか構ってほしいだけだと誤解され、奇異の目にさらされていた」
    「今は、今は違うのだろう?」
    「Sure.自他ともに認める陰陽師になったのだからな」
    「しかし、気の毒に。君がなぜそのような性格になったのか、少し理解できた気がするぞ」
     心底同情するような声色。胸がほんのり温かくなり、自然と笑みがこぼれた。
    「笑える話なのかね」
    「いや、この話を聞いたものの多くは生まれ持った霊能力をすごいだなんだと称賛するだけで、この体質ならではの苦悩を知ってくれようとはしなかったのさ」
     少し間をおいて、彼ははっとした。理解してくれただろうか。
    「君は、弱い立場にあるものを理解し憐れむことができるようだな」
    「そんなこと、私は──」
     ふらふらと立ち上がり、背を向けてしまった。
    「臆病で繊細だから、気づいてやれる。君の最も美しいところだ。その豊かな感受性が才能に結びついた。それでも無様と言えるか」
    「君まで、君まで私を臆病者扱いするのか。こんなにも自信と才能に満ち溢れているのに」
     長い黒髪を強く握りしめ、小さな背中を震わせている。
    「君は自信に溢れているとはいえない、むしろ逆だ。本物の自分を愛せないから偽ろうとするのさ。臆病で何が悪い。デイヴとて臆病だ。しかし、君のようなものが痛みを分かち合ってくれるから強く在れた」
     彼はゆっくりとこちらを振り向いて、表情をゆるめた。微笑んだのだ。

     やがて、声を高らかに上げて大笑い。暗鬱な目がこちらを見据えた。
    「そうか、わかったぞ。君は自分がこうだから相手もこうなのだろうと思い込みで私の気持ちを勝手に決めつけている。そしてその気も無いくせに相手の欠点を肯定し懐柔しようとしているのだ。甘い言葉で散々レディを誑かしてきたのだろうが、この私は騙されんぞ」
     駆け登る悪寒。金縛りのような感覚。胸がざわつく。しかし、彼の情動に飲まれてはいけない。
    「今君がしていることこそ勝手な決めつけじゃないか。適当にあしらうつもりならば君が臆病であることを突き付けたりしない。もっと自分の心と向き合うんだ」
    「うるさい!この私をたしなめるんじゃない!」
     ピシ、となにかが軋む音。似紫の瞳をぎらつかせ、じりじりと後退りしている。
    「なぜそこまで臆病を否定するんだ」
    「美しくないからだ!皆があざけり蔑む端役でしかない」
    「過去に、何かあったのか」
     彼は黙り込んだ。長い沈黙の後、一呼吸置いて口を開いた。
    「いいや、何もなかった」
    「正直に話してくれ。デイヴが話したように」
    「本当だ。私は愛されていたのだ」
    「親は厳しかったか?」
    「普通だ」
     本当に何もなかったならば、彼の価値観をここまで歪ませてしまった原因とは一体。やはり先ほどの言葉が引っかかる。
    「皆があざけり蔑むと言っていたな。詳しく聞かせてくれないか」
     また黙り込む。束ねられた長い髪をもてあそびながら。必死に記憶の断片を集めているのだろう。やがて、たどたどしく言葉を紡ぎだした。
    「たとえば、人から悪口を言われているとしよう。いや──目つきや態度で馬鹿にしてくる人間がいたとしよう。しかしそんなことでいちいち頭を抱えていたらきりがない。相談してもくだらないことでくよくよするなと笑われるだろう。小さな理不尽は人間関係につきもの、取るに足らないものとして割り切るしかないからだ」
    「まあ、たしかにそういうものだが──」
    「しかし、臆病者はそんな些細なことでも大げさに騒ぎ立て嘆くものだからみっともないし嫌われるだろう。それに、どんな物語でもぐずぐず文句を垂れているしみったれは常に端役じゃないか。感受性が豊か、ねえ。物は言いようだよ」
     彼は鼻で笑った。言葉を失ってしまった。

