金ガ短編小話まとめ七間の高さ、君を止めるに足らず(モブ視点、高校生清麿)
「ことわざの……清水の舞台はだいたい三階くらいの高さで……当時は飛び降りる若者が多く……このような理由で生き延びる者も多かった……」
昼食後の五限。窓際からの日差しと、日本史の教師の声に眠気を誘われる教室。教師の声が途切れ途切れになってきて、頭も揺れる。眠気の限界一歩手前。
何の前兆も無く、前の席の高嶺が窓を開け、流れるような動作で飛び降りた。
「は……⁉︎」
弛緩していた教室の空気が一変した。この教室は三階だ。急いで窓から身を乗り出して見る。
高嶺は下の階の窓の出っ張り(名前が出てこない)を使って、軽やかに降りている。よかった、死んでなかった。
授業中かつ唐突に自ら命を絶つような人間ではないが、どうしても頭には『飛び降り自殺』が思い浮かぶ。あんないいやつが死にたい、と思えるような状況に気付いてやれなかったわけではなさそうだ。
弾む心臓を押さえていると、階下から怒鳴り声。
「待てテメェ‼︎」
こちらどころがクラス中の心配を知らない高嶺の元気そうな声。あいつが追いかけているのは、大きなカバンを持った目出し帽の不審者。
「それを返しやがれ‼︎」
「うわぁぁぁぁ‼︎」
高嶺のタックルに倒れる不審者、散らばるカバンの中身。色々な大きさの四角は……財布?
どうやら不審者は校舎に財布を盗みに入った泥棒らしい。高嶺が脱いだ学ランで不審者を後ろ手にふん縛った頃に、校舎から教師や他の生徒がわらわらと出てきた。
焦る教師の声。自分の財布が盗まれていたことへの驚きの声。財布の中身が戻ってきた事に喜ぶ声。高嶺への感謝の言葉。
「ありがとう、財布に大事な写真が入ってたの」
「思い出のコインを入れてたんだ」
「一ヶ月、飯が食えなくなるとこだった」
「形見の財布を取り返してくれてありがとう」
財布には大事なモノを入れることが多い。財布そのものが大事だったりする。
多分、高嶺は財布じゃなくたって取り返すために飛び降りただろう。不審者のカバンの中身が何かだなんて判らなかったわけだし。
今回の事件?でわかったことがある。
あいつは清水の舞台から飛び降りるの躊躇しないタイプの人間だ。生還率八割超えだからいけると、余計な知識を披露した笑顔のままで飛び降りるんだろう。
(怖っ)
高嶺はいいやつだ。クラスメイトとして仲良くはしたいし、怪我したり死んだり不幸になってほしくない。と同時に怖くなる。
例えるならブレーキが壊れている。もしくは初っ端からアクセルベタ踏み。走ってから考えてるのか。そんな車に同乗するのはお断りだ。
地べたに三角座りで説教されている高嶺を眺めながら思う。
(ブレーキを壊したやつはちゃんと責任持って見張っててくれ)
王の徒花(大人ガ清)
国王の補佐官は魔界に移住したヒト。魔界唯一の人間。王が隣に居なければ、品のない誰かの口に上るのは必然で。
「高嶺の花」
(苗字で散々言われたわ)
「傾国」
(悪い方向に傾けた覚えは無い)
清麿も子供の頃は律儀に傷付いていたが、大人になるにつれて何も感じなくなった。上手くいなせるようになったのか、痛みに鈍感になったのか。
目すら向けずに廊下を進むと、煌びやかな衣装に身を包んだ令嬢たち。
「徒花」
負の感情を乗せた一言。清麿は歩みを止めない。
(……うまいこと言うもんだな)
徒花は身を結ばない花のこと。
王の寵愛と精を一身に受けている己に対する言葉としてはピッタリだと、清麿は関心さえしてみせた。
(どれだけ出されても孕まないし、勿体ないと思わない事もない)
ガッシュの子供ならさぞ可愛いだろう。教えたいことも遊んでやりたいことも沢山ある。
(でも、手放してやれない)
子供を楽しみにしながらも、実を結ばぬ自分だけが王の寵愛を受ける。
