3.5-10 寮長ハプニング!※ご注意
創作生徒がかなり出張りますが、既存のキャラクターを貶める意図は全くありません。
アズール達の調査は難航し、正直に言って進展は無いに等しい。そんな中、オクタヴィネル寮生へのいじめは更にエスカレートし、主にサバナクロー寮生を中心にいじめのグループが出来上がっていた。その殆どが、ストレス発散のためにいじめを行っているという始末。
授業中・休み時間問わず、オクタヴィネル寮生は周囲から嫌がらせを受けているようで、それがどれ程の打撃を与えているのか、ラウンジ経営の士気にも克明に表れていた。中には、他寮の寮長に何とかいじめを止めさせるよう言って欲しいと、アズールに直接訴える生徒もいたが、その度に彼は堪えるように言うしか無かった。いじめの原因が自分の悪い噂であることから、他寮に訴えても効果は薄いと見込んでいたからだ。何より、彼のポリシーとして、これ以上他人に借りを作るのは嫌だった。
それで引き下がる生徒ならまだ良いが、一部の生徒は自分がされたことと同じことを他寮生にやり返そうとする。それを発見、または発覚次第、ジェイドとフロイド、サミュエルやジョットが取り押さえに駆り出された。このまま過激な生徒が増えれば、調査に割ける人員は少なくなる。その状態が進行すれば、そのうち身動きができなくなってしまう。何としてもそれだけは避けたいが、犯人に直接繋がるような確たる証拠も無い。
今日の締め作業が終わった後、ロランドから受け取ったあの紙をアズールも調べてみたが、結果はロランドと全く同じだった。子供の悪戯で使うような魔法陣だ。それ以上の情報は読み取れない。
「子供の悪戯……」
はた、とアズールはあることに思い至った。確かにティーノは普段からルキーノと共に悪戯を仕掛けることが多いが、それ故に慎重派だ。加えて、フロイド達の報告では彼は話がしたいとこちらに持ちかけた際、かなり精神的に追い詰められていた様子だったと聞く。そんな人間がこんなものを落としていくだろうか。事件に何の関係も無い物を。否、これがただの偶然だったとしても、話がしたいと言って呼び出した上で逃走するというのは何の意図がある? 約束を反故にするだけなら、そもそもあの夜、外出しなければいいだけの話だ。更に言うなら、ティーノが言っていた『あの人』……。
「何故、ティーノさんは昨日の夜……」
『あの人』が犯人だと彼は言っていた。同級生ではないだろう。いくら名前を言えない状況だったとはいえ、『あの人』という言い方は同級生に使うものではない。アズールはもう一度手の中にある紙を広げて見つめ、そして、あることに気が付いた。
「そうか。そういうことか! ……しかし」
証拠が無い。恐らく、既に処分されているだろう。証拠が無いなら、作るかとも思ったが、それでは後で判明した時に面倒だし、こちらのリスクが高い。ならば――
「やることは一つ、ですね」
反撃の準備は入念にしよう。そう心に決めて、アズールは双子を呼び出した。
※※※
「君も、最近の寮長の無能さには辟易しているだろう。どうかな? 今回の署名活動に協力してくれないかい?」
アズールが何かを掴んだ同時刻。ロランドも本格的に動き出していた。アズールに反感を持っている生徒一人一人に接触し、意味深な署名を集めている。穏やかに微笑んでいるロランドに反して、目の前の生徒は少し緊張しているようだった。
「本当に、これで革命が起きるんですか……?」
「ああ、もちろん。約束しよう」
「オレ、もう耐えられなくて……お願いします、ロランド先輩」
「それではこちらにサインを」
傍らにいたジョットが、生徒の前にすっと名簿を差し出す。そこには既に何人かの署名があった。生徒は真剣な表情で胸ポケットから自身のマジカルペンを取り出し、キャップを外してサインする。それを見届けると、ロランドはにっこりと笑みを深めた。
