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    Imprinting 兄のヒロはみんなから愛される存在だった。 両親に始まり、友人、クラスメイト、教師達、ご近所…思い出す限りでヒロを称賛しない人はいない。イケメンで、優しくて面倒見もよく、人当たりも抜群、医者を目指すほど頭も良く、料理上手でピアノも嗜み、クモが苦手なところまでかわいげとして受け入れられていた。昔は体力がないのが唯一の欠点といえたかもしれないが、成長と共にそれも克服したように思う。とにかく自分とヒロが並んだ時、人々が先に目を向けるのは必ず兄の方だった。
     別にそのことに大きな不満があった訳じゃない。例の一件で両親が兄を優先した理由も理解しているし、自分が愛されていないとも思わない。ヒロはオレの自慢であり、掛け替えのない大切な存在だ。 ただ、彼と比べられた時 自分が選ばれないであろうことは、幼少期から事実として刻まれた我が家の摂理だった。

     ヒロが大学に行く前、自分に声をかけてくる女子達の多くは兄との繋がりを求めた下心を含むものが多かった。兄がいなくなり、それが一変したことに気づいたのはいつだったか。徐々にバスケットボールの試合に出させてもらうことが増えた時期だった気がする。それまで兄宛てだったラブレターが次第に自分宛てのものになっていた。
     仲間達に冷やかされ初めはそんなに悪い気もしなかった。けれどもきっとこの子達も、ヒロがいないからこちらに目を向けただけなのだと思うと素直に喜べるものでもない。
     友達やスポーツ、他にも熱中できることがあったのもある。だが、自分がそれまで恋愛に興味が湧かなかった理由のひとつは多分そういう経験の積み重ねの所為もあるのだろう。

     ただ過去に一人だけ、自分を選んでくれた人もいた。
     彼の姉が兄と仲睦まじく笑い合い、彼に熱を上げていた少女がこちらへの文句を姉達に言いつけ、彼の控えめな親友がやんわりと注意をくれる中で、彼、サニーは自分の手を取ってよく2人だけで遊びに出かけた。
     サニーも自分と同じくよくできた姉を持っていたからかもしれない。あまり表情に起伏はなく、口数も少ない彼だったが、こちらが誘えば ささやかながら嬉しそうにはにかんで何度も2人で連れ立っては家を抜け出した。

     サニーは不思議な少年だった。みんなで集まっても一人でポータブルゲームで遊んでいる時もある。かと思えば一人きりのオーブリーを迎えに行き、バジルのよき相談相手となり、オレの悪友として立ち回った。
     彼のそばは居心地がよかった。それはきっと彼が世間のものさしで人を見るタイプじゃなかったからだろう。
     色眼鏡なくこちらを見てくれる彼の存在は、いつの間にか自分にとってとても特別なものになっていた。それに気づいたのは随分と後になってからだったけれど。

    ****

     その日オレは朝から浮かれていた。久しぶりにサニーと会える。それも自分の出るバスケの試合を見に来るのだ。ただの練習試合だけれど丁度来る時期が重なったので、それならとサニーが ケルが試合しているところを見たいと言ってくれたのだ。丁度スタメンに選ばれて間も無く、自分の活躍を親しい人に見てもらえるのは純粋に嬉しかった。

    「ケル、何か今日いつも以上にテンション高くないか?」
    「ああ!何たって昔なじみの相棒が応援に来てくれてるからな!絶対勝つぞー!!」
    「あんまり調子乗りすぎんなよ~」

    仲間達の雰囲気もよく、髪をハーフアップに括ってコートに上がり客席にサニーの姿を見つけた時にはオレのテンションは最高潮に達していた。黒いパーカーに淡いデニムパンツを履いたカジュアルな姿の彼は、名前を呼んで大きく手をふれば恥ずかしそうにしつつも手をふり返してくれた。少しだけ周りの女子集団の騒がしさに居心地悪そうにしていたけれど、元気そうで何よりだ。