矛盾を孕みながら、王の補佐官は歩みを止めない。
とある令嬢の目論見(モブ視点大人ガ清)
「はぁ……」
ティーカップを片手に、彼女は周りの令嬢にも聞こえるように溜め息をついた。
この場に茶会と称して集めった令嬢はみな同じ理由で困っている。
家族から、魔界王ガッシュ・ベルを骨抜きにして王妃の座につけと命じられてしまった。
魔界の王を決める戦いを経て、ガッシュが王となってからもう数年。彼は逞しい青年へと成長している。王としてのあり方に甘さはあるが、民を守る姿に心打たれる者は多い。
令嬢たちとてガッシュという王を好ましく思っているのだが、王妃として横にいれるかと言われれば厳しいものがある。
「これはもう家族を説得した方が早いでしょうね」
令嬢たちはガッシュをよく観察し、アプローチを仕掛け、気付いた。
無理。無駄。無謀。
「陛下と彼の婚姻をいち早く祝福、手助けをして御目に止まるのが精一杯かしら」
ガッシュには想うものがいる。
王の補佐官、幼少時には落ちこぼれと有名だった現王と戦い抜いた赤い本の持ち主、高嶺清麿。
「そのようです」
王が彼を好いているのは見ていればわかる。家族にはどれだけ説明しても理解して貰えなかったが。
「……陛下の骨を抜いてこいを言われましたが、抜くのも無理ですし、骨を抜いたところで無駄でしょう」
周りの令嬢も目線だけで頷いてみせる。
「きっと陛下はお身体がどうなろうと、彼と共にありたいと思っているのでしょうし」
引き離そうなんて野暮もいいところ。
白色、憎悪に沈む(大人/ゼオデュ+ガ清)
デュフォーが薄い青色の瞳を憎悪に染め上げる。それは見慣れていて、王を決める戦いの時分は己も彼の憎しみの心を利用していた部分はある。
久しぶりのそれは見たくないモノだというのも、嘘偽りではない。
はらはらと涙を零すデュフォーを抱きしめながら、ゼオンは己も慣れた暗く深い感情に身を浸していた。
「清麿……っ」
清麿が毒に侵された。
執務室に放り込まれた毒は幻覚剤。
霧状の毒にいち早く動いた彼は室内の全ての者を逃がし、毒を場内に拡散する訳にはいかないと一人で室内に残った。内側から窓や扉の隙間を塞いだ事により、被害は清麿一人で済んだ。
密閉された室内で毒を吸い続けた彼は今も悪夢に犯されている。
アンサートーカーでも答えの出せぬ、解毒不可能な毒。
毒そのものは悪夢を見せる効果しかないが、悪夢を見せられたことにより肉体の衰弱や精神の異常を引き起こす。
「きよまろ……っ」
デュフォーが清麿を想って泣く。
落ちる涙は美しいのに、瞳の憎悪は深まるばかり。
「……悪夢はオレが消してやれる」
記憶操作の能力で清麿が見た悪夢の記憶は消せる。弟のパートナーは強い人間だ。悪夢に負けるとは思わないが、苦しまないという訳ではない。
治るからと、傷を負わせたいとは思わない。大事なものなら尚更。
「企てた者と実行犯を教えてくれ、デュフォー」
優しい王である弟ならば、何故そんなことをしたのかと問うであろう。
「それだけでいい」
問いと答えは簡潔でいい。過程は必要ない。
友人の清麿が倒れ、弟のガッシュが悲しみ、愛するデュフォーが憎んでいる。己が動く理由としては過分であった。
「……オレが、やる」
緩く首を振るデュフォー。
最近は、ずっと笑っていたのに。
「オレたち、がやるんだ」
唇の端が歪んで笑みの形を作った。
雷光の弟と色彩の友人に近寄りすぎて忘れていたけども。
我らの本質は憎悪の修羅である。
(お前は違う場所にいて欲しかったけども)
お前とならば、昔のように憎悪に浸るのも悪くはない。
踊る阿呆と廻る歌(大人/赤本+銀本)
「上等だテメェ!」
魔界王ガッシュが休憩室に入ると清麿の怒声が響く。彼の向かいには目の端を吊り上げたデュフォー。
