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GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

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    ロナ半*箱の中身は――本当に買ってしまった。
     ロナルドは段ボールの前を前にして頭を抱えた。中身を考えると段ボールが大きすぎる気がするが、今のロナルドはそんな通販あるあるは取るに足らないことである。それどころか、日頃通販を利用しないせいで、そんなこと思いつきもしなかった。
     そして利用してみて、やはり今後も使わないだろうな、と思う。注文から受け取りまでに時間が空くせいで冷静になってしまうのが良くない。本当に届いてしまうとは、と自分で注文しておきながら他人事のような衝撃を感じてしまう。
     ロナルドはわななく手で、見た目だけでは中身など分からない段ボールを見つめた。
     慣れない通販で、コンビニ受け取りで、しかも最寄りのヴァミマではなく駅向こうのゼブンイレブンを指定し、更にはドラルクが寝静まる昼間に自分も眠い目を擦ってまで手に入れたもの。
     それは――
    「ロナルドく」
    「ッウォアワアアアッ!」
     ぽん、と肩を叩かれ、ロナルドは大声と共に振り向いた。ラリアットの要領で回った腕がすぐ後ろにいたドラルクの脇腹にぶつかり、薄い身体が砂に変わる。
    「ヌー!」
    「び、びびらせるんじゃねーよ!」
     いつの間に起きたのか。ロナルドは咄嗟に段ボールを背に隠した。ドラルクは再生し始めた腕で駆け寄っていったジョンを抱え上げ、「こっちの台詞だよ!」とロナルドに言い返してきた。
    「何だね突然!」
    「いや、べ、別に!?」
    「? 君、今何か隠して……」
    「じ、ジョン! ジョンが腹減ってるんじゃねーの!?」
    「ヌッ」
     ロナルドはドラルクの背中をキッチンへと押し込んだ。戸惑うドラルクとジョンだが、力でロナルドに適うはずもない。
    「ほら! 早く何か作ってやれって! いやー、俺も腹減ったな! 今日の夕飯は何かなー!」
    「いや本当におかしいぞ今日の君、ってちょ、このゴリラ! あんまり強く押すとまた……ッ」
     勢いのままにシンクの角にぶつかった衝撃で、ドラルクは再び死んだ。支えを失ったジョンの身体が床に落ち、ボールのようにていんていんと転がっていく。
    「ヌー!」
     主人の死を悲しむジョンには悪いが、絶好のチャンス。ロナルドは急いで段ボールを回収すると、洗面所の方に引っ込んだ。
     ロナルドはドアに背を預け、ひとり深く溜息をついた。
    ――ひとまずこれで誤魔化せただろう。
     とにかく、絶対にバレてはならない。ドラルクは指をさして笑ってくるに違いないし、ジョンにドン引きされたらと考えるだけで泣いてしまいそうだ。

     段ボールの中身は、恋人に着てもらうつもりで選んだランジェリー……いわゆるエッチな下着なのだから。

     この世に生を受けて二十数年。ロナルドに初めて出来た恋人の名前は、半田桃という。
     巨乳ともお姉さんとも遥かに遠いその男のことを好きだと思ったのは、もう随分前のことだ。しかし、それは自覚と同時に心の奥に閉じ込めた想いだった。何せ相手はあの半田だ。理由は半分くらいしか分からない(半田の母の件に関してはロナルドも少し申し訳なく思っている)が、ロナルドを目の敵にしているのだ。ロナルドが半田に心底惚れている――それを知った日には、高等吸血鬼の首を取ったように高笑いし、その醜態を新横浜中にばら撒くに違いない。それならまだしも、普通に引かれ、距離を取られる可能性もある。今のような嫌がらせすらされなくなったら本当にお終いだ。
     だからこの気持ちは日の目を見るべきではない。余談だが、決意した次の日から、元々何となく巨乳のお姉さん好きだったロナルドの性癖は完全にそちら方面に固まってしまった。一種の現実逃避という自覚はあった。
     その気持ちが揺らいだのは、つい最近のことである。
    ――ロナルロ! お前とカメ谷に会ってなー、俺は不真面目になったぞ!! バカがうつった!!
    ――でも俺は今のほうが楽しい! 以上だ、良かったなロナルロ
     電話を落とさなかったことを褒めてほしい。そして、ドラルクが居ないタイミングで良かった。今の自分が人に見せられる顔をしているとは思えない。
     ろなるろ、って。楽しい、って。声の調子から泥酔していることは理解できたが、それでも、心にもないことを言える男ではないことを、ロナルドはよく知っている。
     つまり、自分は半田に心底憎まれている、というわけでもないらしい。ただそれに気付いたというだけで、ロナルドの体温はじわじわと上昇していった。
     その後紆余曲折――ここでは語り尽くせないほどのあれやこれやがあって、半田はロナルドの恋人になった。好きだと伝えてきた半田の可愛さを、ロナルドは今でも鮮明に覚えている。
     半田の方はかなり性知識に疎いとはいえ、互いに健全な成人男性だ。当然、身体の関係も持った。それこそ話していたら太陽が昇ってしまうほどのあれやこれやがあったのだが、ロナルドは何とか半田を抱いた。
     それから数ヶ月。それぞれの同居人から隠れながらも、行為には慣れてきた。もう初夜のような醜態をさらすこともない。