    「ケルの幼馴染ってあの大人しそうなやつ?へー何か想像してたのと違うな」
    「サニーは最高のダチだよ。何だよ想像してたのって」
    「いやぁケルの友達っていうからもっと騒がしいタイプの奴かと…でも眼帯してるな?喧嘩でもしたのか?」
    「そんなんじゃねーよ」

    やいやい言いながらウォーミングアップを終え、試合に移る。近頃増えた黄色い声がうるさかったが、点を入れる度に嬉しそうに拍手するサニーの姿を見る度にオレの士気は上がる一方で、想像した以上に好成績での勝利を納めることができた。仲間達と好プレーを称え合い、ミーティングとシャワーを終えていつものランニングシャツとカーゴパンツに着替えたオレは足早にサニーが待つであろう校門へと急いだ。
    少しばかり身長が伸びたとはいえ、同年代の中では未だに小柄なサニーの姿は存外すぐに見つかった。ただその前には何人かの女子達が立ちふさがり、彼女たちは何かを彼に押し付けるとさざなみのように立ち去って行った。なにごとかと疑問に思いつつも、呆然と立ち尽くすサニーに歩み寄り声をかける。

    「よっ!久しぶり!来てくれてありがとなサニー!」
    「ケル」

     こちらに気づいて顔を上げ表情を綻ばせるサニーを見て、また嬉しさが込み上げた。ホントに久しぶりだな~!!と肩に腕を回してひっつきながらゆっくりと歩き始める。

    「応援も嬉しかったぜ!おかげで今日の得点王だ!すごいだろ!」
    「うん、すごかった。相変わらず速いねケルは」

    素直な賞賛に照れてヘヘッと鼻の下をこする。サニーに褒められると特別嬉しくなるから不思議だ。ひとしきり試合についてあれこれ話しているうちに、予定していた飲食店についたので昼食にする。場所は学校から割かし近い駅モールだった。この辺は駅が大きいおかげでいろんなものが入っているので、今日はそこを回ってから家に帰りサニーも泊まることになっていた。両親は妹のサリーを祖父母に会わせる為に里帰りしているので2人きりだ。

     サニーはテーブルにつくと眼帯を外した。色素のなくなった右目があらわになる。視力はもうほとんどないらしいが、どちらかというと外している方が楽らしい。

    「いつもは目立つからずっとつけてるんだ。眼帯の方がまだ周りの視線がましだから」
    「いいのか?ここも結構人がいるけど…」
    「別に知らない人達ばかりだし、ここにはケルしかいないから」

    遠出の旅先だからこそ周りを気にしないでいられるということか。なんだかこの場で自分だけは彼の内側として認められているようで嬉しい。

    「そういえばさっき女子達に話しかけられてたよな?ありゃ何だったんだ?」
    「ああ…」

     ちょうど食事が終わる頃、久しぶりの会話が楽しくてすっかり忘れていたことを思い出し問いかける。サニーも同じだったようで、今気づいたというようにポケットから綺麗に畳まれた紙を取り出すと そのままこちらによこした。 不思議に思って片眉を上げつつ受け取ってみる。広げてみるとそこには女性名らしきニックネームと連絡先が書かれていた。

    「ケルに渡してくれって頼まれたんだよ」

     応援席でケルが僕に手を振ってたのを見てて知り合いだと分かったらしい。そう説明をつけ足してサニーはカップジュースのストローをくわえた。紙切れと ジュースを飲むサニーを見比べて、謎の気まずさを感じ、オレは何ともいえない気持ちになった。

