昼の子は死んだよ「私は吸血鬼・人間不信!もう誰も信じられない!!みんなみんな仲違いさせてやる!」
その夜、シンヨコにしては真っ当な見かけの吸血鬼が暴れ回った。
彼の体をゆらゆらと覆う黒いモヤに触れると、例え普段仲の良いはずの退治人同士であっても
「ショットの最近の性癖開き直り具合はちょっとどうかと思う」
「俺が目立たないのはお前らのせいだ」
「サテツのおやつを盗み食いしたのは俺です」
「はっ?」
「お前、そんな風に思ってたのか」
「ひどい!!!」
といった調子で、シンヨコの夜の街は言い争う人々が溢れかえった。
「これは……なんとも嫌な光景だね。ああジョン。あまり見ない方がいい」
「大丈夫だよ〜ジョン。俺が一発でやっつけて来るから」
応援要請を受けて駆けつけたロナルドと、面白がってそれにくっついて来たドラルクは、その腕の中でヌェッという顔をしたジョンに優しく声をかけた。
「ファー! まさかとは思うが若造。殴って止めようとしてないだろうな?あのモヤに触れたら君もある事ない事喋ってイメージダウン……あっいやいや、よし動画で撮っておいてあげるから安心して殴りに」
「ぶっ殺す!」
「ブェー!」
いつものお決まりの流れでドラルクを砂にすると、ロナルドは少し考えて、最近使用頻度が下がり気味になりつつある銃を手に取った。
人の多い街中で、麻酔弾とは言え銃を使用するのは躊躇われるが、幸い相手はゆっくりと歩いて移動している。
「それにしても、随分と若い同胞だな。能力も発現したばかりみたいで、不安定な感じだし」
ナァァスとロナルドの一歩後ろで元に戻ったドラルクが発した言葉に釣られる様に、ロナルドも改めて件の吸血鬼を観察する。
確かに、人間で言えば10代後半か、少なくともロナルドより若そうに見えた。その胸に銃口を向ける。
「おら、クソ砂はもう少し下がってろ。危ないだろ。ジョンが」
「おや、せっかく面白そうなのに、モヤに触れなくて良いのか? ゴリルド君」
「誰が――」
ロナルドとドラルクの応酬が聞こえたのか、パッと振り向いた吸血鬼と目が合う。虚だったその目が一瞬見開かれたかと思うと、先ほどまでユラユラと揺れているだけだった黒いモヤが、大きくうねると大蛇の様に素早くまとまり――ドラルクに向かって一直線に飛びかかった。
「……ッ!」
咄嗟にその間に割り込んだロナルドの体に当たってモヤの蛇は勢いよく、しかし音もなく弾けた。ダン! 代わりに銃声が一発街中に響く。
麻酔弾は、当初の狙いを外したものの吸血鬼の脇腹に命中し、若い吸血鬼はがくりと、膝から崩れ落ちた。
「っぶねーな! おい、ぼーっと突っ立ってんな! なんともないか?」
「……ああ。いや、流石野生のゴリラは瞬発力が違うな。君の起こした爆風で死ぬかと思ったよ」
「ん?お前モヤに触れたのか?」
「君こそモヤに触れたのに随分いつも通りじゃないか面白くない」
「あぁん?」
結局いつもと変わらないやりとりをしながら、ロナルドは銃をしまうと、すっかりモヤも消え、ぐったりとしている吸血鬼を縛り上げた。
「ったく。何が楽しくて周りの奴らに喧嘩させてんだか」
「――なんで」
「あ?」
麻酔の効きが悪いのか、後ろ手に縛られ、地面に転がされた若い吸血鬼が、弱々しく呟きながら、じとりとロナルドを見据えた。
「おまえ、なんであいつを、庇った……吸血鬼を……人間のくせに……なんで」
その澱んだ赤黒い目に、ロナルドは思わず一瞬たじろぐ。
「何でって……」
(そう言われると、死んでとすぐ生き返るのに庇う必要別になかったな……いやでもジョンに何かあったら……)
言い淀むロナルドの後ろからひょこりとドラルクが顔を出す。