     となれば、健全な成人男性がシンプルやノーマルの外に興味を持ってしまうのも仕方がないだろう。
     たとえば、エッチな格好をしてエッチなことをしてほしい、だとか。

     何はともあれ、これをどうにかして隠さなければ。ロナルドは唸った。
     ドラルクとジョンの寝床があるリビングは論外。事務所も駄目だ。人の出入りが多すぎるし、メビヤツに録画されていたらすぐに見つかってしまう。となれば、洗面所かその周辺に避難させておくしない。そこだってドラルクやジョンも出入りするのだから、細心の注意を払わなければ。
     その日ロナルドは、自分専用の部屋がない家賃8000円の間取りを初めて後悔した。

      ***

     ドラルクとジョンの話を聞き終わった半田は、「なるほど」と口角を上げた。
    「この上なく怪しいな」
    「そうだろう?」
     ドラルクが淹れたティーカップの中身は、ほとんど口を付けないうちに冷めてしまった。それどころではないほど興味深い話を聞いてしまったからだ。
    「若造は何かを隠しているらしい。何だかは分からないがね」
    「よし、暴きに行くか」
    「流石、ロナルド君のこととなると話が早いな」
     半田は紅茶を飲み干し、ソファから立ち上がった。
     このソファで寝起きをしている家主は不在である。飛び込みの依頼が入り、半田とほとんど入れ違いに出ていったそうだ。せっかく仕事終わりにわざわざ寄ってやったというのにタイミングが悪い――と思ったのはほんの数分だけだった。こんな面白い話、半田が乗らないはずがない。
     ドラルクの話では、ロナルドは洗面所や浴室がある方向に逃げたらしい。ということは、その隠し物もそちらにあるはず。ロナルド吸血鬼退治事務所の間取りなど、半田にとっては勝手知ったる(本当にロナルドの許可なく勝手に知った)ものだ。半田が見つけ出せないはずがない。
     廊下に出た半田は、仁王立ちして高笑いした。
    「バカめロナルド! 貴様が俺に秘密を持つなど二百年早い!」
     その後ろで、ドラルクは呆れたように嘆息した。
    「……君、本当にロナルド君と懇ろなんだよね」
    「うるさい!」
     カッと血の昇った頬を隠すべく、半田は反射的にドラルクの顔を掌で叩いた。死ぬドラルク、足元に居たジョンの嘆き。半田はそれらを無視して、まずは一番奥の収納に向かって大股で進んだ。


     ロナルドと半田の仲は、近しい人間と吸血鬼には早々にバレた。ロナルドは半田に原因があると言うが、吸血鬼対策課に所属するダンピールがそんなに分かりやすいはずがない。実際、父と母には隠し通せているのだ。ロナルドの馬鹿が鼻の下を伸ばしているせいに決まっている――と半田は思っている。
     ロナルドにその想いを伝えられた日、半田はすぐにそれを笑い飛ばそうとした。しかし出来なかった。
     晴天のような瞳は真剣だった。そのくせ元々血色の良い頬は夕焼けのように染まっていた。高校に入学した日からもう何年も共に過ごしているというのに、ロナルドのそんな表情を見たのは初めてだった。嫌な沈黙を誤魔化そうとして出たいつもの知恵熱だけではない、不可思議な熱に蝕まれた。
     笑い飛ばすのが嘘ならば、正は何なのか。とりあえず、半田はロナルドを突き飛ばして逃げた。そして考えた。母の料理もうわの空で食べたほどに散々考え、ようやく絞り出した結論を伝えた日、ロナルドは信じられないものを見るような目をした。挙動不審なロナルドに、数日前の格好良さはどこに行ったのだと怒鳴りつけたくなって、ロナルドを格好良いと評価してしまった自分に絶望した。
    ――本当に?
    ――そうだと言っている
    ――本当の本当の本当に?
    ――しつこい!
     何度もその応答を繰り返した末、ロナルドはパッと陽が差したように笑った。その笑顔に心臓が跳ねた時点で、半田が使える言い訳はもうなかった。
     そんなわけで、半田桃はロナルドの恋人の座に収まった。しかしそれはそれとして、半田の目的は当初から変わらない。ロナルドは半田のライバルで商売敵、そして母の敵だ。いつか決定的な醜態を入手したその日には、ロナルドに誑かされた母の目を覚まさせる。その目的のため、半田は今日もロナルドの弱みを握るために東奔西走し続けているのである。


