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    しおり
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    昼の子は死んだよ「私は吸血鬼・人間不信!もう誰も信じられない!!みんなみんな仲違いさせてやる!」


     その夜、シンヨコにしては真っ当な見かけの吸血鬼が暴れ回った。
     彼の体をゆらゆらと覆う黒いモヤに触れると、例え普段仲の良いはずの退治人同士であっても


    「ショットの最近の性癖開き直り具合はちょっとどうかと思う」
    「俺が目立たないのはお前らのせいだ」
    「サテツのおやつを盗み食いしたのは俺です」

    「はっ?」
    「お前、そんな風に思ってたのか」
    「ひどい!!!」

     といった調子で、シンヨコの夜の街は言い争う人々が溢れかえった。


    「これは……なんとも嫌な光景だね。ああジョン。あまり見ない方がいい」
    「大丈夫だよ〜ジョン。俺が一発でやっつけて来るから」
     応援要請を受けて駆けつけたロナルドと、面白がってそれにくっついて来たドラルクは、その腕の中でヌェッという顔をしたジョンに優しく声をかけた。

    「ファー! まさかとは思うが若造。殴って止めようとしてないだろうな?あのモヤに触れたら君もある事ない事喋ってイメージダウン……あっいやいや、よし動画で撮っておいてあげるから安心して殴りに」
    「ぶっ殺す!」
    「ブェー!」

     いつものお決まりの流れでドラルクを砂にすると、ロナルドは少し考えて、最近使用頻度が下がり気味になりつつある銃を手に取った。
     人の多い街中で、麻酔弾とは言え銃を使用するのは躊躇われるが、幸い相手はゆっくりと歩いて移動している。
    「それにしても、随分と若い同胞だな。能力も発現したばかりみたいで、不安定な感じだし」
     ナァァスとロナルドの一歩後ろで元に戻ったドラルクが発した言葉に釣られる様に、ロナルドも改めて件の吸血鬼を観察する。
     確かに、人間で言えば10代後半か、少なくともロナルドより若そうに見えた。その胸に銃口を向ける。

    「おら、クソ砂はもう少し下がってろ。危ないだろ。ジョンが」
    「おや、せっかく面白そうなのに、モヤに触れなくて良いのか? ゴリルド君」
    「誰が――」

     ロナルドとドラルクの応酬が聞こえたのか、パッと振り向いた吸血鬼と目が合う。虚だったその目が一瞬見開かれたかと思うと、先ほどまでユラユラと揺れているだけだった黒いモヤが、大きくうねると大蛇の様に素早くまとまり――ドラルクに向かって一直線に飛びかかった。

    「……ッ!」
     咄嗟にその間に割り込んだロナルドの体に当たってモヤの蛇は勢いよく、しかし音もなく弾けた。ダン! 代わりに銃声が一発街中に響く。

     麻酔弾は、当初の狙いを外したものの吸血鬼の脇腹に命中し、若い吸血鬼はがくりと、膝から崩れ落ちた。

    「っぶねーな! おい、ぼーっと突っ立ってんな! なんともないか?」
    「……ああ。いや、流石野生のゴリラは瞬発力が違うな。君の起こした爆風で死ぬかと思ったよ」
    「ん?お前モヤに触れたのか?」
    「君こそモヤに触れたのに随分いつも通りじゃないか面白くない」
    「あぁん?」

     結局いつもと変わらないやりとりをしながら、ロナルドは銃をしまうと、すっかりモヤも消え、ぐったりとしている吸血鬼を縛り上げた。
    「ったく。何が楽しくて周りの奴らに喧嘩させてんだか」
    「――なんで」
    「あ?」
     麻酔の効きが悪いのか、後ろ手に縛られ、地面に転がされた若い吸血鬼が、弱々しく呟きながら、じとりとロナルドを見据えた。
    「おまえ、なんであいつを、庇った……吸血鬼を……人間のくせに……なんで」
     その澱んだ赤黒い目に、ロナルドは思わず一瞬たじろぐ。
    「何でって……」
    (そう言われると、死んでとすぐ生き返るのに庇う必要別になかったな……いやでもジョンに何かあったら……)
     言い淀むロナルドの後ろからひょこりとドラルクが顔を出す。
    「それは私が世界で2番目に可愛いくて優秀で、アホな退治人ロナルドの頭脳ブレーンであり相棒だからださ。相棒を守るのは当然の事だろう?私に何かあったら絶賛仕込み中の唐揚げが食べられなくなるからね。年中腹ペコルド君」
    「殺す」
    「ヴァー!」
     裏拳で秒殺されるもドラルクは即座に元に戻ると
    「はーヤダヤダ考えるより先に手が出る暴力ゴリラめ。今日の夜食はロナルド君のだけセロリの唐揚げに変更だな」
    「ハ?」
     ぎりぎりとニヤニヤで睨み合う2人を、若い吸血鬼はどこかぼんやりと眺めた。

