3.5-11 証拠ゲッター! アズール達がオンボロ寮に転がり込んで来たその夜。監督生はまたあの夢の続きを見ていた。
クマのぬいぐるみの支配下から何とか脱出したおもちゃ達だが、クマは先回りしていた。ゴミ置き場であるコンテナの上で、カウボーイのおもちゃと言い争っている。とても大切にしていたと主張するカウボーイに対して、クマのぬいぐるみは違うと否定する。自分の代わりを買った、自分は愛されていないと。そう言い張って、カウボーイが投げて寄越したハート型のネームプレートを持っていた杖で叩き割る。それがきっかけになり、仲間のおもちゃにクマのぬいぐるみはコンテナの中に放り込まれてしまった。監督生はその光景を見ながら、ぼんやりと何故、彼が持ち主を信じられなかったのか考えていた。
※※※
翌朝、ジェイドに起こされて監督生とグリムは支度をする。談話室へ下りると、アズールがコーヒーを飲みながら、スマホで何かを熱心に見ていた。監督生とグリムの姿を認めると、「おはようございます」と爽やかに笑いながら、立ち上がる。
「おはようございます、アズール先輩。何か、あんまりダメージ受けた感じが無いですね?」
監督生が不思議そうな顔でそう指摘すると、アズールは不敵な笑みを浮かべて言ってのける。
「ええ、まぁ。ちょっとした休暇を頂いたと思っているので、ダメージが無いと言えば、無いですね。これで心置きなく、ロランドさん達をこき使え……こほん。罰を与える理由ができましたからね。さて、監督生さん。今日は放課後、彼に話を聞きに行きますよ」
「彼って?」
「ティーノさんです」
予想外の人物の名前に監督生は、目をぱちくりさせてアズールをまじまじと見た。昨日、ピーノが彼の状態を話していた筈だ。
「え、でも、ティーノ君は体調が悪くて部屋に籠もってるって……」
「嫌ですねぇ、監督生さん。あんな分かりやすい嘘に騙されてやる必要は無いですよ。それに、彼の居場所ならもうすぐ分かる筈です。フロイド、どうですか?」
アズールに呼び掛けられたフロイドは「ん~」と意味の無い声を上げて、スマホの画面を監督生に見せる。そこにはマジカメのプロフィールが表示されている。彼女の全く知らないアカウントだ。アイコンは丸くてつやつやした石の画像で、最新の記事を見ると、そこには一枚の画像が貼ってあるだけだった。ノートに何か文章らしいものがずらずらと並んでいるが、何が書いてあるのか全く分からない。
「何ですか? このアカウント」
「それがティーノさんの居場所を指し示しているんですよ」
「え……? この画像が、ですか?」
「はい。そこにはっきりと明記されていますよ」
「……ああ、ジェイド。監督生さんには読めないかもしれません。海の言語ですから」
アズール曰く、この画像に映っている文章は人魚語なのだという。しかし、ただの人魚語ではなく、彼らがミドルスクールに通っていた頃に作った暗号らしい。
「ただでさえ、読めねぇ人魚語を暗号にしたって、それこそオレ達に読める訳無ぇんだゾ」
「でも、アズール先輩達が作った暗号を使って送ってくる人って……」
「まぁ、良いじゃないですか。それより、今はロランドさんが犯人だと示している証拠を揃えなければなりません。もう少し、ご協力をお願いしますよ。監督生さん」
「ふふふ。今度はこちらが引きずり下ろす番です」と不敵に笑うアズールに、監督生は少し恐怖を感じ、引きつった笑いを浮かべた。
「それに、彼の支配はそう長くは保ちませんよ。三日後、オクタヴィネル寮の生徒にも話を聞いてみましょう」
アズールの確信めいた発言に、監督生はまたしても不思議そうな顔をするしかなかった。
※※※