「ありがとう。君の思いは必ず、遂げられるよ」
「ありがとうございました。頑張ってください!」
「ああ、そうだ。君、当日は来られるかい? できれば来て欲しいのだけれど」
「大丈夫です。日にちが決まり次第、連絡を頂ければ」
「ふむ。では、そうしよう。当日までにはジョットから連絡が行くだろう。その時はよろしく頼むよ」
「はい。じゃあ、オレはこれで」
一礼して部屋を出て行く後輩を見送り、ロランドは今し方書かれた名簿をジョットに渡す。ジョットはそれを受け取ると、確かに名前が書いてあることを確認して大事そうに手に持っていたファイルにしまった。
「これでどのくらい集まったかな? ジョット」
「そうね……これで半分を少し超えたところかしら」
「そうか。では、念の為、後二十人は集めよう。今日はもう遅いから休むと良いよ」
「ええ。そうさせてもらうわ」
ファイルを閉じて部屋を出て行こうとしたジョットだが、何か思うところがあるのか、立ち止まる。そのまま振り向かずに背後のロランドに声を掛けた。
「ロランド」
「何かな?」
ロランドもこちらへ振り向く気配は無い。少し逡巡して、ジョットは続けた。
「何でもないわ。お休みなさい」
「ああ、お休み」
ジョットが出て行く音が止み、静寂が訪れると、ロランドはすうっと閉じた瞳を開け、窓を見た。外ではただ静かに下弦の月が薄い雲にかかり、か細い光を地上に降らせていた。
※※※
それから二日後。放課後のナイトレイヴンカレッジの学園長室には、半数以上のオクタヴィネル寮生がロランドを先頭に押し掛けていた。その中にはジョットとサミュエル、ピーノとルキーノの姿もある。
「オルソくん、これは一体何の騒ぎですか!?」
学園長の問いに、ロランドは至って涼しい顔で言ってのけた。
「僕達、今の状況にはもううんざりなんです」
「え?」
呆気に取られる学園長に構わず、ロランドは続けた。
「今日ここに集まってもらった生徒達は、皆他寮生から酷いいじめを受けた者も多く、また、一向に対策を取らない寮長に失望した面々でもあります。そこで僕達は署名活動をし、現寮長に意義を唱えたいと思ってこちらに来ました。これが僕達が集めた署名です。ご確認頂けますか?」
「これは……」
彼の傍らに立っていたジョットの手によって、デスクに置かれた名簿の束に、流石の学園長も言葉を失う。
「僕達、全員の署名です」
「……オルソくん。現寮長に異議を唱えるとは、具体的には?」
ロランドの口からその方法を聞いた学園長は少し驚き、思案する。
「魔法の腕だけが優れていても、寮長は務まらないでしょう? 立場の弱い人達のことも考えられないようでは、寮長には相応しくありません」
「…………仕方ありませんねぇ。まさか、これほどの署名を集めてくるとは思いませんでしたが……確かに君の言うことにも一理あります。良いでしょう、今回は特例で許可します。私、優しいですから」
学園長の許可が下りたところで、ロランドは恭しく一礼した。
「ありがとうございます。では、学園長。早速ですが、僕達の寮へご足労頂いてもよろしいでしょうか?」
「え? もう始めるんですか? 私てっきり、場の手配をするものと……」
「ですが、『善は急げ』と言うでしょう?」
「皆のためですから」と微笑むロランドに、学園長は仮面の奥で一瞬目を眇めたが、すぐに笑みを作ってロランドを褒めてから、彼らを伴ってオクタヴィネル寮へ向かった。
「あれ? ロランド先輩達は今日、不参加なんすか?」
いつものようにモストロ・ラウンジのVIPルームにやって来た監督生達は、入って早々、ロランド達がいないことに気が付いた。アズール達もまだ見かけていない上に、連絡も無いそうだ。