     人には承認欲求がある。ひいては、皆が嫌がるものを自身から遠ざけようとする心の動きが起こる。そうやって周囲の目をうかがってしまう彼の中に、些細なことを重くとらえて拒めば臆病者扱いされ蔑まれてしまうのだと刻み込まれていた。
     本来、彼のように鋭敏なものは他人のちょっとした言葉や仕草からその心を細かく読み解こうとしてしまうものだ。そしてそこに悪意があれば当然傷つく。
     たとえば、学級裁判の後の話。他人の表情を気にして「弱者を見るような目で見るな」と叫び不快感をあらわにした彼にはその傾向があった。しかし、初対面で写真を押し付けてきた彼を露骨に拒んだ際は、意にも介されないどころか照れ屋なのだと言い張ってきたのだ。
     彼は日常生活において、些細なことには傷つくまいと鈍感になろうとしていた。それも不自然なほどに。
     それは、皆から臆病者の烙印を押されることを拒んだゆえの彼なりの自己防衛手段だった。皆が言う臆病者とは正反対な仮面を見繕い、それがさも素顔であるかのように思い込んでしまったのだ。すなわち自己暗示。

     小さな理不尽。か弱いものへ理解を示そうとしない世に蔓延る偏見、悪意。すべては鬱積し彼の心を歪めてしまった。
     どす黒く濁った冷水に溺れているかのような息苦しさ、不安。部屋中を負の感情が覆い尽くしていた。

    「くだらないことでくよくよするな──か。デイヴは好きになれん言葉だ。なんの権利があって人の苦悩の度合を決めつけるのやら!」
     思わず声を荒げてしまった。彼はぎくりと身を震わせ硬直した。しかし、止まれない。
    「馬鹿にされて腹を立てたり悲しくなるのは普通のことだ。なにも悪くない。悪いのは馬鹿にした人間だろう」
    「それは、そうだが、しかし──」
    「愚鈍なものは自分の理解が及ぶ範囲でしか物事を理解できない、想像できない。だから平気で人の痛みを軽んじてあざけるのさ」
    「デイヴ君──」
    「そんな奴らの戯言を気にして自分の心を殺してしまうなど、それこそ臆病者だ。からっぽな人間がすることだ」
    「───」
    「それとも、君は本心から小さな理不尽に悩むものを蔑むのか。そうだとしたら──」
     彼の両目から涙がこぼれ落ちる。そのまま、床に崩れ落ちた。
     あまりの出来事に立ち尽くしてしまった。やがて平静を取り戻し「つい感情的になった。すまない」と一言詫び、うずくまっている彼のそばに屈みこんだ。
     彼の苦悩。蝕まれた心神。仮面の正体。凶行の原因。すべての推理を繋ぎ、説いた。

    「ミスター天賀谷。君は人の心の動きに聡い故に、人間関係における小さな理不尽を人一倍受け止めてしまい摩耗していた。大きな理不尽ならば皆が同情し解決へ導いてくれるだろう。しかし小さな理不尽はそうはいかなかった。取るに足らないものとして扱われて理解されず、苦痛を示そうものなら些細なことを嘆き恐れる臆病者だと馬鹿にされるからだ。
     やがて心の奥底に沈殿した憎しみや悲しみは君の心を蝕みまともな思考を奪った。些細なことで気に病む自分が悪いのだと自信喪失し、ありのままの自分を愛せなくなってしまった。
     そして小さな理不尽や嘲笑から解放されるために、皆から認められるために、何にも恐れず傷つかない人間になろうとした。臆病者を理解しない側の人間になろうとした。そこで"理想の天賀谷一生"の仮面を作り出してしまった。
     皮肉にもそこから舞台俳優の才能は開花した。感受性が強いから、あらゆる登場人物に感情移入し演じることができる。超高校級の舞台俳優の名を手中におさめた君はさらに仮面をかぶった自分に心酔してゆき、自他ともにその仮面を天賀谷一生なのだと信じ込んだ。
     しかしこの学園で出会ったミス梁だけはなぜだか君の本質を見破った。君は無意識に、仮面の下を見られれば元の臆病な天賀谷一生に逆戻りしてしまうと思い込み、彼女を恐れたはずだ。さらには世間から見離された事実を突き付けられ強く衝撃を受けた。さりとて彼女への恐怖心を捨てきれず、板挟みになり精神が強く圧迫された。その反動で過剰な自己防衛本能がはたらき殺意が芽生えた。そしてコロシアイを強要されているという異常な状況が背を押し、実行に移してしまった。
     しかしどれだけ正当化しようと自責の念を振り払おうと、殺人という罪はあまりにも重かった。平常心を失った君は偽装工作にいくつか穴を残し、学級裁判では自らほころびを見せてしまい完全犯罪は失敗に終わった。
     そして───無慈悲に、処刑されてしまった」