    「ああ、そうか…なんか悪い。
     最近こういうの流行ってんのかな」
    「流行ってる?」
    「そう、女子達の間でさ。よくわかんないけど」

     紙切れをテーブルに落として、くたびれたように息で軽く吹き飛ばす。サニーはいつもの読めない表情で首を傾げた。

    「単純にケルがかっこいいから、みんな仲良くなりたいんじゃない?」
    「…かっ………かっこいい…?!」

     ワンテンポ遅れて大仰に驚くと、その反応にびっくりしたサニーも目を見開いてこちらを見やった。

    「かっこいいって…オレが?」
    「…他に誰がいるの?」

     サニーは珍しく難解そうに眉を寄せて怪訝な顔をしている。ただオレは彼から自分へ その形容詞がつけられたことが意外で、まだその衝撃から立ち直れずにいた。サニーもそのことに気づいたのか、飲み物を置いて真正面からこちらを見て言葉を続けた。

    「ケルはかっこいいよ。今日もたくさん試合で活躍してかっこよかったし 昔から人を引っ張ってく行動力があって、思いやりもあるし、笑顔が素敵だし 一緒にいてとても楽しいから、女の子達もほうっておけないんだと思う」

    …もしかして自覚がなかったの? と、淡々と紡がれる台詞はどれも初耳で全てを理解するのにしばらく時間がかかった。目の前の友人は至極真面目そうで、本気でそう思っているようだった。──そんな風に思っていてくれたのか…
     顔中に熱が集まるを感じる。もちろん、仲は良いしサニーだって自分のことを好いてくれているという自覚はあった。でも改めてストレートに彼からの評価を聞かされるとは思ってもみなかった。それもこんな、直球で。
     黙ってしまったこちらに、サニー自身も少し気まずくなったのか少しばかり頬を染めて目をそらす。

    「だから…別に普通のことじゃない?好きな相手に連絡先を渡すのは…直接じゃないのは、ちょっと回りくどいかもしれないけど…」
    「ああ…うん。そうだな…」

     正直紙切れのことはもうどうでもよかったけれど、とりあえずそう応える。なんだか気持ちがふわふわして落ち着かない。サニーが自分のことをかっこいいと思ってくれていた。そのことだけが完全に頭を支配して、しばらくはそれ以外何も入ってこなかった。サニーがかっこいいと思ってくれるならオレはいくらでもシュートが打てる気がするし、もっとずっと速く走れるような気がした。バカみたいだけど本当にそんな風に思ったんだ。


     しばらくモールを回って、オレは足りてなかったスポーツ用品の会計を済ませる為、サニーを店の外で待たせていた。インドアでいつでも色白の彼を誘って少しは運動してみるよう働きかけてみるのもいいかもしれない。そんなことを思いながら店を出ると、彼はまた別の誰かと話をしていた。同年代くらいのみない顔の少年だった。

     相手は少し興奮気味にオーバーリアクションで彼に話しかけ、サニーも心なしか満更でもない顔をしていた。ふと、サニーが今も眼帯をしていないことを思い出して、嫌な予感を覚えたオレは2人のもとへ足早に駆け寄った。

    「サニーに何か用?」
    「ああ、ケル」

     多少ぶっきらぼうに会話に割り込んだ自分の登場に相手の少年は驚いていたが、サニーはふだんの様子でふり向いて応えた。

    「彼、引越し先の学校のクラスメイトなんだ。親戚の付き合いで偶然こっちに来てたんだって」

     それじゃごめん、僕らこの後行く所あるから、とサニーは卒なく少年へ別れを告げると相手も我に返ったように気を取り直してまた学校で!と手を振り別れた。今更ながらサニーの引越し先の友人に対して自分の態度はあまり褒められたものじゃなかったと反省するが、それよりも彼のことが心配だった。

    「大丈夫だったのか?」
    「何が?」
    「いやその…あっちではずっと眼帯つけたままだって言ってたから…何か言われたんじゃないかって」

     後頭部をかきつつ、おそるおそる聞く。一応デリケートな問題であるという意識はある。だが、サニーは案外あっさりしていて「ああ…」と応えると少し笑った。

    「何だかかっこいいって褒められた…どう反応していいか分からなかったけど、別に悪いようには言われてないよ。 詮索もされてないし、言いふらすような人でもないから心配ないと思う」
    「そうか……何だか嫌な態度とっちゃってごめんな」