(喧嘩かの)
そんなに険悪な雰囲気ではない。じゃれ合いの範疇と判断してガッシュは扉を閉めた。他人に見せられる姿ではない。
王の補佐官と雷帝の相談役、二人のイメージが瓦解してしまう。
「その頭に刻みこんでやるよ!ガーッシュ!!ブイの体勢を取れ!」
「ヌア!?」
困惑しながらもパートナーの指示に従い、両手を上げるガッシュ。執務服の懐から携帯端末を取り出す清麿。
「チッ!」
清麿が何をしようとしているかの『答え』を出したデュフォーが端末の操作を阻止すべく腕をのばす。
「遅ぇ」
同じ能力の持ち主、判断の速さもほぼ同等。
こうなると状況を左右するのは身体能力になるわけで。
「この脳筋……っ!」
清麿に腕を取られたデュフォーが憎々しげに声をあげる。
(知将とまで称された私のパートナーが脳筋扱い……)
「筋力あれば憂いなし!」
(間違ってはおらぬが)
知恵者から飛び出してくる言葉ではない。本当に扉を閉めておいてよかったと、ガッシュはブイの姿勢を保ったまま二人を眺めるしかできない。
『キャッチマイハート!!』
片手で素早く操作を終えた清麿の端末から流れるのは、特徴的な歌声と愉快な音楽。
メロンをこよなく愛する魔物の、メロンへの愛が溢れた歌。
(昔みんなで踊ったのう)
思い出のリズムに乗ってガッシュは踊る。
清麿は最大音量にした端末を投げ飛ばし、デュフォーが耳を塞げないように両腕を拘束している。
暴れる脚も己の足で拘束して上に乗っかっているため、見ようによっては無体を働いているような見た目になっている。
背後で魔界王が愉快に踊っているが。
「みんな大好きイヤーワーム現象だ。お前は歌を聴く習慣もないから良く廻るぞ?」
「くっ……」
清麿の言うイヤーワーム現象とは、頭の中で勝手に音楽が流れる現象だ。メロン愛の歌はリズム感がよく、覚えやすく、頭の中で廻りやすい。清麿も経験済みだ。
「音楽のある日常へようこそ」
(これ止めるべきだったかの?)
嗤う清麿、歯を食いしばるデュフォー、踊るガッシュ。
休憩から戻らないデュフォーを探しに来たゼオンがやって来て、絶叫するまでこの妙な状況は続いた。
数日後、ゼオンから王と補佐官へ苦情が入る。
デュフォーが変な鼻歌を歌うようになった。
更にはつられて同じ歌を口ずさむ部下が急増したと。
はづき@haduki_fanfic
晴天に墜落(銀本)
ゼオンは降り立った地面から、顔を上げた。
(ああ、また)
己の魔本の気配を辿って来てみれば、持ち主は民家の屋根程の高さがある塀の上を歩いている。
足元を全く見ていないのに、靴の幅とそう変わらぬ厚みの上を進む姿に躊躇いは微塵も見えない。
(本を持ち歩くようになっただけマシか)
俯くのはもう飽きたと、デュフォーは言った。だからか奴は足元を見ない。危険を見ない。認識してはいるのだろうが、行動を伴わないなら見ていないも同然だ。
だから足を踏み外してバランスを崩す。
(よくもまぁ飽きもせず)
青空に投げ出されるデュフォーの身体。
塀を掴む素振りもなく、助けを求める素振りもなく、本を胸に抱えて落ちていく。
本を持ち歩け、手放すな。という言いつけを守って落ちる。落としはしないが。
「デュフォー、そのまま落ちろ」
落ちるデュフォーを受け止める為にマントを広げる。
「ゼオン」
本を抱えて落ちるデュフォーと目が合う。その瞳に何の感情も見えないのは、いつものことだった。
「お前はいつも落ちる」
マントで受け止めて、地面に下ろした。
文句のような、事実確認のような一言だけが口から出る。
もっと言うべきことが山ほどあるだろうに、唇は全く動かない。
(空にも地にも落とすものか)
まだ、手放すわけにはいかない。
「……帰るぞ、デュフォー」
「ああ」