チョコレートを買いにーtiny chocolateー「正頼、あのね。僕、買いたい物があるんだけど、寄り道、しちゃダメ?」
ある冬らしい日の午後。学校の校門まで迎えにきた正頼に、小さい要がランドセルをカタコトさせて駆け寄ってきた。
「何がご入用です?百貨店にお連れしましょうか、それとも…?」
要は買いたいという物については言わず、ぶんぶん首を振った。
「コ、コンビニでいいの、近いところ…」
おや、と正頼が思う横を、校門を抜けて下校する生徒が次々に通っていく。その中の女の子のグループが声高く騒ぎ立てて、…その理由を理解した。
「どうしようー。みんなは好きな人にチョコ渡すのいつにするー?」
「やっぱり放課後かなあ?でも一番に渡したいのも分かるうー」
「あたし手作りにするってママに言ったけど、みんなのと比べられるのやばいからやめようかなああ」
「えー?失敗してもいいよ、もらってあげるし」
上級生の大人びた笑い声を背に、顔を赤くして要が目を伏せてしまい、おやおや、と正頼は微笑する。
「ああ、そういえば私も少し買い物をせねばならなかったのでした。帰る途中でどこかに寄って参りましょうか」
うん、と要が少しほっとしたように顔をほころばせる。その笑顔が可愛くて、正頼もつい笑みを深めてしまった。
…バレンタインデー。そんな行事に心をときめかせる日がこうも早く来ようとは。
車に要を乗せ向かった先は、最寄りのコンビニエンスストアだった。
足を踏み入れたすぐに、チョコレート菓子を山ほど集めた特設コーナーが作ってあり、そのポップの前で要は目を輝かせて商品の陳列に見入った。
「どれにいたします?」
「えっと……あっ、これ……」
陳列を端から目線で辿って、要が指さしたのは、一番小さな角形のチョコだった。サイズも値段もよく言えば可愛らしい、駄菓子の類だ。あまり正頼には馴染みがないタイプである。
「そちらがよろしいんですか?」
「ん……あのね、遠足に持ってきた子がいて、お菓子交換したの。美味しかったんだ… 僕、どこで売ってるのか聞いたら、コンビニならどこでもあるよって、知らないのって笑われちゃった」
少し恥ずかしげな様子を正頼は見やる。なるほど、こういった「一般的な」ものも広く取り入れていくべきだったのだ、これは至らぬことであったと深く心に留める。
「これはこれは。そんなに美味しいお菓子があるとは、恥ずかしながらこの正頼、存じませんでした。ふうむ。私も試しに買ってみましょうかねえ」
カゴを持ってきて、小さなパッケージに感心しながら数種類を入れていく。
「……ねえ、正頼。それ、自分用?」
「ええ。…なかなか変わった風味のものがございますねえ。初めて拝見いたしましたがこれは楽しみです」
「そっか……よかった、自分用で」
「?なぜです?」
「あのね、…バレンタインって、本命チョコと義理チョコっていう二種類があるんだって。友達同士で交換するなら、友チョコって言うみたいだけど」
「ああ、…そうなのですか」
友チョコとは可愛い発明だと正頼は思いつつ、要の言葉の続きを待つ。
「……驍宗さんに、正頼はあげたり、…するの?」
顔を陳列棚に向けたまま発された少しの問いかけは、重くなった。
言葉足らずの断片から、正頼は推測する。彼は、この初めての行事がただチョコレートを渡すだけのことだとは思っていないのだ。プレゼントをあげれば、それが他の人と競う形になると、たぶん耳聡く理解してしまっている。
「おや、私は驍宗様にチョコレートなど差しあげたことはございませんよ」
これまで一度も、と強調してやるが、彼の握りしめられた小さい手は緩まないのだった。
「でも、僕なんかがあげても…それにこんなの、子供っぽすぎるんじゃないかしら…」
「要様」
「だって、…お仕事先で、きっといっぱいもらうんでしょう、驍宗さんはモテると思うの、…とても良い人で、すごくかっこいいし、とっても紳士だし、すっごい大人で、女の人がみんなみんな振り返るでしょ……」
正頼はぐっと呼吸を飲み込んで堪えた。なんという高評価…あの男がその期待を裏切らないように振る舞う努力をしていることは、知ってはいるのだが。
「…どうしよう。ね、こういう時にあげるのは、もっと高級なチョコレートにした方がいい…?」
振り返った幼い瞳には不安の色があった。どうしていいか分からない動揺を眉根に滲ませる表情は驚くほど大人びていて、これをこのままあの男に見せてやれたらいいのにと思う気持ちと、自分一人の手の内にしておきたい気持ちが交錯する。
正頼はその表情を大事に見てから、その頭を撫でた。
「そうでなくてもいいと思いますよ」
「……でも、僕、友チョコとか義理チョコとおなじに受け取られたくない」
彼の選ぼうとしているチョコレートは、たぶんこの店で一番小さく一番安い商品だ。だけど、…それが何だというのだろう。
これは、値など付けられぬものを持つことを彼が知らしめるための、ただの一手に過ぎないのだ。それに何より、物の価値とは値段で測れるものではない、そのことを教えてやらなくては。
正頼は要をもう一度撫でてやり、その戸惑いを優しくほどく。
「ええ。ですから、これで大丈夫なのですよ」
「……大丈夫…?」
「ええ。要様がお渡しすれば、どんなチョコレートよりも一番に喜ばれて、大切に召し上がっていただけると私は思いますが」
「……本当にそう思う…?」
「もちろんですとも。だってこれが、要様があの方に食べさせてあげたいと思ったチョコレートなのでしょう?」
強く頷いてやると、要は赤い頬をさらに赤くした。
「じゃあ、僕、…これを買うね」
「はい。じいやは自分の分を買いますので」
一緒にレジに並び、会計を済ませる。
「後で、ラッピングもいたしましょうね」
「うん!」
弾むように店の自動ドアを出る要の後ろ姿は、どこかふわふわとしている。それを目に、春日のような温かさを自分の胸に感じて正頼はひとり微笑した。
彼は、チョコレートをどう渡すのだろう。精一杯の言葉で、幼くも拙くも、懸命に言うのだろうか。それをどのように聞くのだろう、あの男は。…ひたすらに待つつもりらしいその愛の注ぎ方は、あまりにも悠長で愚かしくも見えるが、それはこの世に隠される最も純粋な結晶を育てるかにも思われた。
先を元気よく行く要が、急に振り返った。
「正頼!」
「後ろ歩きはいけませんよ」
こちら向きで歩みを止めた要の横へ行って、肩に手を添えてぐるりと向きを直してやる。子供のように扱われて要がくすくす笑った。
「あのね。…後で、僕、正頼にもチョコあげるね。交換!」
「交換ですか。いいですね、……それはもしかして、友チョコというやつですか」
えへへ、と要が笑う、その笑顔はまるで天使だった。
(了)
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