    「おそらく、隠したのは段ボールだろう」
    「さぁ、そこまでは見ていなかったけど」
    「あの日どこかから帰ってきた奴が抱えていたからな。メビヤツの機能で見た」
    「見てたの!? 気持ち悪ッ!」
     今度は無言で蹴っておいた。砂になったドラルクを足で避けながら、半田は収納の戸を開けた。何にも使われていない小さな部屋にある収納は空っぽだ。見ておきながら、そうだろうなと納得する。ロナルドの荷物がリビングのクローゼットで事足りていることも半田はしっかり把握していた。
     復活したドラルクはジョンを撫でながら「通販でも使ったのかな」と呟いた。
    「ロナルドはあまり通販を使わないだろう。誰かから直接受け取ったという可能性もある」
     半田は戸を閉め、これまた持て余されている小さな部屋を見渡した。何もない。大きな窓の向こうに新横浜の夜の景色が広がっているだけだ。続いて半田とドラルクはトイレのドアを開けた。特別変わった様子はない。浴室も、洗面所も、戸棚や洗濯機の中、バルコニーまで確認したが、それらしきものは見当たらなかった。
     廊下に戻ってきた二人とジョンは、うーん、とその場で考え込んだ。
    「もう外に持ち出してしまったのかな。それか、事務所か」
    「いや、そんな様子はなかったぞ」
     メビヤツで監視が出来るのは事務所、せいぜいリビングの入り口までだ。逆に、その範囲までならば半田はロナルドの行動を把握している。ロナルドが段ボールを持って外に出ていくのは見ていないし、事務所でロナルドが不審な行動をしていた日も悔しいことに無かった。
    「だからこの家の、リビングよりもこちら側のどこかにあるはずだが」
    「ふむ……。キッチンは私の城だからロナルド君が物を動かせば分かるはずだが、そんな様子もないしなぁ。一応クローゼットも見てみるか」
    「そうだな」
    「ヌー」
     半田とドラルクはリビングに戻り、クローゼットの前に立った。今日は鍵は掛かっていない。戸は貧弱なドラルクの力でも簡単に開いた。
    「しかし、ロナルド君もいったい何を隠しているんだか」
     クローゼット自体はそこそこの広さだが、中身が多いせいで随分と狭く感じる。シーズンオフの夏服や扇風機はともかく、いったい何故という物も多い。高校の制服を取っておいてどうするのだ。あのダサいナップサックはそれこそ捨てたのではなかったのか。私服らしき私服など滅多に着ていないくせに、どうしてこうエッジの効いたセンスのものばかりなのだ。それら捜索に邪魔なものを一旦クローゼットの外に出しながら、半田はドラルクに応えた。
    「あの大きさだと中身は……何だろうな、そこそこのサイズだったが」
    「ううん……。本とか、ゲームとか? 何個か一緒に受け取ったのかもしれない」
    「それなら別に隠さなくてもいいだろう」
     本は自分でも出版しているくらいだし、ゲームはドラルクがプレイするものが沢山ある。挙動不審になる理由がない。
    「さて、どうかな」
    「……どういう意味だ」
     半田は思わず手を止め、振り返った。そんな狭い場所で動いたらどこかにぶつかるたびに死んでしまうから、という理由でクローゼットの外にいるドラルクが、含みのある笑みを浮かべている。
    「半田君に見せられない物なのかもしれないよ。たとえばエッチな本とか、エッチなゲームとか」
    「そ、……それなら弱みになってむしろ丁度いいだろう!」
     思わぬ発言に、半田は一瞬固まった。しかし慌てて反論する。ロナルドの性癖など半田は昔からよく知っている、何せ馬鹿のひとつ覚えのようにおっぱいしか言わないのだ。Y談おじさんをはじめとする変態吸血鬼たちのせいでもはや周知の事実となりはじめているが、証拠としてその手の本やゲームがこの家にあるのであれば、手に入れるに越したことはない。
    「へぇ」
     ドラルクは心底意外だというように声をあげた。
    「半田君はそういうの気にならないのかい?」
    「だから、何がだ」
     少し苛立って、半田は言い返した。ドラルクはいつもの面白がる様子を見せず、どこか哀れむような表情を浮かべた。
    「……君が想像以上に初心だから親切心で教えてあげるけど」
     ドラルクはそう前置きして半田に告げた。
    「AVは浮気に入るかどうか、というのは、古今東西カップルの間で散々議論されている話題のひとつなんだよ」
    「………………そうなのか?」
     困惑する半田に、ドラルクの腕に抱えられたジョンまでが深く頷いた。吸血鬼ばかりか、アルマジロまで。
     そんな一般常識、知らなかった。衝撃によろめく半田に、ドラルクは続ける。
    「特にロナルド君の場合は性癖がアレだろう、おっぱい星人。君とは真逆じゃないか」
    「……確かに」
     半田は目を瞬かせる。ドラルクに言われるたった今まで、考えたことすらなかった。
     捜索の手は完全に止まってしまった。黙りこくる半田に、ドラルクは呆れたように深い溜息をついた。
    「あのねぇ。私から言っておいて何だけど、そんなに深刻になるようなことじゃないよ」
    「……」
    「ただの痴話喧嘩のテーマだろう。というか、まだ本当にその手の物だと決まったわスナァ……」
     突然ドラルクが砂になった。半田はハッと顔を上げる。
    「お前ら何やってんだ!」
     いつの間にか帰宅していたロナルド本人である。握られた拳でドラルクの背中を殴りでもしたのだろう。
     ロナルドは砂を踏んでクローゼットに近付くと、その惨状に「半田!」とこちらを睨んだ。
    「今度は何だよ。中身全部出しやがって!」
    「フン、いつもの家宅捜索だ。気にするな」
     ロナルドを前にした途端、半田にいつもの調子が戻ってきた。これはもはや本能と言ってもいいだろう。
    「いや気にするわ!」
    「何だ、見られては不味いものでもあるのか?」
     前回このクローゼットを開けようとした時にはあった。誰よりも愛する母からロナルドに送られた手紙の数々である。思い返すだけで再び血の涙が溢れそうだが、それでも既に一度見ているのだ、改めて隠し立てされる必要は無い。
    「な、何が?」
     案の定、ロナルドは露骨に目を泳がせた。
     やはり、ロナルドは隠しているのだ。あの手紙以外の何かを。
    「とぼけるな。先日貴様が大事そうに抱えて持ち帰ってきた段ボールだ」
    「何でお前がそれを知って……あ」
    「ほう、やはりそうか!」
     半田はロナルドの胸ぐらを掴み上げた。
    「何を隠している! 観念して言え!」
    「だから何でもないって!」
    「今更そんな言い訳が効くか! 」
    「絶対言わねぇぇぇぇ! あ、いや、どの道お前には後で言うけど今はまだその時じゃないんだって!」
    「何を訳の分からないことを言っている!」
     自分より大きな図体を力任せに揺すったその時、ロナルドの服の間から何かがぽろりと零れ落ちた。
    「あ゙っ!」
    「は?」
    「え」
    「ヌッ」
     三人と一匹の短い声。
     それが床に落ちるよりも早く、ロナルドが手を伸ばした。しかし、反射神経と動体視力では半田も負けを取らない。その身体を躊躇いなく蹴り飛ばした。ぐぇっ、と苦しそうな声がしたが、それに気を配ってやる余裕も既に半田には無かった。
     純白の何かが二つ。ひとつはあまりに小さく、もうひとつでは、向こう側が透けるほどに薄い布がひらひらと舞う。後者に付いている二つの大きな膨らみ。淵には黒いレースが、要所要所には頼りないほどに細いリボンが飾られた、布とも紐ともつかないそれは、いくら半田でも用途くらい知っている。
     少しエッチな女性物の下着。
    「……ち、ちがっ、……半田! ジョン! これはそういうアレじゃない! これは……俺の私物だッ!!」
    「………………うわ……」
     重い沈黙をようやく破ったのはロナルドの悲痛な叫び、そして、享楽主義であるはずのドラルクの心底ドン引きした声だった。