「それは私が世界で2番目に可愛いくて優秀で、アホな退治人ロナルドの
頭脳であり相棒だからださ。相棒を守るのは当然の事だろう?私に何かあったら絶賛仕込み中の唐揚げが食べられなくなるからね。年中腹ペコルド君」
「殺す」
「ヴァー!」
裏拳で秒殺されるもドラルクは即座に元に戻ると
「はーヤダヤダ考えるより先に手が出る暴力ゴリラめ。今日の夜食はロナルド君のだけセロリの唐揚げに変更だな」
「ハ?」
ぎりぎりとニヤニヤで睨み合う2人を、若い吸血鬼はどこかぼんやりと眺めた。
「……んなんだよ……なんで、お前ら……人間と、吸血鬼なのに、そんな……なんで……なんで、なんで!」
しばらくブツブツとごちるも、次第に大声で喚き出した。
「オレは、信じてたのに。あいつ……種の違いなんてそんなの関係ないって! なんで! 信じてたのに‼︎ 何でだ! 裏切り者! お前もだ! 人間の癖に! 人間なんて、人間なんて」
「えっ何だ急に。あ、おいこら暴れるな――」
「ロナルド君っ! 触っちゃダメ!」
「許さない!お前らぁ……お前らも、壊れてしまえ!!!」
そう吸血鬼が叫ぶと、闇のように黒い光と共にそれは大きく膨れ上がり、強く、弾けた。
「なっ」
「ンァー!」
「ヌー!」
ロナルドは風圧に転がるジョンをはしりと掴むと、飛び散るドラルクの砂に出来る限り手を伸ばし、体全体を使って覆った。あまりに飛び散れば、流石に。
シン、と静けさが戻る。
「ゴホッ。大丈夫か? ドラルク。ジョン」
「ヌァー! ヌヌヌヌヌヌ!」
ジョンが、ロナルドの体の下に残された砂を手に涙を流している。
振り向けば、あの吸血鬼がいた所には、煤で汚れた様な黒い跡と、縄だけが残っていた。
「……何だったんだ?」
「恐らく、発現したばかりの能力を使いこなせなくて、暴発したのだろう。はーやれやれ酷い目にあった」
いつもよりだいぶゆっくりと再生したドラルクは、ただでさえ青白い顔を更にげんなりとさせ「もう大丈夫だよジョン」と最愛の可愛い丸を抱き上げた。
「……死んだのか?」
「そうだね。私もこういう死に方をした同胞は初めて見たが……」
その後、吸血鬼の回収に来たVRCに事情を説明し、辺りの被害を確認したりなんだりで結局帰宅したのは随分と遅くなってしまった。
「はぁーこんな後味の悪い仕事も久々だな……」
「そうだね……」
(まずは風呂に入って、あ、そう言えば今日、唐揚げ……そしたらドラ公を先に風呂に……あれ?そういやなんか静かだな。疲れてるのか……? いやこいつ何もしてないのに? あ……見ず知らずとは言え、同胞の死はやはり気分が悪いもんなのかな)
事務所の鍵をガチャリと開けた所で、いつになく静かな相棒をちらと振り返った。
「ドラ公?疲れてるなら今日は――」
「ロナルド……くん……なにか、わたし」
軽い衝撃がロナルドの背中に当たり、それはそのままずる、ごとんと床に崩れた。
「えっ?」
床に倒れたドラルクと、その側にコロコロと転がるジョンに、ロナルドはもう一度「えっ?」と驚くと、ハッと我に帰って顔を引き攣らせた。
「な、なんだよ驚かせやがって。はー? 何のドッキリだよ! もー! ジョンも名演技! ったく。ほら、もう十分驚いたから、んなとこに転がって、いくらなんでも体張りすぎ……」
深夜の事務所に、ロナルドの声だけが響く。
「ビ」とメビヤツが心配そうな声をそっとあげた。
違和感。
違和感。
違和感。
「ドラルク? なあ、おい」
――冷たい床に倒れたドラルクが、これだけ体を打ち付けて、砂にならないなんて、あるか? ――
「ドラルク」
抱き上げた体はあまりにも軽かった。