    「……んなんだよ……なんで、お前ら……人間と、吸血鬼なのに、そんな……なんで……なんで、なんで!」

     しばらくブツブツとごちるも、次第に大声で喚き出した。

    「オレは、信じてたのに。あいつ……種の違いなんてそんなの関係ないって! なんで! 信じてたのに‼︎ 何でだ! 裏切り者! お前もだ! 人間の癖に! 人間なんて、人間なんて」

    「えっ何だ急に。あ、おいこら暴れるな――」
    「ロナルド君っ! 触っちゃダメ!」

    「許さない!お前らぁ……お前らも、壊れてしまえ!!!」

     そう吸血鬼が叫ぶと、闇のように黒い光と共にそれは大きく膨れ上がり、強く、弾けた。

    「なっ」
    「ンァー!」
    「ヌー!」

     ロナルドは風圧に転がるジョンをはしりと掴むと、飛び散るドラルクの砂に出来る限り手を伸ばし、体全体を使って覆った。あまりに飛び散れば、流石に。

     シン、と静けさが戻る。
    「ゴホッ。大丈夫か? ドラルク。ジョン」
    「ヌァー! ヌヌヌヌヌヌ!」
     ジョンが、ロナルドの体の下に残された砂を手に涙を流している。
     振り向けば、あの吸血鬼がいた所には、煤で汚れた様な黒い跡と、縄だけが残っていた。

    「……何だったんだ?」
    「恐らく、発現したばかりの能力を使いこなせなくて、暴発したのだろう。はーやれやれ酷い目にあった」

     いつもよりだいぶゆっくりと再生したドラルクは、ただでさえ青白い顔を更にげんなりとさせ「もう大丈夫だよジョン」と最愛の可愛い丸を抱き上げた。

    「……死んだのか?」
    「そうだね。私もこういう死に方をした同胞は初めて見たが……」


     その後、吸血鬼の回収に来たVRCに事情を説明し、辺りの被害を確認したりなんだりで結局帰宅したのは随分と遅くなってしまった。

    「はぁーこんな後味の悪い仕事も久々だな……」
    「そうだね……」

    (まずは風呂に入って、あ、そう言えば今日、唐揚げ……そしたらドラ公を先に風呂に……あれ?そういやなんか静かだな。疲れてるのか……? いやこいつ何もしてないのに? あ……見ず知らずとは言え、同胞の死はやはり気分が悪いもんなのかな)

     事務所の鍵をガチャリと開けた所で、いつになく静かな相棒をちらと振り返った。
    「ドラ公?疲れてるなら今日は――」
    「ロナルド……くん……なにか、わたし」

     軽い衝撃がロナルドの背中に当たり、それはそのままずる、ごとんと床に崩れた。
    「えっ?」
     床に倒れたドラルクと、その側にコロコロと転がるジョンに、ロナルドはもう一度「えっ?」と驚くと、ハッと我に帰って顔を引き攣らせた。

    「な、なんだよ驚かせやがって。はー? 何のドッキリだよ! もー! ジョンも名演技! ったく。ほら、もう十分驚いたから、んなとこに転がって、いくらなんでも体張りすぎ……」