      ***

     ロナルドにとって、半田が初めての恋人である。つまり、修羅場を経験するのもこれが初めてだ。
    「何か言い残すことがあるなら聞いてやるぞ、バカ、イカレポンチ、毛虫、ナス、歯垢、女装癖」
    「そんな趣味は持ってねぇ!」
     世の中のカップルたちは誰も彼もがこんなにも大変な局面を乗り切っているのだなぁ。そんな現実逃避をしながら挑むには、半田は強敵すぎた。
    「貴様が自分で言ったのだろう」
     半田はソファで長い脚を組み、ふんぞり返ってロナルドを見下ろしている。一方のロナルドは、半田の無言の圧に負けて自主的に床に正座。ドラルクとジョンは、これから始まる話し合いを察するや否やそそくさと事務所を出ていった。
    ――私達はお邪魔のようだからね。ギルドでホットミルクでも楽しんでくるとしよう。
    ――ヌー
     それはつまり、ドラルク達が帰宅する夜明け前にカタをつけておけということだ。
    「私物というのは嘘か? ならばどこで盗んできた」
    「誰が下着ドロだ!」
    「では持ち主に合意の上で持ってきたのか?」
    「だからァ本当に俺のものなんだって! そしてお前のものでもある!」
    「はぁ!? 何を訳の分からないことを言っているんだ貴様は!」
    「ウェーン!」
     喚くロナルドを見下ろし、半田は舌を打った。
    「……あくまでも、疚しいことなど何一つないということだな」
    「だからそう言ってるだろ!」
    「では説明してみろ」
    「ああ! これはな……」
     意気揚々と話し出したロナルドだが、その言葉は途中で途切れた。
    「……ロナルド?」
    「い、いや、えーと……」
    ――恋人にエッチな格好をしてエッチなことをしてほしい、という願望は、疚しいに入るのだろうか。
     世間的にはよくあるシチュエーションだと思う。しかしロナルドの知る「世間」はエロ本や猥談の世界だ。ましてや相手は半田桃。言った途端ぶっ飛ばされたり、ドン引きされたりする可能性もある。
    「ええ、と……」
     言葉を探しながら、ロナルドは半田をちらりと見上げた。視線は合わない。半田の鋭い眼光は、ロナルドの隣に置かれたランジェリーを射抜くばかりだ。
    「あのー……」
    「……もういい」
     突然半田が立ち上がった。
    「へっ?」
     驚くロナルドの前で、半田はすたすたと玄関に向かった。そして素早く靴を履くと、迷いのない動きで事務所の窓ガラスを破って外に飛び出した。
    「あ゙ーーーッ!」
     だからどうしてそこを割るんだお前は! という突っ込みを入れるよりも先に、衝撃から我に返ったロナルドの顔からサッと血の気が引いていく。
     これはまずい。絶対にまずい。何せ奴は物凄く思い込みが激しいのだ。それはロナルドが一番よく知っている。今頃、半田の脳内ではとんでもない理論が組み立てられているに違いない。
     たとえば、浮気疑惑だとか。
    「だーっ、チクショーッ! 待て半田!」
     ロナルドも急いで、半田とは異なりきちんと玄関から外に飛び出した。