    「───反論の余地がない。私は、臆病者だ」










     静寂に包まれた部屋。そこに小さな嗚咽がたえず響いている。あたりを渦巻いていた嫌な気配はすっかり消え去っていた。

     あれから、さめざめと泣き続ける彼に寄り添いつづけ小半時が経過していた。
     実態を持たないものがこぼす涙は床に落ちることなくすうっと消えてしまう。体力と涙は無尽蔵。傷心が癒えねば延々と泣き続けるのだ。まるでそぞろ雨。幾度となく見てきた光景。
    「好きなだけ泣くといい。今まで我慢してきた分も」
    「すまない、本当に、すまない──」
     声をかければ弱々しい声で謝罪を絞りだす。いじらしい。
    「すまない、雪梅君。あの時虎音君の言った通りだった。彼女は、私を理解し受け入れようとしてくれたのに」
    「彼女は、無事成仏してくれたようだぞ。2人の友人の手によって」
    「本当か!それは、よかった」
     彼はうるんだ目を見開いて安堵の胸をなでおろした。
    「君もこんな場所でなく向こうへ行って直接謝るべきだな。おそらく彼女は自分を殺めた真犯人を知らない」
    「そのはずだ。あの時、私は彼女の顔を見ることができなかった。犯人だと知られるのが怖かったのだ」
     唇を噛みしめ悲痛な表情。両頬を涙が伝う。

     彼の仮面は見事打ち砕かれた。憑き物が落ちたように正気に戻ったのだ。その後は堰を切ったようにあらゆることを懺悔した。魂の垢がみるみる落ちて、浄化されてゆく。
     しかし、同時に心の奥底に抑え込んでいた罪悪感を直視することとなった。
    「あんなに怯えていた雪梅君をむごたらしく殺してしまった。私はひとでなしだ。皆から蔑まれて処刑されて当然だったのだ」
     彼の命と尊厳を奪った惨虐な処刑が脳裏をかすめる。なんとも胸糞悪い。
    「それ以上自分を責める必要はない。代償として十分すぎる罰を受けただろう」
    「私がどうなろうと、もう雪梅君はかえらない。死ねば償えるだなんて独りよがりもいいところだ」
     俯いてしまった。たしかにその通りだ。しかし、あまり自虐的になってほしくない。
    「聞いてくれ。陰陽道において死後の世界は2つに分かれる。常世と黄泉国だ」
    「どんな違いが?」
     ゆっくりと顔を上げてせつない声で尋ねてきた。
    「彼女はきっと常世にいるはずさ。悔いを残さず成仏したからだ。しかし君のように悲しみを背負ったままだと黄泉国へゆく」
     つまり直接謝ることは叶わない。彼はまごついた。
    「もうそれでいいではないか。自分を殺した犯人の顔など見たくもないはずだ。謝ってすっきりしたいのはこちらの都合なのだから」
    「はたしてそうかな。彼女はなぜ相手が傷つき凶行に走ってしまったか理由を知りたがるのではないだろうか。ミス光明院に対しそうであったように」
    「それは、たしかにそうだが」
    「それとも会うのが怖いか?」
    「そんなこと──いや、怖い、とても。きちんと謝れるか不安だ。もとより許してもらおうとは思っていないが」
    「素直なのはいいことだ」
    「なんだか、子供扱いされているような」
     恥じらい首筋に手をやる仕草が年相応でほほえましい。
    「君は他人の痛みにも敏感なはずさ。彼女がどんな言葉をかけてほしいか、まったく察せないわけでもないだろう」
    「──たぶん、少しなら」
    「それで、君はどうしたいんだ」
    「私にも悔いを残すなと、常世へ行って彼女に謝るべきだと言いたいのか」
    「まあ、最後は君自身が決めることさ」
    「デイヴ君」
    「どうかしたか」
    「君に会えてよかった」
     目をごしごしと拭って、深呼吸。落ち着いたようだ。