     深夜の事務所に、ロナルドの声だけが響く。
    「ビ」とメビヤツが心配そうな声をそっとあげた。

     違和感。
     違和感。
     違和感。

    「ドラルク? なあ、おい」

     ――冷たい床に倒れたドラルクが、これだけ体を打ち付けて、砂にならないなんて、あるか? ――


    「ドラルク」

     抱き上げた体はあまりにも軽かった。



     居住区のソファにドラルクを寝かせ、その傍らに丸まったままピクリとも動かないジョンを寝かせた。
     両手が塞がっていたため明かりもつける事も出来なかったが、しかし部屋は月明かりでそこそこに明るかった。
     月明かりに照らされて眠るドラルクの息を確認し、心音を聞く。微かに、動いている。と思う。
    (わかんねぇ吸血鬼の心音ってこんなもんなのか?)
     ドラルクは眠っているだけの様にも見えるし、何だかいつもより、顔色が悪い様にも、見えた。

     わからない。わからないけれど、それなりに退治人として修羅場をくぐり抜けて来たロナルドの、それはただの勘だが、なんだか、とても嫌な、良くないことが起きていると直感的に感じた。

     スマホをタップする手も震える。
    『ドラルクの様子がおかしい。すぐに来てくれないか』とRINEに打ち込めば
     秒で『OK』と可愛らしいスタンプが返ってくる。
    (きっと、大丈夫)

     そっと撫でたドラルクの額は、少しひんやりしてすべすべしていた。

    「大丈夫、だよな?」


     どれくらい経ったか。数分か、1時間か。
     閉めてあった筈の窓からスッと風が流れ込み、振り返れば長身の、最近ではすっかり見慣れた無表情の吸血鬼が、ロナルド越しに、孫のドラルクへと手を伸ばした。
    「……ドラルク」
    「じいさん」

     ロナルドは、ピクリとも動かないドラルクの手を握ったまま、心当たりを話した。主に、今日退治し、死んだ吸血鬼の話だ。
    「爆発に巻き込まれた時、あの黒いモヤとドラルクの砂が何か、混ざったり、反応したりしたのかもしれない。今思えば、あの時から何か顔色も悪かった様な気が、するし」

    「ドラルクは、これでも竜の一族。その辺りにいる様な、それも年若い吸血鬼の術の影響を受けたりは、しない」
    「じゃ、じゃあなんなんだ? これ……こいつ、目ぇ覚ますんだよな?」

     一族の長は、やはり表情を変えず答えた。
    「いや。ドラルクは、このままだと死ぬだろう。もちろん、完全なる、と言う意味で」

     ヒュッと、ロナルドは息を呑む。

    「その、死んだ吸血鬼は本来大した力があったわけではない。通常なら、ドラルクには何の影響も与えられない。でも、いくら大した吸血鬼でないにしても、いち吸血鬼が命をかけてるとなるとその術は強大だ。そして術を受けたのは、主にポール君。君だ」

    「は?」
     ロナルドの視界がぐにゃりと歪んだ心地がした。頭が、ガンガンとする。

    「は? なん、で……? え。俺? ……あ……あ! 待て。このままだと、って事は、何か、何か助ける方法はあるんだよな?」
    「あるよ」

     震える体を抑えて詰め寄れば、その最強の吸血鬼はサラリと答えた。

    「は、ははっ。なんだよ脅かしやがって」
     思わず浮かせた腰をトスンと下ろす。

    「でもそうすると、ポール君が死んじゃうんだけど、良い?」


     ※※※


     そう言う、術というか、呪いみたいなものなんだよ。
     淡々と説明されるのを、どこかぼんやりとロナルドは聞いた。
     目的は、あくまで仲違いさせる事。その具体的な内容は術をかけられた2人の関係性によって変わる。
     普通ならば、相手の嫌がることを言ったりやったりする程度だったはずだった。
     しかし常日頃から軽口を叩き合い、殺して殺されるロナルドとドラルクにはその程度では意味がない。
     加えて、何かしらその吸血鬼の逆鱗に触れ、文字通り命がけで術をかけられた。
    「ドラルクとポール君を仲違いさせようとすると、こうなるみたい」

    「なん、だよ……それ……。それって、それってつまり、俺が自分の命惜しさにドラルクを見捨てるか、ドラルクの為に死ねるか、ってそういう事か」
    「そう。どうする?ポール君。ドラルクは、このままだと多分夜明けまでもたない」