「どうしたんだろうね、ロランド先輩達」
「どっかで拾い食いでもしてるんじゃねぇか?」
「え~、イモガイちゃん達全員で拾い食いって、何それ怖っ」
「グリムじゃないんだから、そんな訳無いだろ」
グリムの適当な一言で困惑の空気が漂う中、出し抜けにVIPルームの扉がやや激しくノックされた。音の感じから急ぎだろうと思ったアズールは、丁度扉の近くにいたジャックに開けるように言う。「命令すんなっつってんだろ」と言いつつ、渋々ジャックが開けると、慌ただしくオクタヴィネル寮生が入って来た。
「失礼しますっ、寮長! 学園長とロランドさん達がっ……!」
「えっ?」
「とにかく来てください」と焦燥を露わにするその生徒に案内され、監督生達はラウンジのホールに出る。そこには学園長とロランドを先頭に多数のオクタヴィネル寮生が彼らを待っていた。突然のことに全く状況が飲み込めない。
「学園長、これはどういうことですか?」
「アーシェングロットくん。オクタヴィネル寮生のいじめの件について、その後、進捗は如何ですか?」
「それは、どういう意味ですか……?」
嫌な予感をひしひしと感じながらも、アズールは訊いた。学園長の代わりにロランドが答える。
「今回の件について、僕を含め、寮生から現寮長に提案があるんだ。この状況について未だ何の解決策も取られていない。そこで僕達はアズール2年生、君に今一度寮長を決め直す、寮長選挙を提案することにしたよ」
「何ですって?」
学園長からアズールへここまでの経緯に至った説明を受け、事情は分かったものの、アズールは焦る。思ったよりあちらの方が早かった。これは非常にまずい状況だ。そもそも寮長選挙なんて馬鹿げた出来レースに参加してやる義理など、アズールには一切無い。ここは何とか理由を付けて回避したいところだ。アズールは咳払いを一つすると、余裕の笑みを作った。ここで焦った顔を少しでも見せれば、あちらの思う壺だ。
「お言葉ですが、学園長。実は僕達、このいじめ問題を仕掛けた犯人が分かったんです!」
「ええっ!?」
その場にいたアズールと双子以外の全員が驚く。監督生達はまだアズールの考えを知らされていなかったから尚更だ。
「アズール! オマエ、そういうことはもっと早く言って……もがっ!?」
グリムがアズールに一言物申そうとしたところで、ジェイドの大きな手で口を塞がれる。それに構わず、学園長はアズールに一歩迫る。
「それで、犯人は誰なんです!?」
「犯人は……ロランドさん! あなたです」
名指しを受けたロランドに皆が驚き、彼に注目する中、当の本人はただただ無表情だった。見ようによってはむしろ、呆れた表情にも見える。周りがざわざわと騒がしくなり始めたところで、漸く彼は口を開いた。
「ほう。犯人は僕、か。ふふふ。それで? その根拠となる証拠はあるのかい?」
「くっ……」
無い。今のところ、彼に繋がる決定的な証拠は何一つ無い。犯人として名前を挙げてしまったアズールは、却って不利になってしまった。言い淀むアズールに、ロランドは怒りを露わにして言い放つ。
「君らしくないな、アズール2年生。他人を犯人扱いするなら、根拠となる決定的な証拠を提示すべきじゃないか? 当てずっぽうの軽率な発言は慎むべきだろう。不愉快だ。さっさと寮長選挙を始めましょう、学園長。戯れ言に付き合っている暇は無い筈ですよ」
「あ? 戯れ言って何だよ」
フロイドがロランドの前に出そうになったが、監督生達に袖を引っ張られて阻止され、学園長は残念そうに溜め息を吐いた。