      ***

     信号を無視してはいけません。点滅している時も渡っちゃダメよ。こんな時でも半田の両脚は母の教えを忠実に守った。
     半田が立ち止まったのは、中央分離帯がある大通りにかかる交差点である。周囲には信号待ちをしている人間も多い。半田は首元のマスクで口を覆った。ロナルドの事務所についた時から下げっぱなしにしていたことをふと思い出したのだ。
     進行方向で点滅していた青色が赤に変わり、三秒後、車が動き出した。
     半田は今、吸血鬼退治人組合に向かっている。ドラルクに、もう事務所に戻っていいと伝えるためだ。ホットミルク代くらい出してやってもいい。そして、せっかく設けてもらった話し合いの場を放棄したことを謝らなければ。
    (……また妙な変態吸血鬼に絡まれていて、その産物)
     ロナルドは自他ともに認める巨乳好き。ロナルドと半田は恋人で、当然そういうこともする。その二つの事柄は、ドラルクに言われて初めて半田の中で結びついた。そして、その数分後に露見したあのランジェリー。ロナルドの動揺、煮え切らない態度。全てを踏まえて考えれば、導き出せる結論などそう多くはない。
    (退治人としての依頼に関係する。突然女装に目覚めた。どこかから盗んできた。……AVでは足りなくなって実物を買ってみた。……実はどこかに女を作っていて、あれはその女の持ち物)
     特に、最後の可能性が一番高そうだ。何故剥き出しのまま持ち歩いていたのかは分からないとしても。
     そう気付いたら、あれ以上ロナルドとやり合うことが酷く不毛に思えた。半田は自分でも意識しないうちに「もういい」と話を切り上げ、ロナルドの事務所を後にしていたのだ。
     マスクの下で結んだ唇が僅かに震えた。
     どんな感情を抱くのが正解なのだろう。
     悲しめばいいのか。怒るべきなのか。
     それとも、生まれ持った自分の性別と相手の性癖の不和ばかりは仕方がないと諦めた自分が正しいのか。
     斜め後ろに立っていたサラリーマンが半田の脇を通り過ぎて行った。いつの間にか信号が変わったらしい。ともかく自分も歩き出さなければ。
    「いた! おい半田!」
     踏み出した右足が車道に乗る一秒前、腕を強い力で引かれた。
     たたらを踏みながらも、何とか振り返る。やはりと言うかなんと言うか、そこにいたのはロナルドだった。
    「……ッ何だ突然!」
    「お前こそ何してんだよ、何でこんな時に律儀に信号守ってんだバーカ!」
    「貴様、お母さんの言いつけをバカにしているのか!」
    「そのお母さんに人の話は最後まで聞きましょうとは教わらなかったのかよ!」
     うぐ、と半田は言葉に詰まった。
     だって、それどころではなかったのだ。あの一瞬、人生で初めて、母に教わったことが頭から抜け落ちた。もう聞いても無駄だ、聞きたくないと、あの場から逃れることしか考えられなかった。
     黙りこくる半田の前で、ロナルドはぜーはーと呼吸を整えていた。どうやら走ってきたらしい。
    「……何をそんなに疲れているのだ、いつもの馬鹿体力はどうした」
    「う、うるせー! お前の家の方先に回ったんだよ! そしたら電気ついてないから!」
     半田の家はこちらとは逆方向だ。行って戻ってきたと考えれば、そこそこの道のりになる。だが。
    「その話はもういいと言っただろうが」
    「だからァ、俺がよくないの!」
     ロナルドが勢いよく顔を上げた。
     汗だく。泣きそうな瞳と情けない声。造形そのものは優れている方だというのに、残念なことだ。この顔が、この男が嫌いだ。腹立たしくて仕方がない。澄んだ青い瞳に自分だけが映ることに喜ぶ自分も。
    「あのな、半田……」
     ロナルドが半田の両肩を掴んだ。それと同時に、半田はハッとして辺りに視線を走らせた。
     今、確かに近くから吸血鬼の気配がした。
     この気配は知っている。何度か会っている。あの厄介な金髪の――。
    「……待て、ロナルド!」
    「いいかよく聞け!」