     月明かりに、ロナルドの銀糸で縁取られた青い瞳が何度か煌めき、ドラルクを見つめた。


    「……電話……兄貴と、妹に、電話させてくれ……」
    「うん」


     そう言うと、ドラルクの頭をひとなでして、ロナルドは隣の事務所へ姿を消した。



     十数分後、居住スペースに戻って来たロナルドは抱えて来た大きなクッキーの缶をテーブルの上に置いた。
    「事務所関連の書類とか、そういの。あと、遺書」

     そして、再びソファの隣にどかりと座ると最強の吸血鬼を力強く見据えた。
    吸血鬼退治人こんな仕事してる以上、死ぬ覚悟は常にしてる。そりゃ……こんな形では、流石に想定してなかったけど」
    「いいの?」
    「ああ。頼む。あ、ただ、ひとつ頼みがあるんだけど……その……俺の事はどこか、ちょっと遠い場所に吸血鬼退治に行って、そこで強い吸血鬼と戦って死んだって事にしてくれないか?ほら、その方が、『ロナルド様』の最期っぽくてかっこいいだろ?」
    「それは、ドラルクにも?」
    「……ああ。吸血鬼の催眠で眠ったままのドラルクを置いて、ひとりで退治に行って、そこで死んだと」
    「わかった」

    「そうだ。それからロナ戦の、次の締切来週なんだけど、まあ途中までは書いてあるから、続き……最後は、ドラルクに書くように言ってくれないか。あいつが前に書いたの、フクマさんも褒めてたし。そのくらいは、やってもらわねーとな」
    「伝えよう」

    「それから……それから……あ、唐揚げ……ドラ公の作った唐揚げ……さいごに、食いたかった」
    「うん」
    「あれ食べたらさ、買った唐揚げがあんまり美味しく感じなくなって。唐揚げだけじゃなくて、他の料理もだけど」
    「うん」

     眠ったままのドラルクの頭をロナルドの大きな手が撫でる。

    「こいつが来てから、ムカつく事も多かったし、厄介な事に巻き込まれる事も増えたけど……仕事終わって、帰って来た時に、部屋が明るくて、いい匂いがして、お前とジョンが、おかえりって言ってくれるの、すごく嬉しいかった」
    「うん」

    「ドラ公が来てから、毎日飽きなくて、楽しくて……ドラ公……ドラルク……今までたくさん殴ってごめん……ありがとう」

     そう言って、ロナルドは眠ったままのドラルクの手を両手でぎゅうと握りしめた。
    (いつもだったら。痛いわ!ゴリルド!絞め殺す気か!って怒ったり、砂になったり、それから俺を笑ったり、何か企んでニヤニヤしたり……ああ、ほんとお前って表情がコロコロ変わって)
    「そうか。もう、お前の怒った顔も笑った顔も、見れないんだな……」
    (さいご……これでもう……さいご……)
    「ドラ公、ドラルク……」
     ロナルドはそっとドラルクに顔を近づけ、一瞬迷ってから、その唇に自らの唇をそっと重ねた。
    (こんな事になって、漸く気がつくなんてな。お前が知ったら、さぞかし笑いのネタにするんだろうな)
    「ドラ公、俺……おまえのこと――」






     静かに眠る吸血鬼と、その手を握りしめたまま力なく倒れ込んだ吸血鬼退治人を、月明かりが照らした。
     
    その頭を大きな手が撫でる。黒髪も、銀髪も、キラキラして、どちらもとても美しいと吸血鬼は思った。

    「おやすみ。昼の子よ」







     それから暫くして、パタパタと足音が事務所に近づいてくる。
     静寂をぶち破るが如く、バーン! と勢いよくドアが開かれた。
    御真祖様おとうさま! ドラルクは⁈」
    「グッドタイミング。ドラウス。城まで運ぶの手伝って」

     ――ドラルク――ドラ公――



     名前を呼ばれた気がして、ドラルクは目を覚ました。
    「ん……? あ、いてててスナァ」
     寝起きにほんの少し体を動かそうとしただけで全身にミシッと痛みが走り、思わず砂になる。
     ナァァスと元に戻れば先ほどより痛みは緩和しているが、いつも以上に体がだるく、また砂になり、砂になり、砂になり。そうしてまるでバグったクソゲーの様に何度も死と再生を繰り返した。