「オルソくんの言う通りです。アーシェングロットくん、彼が犯人だと言うなら、しっかりその証拠を持って来て頂かないと、私も無闇に認める訳にはいきません。残念ですが、このまま寮長選挙を開始させていただきます。では、皆さん。準備を始めてください」
学園長の合図で動き出したオクタヴィネル寮生の手によって、ホールに簡素な選挙会場が用意される。止めに入ろうとする双子をアズールは制した。
「しかし、アズール……」
「仕方ありません。この寮長選挙で決着を付けるしか無いでしょう。今は大人しくしていなさい。必ず僕達が勝ちます」
「……分かった」
彼の意思の強い目に双子は渋々引き下がる。
そうして、準備ができた会場には、二人分の演壇とそれらの間には小さなテーブルに乗った投票箱が置かれた。ロランドは向かって右の演壇に立ち、向かって左の演壇にアズールを促す。一度息を吐き、覚悟を決めたアズールは、受けて立ってやろうと左の演壇へ上がる。投票箱を前に学園長が立ち、声を高らかに宣言した。
「では、これより、オクタヴィネル寮寮長選挙を開始致します!」
学園長の説明によると、まず最初にそれぞれが寮長になったとして、それぞれのメリットを発表し、寮生達は投票箱にどちらかの候補者の名前のみを書いて投票するという、至ってシンプルなものだ。その場にいる全員が参加できるものらしく、ジョットが投票用紙を配って回っている。もちろん、監督生達にも何食わぬ顔をして近寄って来た。
「はい、監督生ちゃん達の分」
「やっぱり、ジョット先輩もロランド先輩派ってことね。フロイド先輩に警戒しろって言われただけあるわ」
ジョットに差し出された投票用紙を受け取ることも無く、エースが食ってかかると、ジョットは涼しい顔で言い返す。コロシアムの前でフロイドに警戒しろと言われたのは、ジョットのことだったのだ。
「あら、私は嘘は吐かないし、協力もするって約束したけど、味方になるなんて一言も言ってないわよ?」
「ちっ……本当に卑怯な奴だな、あんた」
「うふふ。それで、どうするの? 参加するの? しないの?」
ジャックの軽蔑に満ちた言葉を受けても、ジョットには響かない。むしろ、これ見よがしに挑発してくる彼から用紙を奪い取ったのは、フロイドだった。傍らには怒りの表情を隠そうともしないジェイドもいる。
「やってやろうじゃん。うちの寮長はアズールだし」
「ええ。僕らの許可無く、こういった行為をされるのは不愉快極まりないです」
「ふふふ。ええ、良いわよ。……結果は分かり切ってるけどね」
すれ違い様、最後に小さな声で呟かれた一言に、監督生は振り返るも、もうジョットの姿は人の波に紛れて見えなくなっていた。
「おい、もうすぐ始まるみたいだゾ」
グリムに急かされ、少し気になりながらも監督生は壇上の二人に注目する。まずはアズールからアピールをすることになった。ぶっつけ本番の事態に彼がどこまで対応できるのか、監督生達は少し心配しながらも見守るしかできない。壇上のアズールはマイクの位置を少し調整し、咳払いをすると、話し始めた。
「えー、オクタヴィネル寮、現寮長のアズール・アーシェングロットです。今回は寮長選挙の候補者として、ご挨拶をさせて頂きます。現在、ここにいるオクタヴィネル寮所属の皆さんはご存知でしょうが、最近のいじめ問題について、私含め、数人のチームを組み、いじめの原因となった噂について調査を行って参りました。その結果、分かったことは、これは誰かに仕組まれた問題だということです」
アズールの言葉に会場がざわつき始める。当然だ。噂は事実と信じて疑っていなかったところに、仕組まれたことだと言われれば戸惑い、混乱する。もとより彼は選挙に真面目に参加する理由など無い。ここでロランドが一連の事件の犯人だと立証できれば、こんな茶番は終いだ。しかし、それを聞いてもロランドは眉一つ動かさない。逆に興味深げに頷き、先を促した。