時は少し遡って、寮長選挙があった日の夜、ロランドは寮長の仕事の他にモストロ・ラウンジの支配人として、自分なりの『改善』をした。最初は寮生達も戸惑いながらも受け入れ、一日こなしたが、彼の『改善』は一日と保たなかった。
彼が寮長になってから、オクタヴィネル寮は地獄と化した。アズールが寮長だった頃は、給料を上げて欲しいと頼めば、うやむやにされることはあったが、学業に専念したいと言えば、シフトの調整等を検討してくれ、要望を叶えてくれていた。しかし、ロランドにはそういったことが全く通じない。彼は成績によって決まる『ランク』というものを設定し、ランクによって仕事を割り振る。それがどんなに不条理でも、彼は寮生達に強要した。少しでも逆らったり、抗議をすると、彼の部屋に呼び出され、帰ってきた寮生はまるで洗脳されたように自分の役職に満足して働いている。そんな仲間の姿を間近で見せられている他の寮生は、心底彼を恐れると同時に、アズールの言っていたことは正しかったのではと思い直していた。
寮にいると、いつもロランドに見張られているような気持ちの悪い緊張感が常に付きまとう。寮やラウンジにいるよりは自分のクラスにいた方がまだ居心地が良い。そう考えて寮にあまり寄りつかなくなった寮生もいたが、戻らないとジョットやサミュエル達に連れ戻される。逃げ場が無い。オクタヴィネル寮はいつの間にか、異様な雰囲気を纏うようになり、周りにもそれが伝わるのか、あれ程いじめてきた他寮生もすっかり鳴りを潜めてしまった。そんな状況がアズール達の耳に届くのに、然程時間は掛からなかった。
「ふふふ。ロランドさんは僕の代わりに随分と働いてくれているようですよ」
「それはそれは。彼に感謝しなければいけませんねぇ、アズール」
「ええ、本当に」
追い出された側だというのに、アズール達は不思議な程、余裕を感じさせた。放課後、またオンボロ寮に集まっていた監督生達は送られてきた画像のことが気がかりだった。
「それは良いんすけど、あの画像について、そろそろ詳しいこと教えてくれてもいいんじゃないすか?」
「確か、人魚語で書かれてて、でも、暗号でもあるんだよな……僕は分からないだろうから、力にはなれそうにもないな」
「おれも人魚語は流石に読めねぇな。アズール先輩、そろそろおれ達にも説明して下さい。何が何やらまるで分からねぇ。どうして、そんな画像が送られて来たのかも」
「そうですねぇ、それもありますが、それより先にティーノさんに話を聞きに行きましょう。説明はその後でしますよ」
「それもよく分かんねぇんだゾ。ティーノの居場所がその画像で分かるってのも」
「まぁまぁ、皆さんのお気持ちもよく分かります。ですが、事は一刻を争う時です。証拠を揃えてから順に説明してあげますよ。さあ、行きましょう」
その一言を合図に、颯爽と立ち上がったアズールは一同を引き連れて、ある場所に向かった。
※※※
「購買部?」
「の裏ですよ」
購買部の裏の林。迷わず、そこに入って行ったアズール達に付いて行くと、奥の太い木に誰かが縛り付けられていた。ティーノだ。全身を魔法によって木に縛り付けられており、ぐったりとして一瞬、死んでいるように見えた。
「ティーノさん!」
近づいて見ると、マジカルペンは取り上げられているようで彼の胸ポケットには何も刺さっていない。魔法で拘束を解けないようにしているのだ。そうと分かると、彼に対するあまりにも酷い仕打ちに監督生は言葉を失う。急いでアズールが魔法で拘束を解き、ティーノを受け止める。受け止められた衝撃で目を覚ました彼は、ゆっくりと目を開けると漸く一同を認識したようだった。
「りょう、ちょう……と、あんたら……どうして、ここが……?」
「そんなことはいいんです。ジェイド、彼を急いで保健室に!」
「ええ」
「いや、おれが行きます! おれの方が足が速いんで!」