    「うーむ。漸く動けそうだ。何なんだこれは一体……」
     まだ少しぼんやりする頭を抱えながら棺桶の蓋を開けたドラルクは見慣れた、しかし久しぶりの景色に唖然とした。
    「あれ……? 私なんで実家に……?」



    「ヌー!!!! ヌヌヌヌヌヌー!!!」
    「ドラルク〜!」
    「ドラルク! 起きたのか!」

     愛しい使い魔のジョンが、泣きながらドラルクの胸元に転がり込んで来た。ギリギリ、ドラルクが死ないくらいに直前でスピードを調節できるあたり、流石ジョンである。

    「えーん! 良かった! ドラルク〜大丈夫かい? どこか痛かったり気持ち悪かったりしないかい? そうだ! 流石にお腹は空いているだろう。すぐに血液ボトルを持ってくるからね」
    「目覚めて良かったドラルク。あと1日でも遅かったら流石にまずかったからな。ああ、落ち着かないかドラウス。寝起きですぐではドラルクのお腹がびっくりしてしまう。人肌ミルク割りが良いだろう」
    「確かに! 流石ミラさん! よしすぐ用意しよう」

     いつもにも増して慌ただしい両親のやりとりにポカンとしている間に、ドラルクのシャボはジョンの涙でべしょべしょになっていて、ドラルクはただただポカンとするばかりだった。

    「グッモーニン。ドラルク。気分はどうだい?」
     てんやわんやの中、いつもどおりの落ち着いた声に振り向く。
    「お祖父様。一体何事ですかこれは」
     ここでドラルクは、ああまた何かお祖父様の思いつきに巻き込まれたのだろうと思い、説明を求めた。
    「それに、どうして私はルーマニアの城に……あれ?」

     ここに至る前のことを思い出そうとして、ドラルクの脳内に、あの眩しくて賑やかな退治人の顔がチラついた。
    『おい! てめぇドラ公、いつまで――』
    『危ねぇな! 下がってろ邪魔だ!』
    『今日の夕飯? 唐揚げ! この間の塩味のも美味かっ――』

    (あれ?)
    「唐揚げ」
     ふとドラルクは混乱した。
     記憶を整理してみてもどうにも自信がない。何しろ1週間に2回は唐揚げを作っていたから。だがどうしても、あのとっておきの新作の、下味にセロリのすりおろしを使った唐揚げを、仕込んだのは覚えている。記憶はある。だがそれを彼が食べる所を、見ていない。見た記憶がない。
     ――楽しみにしていたのに。彼が美味しい美味しいと、食べる顔を

    「唐揚げは?」


    「お待たせ! ドラルク! さあお父様特製のチェリーボーイだよ!」
     ドラルクの混乱は父ドラウスの差し出したマグカップで一時中断した。そう言えば、確かにひどく空腹だった。
    「1ヶ月ぶりの食事だ。ゆっくり飲みなさい」

     ゴホッ

     母親ミラの言葉に、ドラルクは思わず咽せた。その背中を心配そうにドラウスがさする。
    「ンンッ、1ヶ月? どういう、事ですか?」
     そう尋ねて、気まずそうに目を背けたドラウスにざわりと、言いようの無い不安がドラルクの胸に広がる。
    「その、色々あってドラルクは1ヶ月眠ったままだったんだ。それでうちまで連れてきたのだよ」
     ミラもどこか言いにくそうに説明になっていない説明をする。
    「色々って……ジョン。ジョンは何か知ってる?」
    「ヌ、ヌンヌヌヌヌヌヌヌ、ヌヌヌヌヌイ」
     可哀想な位に涙に濡れたジョンの顔を覗き込む。
    「ジョンも、ドラルクと一緒に眠り続けていて、ドラルクより一日早く目覚めたんだ」
     ――本当に良かった。と言いながらミラがジョンの頭をこしょこしょと撫でた。