     その瞬間、ロナルドの背後で見覚えのあるピンク色の光が弾けた。
     
    「俺はお前にエッチな下着を着てエッチなことをしてほしかっただけなんだ!(お前以外に女とか恋人なんているわけないだろ!)」
    「…………は?」
     一瞬の沈黙。
    「……あれ?」
     ロナルドはぽかんと間抜けな表情を浮かべた。二人だけではない。通行人たちも、ロナルドの突然の宣言にぎょっとした顔をこちらに向けた。
    「ち、違うんだッ! これはあの野郎の……ッ!」
     ロナルドは慌てて弁解し始めた。
    「いや違わないけど! でも、俺は基本のキ以外のプレイにも少し興味が出てきただけだ!(お前のこと以外見てない!) ただし下心は満載です!(それ以外には疚しいことなんて本当に何も隠していない!)」
    「……」
    「エッチなことなんて知りませんって顔してるお前が着てくれたら興奮する!(えっこれ俺が言いたいことちゃんと伝わってる!? 伝わってないんじゃない!?)」
    「……」
    「あーッ、クソ! そりゃあ大きいおっぱいも好きは好きだけど!(そりゃあ大きいおっぱいも好きは好きだけど!)」
    「…………ほう」
    「エッチな服着て今日は君の好きにしていいよって両手を広げて俺のすべてを受け入れてほしい!(ってこれはこのまま言えちゃうのかよ!?)」
     こういう時にすぐに暴力に走るようになったのは、間違いなくこの男の影響だ。バカどころか脳筋までうつってしまった。
    「グェアフォッ!」
     ロナルドのY談が終わるや否や、半田はほとんど本能で全体重を乗せた拳を繰り出した。周囲の騒めきと好奇の目に、マスクを付け直した後で良かったと心から思った。