     ひとまずほっとして息をつく。でも何故だか胸のざわめきが拭えない。さっきの満更でもなさそうなサニーの顔を思い出す。

    「というかその…あんまり聞いてなかったけどあっちでも仲良い友達できたんだな。良い奴そうでよかったじゃん」
    「ああうん…意外とみんな気を遣ってくれるっていうか…普通に接してくれるかな」
    「そっか……うん…」

     “よかった” そう言いつつもざわめきは増すばかりだった。
     そうだ…サニーの傍は居心地がいい。それはオーブリーやバジルにとってもそうだった。
     しばらくは勉強に追いつく為 塾通いだと聞いていたサニーだったが、そういえば今年から学校にも復帰しているらしかった。 何となく、覚えていたのは昼時間になっても一人窓の外を眺めてぽつんと教室に残っていた昔のサニーの姿で、そこから連れ出すのは自分の役目だと信じて疑わなかった。だがよく考えればその役目は今はもう、他の誰かのものになっているのかもしれない。

    (それは何だか…とても嫌だ…)


    ****


    「ケル…?」

     気づけばオレ達はハルバル町に戻り、自宅へと帰っていた。道中も何かしら会話をしてはいた気がする。ただ謎の焦燥感に気づいてしまってから、オレの意識は ほとんどそっちに持っていかれ上の空だった。サニーもそのことに気づいたのだろう。心配そうにこちらを見ている。

    「大丈夫?さっきから調子悪そうだけど」
    「ああ…大丈夫。はぁ……疲れたよな?夕飯はもう少し後でもいいか?」

     サニーはこちらをじっと見つめてこくりと頷く。腑に落ちていないのは目に見えていた。でも自分でもどうしたらいいか分からない。ひとまず並んでソファに腰掛け、間を持たせるようにTVを流す。

     サニーは確かに自分にとって特別な存在だった。オレにとって唯一の自分を選んでくれた人だ。サニーが傍にいるだけで嬉しいし、彼も同じ気持ちでいてくれたならそれ以上のことはない。
     だが彼は今離れて暮らしていて、他の付き合いだってある。当然だ。サニーが孤独でいて良い訳がない。けれども自分以外の知らない人間が彼の隣を陣取るのはとても不服に感じてしまった。
     自分にとってサニーはこんなに特別なのに、他の誰かに譲りたくない。もしサニーが自分より居心地が良くて仲の良い相手を見つけてしまったらどうしようか。それもあの仲の良い6人のうちの誰かではなく、全く知らない相手を。

    「サニーはその…」
    「?」
    「えっと…あっちですごく仲の良い相手とか、もういるのか?」
    「仲の良い相手…?」
    「うん……」

     自分でも、だいぶ情けない声色だったと思う。変な話だが同じように気落ちしていた兄を思い出すようで、こんなところで血を感じてしまって少しおかしい。サニーはしばし考えを巡らせた後、素っ気なく首をふった。

    「いない」
    「いない…?昼間のやつは?」
    「すごく仲の良い相手でしょ?彼はそうでもないよ。ときどき話すだけ」

     淡々とした物言いに内心ほっとしてしまう自分を叱る。

    「でもそのうち…もっと仲良くなる相手もできるよな? 昼間のアイツもだいぶ親しげだったし…サニーはすげぇ良い奴だし……」
    「できないよ」

    今度は随分ときっぱりとした即答だった。思わず弾かれたように顔を向けるとサニーはTVの方を向いて薄く微笑んでいた。

    「だってもう僕には特別仲の良いみんながいるもの。それ以上に良い友達が そう簡単に出来る訳ない」

    「そうでしょ?」と、こちらを見て少し悪戯っぽく笑いサニーは言う。 背後の窓から差し込む夕日がその横顔を照らして、光を反射する色素の薄い瞳がとても綺麗で魅力的だった。