    「じゃあ、せっかく仕込んだあの唐揚げ、ロナルド君に食べさせる前に眠ってしまったって事ですか?私とした事がなんたる失態! あっ冷蔵庫のもやしがそろそろ危なかったのに……お父様、私のスマホはどこですか?」
     ――ロナルド君に連絡しないと。

     ふと、ぺたり、と大きな手がドラルクの頬に触れた。ドラルクは振り向いてその手の先、御真祖様の変わらない顔を見上げるが、「うーん。うむうむ」と何やらひとりごちている。
    「お祖父様?」

    「あの昼の子なら死んだよ」

     変わらぬ表情のまま、告げれた言葉に「え?」と気の抜けた声が溢れた。
    御真祖様おとうさま!そんな言い方は」
     慌てるドラウスの声が、どこか遠くドラルクの耳に響いた。

    「どういう、ことですか?」
    「会いに行くかい?彼の遺体なら、来客用の地下室で眠っている」


     ガチャリ
     今までは付いていなかった複数の鍵を開けながら城内を進む。来客用の中でも、一等良い部屋にその棺はあった。

     御真祖様の言葉以降、誰も詳細を語らず、何かの間違いではとドラルクは思っていた。そう思いたかった。また御真祖様の悪戯か何かだと。
     しかし静かに棺の蓋が開けられ、そこに良く良く見慣れた赤を見て、息が止まる。

     ロナルドはまるでただ眠っている様だった。
     いつもの赤い退治人服を身に纏い、帽子は頭に少し被せる形で置いてある。胸の上で組まれた手。体の周りは白で統一された様々な花で埋められていてそれがまた彼の美しさを引き立てており、暗い部屋の中で光を放っている様にも見えた。
     時代が時代ならば、宮廷画家が喜んで筆を取っただろう。改めてドラルクは、彼を美しいと思った。

     しかし、ドラルクが一番美しくて大好きな、大好きなあの青の瞳は固く閉じられたままだった。

     それに、彼が最も輝くのは天職であろう退治人として活躍している時だし、ドラルクの作った食事を美味しい美味しいと食べる時だった。

     目の前で眠るロナルドは確かに美しいが、違うのだ。彼は。彼は、もっと。


     そっと棺に手をつき、ドラルクはロナルドの頬に触れた。いつもの、まるで子供の様に高い体温はそこにはなかった。

    「何が、あったのですか」
     気づけば、シンと静まり返っていた部屋に、ドラルクの掠れた声が響く。

    「ポール君は、ドラルクを生かす事を選んだんだよ」




     御真祖様の説明を聞き、ドラルクは漸くその日の事を思い出した。いつもと変わらない夜。爆発。若き同胞の死。事務所に着く頃に気分が悪くなった事。最後に見たロナルド君の背中。声。

     ドラルクは、自分でも驚くほどひどく憤慨していた。いつになく体温も上がっている。

    「それで? 私か、自分の命かの選択を迫られて?私をとったと?」
    「即断だったそうだよ」
     ドラルクの反応におろおろしながらドラウスが捕捉する。

    「それはそうでしょう! 彼は元来そういう人間なんです。別に、対象が私でなくとも、例えばヒナイチ君や半田君にだって同じ事をしたでしょうね。本当に! アホだアホだとは思っていたけれど、本当に! ここまで愚かだったとは。バカルド! お人好しのアホゴリラ! 5歳児! バーカ! ばーか!!」

     眠るロナルドを綺麗だと思ってしまった事すら腹立たしく、ドラルクは棺の中のロナルドを叩いてその反作用で死んだ。そして再生してまた叩いて死んだ。それでもまた叩いた。

     石造りの冷たい床に白い花びらが散らばる。

    「本当に! 君はなんて愚かなんだ! そんなだからモテないんだよ! 童貞! 単細胞ゴリラ! バカ造! アホルド! よくも……よくも! 勝手な事を!」

    「ヌァ……ヌァァ」
     見れば、ぐしゃぐしゃに歪む視界の中、ドラルクの肩にしがみつきながら、ジョンがポロポロと涙を流していた。
    (ジョンまで! 泣かせて……!)