      ***

     手助けのつもりだったんだよ、と砂の山は言った。
     ドラルクがギルドに向かったあの夜、たまたま街でY談おじさんと鉢合わせた。ロナルドがいなければ、そしてY談ビームをぶつけられなければ、同胞として雑談くらいする。一人と一匹で出歩くなんて珍しいじゃないか。そう言われて、ドラルクは事の顛末を掻い摘んで話したのだ。
    ――ロナルド君が女性物のランジェリーを隠し持っていたことが半田君にバレて、事務所が大変なことになってるんだよ
    ――へぇ。実に愉快なことになっているね、彼ら
     Y談おじさんはそれはそれは良い笑顔を浮かべて事務所の方向に走っていった。そして路上で言い争うロナルドと半田を見つけ、ロナルドに向けてY談ビームを放ったのだ。
    「嘘つけ。面白がってやったんだろ、クソ砂!」
    「ブェーッ、生き返った途端殺すのやめなさい!」
    「死ね! テメーなんか一生死んでろ! 何が手助けだ、何も解決してねーじゃん! 半田帰っちゃうし、窓ガラス割れたままだし!」
    「ガラスは君が金額を出し渋るから業者が後回しにしているだけだろう」
    「ワーンッ」
     ロナルドは机に突っ伏した。部屋に入り込んで背中にあたる夜風が冷たかった。
     あの夜。打ち所が悪かったのか、ロナルドはそのまま気絶した。目覚めると家のソファベッドにいて、心配そうな表情を浮かべたジョンに顔を覗き込まれていた。外を見れば明るい。ドラルクは棺桶に戻ったのか姿が見えなかった。
     あの貧弱がロナルドを一人で運べるはずがない。すぐにそう気づいたが、居住スペースにも事務所にも半田はいなかった。原因となったランジェリーも見当たらない。ジョンと普通に言葉を交わせたことから、Y談おじさんは誰かが――おそらく半田が倒したのだろうということだけが分かった。一体何がしたかったんだあの金髪は。愉快犯にしては被害が大きすぎる。
     それから数日。ロナルドは半田と会うどころか、連絡すら取れていない。
    「もう俺はダメだ……。俺なんて貼ろうとしたら端が折れてくっついて使い物にならなくなった絆創膏……」
    「……相当参ってるねぇ」
     ドラルクが深い溜息をついた。
    「元はと言えば君が紛らわしいもの持ってるからいけないんだろう」
    「だから! あれは本当に半田に……ッ!」
    「聞きたくないってば同居人の性事情なんか。……いや、けどあれ、サイズが明らかに女性用だったじゃないか」
    「……は?」
     ロナルドは身体を起こした。呆然とした表情で、ドラルクの言った三文字を繰り返す。
    「……サイズ……?」
    「え、初めて知った概念?」
     目を見張るドラルクに、ロナルドは慌てて言い返した。
    「だ、だって俺一番でかいの選んだし!」
    「元々がレディースでしょ、あれ。LだろうがLLだろうがたかが知れてるって」
    「な……」
    「あと、半田君に合わせるならカップが大きくても意味無いからね」
    「あっ!」
    「え、君実は本当にバカなの?」
    「ウェーン!」
     ドラルクを殺すことすら忘れ、ロナルドは再び泣き喚いた。
    「もうおしまいだ……。俺なんて床に落ちたけど屈むの面倒で拾うのを後回しにされたままベッドの下に入り込んだ湿布の裏のビニール……」
    「あーはいはい。ジョンー、食器の片付けを手伝ってくれるかい?」
    「ヌー!」
     ドラルクの見捨てる宣言。ジョンの元気な返事。ロナルドを事務所に置いて、一人と一匹は本当に居住スペースに戻ってしまった。
     ひどい。冷たい。何のために二百年生きているのだ、あの吸血鬼は。こんな時こそ年の功を発揮してくれたらいいじゃないか。ロナルドの胸に、そんな理不尽な欲求が湧いてきた。
     だって初めてなのだ。恋人ができるのも、恋人と冷戦状態になるのも。俺よりよほど半田と仲がいいんだから、連絡くらい取ってくれたっていいのに。知ってるんだぞ俺、俺がいない日に半田がドラルクとジョン目当てで遊びに来てること。……あ、また悲しくなってきた。
     ロナルドはえぐえぐと泣き続けた。今依頼人が来たら退治人ロナルド様のイメージも崩壊するだろうが、知ったことか。今夜は依頼もない。アポ無し事務所を訪れる面々なんてタカが知れている。ろくでもない変態吸血鬼か、ろくでもない事件を持ち込む人間。それか、
    「来てやったぞロナルド!」
     ロナルドの事情や都合など考慮した試しがないであろう愛しきダンピールだけだ。
    「…………ばん゙だ゙ぁ゙……」
    「フハハハハ! 無様だなァ!」
     半田は妙なテンションのまま、ずかずかとロナルドの前まで歩みを進めた。来てくれた。その事実だけで救われた気がした。
    「ドラルクとジョンはどうした?」
    「お゙ぐに゙い゙る゙……」
    「おい、いい加減泣きやめ。愉快ではあるが話がしづらい」
     半田は心底呆れたようにため息をついた後、居住スペースに向かって声を張った。
    「ドラルク、来たぞ!」
    「おや、早かったね」
    「……へっ?」
     ひょいと顔を覗かせたドラルクには、別段驚いている様子もない。ロナルドは目を瞬かせ、半田とドラルクを交互に見た。二人とも無言でニヤニヤと笑うばかりだ。状況を理解した途端、ロナルドの涙はピタリと止まった。
    「……来ること知ってたなら言えやクソ砂ァ!」
    「おお、怖い怖い。ゴリラに襲われて死ぬ前に私たちは退散しようか!」
    「ヌー!」
    「あっおい!」
     ドラルクは足元のジョンを抱えあげると、そのまま本当に事務所を出ていった。
     事務所に残されたのはロナルドと半田、そしてスリープモードのメビヤツだけ。
     ロナルドはごくりと息を飲んだ。半田は家主よりも余程偉そうにソファに腰掛け、「ロナルド」と呼んだ。
    「……おう」
     何の用だ、など、答えがひとつしかない問いをする余裕はない。ただ頷くロナルドに、半田は言った。
    「俺は考えたぞ」
     その言葉には覚えがあった。そうだ。告白の返事をしに来た日も、半田はそう言っていた。姿を眩まされ、数日後、こうしていつもの雰囲気で――ロナルドが凹んでいる分いつもより楽しそうに、半田はロナルドの元に戻ってきたのだ。
    「物凄く考えた。そっちに集中していたら一昨日はお母さんに朝の行ってきますを言い損ねた。由々しき事態だ。謝れ」
    「俺が!? えっゴメン」