    (―ああ、彼を自分だけのものにできたなら…)

    「ケル?」
    「サニー…」

     無意識に伸ばした手が彼の頬を撫ぜる。どうしてかはわからないけれど、そうせずにはいられなかった。首をかしげ戸惑う彼に身を寄せて反対の手で腰を抱き、退路を塞いだ。サニーは少しだけびくついた様子を見せたが、無抵抗なのをいいことにオレは難なくその唇を奪った。
     熱が伝染し、ぬくもりが伝わってくる。サニーとのキスはとても気持ちがよかった。体を密着させ、満足するまでついばむように重なりを深くする。オレはその心地よさに夢中だったが サニーは次第に息苦しくなったのかゆるやかに抵抗を初め、ぽかぽかと弱く背を叩かれたので、名残惜しく思いつつも顔を上げて体を離した。
     気づくとサニーはほとんどソファーの片側に倒れこんでいた。せわしなく呼吸を整え、顔を真っ赤にした彼がうらめしげにこちらを睨み付けてくる。顔は怒っていたが、涙目のその表情は正直とてもかわいかった。

    「ごめん…苦しかった?」

     多分そういう話ではないが謝れば、サニーの目つきが更に鋭くなった。これはとても珍しいが、そんなことを気にしている場合でもない。
     不意にぽかりと肩あたりをグーで殴られた。まるで本気じゃない、蚊が止まったような…というのは言いすぎだが、それぐらいやさしい拳だ。

    「…………」
    「ゴメンナサイ…」

     無言の圧に押されて再度謝る。自分でもちょっと状況がよく分からなくなってきていた。確かにサニーは怒っているのだが、例えばそれを擬音で表すにしてもぷんぷん程度で、いらいらにすらなってない。
     オレを押し返してどうにかソファに座り直し、サニーは一度こちらに視線をやってから気まずげに目をそらした。

    「…………」
    「…………」

     しばしの沈黙が続き、つまらないTV音声だけが辺りに流れた。先に口を開いたのはサニーだった。

    「……何で?」
    「エッ?」
    「何で…その、キス したの」

     目を合わせずに問われる。

    「し…したかったから……」
    「……そう」

     反射的に応えてしまったが、これでは全くのろくでなしだ。一度息を吐いて気を落ち着かせる。今度はなるべく真摯に伝わるように話し出した。

    「あの…本当にごめん、サニー。オレ、サニーの特別に…誰よりも仲の良い相手になりたくて、それでその…つい……」


    「好きなんだ。サニーことが……オレをいつでもサニーの一番にして欲しい」

     話しながら自分の本当の願いを改めて自覚した。オレはずっとサニーの唯一でありたかったんだ。自分にとっての彼がそうであるように。
    サニーは少し驚いた様子でじっとこちらを見つめていたが、すぐ恥ずかしそうに頬を染めて俯いた。そしてぽつりと呟く。

    「そんなの今更だ」

    「僕にとってケルはずっと特別だよ」


     その言葉に、痺れるように全身に喜びが広がった。こちらの高揚を察してか、サニーも再び顔を上げ昔みたいに花が咲くように微笑んだ。
     ケルは変わっていると思う。
     いつかヒロもそんなことを言っていた。彼は会う度に魅力的になる。もともと明るい性格でその振る舞いは一瞬で周りをにぎやかにし、場を和ませてくれる。輝きに満ちた愛すべき存在だ。いつも隅っこにいるだけで居てもいなくても変わらない自分とは違う。どうしてかケルはそんな僕ともよく付き合ってくれていた。グループの中で、彼のちょっとした冒険に付き合う丁度いい相手が他にいなかったのもあるだろう。それでも僕は嬉しかった。