    「こんなバカな事をして……! っく、感謝でもされると思ったか。青二才め。残念だったな。私は君を一生許さないぞ。絶対にっ……」
     ぼたぼたと、溢れる涙でロナルドの胸元にシミが広がるのと同じくらい、悔しさがドラルクの胸にも広がる。
    「どう、して……どうして止めて下さらなかったのですかお祖父様! こんなことっ、私は望んでいなかったのに……どうして……っあ、」
     ガクンと体が倒れる。ドラルクの足元が砂になって崩れた。

    「ドラルク!」
     ドラルクの少し後ろで寄り添う様に立っていたドラウスとミラが悲鳴の様に名前を叫び、御真祖様は変わらず淡々と答える。
    「ポール君が、昼の子がそう望んだからだよ」

     慌てて崩れた足を再生しようと力を入れるがぐずぐずと崩れるばかりで、ドラルクは咄嗟にロナルドの体に覆いかぶさる様にしてその身を保った。そして自分の身に起きている事を薄っすらと理解した。

    「ハハッ」
     思わず、笑いがこぼれる。

    「本当に……バカだなぁロナルド君。ハァ、君はどうやら完全に犬死だ」

    (靴下を取られるだけで弱る吸血鬼わたしが、相棒きみを失って受けるダメージがどれほどのものか、少しは考えるべきだったな。君は……君はいつだって自分の事を過小評価しすぎだ)

    「……お父様、お母様、お祖父様……申し訳ありません。――ジョン。ごめんね、おいで」
    「ヌー……」
     ロナルドの胸の上に降り立ったジョンを一緒に抱え込む様に、ドラルクはロナルドの首にずるりとしがみついた。

    「全く……吸血鬼胎児人が、吸血鬼を庇って死ぬなんてとんだ笑い種じゃないか……元より短い命をこんな無駄に消費して……まだまだ、輝けたのに……なんて愚かで哀れなロナルド君……そんなだから、そんな、そういう、君が大好きだよ」

     
     ――私の愛しい昼の子――

     そう、ロナルドに囁きかけて、ドラルクは目を閉じた。膝から下は、もう完全に砂になって床に落ちていた。せめて最期までこうしていたいと、ロナルドとジョンを抱きしめる腕に精一杯力を込める。


     ――――――、―――


    (?)


     ――トク……


     パッと目を開いたドラルクは、特徴的なその長い耳をロナルドの胸にぎゅうと押し付けた。

     ……トクン…………トクン……


    「えっ?」
     驚くドラルクの視界に、ぬっ、と大きな手が現れると、ロナルドの首筋にその指を添えた。

    「お、お祖父様……」

     いつの間にか棺のすぐ近くに立っていた御真祖様が、ぢっとロナルドの顔を見つめ、静かに指先に集中する事、数秒。
    「うん」と言って、もう片方の手で、力強く親指を立てた。

    「ンアァアアア!!!!! こんんのクッソポォォォーール!!! ングアアアァ!!」
    「やった! やったな! ドラルク」
     ドラウスは奇声を発し、ミラはドラルクに駆け寄るとその肩を抱いた。

    「えっ? えっ?」
    「もう、大丈夫」
    「エーン! ドラルク! よがっだ〜〜ンギィィポールめぇ〜エ゛ーン」

     混乱するドラルクの頭を御真祖様が撫で、ドラウスが抱きついてきて、その衝撃でドラルクは死んだ。ナァァスともとに戻りながら視線でジョンに助けを求めるが、ジョンもひたすら「ヌァ?」とポカンとしていた。


    「……、……ら、こ?」

     ひどく掠れた、小さな声がドラルクの名を呼んだ。
     はっと覗き込めば、煌めく銀糸の隙間から、あの美しい青い瞳がドラルクを見つめていた。
    「ロナルドくん……? ロナルド君!」

    「……っ、ぐ。……う、」
     ロナルドは苦しそうに顔を歪めながら、ギギギ、と音が聞こえてきそうな動きで組んでいた手を解くと、震える指でドラルクの濡れた頬に触れた。
    「ドラ、こ……っ、ゲホッゴホッ……ハァ、な……なん……ない。て?」
    「……は、はぁー?! 泣いてなど……いないが?! 全く! 無責任で短慮なお人好しゴリラのアホルド! 君は本当に……本当に……!」
     ポロポロと大粒の涙を流しながら、ドラルクはロナルドの手を握りしめた。




