あのね、ジュンくん唇の上に人差し指を押し当て、菫色の瞳をまん丸にした日和の顔を間近で瞬きもせず凝視した。
そういえば猫が獲物を狙う時もこんな目をしていたと学園裏の野良猫を思い浮かべ、貴族体質の日和と野良猫を比喩したと知れたら文句を言われそうだと瞬きをした時だった。
柔らかな温もりが唇に触れた。
それが何かと思考するまでもなく、慣れ親しんでしまった日和の唇はジュンの唇と馴染み体温をあげた。
あのね、に続く言葉はいつだって同じだ。
「あのね、ジュンくん。これは自傷行為なんだよね。ジュンくんがぼくとは別の人間なんだって確認する為で、決してひとつになれないと知る為に必要なことだね」
意味の解らない理屈が日和の中にはあって、ジュンと別個体であることを痛感しては傷ついて、それでいて安心する。他人であることに絶望し、他人であるが故に安心するのだ。
その思考の意味が一ミリもジュンには理解出来ないが、惚れた弱みと唇の柔らかさに負けて届かない思慕を飲み込む。
この状態の日和に何も届かないことを知っている。どんなに想いを乗せた言葉を告げたところで、こうなってしまった日和に必要なのはジュンの身体だけなのだ。
自分以外の誰かでは駄目で、ジュンだから行為に意味がある。それだけは救いだ。
「おひいさん」
「ん……」
ソファに腰掛けるジュンの脚の間へ横向きの体勢で腰を据え、身体を捻り首に両腕を回して密着して来る日和が大人しく腕の中に納まる。その姿は未だに新鮮さを覚えるくらいに貴重だ。
ジュンとは違う柔らかな髪も、セットが崩れるからと普段は触らせて貰えないが今ならば触り放題だ。ふわっとした質感がワックスで損なわれているものの、柔らかい髪を梳き、後頭部の丸みを撫でれば猫を彷彿させる動作で掌に押し付けてくる。
今日はつくづく猫を連想させられる日だ。
そんな思考が伝わったとは思えないが、日和が不服そうな視線を寄越して来る。肩を竦めれば胸板を容赦なく叩かれた。自傷行為だと言うわりに要求が細かいところに普段の日和を見つけ、それはそれで安堵するのだけれど。
首を伸ばし窓の外へ視線をやれば薄い水色をした、夏の終わりを思わせる空に真っ白な月が浮かんで此方を見ているようだった。
何故かジュンにもわからないが、緩んだ口元を掠める湿った舌先の主へ視線を戻し、愛を込めて舌を捻じ込み口付けた。
笑った日和の口は月と同じ、猫の爪のような形をしていた。