「仕組まれた問題か。とすると、誰かが君を陥れようとしたことになる。アズール2年生、それは一体誰なのかな?」
「何をいけしゃあしゃあと言ってやがる」と言いたいアズールだが、ロランドの言う通りだ。根拠を示さなければ、この場にいる全員を納得させることはできない。
「それには証人が必要です。ピーノさん、ティーノさんをここに呼んで来て頂けませんか? 彼が証人になってくれる筈です」
アズールは壇上近くにいたピーノに声を掛けるが、言いにくそうに俯いていたピーノは、申し訳なさそうに顔を上げて言う。
「あの、ティーノは体調が悪くて、ずっと部屋に閉じこもってるんです。ここに呼ぶのは、ちょっとできません。すみません、寮長」
「は……? そ、そんな筈は……」
「はぁ、酷い人だね、アズール2年生。具合の悪い生徒をここに引きずり出そうと言うのかい? どうする? 証人がいなければ、君の説は成り立たないだろう」
「くぅっ……!」
ティーノがいなければ、アズールの説を支持する材料は圧倒的に足りない。今更、ジョットの証言は使い物にならないし、彼の証言だけでは立証はできない。ロランドは彼に何をした? 今そんなことを考えても仕方がないのは分かっている。ここは何とか場の空気をこちら側に保っておきたい。アズールが口を開こうとしたところで、誰かが言い放った。
「っていうかさ、アズールって今回のことで何もしてないじゃん」
その一言を皮切りに、波紋は広がってしまう。アズールに対する不信感、自分達がこれからどうなってしまうのかという不安、それらは会場を包み、全体に広がっていく。あちこちから呟かれるアズールへの批判に、双子が前に出ようとしたところで、ロランドが両腕を広げ、口を開く。
「まぁまぁ、皆落ち着いて。アズール2年生も調査に必死なんだ。彼は寮長として当然のことをしているまでさ。結果が奮わないのは仕方のないことだよ。何せ、相手は見えないのだからね」
ふふふと朗らかに笑うロランドの姿に、双子が奥歯を噛み締める。見ると、二人は手にしているマジカルペンが折れそうなほど強く握り締めていた。人が多い上にアズールの足を引っ張りたくなくて、必死に耐えているのかと思うと監督生は声を掛けられなかった。
「ジェイド先輩……フロイド先輩……」
「あいつら、普段は怖ぇけど、今はちょっと見てられないんだゾ……」
「僕、ロランド・オルソが寮長に就任した暁には、まずこのいじめ問題を寮長会議に上げ、他寮生との間に生じている誤解を解いてみせます。前寮長アズール・アーシェングロット君の意思を継ぎ、慈悲の心を持って話し合いをすれば、解決できる問題です。今回、僕はこの寮のために、変革を起こそうと立ち上がり、学生社会的弱者にもチャンスがあると表明したく、寮長選挙を実行しました。今後はこの僕ロランド・オルソが寮長として皆の先頭に立ち、オクタヴィネル寮をより良い寮へと変えてみせます。これは寮の革命です!」
アズールの演説の時と違って、盛り上がる会場に双子が悪態を吐く。
「何がカクメイだよ、雑魚が」
「ええ、同感です。言っていることにも中身が無いですし」
「なーんか、ロランド先輩さぁ、ずっとこれを狙ってたって感じ」
「ああ、アズールを寮長から引きずり下ろして、自分がなろうって計画してたんだろ。以前に決闘する権利は自分で消費しちまったからな。グルル……どこまで卑怯な野郎なんだ」
「こんなに人が大勢いるんじゃ、殴りにも行けないしな」
「ロランドになんて、ぜぇったい、投票なんかしてやらないんだゾ!」
ぶつけようの無い怒りを呟く面々に監督生も不安になる。このまま押し切られてしまったら、本当にアズールは寮長でなくなってしまう。そうこうしているうちに両者のアピールが終わってしまい、投票に移る。当然、監督生達はアズールの名前を書いて投票箱に入れた。