    「説明して頂けますか?」


     その後、ドラルクがロナルドに口移しで水を飲ませてドラウスが悲鳴をあげ、ふらふらのロナルドに御真祖様特性「スグゲンキニナール」を飲ませてメキョメキョアギャー! からの三徹明けくらいにまで回復したロナルドを隣に座らせ、ドラルクは青筋を立てて祖父と父に問うた。

    「基本的にはさっき説明した通りだよ。本当ならポール君かドラルク、どちらかが死ななければならなかった。でも、もしかしたら上手くやればなんとかなるかもって思って」
    御真祖様おとうさまがポール君を一瞬仮性吸血鬼化させた後、元に戻して、それから仮死状態にしたんだ。呪いの目的からして、ポール君には本気で死ぬつもりに、ドラルクにはクソポールが本当に死んだと思わせる必要があって、それで様子を見てみようって」
    「実を言うと、ドラルクがなかなか目覚めなかったので、やはりロナルド君を本当に殺すべきだという意見も出ていてね。あと数日でも遅かったら、どうなっていたか」

    「ミ°」
     ドラルクにきっちりくっ付いて座っていたロナルドが青ざめて奇声を発する。
    「は? 誰です? そんな事言ったのは」

    「ま、まあ、あいつもドラルクの事を本気で心配していたんだよ。だけどミラさんがね、ポール君が死んだら、ドラルクは目を覚ますかも知れないけど、喪失に耐えられなくて長くは生きられないだろうって。でもあそこまでダメージすごいなんて、お父様ちょっとショック……」

     どよんとしたドラウスとは対照的に、ロナルドは目をキラッキラさせた。

    「えっ?ドラ公……俺が死んだのそんなにショックだったの?」
    「うっ」
     頬を染めたロナルドに見つめられドラルクは羞恥死で砂になった。

    「因みにポール君がドラルクに伝えてって言ってた嘘の死因でもダメだったと思うよ」


    「えっ? 何です祖父様……嘘の死因? ちょっとロナルド君、君ねぇ、なにその微妙な気遣い。全然嬉しくないんだけど?」
     ずわっと再生したドラルクがロナルドを睨みつける。

    「あ、あう…… いや、その、ええっと、あ、アレェ何だったかな……いや、突然の事だったからあんまり覚えてないっていうか」
     ハハハとたじろぎ目を逸らすロナルドに
    「それなら全部録音してあるよ」
     と御真祖様様による無情の助け船が出された。
    「ポール君がドラルクに伝えてって言ったこと全部」

    「ゔぁーーーーすみません!ほんと! あの、それは、それだけは!!!」
    「お祖父様今すぐ聞かせて下さい」
    「いいよ。皆で鑑賞会しよう!」
    「やめてえぇぇぇえ!」


     真っ赤になって泣き叫ぶロナルドに「あ」と御真祖様が振り返りパチっとウインクをして言った、


    「そうだポール君。最後のあの言葉は……あれは直接ドラルクに言った方が良いと思うよ」






     ※※※


    ロナ「あっ! ロナ戦の締切!」
    御真祖様「私が書きました(ピース)」
    フクマさん(亜空間より)「ああ。お二人とも目覚めてよかったです。いやぁ今回のロナ戦、ロナルドさんがドラルクさんを救う為に自らの命を差し出すシーンは涙なしでは読めませんでした。印刷も終わって明日には発売です。きっと今までで一番話題になりますよ」
    ドラ「私もまだ聞いてないのに!」
    ロナ「ウェボロバロロロエアァ!!!」


     完(ヌン)
    あまもりしとしと Link Message Mute
    2022/06/05 17:05:40

    昼の子は死んだよ

    人気作品アーカイブ入り (2022/06/07)

    「ドラルクを助ける方法はあるんだよな?」
    「あるよ」
    「は。なんだよ、脅かしやがって」
    「だけど、そうするとポール君が死んじゃうんだけど、良い?」

    にっぴきが永遠に幸せに暮らすにはどうしたらいいか考えている途中で浮かんだお話。ハピエン。
    オリジナル吸血鬼出てきます。

    #ロナドラ

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