イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    「翠燭」初出:ベッター 2022-07-29 23:40:59

    ーーー

     後宮の奥、とある宮で、その夜を過ごした。
     いつものように数度の悦楽を経て、驍宗は満ち足りる。だがその身をさほどひどくは費やさなかったと思うのに、腕に抱き直した泰麒は、急に深い眠りに落ちてしまったようだった。
    「…蒿里」
     身を起こし、声をかけても反応はない。呼吸はごく微か、その不自然さをやや不審に思った時だった。
     ーーふらふらと、室の灯りが揺れ翳った。
     風はない。だが帷の外で音もなく急にはためいた灯りを振り返ると、視界に燭台の炎は一瞬、吹き消されかけるその形を凍りつかせるごとくに形を止め、それから、炎色を変え大きく燃え立ち始める。それは、一つばかりではなかった。
    「ーー何事」
     一気に室内の明暗が変わる。
     翡翠色の炎、それは鬼火であり、死者の彷徨う道行を照らす火だ。
     すでにこの王宮で鬼火が立つ噂は数限りなく聞こえて、その理由などありすぎるほどにあるのだからと、そう思いはする。だが。
     ここまでの明らかな怪異に遭遇するのは、初めてだった。

     その緑の光が届く向こう、戸口の薄闇へわだかまるように黒い影が立った。…その背格好は少しあやふやな線ではあったが、それには覚えがある、と思われた。
     それへ目を当てたまま、すぐ横の肢体には薄衣を引き被せて驍宗は単衣を羽織り、牀榻を出る。
    「…まだ、ここにいるのか?」
     問いに答えはない。
     歩むごとに、影も同じく足を踏み出して、ゆっくりと近づいてきた。
    「ここに居る理由は何なのだ」
     近づくほど輪郭は次第にうすぼんやりとし、だが気配だけは濃厚さを増した。間違いなく、これは彼だろうと、そう思われた。何より、首から上が曖昧に形がない。

     翠色の明かりの下で驍宗は卓の杯に酒を注いで、一つを卓の向こうへ、一つを自分の前へと置いた。
    「居続ける理由は、恨みか」
     死人のこだわること、これは生ける者の考えの範疇とは異なる気はしたが、考えの内を驍宗は口にしてみる。
    「…大逆は死罪、これにはお前も異存は無かろうよ」
     死のうちでも、戦場で討ち取られた、これは刑死に比べればよほど武人にとって名誉を汚されない結末だった筈だ。
    「そして一族郎党は連座。これは行き過ぎだと意見は出たが。国を覆す企てをし、長期に亘り国土を損ない民を衰亡させた、その罪の重さ、分からぬわけでもないだろう」
     影は、それにも応えない。
    「連座を恨むのは筋違いだ」
     緑の光は、揺れるばかり。

     叛逆の罪は、族滅とされる。だがこの場合、族滅せよとしても血族として近しい者はすでになく、窮した官吏から出されたのは、遠縁の者達をかき集めて公的な身分を剥奪するという案だった。失われたものの膨大さに比べて、その刑罰の意外な軽微さに、誰もが失望めいた。
     法として定められた外へその罪を問えない、とする秋官に、反発は起きる。その風に乗るように、強く刑を求める動きが出た。
     そして、なんと麒麟である泰麒が「刑に処すことを望む」と表明して、彼らの先鋒となったのだ。
    「罪人として、賦役を命じるのが妥当でしょう。彼らは国家亡難のときにもそれなりに庇護を受け、利を得ていたと考えられます」
     実際、地方の府吏として働いていた者はあり、一族の遠縁だと聞き伝えた民からは密告めいた上訴さえあった。
     主張は裁可を経て、結果、一族に連なるとされた者達は集められ、対価のない肉体労働をするために何処かへ送られた。

    「あれが先に立ったおかげで、彼らは命を助けられたのだ」
     驍宗は卓へ座り、輪郭の曖昧な翳りへ座るようにと席を示す。影は、滑るようにして驍宗の前へ近づき、座したようだった。
    「恩に着せるつもりはないが、…」

     泰麒はひとり、懸念をしたのだ。
    『民の私怨は強く、また根深いでしょう』
     そう言い、驍宗に許しを求めた。
    『丈一族は身を隠すべきです。国家転覆の重罪人に連なると知れれば、市井の民からの私刑を免れ得ない』
     密かに与えた許しをもって、泰麒は彼らを刑するとして自分の所領へと引き取り、人の絶えた里へ入れ、その地の復興を仕事として与えた。賦役として定められた期間中にはずっと面倒を見、その後に、彼らには改めて新しい名と戸籍を与え、立派に出来上がった里と周辺の土地へと住まわせたのだ。