しかし、結果はロランドの圧勝だった。学園長が粛々と投票用紙に書いてある名前を読み上げ、圧倒的にロランドの票が多かった。斯くして、アズール・アーシェングロットは寮長の座を明け渡す形になってしまった。認められる訳が無い双子は壇上に上がり、ロランドに向かってマジカルペンを向ける。
「ふっざけんな! アズールが寮長じゃなくなるなら、いっそオレらがその椅子貰う……!」
「ええ、僕も同意見です。あなたに従うつもりもありません」
「ジェイド・リーチくん! フロイド・リーチくん! これは厳正なる投票の結果です。マジカルペンを下ろしなさい! 魔法による私闘は禁じていますよ!」
学園長に諭されるも、二人は決して下ろそうとしない。
「うっせぇ! 知るかそんなの!」
「学園長、あまり近づくと巻き込んでしまいますよ!」
二人が怒りに任せて魔法を撃とうとしたところで、アズールがそれを制した。
「止めなさい! 二人とも!」
その声にはっと我に返って振り返ると、アズールは演壇に肘を付いて項垂れていると思うと、しゃんと背筋を伸ばして宣言した。
「では、僕らはこの寮を出て行きます! 僕らはこの結果に納得できませんから!」
「ええっ!?」
アズールの宣言に驚く監督生達と瞠目し、嬉しそうに顔を綻ばせる双子。そう宣言するとアズールはさっさと壇上から下り、双子と共にその場から立ち去った。後に残された会場は学園長の閉式の言葉と共に解散となる。会場の片付けに入る中、ジョットとサミュエルを呼びつけたロランドは監督生達を指す。
「つまみ出せ、僕の寮には必要の無い奴らだ」
冷酷な命令に従い、ジョットとサミュエルは監督生達をラウンジの外に魔法で追い出す。雑に地面に下ろされた監督生達にジョットが済まなそうに眉を寄せて謝罪する。
「ごめんなさいね、寮長命令だから、従うしかないの」
「嘘吐けよ、あんたら最初っから裏切ってた癖に」
「あはは。その言い方だと裏切ったというより、最初から敵同士だったの方が正しくないかしら? 今日はごめんなさいね。お客さんとしてだったら、歓迎するわ」
「行くぞ、ジョット」
「はぁい。じゃあね、監督生ちゃん達」
ラウンジに戻って行く二人の背を睨み付け、監督生達は仕方なく帰ることにした。
「これからどうなるんだろう、アズール先輩達」
「さぁね。寮を出て行くったって、転寮する訳でも無さそうだしなぁ」
「出て行くって言ってたけど、行く当てはあるのか? あいつら」
「ありますよ」
オクタヴィネル寮の入り口まで来た時、背後からそう声を掛けられた。驚いて一同が振り返ると、そこには大きな荷物を持ったアズール、ジェイド、フロイドの姿があった。どうやら出て行くと言ったのは本気らしい。
「その荷物ってことは、お前らどっかに泊まるのかぁ!?」
「ええ、丁度良い物件がありますからねぇ。ねぇ、ジェイド」
「ええ、アズール。学校からも近いですし。ねぇ、フロイド」
「うん。部屋もいっぱい余ってると思うし、ゆーりょー物件ってやつじゃね? ね、小エビちゃん」
「も、もしかしなくても、うちに泊まる気ですね……?」
三人に囲まれる監督生を遠巻きに見て、エースとデュース、ジャックは心底彼女に同情した。しかし、それよりも彼女は気になったことを口にしてみる。
「でも、アズール先輩、これからどうするんですか? 取り返しますよね?」
「当たり前です。この僕をここまで追い詰めたんです。褒めて差し上げると共に、倍にして返してやりますよ」
「見てろ、ロランド・オルソ……!」と息巻くアズールに安心すると共に、これからも一波乱ありそうだなと監督生は苦笑した。