     今度はこちらにこうべを垂れた。
    「真剣に向き合おうとしてくれた君に、何度もひどいことを言ってしまったな」
    「気にしていないさ。もとより本心で言っていたわけではないだろう」
     微笑んでみせると、彼はほっと一息。
    「私は苦しくてしかたなかったが、君だけが余裕綽々で心を読んでくるものだからつい猜疑心を持ってしまったのだ。愚者をたしなめて優越感を得ているんじゃないかと」
     痛いところを突かれた気がする。心に問い詰めてみた。臆病でか弱い、おまけに死んでいる。そんなものを相手にしていて自分がほんの少しでも自尊心を満たしていないかと言われれば朧げだ。臆病者がここにもひとり。深くため息をついた。
    「気を悪くしたならすまない」
    「いいや、自分に呆れたのさ」
     彼は首をかしげた。
    「だが、デイヴ君が私に怒りをぶつけてきた時、君がとても真剣なのだと知った。そして私を苦しませてきたものを全力で否定してくれた。あの時はうれしくて涙が出たのかな」
     互いに顔がほころぶ。初めて見た、彼の心からの笑顔。春陽、蕾を開けゆく桜のよう。
    「言っただろう、デイヴとて臆病だ。同じように小さな理不尽に悩まされてきた仲間なのだから」
    「それを感じて、あれ以上私の理屈を通せば君まで傷つけてしまうと思ったのだ。君が受けてきた苦痛をも軽んずることになってしまうと」
    「──やはり君は、生来優しい男だ。だから自信をもてばいい」
     彼は少し戸惑って控えめにうなずいた。今はまだ難しくても、ゆっくりでいい。
    「デイヴは臆病であることを誇りに思っている。そのおかげで人の心を尊重できる。陰陽師として、君のように悲しみ彷徨うもの達に寄り添うことができるのだからな」
    「君は──どうか死なないでくれ。私のように過ちを犯したもの、その犠牲となったものを救えるのは君しかいないだろう?」
     身を乗り出し懇願してきた彼の目には、希望の光。
    「hmm,約束はできないが、努力しよう」
    「それに私のことを知ってくれたのは君だけだ。せめて君の中で生きてゆきたいのだ。だから死んでしまってはだめだ。そして、どうか私という人間がいたことを忘れないでほしい」
    「おやおや。男にこのような口説き方をされたのは初めてだ。まるでレディのようなことを。やはりミス天賀谷か」
    「まじめに言っているんだぞ。茶化すんじゃない」
    「頼まれなくても、君のような強烈なものは忘れろと言われようが忘れられるものではない」
     そう言って苦笑すると彼は目を輝かせた。そして何かを思いついたように手をぽんと叩いた。
    「そうだ──青い薔薇を」
    「薔薇?」
    「青い薔薇の花を見るたびに、私のことを思い出してくれ」
     突拍子もないことを!
    「この学園にそんなものは咲いていないだろう」
    「学園から脱出した後の話をしているんだ。頻繁に見かけるものではないからいいだろう?」
     この何気ない言葉によって、青い薔薇を見かけるたびに彼を思い出すこととなるだろう。これから先ずっと。
    「──人はこれを"呪"と呼ぶのだ」
    「え?」
    「なんでもないさ」










     穢れし世に、溢れる涙で育った猛毒の花が一輪。切り付けられてはその毒を撒き散らし、涙の主ごと踏みつぶされた。
     その亡骸を清浄な土に埋め、慈愛の雨が降り注げば、そこには小さく可憐な花が咲いた。

     かくして、天賀谷一生の魂は安らかな眠りについた。
     彼の行先が常世か黄泉国か、果たして彼女に赦されたのか。人の世に生きる陰陽師には知る由も無し。

     ───願わくば、朗らかであれ。


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    2022/09/06 19:46:56

    鎮魂のソワレ

    #小説 #drta

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