    「お前はあれに感謝しこそすれ、恨むようなことはあってはならないと思うが、どうか」
     静けさ、翠燭の揺れる中で酒を飲み、一人注ぐ。
     影は何も言わず、ただそこにある。言いたいことがあるとしても、口を聞く事はできないのだろうか。手真似でもいいから、何かを伝えてくれればよいのに、と思わずにいられない。
     また、酒を注いだ。
    「琅燦、あの女が生きて逃げ延びているのが気に入らないか」
     お前もひとり出奔してしまえばよかっただろうに、そう呟くと、翠燭の炎がめらりとした。
    「さすがに、黄海までは手が及ばない。探させてはいるのだがな。だがどこの国にいたとしても、黄朱の民に紛れてしまった以上は、そうやすやすとは網にかかるまい」
     琅燦のもたらした黄朱の知恵は数あったが、彼女が蓄えた博識、その全てを得られるだけの時間がなかったのは惜しいことだった、と驍宗は言い、
    「…本当に、出奔してしまえばよかったのだ。お前は選ぶべきだった。貫く道ではなく、生きる道を」
     卓の向こう、注いだままある酒杯に、緑の光が映り込むのへ目をやる。
     国を出て、自分を活かす道を探るべきだった。昇山したときに驍宗自身が考えていたこと、それが同じ事として、考えに浮かばされ続ける。
    「あの頃、双璧と並び称されもしたが、本当は、…璧として、朝に用いられたのはお前であり、お前の言であった。将軍のうち剣を携えずに璧であれるのはただひとり丈。そうも囁かれ、私も同じくそう思っていた」
     そう呟いた声は、遠く、かなたへと、沈んだ。過去を辿った視線は、だが、すぐに戻ってくる。
    「お前の重荷を分かち合える友となれなかったのは、本当に残念だった」
     杯を干すと、驍宗は器を置いた。それを合図にしたように、影はふいと席を立つ。
    「行くのか」
     僅かな安堵を押し隠して、驍宗も立つ。見送ってやろうと、戸口へ向いた。だが。
     濃密な気配は、奥へ向かって動き出す。それと共に、燭台の火の揺らぎは風のない室に打ちはためくようになり、物の影が渦巻いた。異様の光景に、驍宗はのまれたように足が止まる。
     影は驍宗を通り過ぎ、泰麒の眠る牀榻へと向かい、内心ぎくりとした驍宗の様子を、影はやや振り返って眺めたようだった。

    「それに構うのはやめろ」
     足早に近づく驍宗の目の前で、影はあざ笑うように牀榻へすうと入り込んだ。
     あらゆる影を翡翠の火が揺らす中、ただひとつの影だけが静謐に立つ。それは死んだように動かない泰麒の眠りへ見入り、枕辺に強く暗さを落とした。
    「阿選」
     泰麒に何事かをされるのではないかと思い、強く名を呼んだ瞬間に、留まっていた影は、少し曖昧に首をもたげる。
     しばらくこちらを見詰めるようにしたあと、人の形をした影は両手を広げ、
    「……」
     初めて、空白の暗がりに口だろう場所を開いた。だが、その動きが音になり声となり言葉になる前に、影は牀榻の奥、翠のかかる暗がりの方へと広がり、濃く溶けあわさっていく。
     同時に、室内の影が回り出しそうなほど幾重にも重なり、激しく揺れ動いて、…そのめくるめく影の濃淡は、音になりきれなかった音の長く暗い残響のようでもあった。

     影が壁へと消え失せた途端に、はたりと火が落ち、それから燭台は温かな橙色を静かに灯した。大風でもすぎたかのような気持ちで、驍宗はそれをしばし眺める。
     それから、牀榻へと身を伸ばし、泰麒の様子を確かめる。触れると、少しだけ呼吸が乱れた、が、ただ眠りが深いだけのようで、その呼吸は穏やかに健やかに続けられ、安堵する。
     眠っている泰麒を起こさないように、薄衣の上から自分の袍をそっとかけ、包むようにしてやり、牀榻から出た。

     卓にある酒器、二つのうち杯の片方には注いだ酒が残っている。
    「夢か、うつつか」
     あの影は確かに彼だったと、思い返しても思う。ここに彷徨うのは、何ゆえのことだろう。
    「…あれに『蒿里』とつけたせいだろうか」
     自ら手にかけた者と名を同じくする場所が、その魂の定められたただ一つの行き先だとは、皮肉にも思われただろうし、その先の行き場として心やすくは選ばれぬのだろう、と思いはする。

    「死してなお貫くか。安くあれと祈る者がなければ、その魂は浮かばれぬのだとは言うが…」
     残されている酒杯、それの中身は少し減っているようでもあった。酒の肴になるようなものでもあればよかったが、とそれを見やる。…この王宮内で、罪人のために祈り捧げられるものがあるとも思えない。
     驍宗は、残された杯へとなみなみと酒を注ぎ、ついで自分の杯を満たし、静かにそれを口にした。
    「誰に祈られれば届く、阿選」

    (了)
    hino_chidori Link Message Mute
    Jul 30, 2022 7:30:00 AM

    「翠燭」

    夏の風物詩、怪談話。(約3500字 7分)
    ある夜、後宮の一角で共に過ごした驍宗と泰麒、そこへ現れたのは…という話。
    ハートいつもありがとうございます!
    #十二国記 #驍泰 #驍宗 #怪談 #二次創作

    more...
    Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    OK
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品