     彼らの温情により例の数年間の隔たりの後もみんなと共にいることを許され、僕らはあの頃から随分と大きくなった。ケルの成長は中でも顕著で、昔は一番背が低く無邪気で可愛かった姿から一変して、今やどこにいたって人の目を惹く魅力的な好青年となっていた。健康的な小麦色の肌に柔らかな栗毛の髪、すらりと高い身長に恵まれた体格、昔と変わらない屈託のない笑顔。どこをとっても褒めるところしかない。その上で多少のいい加減さを除けば性格まで明るく前向きなのだ。
     無理を言って足を運んだ彼の試合の客席で盛り上がる女子生徒達を見て、僕は面食らいながらもそれはそうだろうと至極納得もしていた。モテない方がおかしいのである。自分にはコートの中の誰よりも彼の存在が輝いて見え、そのしなやかな体躯が流れるように敵陣から自陣へ走り抜けて、跳躍から放たれたボールがゴールに吸い込まれていく様は 溜息が出るほどかっこよかった。誰が心を射止められてもおかしくはない。試合後彼を待つ間、緊張気味に声をかけてきた少女達の気持ちもよく分かった。だからそれをまるで気にとめていない彼の反応は全くの想定外で困惑せざるをえなかった。
     彼は自分の価値をまるで分かっていない。そんなことがあり得るのだろうか?ただかっこいいという事実を述べただけで赤くなって戸惑っていた彼を思い出す。こちらが心配になるほどの無自覚だ。まぁ、幼馴染に面と向かって誉められるのが照れ臭かっただけかもしれないが。



     夜、不意に意識が浮上してぼんやりと目を開ける。
    彼の告白を受け、晴れて恋人同士になった僕らは付き合いたての高揚冷めやらずわざわざ寝袋を出して隣り合って眠ることを決めて、好きなだけ身を寄せ合ってじゃれつきながら眠りに就いた。
     横を見ればこちらを抱え込むようにして幸せそうに眠る彼がいる。彼の後頭部へと回っていた手で髪を撫ぜるとまだ彼が髪を結んだままなことに気がついた。変に髪を傷ませないと良いけれど。
     試合中、揺れる彼の少し湿った髪を思い出し、色っぽく汗を拭う様にどきりとした記憶が脳裏に蘇った。一体何人の人が彼の魅力の虜にされているのだろう。確かに僕は連絡先を渡してきた少女に共感した。ただ同時に優越感も感じていた。彼に吹き飛ばされ、最後はテーブルに置き忘れられた紙切れの存在を 僕は彼に知らせることはしなかった。

     彼が自分を選んだのは少しだけ盲信に近いと僕は思う。初めから 他からの視線を無いものとして、彼は僕を特別だと言った。それはとても僕にとって都合が良い。雛が初めて見たものを親だと思い込むような稚拙な刷り込み。
     本当は彼を見てくれる人なんていくらでもいる。僕なんかより魅力的で優しく寛大な、彼に似合うような人がきっといる。でも僕は教えない。身を引こうとは思わない。

     眠る彼にそっと触れるだけのキスをする。かっこよくて愛くるしい、僕の自慢の友達ケル。彼がいつか僕以外の存在に気づいて目が覚めるまで、どうかせめてその時まで彼の隣にいることを許してほしい。

    「僕も大好きだよケル…」

     願わくば彼の夢が、僕を特別に想う幻がいつまでも覚めませんように。
    000q_omr Link Message Mute
    2022/06/20 20:40:46

    Imprinting

    #OMORI #ケルサニ
    ヒロとケル家族の顔面偏差値がハンパないらしいことなどから、いろいろと大捏造しています。(*サニーの右目事情なども) モブも結構でますが、ネームドではない程度です。サニーが素直なだけの良い子ではありません。ケルも原作の性格とかけ離れているかもしれませんが、何が来ても大丈夫そうな方だけどうぞ。
    (時間軸はGOOD ED後、ハイスクール以上学生設定。細かい年齡はお好みで)

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