3.5-1 暗躍マーマン!諸注意
※このシリーズは前シリーズ「監督生VS貝ちゃん」シリーズのリニューアル版です。
創作生徒が多数登場するお話ですので、創作生徒が大好きな方推奨です。
創作生徒は六人登場予定です。第1話はツイステキャラは登場しません。
このお話は3章の「終曲オクタヴィネル!」から始まります。
時期的には3章と4章の間くらいです。
月明かりが差し込む一室で、その生徒はスマートフォンを見つめ、はっと笑った。その表情と声には、はっきりと侮蔑の意味が込められている。スマートフォンからは一人の生徒の悲痛な叫びが流れてくる。
「全部、全部僕に寄越せぇっ!」
涙を滲ませた目をかっと開き、黒い光に包まれた瞬間、その姿は本来の姿、蛸足の人魚になる。その映像は先日、オクタヴィネル寮で起こったアズール・アーシェングロットのオーバーブロット事件のものだ。慌てて撮ったものらしく、動画はそこで終わっていたが、手にしている男にとっては、充分過ぎる程の醜態だったようだ。
「醜いなぁ、アズール・アーシェングロット」
喉の奥で押し殺したように笑いながら、男は自分の深い青色の長く美しい髪を邪魔そうに掻き上げる。彼の髪が月の光に照らされる度、きらきらと細かい粒子が七色に煌めいた。
その傍らには黒くウェーブのかかった肩くらいの長さの髪に、金色の目を持ち、丸眼鏡をかけた男が静かに佇んでいる。
「やはり、お前は支配者に相応しくない。君もそう思うだろう? サミュエル2年生」
男は自分の前で跪いているもう一人の男に問いかける。サミュエルと呼ばれた男は、黙り込み、目の前の男を睨んでいた。男はそれが気に入らなかったのか、サミュエルに近づき、後ろで纏めている髪の房を鷲掴んで、顔を上げさせた。
「質問されたら、ちゃんと答えなきゃ駄目じゃないか。上の者には敬意を払いたまえ」
「……こんなことをする奴に答える義理は無い。それより、用件を言ったらどうだ」
サミュエルは怯まずに、目の前の男の瞳を覗き込みながら言った。その男の瞳は、白目の部分が黒く、海色の瞳孔だけが闇の中にぼうっと浮かんでいるような気味の悪い瞳だった。サミュエルの態度に気を悪くした様子も無く、男は手を放し、両手を広げる。
「そうだな。君の言う通り、用件の方が大事だ。僕の用件はただ一つ。サミュエル2年生、僕達の『家族』にならないか?」
にっこり、と男は人の良い笑みを浮かべた。彼の言っている意味が分からず、サミュエルは探るような目つきで黙っている。
「ああ、いや、そんな警戒しないでくれたまえ。先の非礼を詫びよう。実はね、僕達のある計画に君も加わって欲しいのだよ」
「……計画?」
ぱちり、と男の目が開いた。
「そう。先程の映像を見て貰った通り、あいつ、アズール・アーシェングロットは支配者の器ではないことが証明された。生徒から見境無く能力を奪い取る姿は、正に悪魔そのものと言っても差し支えない。そこで、僕達はあいつを寮長の座から引きずり下ろす為に、ある計画を立てた。しかし、それにはどうしても君の力がいる」
そこまで黙って聞いていたサミュエルだったが、その表情から見ても、彼にその気が全く無いことは明白だった。計画に乗る理由が、彼には全く無かった。
「ロランド。残念だが、僕にはその計画とやらに乗る理由も意味も無いーー」
突然、さっきまで演説していたロランドと呼ばれた男に、胸倉を掴まれたサミュエルは、そのまま持ち上げられ、首を締め付けられる。苦しさに喘ぎながらも見ると、ロランドはあの不気味な瞳を開いて見つめていた。
「『先輩』を付けろ、と言った筈だ。目上の者に敬意を払えない奴は仕置きが必要なようだな?」
「それに、意味も理由も大いにある」とそのままロランドは続ける。苦しさで答えられないサミュエルの耳元で、ロランドは囁いた。
「君は、フロイド・リーチが憎いんだろう?」
さっとサミュエルの表情が変わる。違う、と否定しようとした彼に、ロランドは哀れみを込めた笑みを浮かべ、手を放す。咳き込むサミュエルを冷めた目で見下ろし、そのまま続けた。
「同じようなものだよ、嫉妬も憎しみも。君はフロイド2年生に勝ちたい。僕はアズール・アーシェングロットを引きずり下ろしたい。お互い、一度くらいあいつらに勝ちたいと願うのは当然の感情だ。僕に協力すれば、あいつらに勝てる。君にとっても悪い話じゃないだろう?」
「…………」
息を整えたサミュエルは黙っていた。少し逡巡した後、続けた。
「その計画は……本当に成功するという保障はある……んです、か?」
「成功させるために、君の力がいる」
「…………少し、考えさせてください」
そう言って、部屋を出て行ったサミュエルだが、その表情と声からロランドは受け入れると確信した。
「ああ、充分考えるといい」
「いよいよね、ロランド」
今まで黙って成り行きを見ていた黒髪の男が口を開く。確かに男の声だが、その口調は妙に柔らかい。ロランドはそちらを一瞥し、微笑んだ。
「ああ、漸くだ。漸く、僕達は報われる。ジョット、準備を進めろ」
「分かったわ」
ジョットと呼ばれた黒髪の男が退室した後、ロランドは窓の外の月を憎々しげに見つめた。
「今に見てろ、アズール。必ず、その椅子から引きずり下ろしてやる」
暗く澱んだ光を宿し、腹の底に響くような声でロランドは呟いた。