恋とは痛くも美しいーーーーお花の妖精さんだ。
彼と初めて会ったとき何故か強くそう思ったし、今でもそれは間違いじゃないと思っている。
◇◇◇◇
「はい、おまたせしました。確かかすみ草、好きって言ってたよな?」
そう言って差し出されたのは母の誕生日だからとお兄さんに頼んで作ってもらったミニブーケ。
なるほど確かに以前お母さんと一緒に来店した時に「おかあさん、このお花すきなのよねぇ…」と言っていた気がする。私の半分もこの店に来ていないお母さんの好きな花を覚えているお兄さんはやっぱりすごいと思うと同時に足繁く通っている私のことはどれだけ知られているのだろうと考えてソワソワしてしまう。
1年前、お母さんとはぐれて迷子になった私が泣きじゃくりながらたどり着いたこのお花屋さん。
当時まだ働き始めたばかりだったお兄さんが一緒にお母さんを探してくれたのをきっかけに私はこのお花屋さんをすっかりと気に入ってしまった。
お母さんがガーデニングが好きな事もあって元々お花には興味があった。そしてこのお花屋さんは近くにとても大きな木の生えている自然公園がありお店の前のベンチからはその木を眺めることが出来るようになっていて、私はその木がこのお店を見守ってくれているような気がしてとても落ち着くのだ。
もちろんそんな事を言ってこどもっぽいとお兄さんに思われてしまっては嫌なので伝えたことはないけれど……。でもきっとお兄さんなら馬鹿にするのではなくニッコリと笑って「そうだな!」と言ってくれるんだろう。
そんな事を考えている間にもお兄さんは慣れた手つきでお会計を済ませて「メッセージカードは書いていく?それともお家で書くか?」と聞いてきていた。
「外のベンチで書いても良いですか?お家だと、お母さんに見られちゃうから」
「あー、それもそうか」
なんて会話をしながら色とりどりのペンを奥から持ってきてくれるお兄さん。
お気に入りのベンチに座り「さて、何を書こうか」と悩んでいるとふと横に誰かの気配がした。
お兄さんが休憩しに来たのかな?と隣を見るとそこに居たのは私よりも少しだけ年下だろうか?不思議な雰囲気の男の子がいた。
「………ベンチさ、僕も座っていい?」
「あ、うん。もちろん。どうぞ!」
「ありがとう」
男の子が座り、私はカードの内容を考え、無言が広がっていく。
何となく居心地の悪さを覚えながらちらと男の子の方を見ると彼は自然公園の大木をじっ…と何だか寂しそうに申し訳なさそうに眺めていたので思わず「あのさ」と声が出てしまった。
「あのさ…あの木さ」
「うん?」
「誰にもいったことは無いんだけどさ、何だか私には皆を見守ってくれてるような気がして凄く好きなんだ。君はどう思う?」
「みまもる………?」
初めて人に伝える事もあって少し早口で質問を投げかけると男の子はぽかんとした後考えるように呟いた。少し泣きそうな顔になりながら、あの木から目を離さないようにしながら。
「みまもる…そっか君には見守ってくれてるように感じるのか…うん、僕もそうだととても素敵だと思う。そうだと良いと思うな。」
男の子が泣きそうな笑顔で言うものだから、なんだか大変なことを言ってしまったのではないかと慌ててしまった。
「小黑、来てたのか!」
お店からお兄さんの声が聞こえると、男の子はさっきの泣きそうな笑顔などまるで無かったかのように元気な笑顔になった。
「うん、でももう帰るよ!今日は夕方に師父が戻ってくるんだ!!」
そう言うと男の子はそのまま元気に駅の方へと駆けていった。
「もう少しゆっくりしていけば良いのにな…。きっと可愛い女の子が居たから照れたんだろうな。」
などと言いながらお兄さんはさっきまで男の子が座っていた場所に座りふぅっと一息ついた。
いつもなら心の中で反芻して嬉しくなるお兄さんの言葉も、さっきの男の子の表情が気になってしまってどうにも聞き流してしまう。そんな私の様子がいつもと違うことに気付いたのか、私の顔を覗き込みながら更に声をかけてくれた。
「小黑に……さっきの子に何か言われたか?気にするなよ、あいつ良いやつなんだけどすこーし口が達者なんだ。」
「いえ!あの子には何も言われてなくて、むしろ私が変なこと言っちゃったかもしれなくて………」
「変な事?」
「公園の大きな木。まるで私達を見守ってくれてるみたいだねって……突然知らない人からそんな事言われたら驚いちゃいますよね。」
なんて言いながら私はそっとお兄さんの表情を伺った。そして「ああ、言わなければよかった」ととても後悔をした。
「見守る…か。ああ、そうだな。」
大木を見つめながらそう優しく微笑んだ彼の目に浮かんでいた熱は、私がお兄さんを見つめる時のそれと全く同じだったから。