    「よし。……それでだが、今回のことは仕方ないと思うことにした!」
    「……は?」
     ロナルドが半田の勢いに追いつくよりも先に、半田は勝手に着地してしまった。問題提起から結論までが怒涛すぎる。
     呆然とするロナルドをよそに、半田はひとりウンウンと満足気に何度も頷いた。
    「お前が嘘を言っていないことはひとまず分かった。そして、お前が巨乳好きなのも趣味が童貞臭いのも今に始まったことではない。そのふたつが平行してしまっているならば俺にはこれ以上どうすることも出来ないからな。だからエロ本だろうがAVだろうが好きなだけ嗜めばいい。俺はそれを浮気とはカウントしないでやる」
    「いや待ってマジで何の話!?」
    「しかし、お前が他に女を作ることは腹立たしい。そして、不本意ながら悲しいだろうな」
    「……ッ」
     ロナルドは息を飲んだ。そんなことを言う半田、そして今確かに喜んだ自分に対しての驚きで、すぐには言葉が出なかった。
     だって初めてだったのだ。半田がそんな感情をはっきりと口にしたのは。
     想いを確かめあった。身体だって重ねた。それでも半田は、全くと言っていいほどロナルドへの態度を変えていない。事務所の窓ガラスは割られるし、セロリは仕掛けられるし。こちらはジョンはともかくドラルクと仲良くされることにすら嫉妬してしまうのに、半田はそんな素振り一度だって見せてはくれない。
     だから、自分が半田を好きなほど、半田は自分のことを好きではないのだろう。自己評価が低いロナルドは、心のどこかでずっとそう思っていたのだ。
    「だから口惜しいが、こちらにも多少の譲歩は必要だろうと観念した」
     そう言うなり、半田は立ち上がった。
     勝手にリビングに向かった半田は、何故かデメキンの水槽を抱えていた。突然移動させられ戸惑うデメキンと目が合う。なんだコレは。いや俺も分からん。そんな視線の会話を他所に、半田は水槽をテーブルに置いた。次いで、脇に抱えていたらしい死のゲームを水槽の傍らに置いた。
     最後に半田はロナルドの腕を引き、困惑するロナルドを強引に居住スペースへと導いた。
     半田は我が物顔で広げたままのソファベッドに腰かけた。そして、ロナルドの腰をぐいと脚で引き寄せた。
    「わっ、……っと、……」
     巻き添えのように倒れ込む。ロナルドは咄嗟にソファに手をついた。
     気付けば半田は座面に背を預け、自分の陰に居た。勝気な瞳と、至近距離でばちりと目が合った。
     ロナルドはごくりと喉を上下させた。
     まさか。これはまさか、そういう誘いだろうか。だからドラルクとジョンは外出し、デメキンやら死のゲームやらを移動させたのか。いやでも、今まで半田から誘われたことなんて。まだ先程の言葉の衝撃からも戻ってきていないロナルドのそう大きくない脳は、既にパンク寸前だった。
    「……ああ、そうだ」
     だというのに、半田は更に何かを思い出したように呟いた。
    「貴様が浅知恵で購入したアレは捨てたからな。そもそもサイズが全く違うだろうが、愚か者め。……当たり前だが全く同じデザインではないが贅沢は言うなよ」
    「え、…………は?」
    「しかし本当に俺が着られるサイズが売っているとは思わなかった。世の中は広いな、ありとあらゆる変態がいる。配送には少し時間がかかったが……」
    「待て、ちょ、待ってください半田サン」
     ぶわりと全身から汗が噴き出した。驚愕、そしてまさかという期待に、心臓がバクバクと音を立てる。
     半田は涼し気な顔色のまま、「何だ」と眉を顰める。
    「自分で言ったのだろう。もう忘れたか、鶏頭」
     そして、半田はロナルドに向けて両腕を大きく広げた。
    「好きにしていいぞ、ロナルド。お前の性癖は俺には到底理解できないが、まぁ、今日くらいはそれごと受け入れてやってもいい」
     絶句。あまりのことに、ロナルドの脳は目の前の出来事の処理を放棄した。
    「まぁ、お前が大好きな巨乳はついていないがな」
    「……」
    「…………ブッ」
     先に動いたのは半田だった。綺麗な顔に似合わない笑い方。何だ、と言おうと口を開いた時、その唇の隙間に鉄の味が流れ込んできた。
    「……ッ」
     鼻血。
     ロナルドは反射的に顔を押さえた。その手のひらに嫌な生温かさが広がっていく。慌てるロナルドを見て、半田はさらに可笑しそうに笑った。
    「貴様は本当に成長がないな!」
     半田の言う通りだ。初めて半田を押し倒した日も、こうしてロナルドは鼻血を噴き出したのだ。
     こんな失態、もう二度としないと誓ったのに。そうこうしているうちに、手から溢れた鮮血がぼたりと垂れた。ああ、ドラルクに怒られる。床を、しかも血で汚すなんて。そう思った時、半田がその顔を手の甲に近付けてきた。
     赤い舌が、汚れた指の隙間をべろりと舐め上げる。
    「絶対に汚すなよ。新品、しかも白だぞ」
     どこでそんなこと覚えてきたんだ、とか。マジかよ俺の好みそのまんまじゃん、とか。なんでお前はやることなすこと極端から極端なんだ、とか。それは使い捨てにするつもりはないということか、とか。ところでお前吸対の制服のままだけどまさか朝からその白い何かを着たまま一日仕事してたんじゃないだろうな、とか。言いたいことは沢山あったはずなのだが。
    「…………ひぇ」
     煽るようにこちらを見上げる金色の視線に、ロナルドはただ情けない声を漏らすことしか出来なかった。



     ところで、どうしてあれをわざわざ持ち歩いていたのだ。吐息の隙間でそう問われた。
     隠す場所が見つからなくて、いっそ持ち歩いた方がバレないだろうと思った。恥を忍んで絞り出したそれを聞くと、「脳筋」と半田は笑った。やけに機嫌よく弧を描く口元から、小さな牙が覗いていた。


     ヌン
    陽葵ちず Link Message Mute
    2022/06/18 1:00:21

    ロナ半*箱の中身は

    #ロナ半  #二次創作

    ロナルドが女性もののエッチな下着を持っていたことが露見して軽く修羅場になる話です。
    タイトルはのどかさんがつけてくださいました!

    ほぼ童貞ルド君と暴走機関車半田を書くのが楽しかったです。

    支部と同内容です。

    more...
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