そして、今日は二人で同じ夢を自分を天才と称してはばからず、言葉通りに才能を発揮するキミが、とてもとても眩しかった。それは僕が欲しくてたまらず、手に入れられなかったものだから。
けれど、時折その自信が揺らいでいたのも、実は知っている。
それでも、ファンの前でカメラの前で僕らの前で、溢れんばかりの光の中で得意そうに笑う顔を見て、僕は──
ふと寝苦しさを感じてうっすらと目を開く。目に入ったのは見知った天井。
仕事を終えて早めに帰宅し、疲れからソファで仮眠を取っていたのを思い出す。
(ずいぶん懐かしい夢だったな)
まだC.FIRSTを結成したてで、毎日いっぱいいっぱいだった頃の夢だと思う。2度目のライブの頃だろうか。
それをもう「懐かしい」と思えるくらいの時間が経っている。
いろんなことがあったな、と感傷に浸ろうとしたが、どうにも体が重苦しく、そんな思考に浸ることができなかった。
なんとなく原因に当たりをつけつつ、少し視線を落とす。そこに見慣れた綺麗な頭が見えた。青みがかったまっすぐな髪。
ちょうど僕の腹の上に伏せるように頭を預けて眠っていたのは、同じグループの後輩、我らがセンター天峰秀だった。
なるほど、寝苦しさの原因はこれだ。
学校帰りなのか、近くには重そうなリュックが転がっている。今日は大学でいくつか講義があるから練習にも来られないと聞いていたので、会えたことは単純に嬉しい。
この家の合鍵は持っているから、それを使ったんだろう。
それはいいとして。
彼は普段は人の睡眠を邪魔するようなことはしない。人が寝ているときに訪ねてくることは珍しくないが、たいていは僕が起きるまで近くで待っていることが多い。
こういう行動をとる時は、決まって「何かあった時」だ。
僕はひっそりとため息をついた。
「アマミネくん」
声をかけるが返事がない。どうやら寝たふりではなさそうだ。
なんとか彼を起こさないようにしながら、近くに放り出していた携帯を確認する。
時刻は18時を少し過ぎたあたり。まだしばらくは寝かせておいても大丈夫かもしれない。
さすがに寝直す気にはなれなかったので、そっと携帯で仕事の連絡を確認し、今片付くものは片付けて、いよいよ暇になった僕は彼の頭に触れた。
サラサラとした髪をすくように頭を撫でる。
そっと前髪をかきあげると、穏やかな寝顔が見えた。
普段の勝ち気さはなりを潜め、寝顔は何年経っても出会った頃と同じ幼さが残っている。
それでも、初めて会った頃より顔つきは少し変わったなと思う。ちょうどさっき昔の夢を見たから余計に比べてしまう。
身長こそさほど変わらないものの、あの頃にあった少年らしい華奢さも丸みも消えた。
ずいぶんと大人になったと思う。一つしか違わない後輩への感想として正しいかはわからないが。
ゆるゆると髪を梳く。相変わらず手触りがいい。
かすかな時計の音と静かな寝息が響くだけの空間。時折外の音がうっすら聞こえてくる以外は何もない。
静かなものだ。
あの頃はこんな時間があるなんて思いもしなかった。
毎日が必死で、まだまだ何も見えていなかったと自分でも感じる。
それがこの数年で変わったのは、運よくアイドルとして拾われたことと、
(二人が、僕を見つけてくれたからだ)
そして、3人で走ってきたからだと、今なら思う。
どのくらいの時間が経ったのか。しばらくは目の前の頭を撫でまわしていたのだが、
(……撫でるのも、いい加減飽きてきたなぁ)
安心しきって眠る姿は可愛いが、ただ寝姿を眺めているのもさすがに飽きた。そろそろ起こしてもいいだろうか。
さっきまで髪を撫でていた手を引き、頬や耳をくすぐるように撫でる。くすぐったさからか身じろぐ体を追って、もう一度顔に触れる。
「っん……」
規則正しかった寝息が乱れ、合間から声が上がる。ぐずる子供のように身をよじるが、それを追いかける。
(もう一声かなあ)
だんだん覚醒してきたのだろう。そろそろ起きるかな、という頃合いで、そのまま指で彼の首筋を撫で上げた。
そこが弱いことを、僕は知っているので。
「ひっ…!」
天峰くんが驚いて飛び起きる。
「あ、起きた?」
そして僕はなんでもないようにそっと手を引いた。
覚醒してすぐだからか、天峰くんは目を瞬かせて、なんとか混乱を収めようとしている。
そうしている姿は少し幼くて、あの頃の彼に近くて、僕は耐えきれず笑ってしまった。
変わったと思ったけれど、こういうところはあの頃から同じか。
「ちょっと、もう少しまともに起こしてくださいよ」
「ええ? だってなかなか起きないんだもん」
ようやく事態が飲み込めたらしく、半眼で睨んでくるが、全然怖くない。
僕は体を起こしてソファに座り直し、彼に隣に座るよう促した。
まだ釈然としない顔をしているものの、床に座りっぱなしというわけにもいかない。
そのまま素直に隣へ座るのだから可愛いったらない。
そして体勢が整わないうちに、僕はその腕を強めに引いた。
「っわ……!」
倒れそうになる彼をそのまま引き寄せ、勢いのまま抱きしめる。
驚いてこわばる背中を宥めるように撫でれば、しばらくして、今度は甘えるように身を寄せてくる。
「おかえりーアマミネくん」
「……ただいま百々人先輩」
はーあったかいと言いながら思う存分その体温を独り占めする。
察しのいい彼は僕の行動の本意をちゃんと汲み取ったらしく、そのまま遠慮なく抱きついてきた。
「聞いたほうがいいなら、聞くけど」
と一応尋ねれば
「……今日はいいや」
と返ってきた。なら無理やり聞くこともないだろう。
「アマミネくん今日どうする?泊まる?」
しばらく彼の体温を堪能したあと、そういえばもうすぐ夜になるんだったと思い出し、腕を緩めて声をかける。
今日は泊まる予定はなかったが、いつ来てもどうにかなる程度には物が揃ってる。
明日は僕も彼も一日ダンスレッスンの予定だし、帰らなくてもなんとかなるはずだ。
一瞬迷うような気配を感じる。これは放っておくと帰ると言い出すな、というのを感じ、
「ていうか泊まっていってよ」
甘えるように告げる。
これは僕が彼を甘やかしたいときの常套手段だ。弱みに付け込んでいるともいう。
そうしていると、彼は少し逡巡して、いつものようにしょうがないなと折れた。
やった、と喜べば、僕に抱きついてる腕に少し力が篭る。
おそらく今日ここに来た理由を、彼は今後も僕に告げることはない。今までもそうだったし、きっとこれからもそうだ。
だから、もうしばらくは、この窮屈さに浸っていようか。
そして落ち着いたら、今日の夕飯の相談と、明日のレッスンの話でもしよう。
それくらいがきっと僕らにはちょうどいいと思うので。