ジェイドに代わり、ジャックがティーノを預かる。彼を心配した監督生も同伴し、エースとデュース、グリムも彼女に付いて行った。残されたアズールはティーノが縛り付けられていた場所を念入りに調べていたが、特に何も見つからなかったのか、何も言わずに立ち上がり、監督生達の後を追いかけて行った。
校医の回復魔法を受け、それから一時間程休んで何とかティーノは話せるほどに回復した。ロランドがオクタヴィネルの寮長になったことを聞いたティーノは、表情を曇らせる。ベッドに凭れたティーノの傍にアズールが座り、話を聞く態勢になった。
「大丈夫ですか? ティーノさん。話せますか?」
「……大丈夫だ」
「どうして、あんなところに……?」
監督生の疑問に、ティーノは逡巡した後、理由を話し始めた。
「あんたらと会う約束をした後、おれはあの人……ロランド先輩にバレて、あそこに縛り付けられたんだ。時々、サミュエル先輩が世話をしに来てくれたけど、それ以外人と会うことも無くて、あそこにずっといた」
「なんで……」
「恐らくですが、ティーノさんが僕達と接触し、計画のことを漏らそうとしたからでしょう」
「それだけの理由で、あんなことを……!」
「おれのことはいい……。それより、あんたら、おれの話を聞きに来たんだろ? おれの証言が役に立つなら、知ってること全部話す」
「ええ、そうです。お願いします、ティーノさん」
ティーノの話は実に有用だった。ほぼ当事者の証言で、後は他の証拠と共にロランドに突きつければ追い詰めることができる。途中、アズールが彼の持ち物について確認をし、フロイドが誰かに連絡していたが、監督生達は詳細を教えてもらえなかった。「小エビちゃん達は気にしなくていいから」と言われてしまい、それ以上踏み込むことができなかった。
「フロイド、もう少ししたら、植物園に行って下さい」
「はぁい」
「植物園?」
「あ、そうだ。アズール、小エビちゃんも連れてっていい? そっちの方が良いでしょ?」
「ええ。そちらの方が話が早いでしょう。という訳で監督生さん、お願いします。エースさん達には別の仕事を頼みます」
「もうなんか訳分かんないけど、りょーかいでーす」
「僕もよく分かりませんけど、精一杯頑張ります!」
「本当に説明してくれんのか……?」
何が何やら全く分からない監督生は、ただ不思議そうな顔で何となく了承するしかなかった。エース達も同様で、未だ納得がいかないという顔をしながらも了承した。
※※※
それからまた一時間後、フロイドと共に監督生は植物園に入った。迷わず、ずんずんと奥へ進むフロイドに付いて行き、急に彼が立ち止まる。そこにはレオナが眠っていた。
「トドせんぱぁ~い、来たよぉ~」
フロイドは遠慮会釈無く、ぐいぐいとレオナの尻尾を引っ張る。命知らずな行動に、隣の監督生が怯えるも、フロイドは全く気にしていない。眠っているところを起こされたレオナは、ぎろりとこちらを睨み付け、転がって顔をこちらに向けた。
「なんだ、魚類……と草食動物。せっかく寝てるところを起こされたんだ。覚悟はできてんだろ? 明日の朝日は拝めねぇと思え」
「トド先輩、ピーマンもちゃんと食えってぇ。……ねぇ、あれ頂戴」
「ちっ……ほらよ」
少し変な会話をした後、レオナは一枚の紙をフロイドに渡す。フロイドはそれを受け取ると、監督生に見せた。それを見た瞬間、監督生は驚いた。
「ありがとぉ、トド先輩」
「お使いは終わったかよ。……ああ、あのゴボウに言っとけ。このオレにお使いさせたんだ。高く付くぞってな。ちっ。それにしても、ラギーの野郎、妙な合い言葉にしやがって……」
「ゴボウ……?」
「あはっ。オレをパシリに使おうとか生意気じゃぁ~ん。ん~、でも、面白そうだから言っとくぅ~」
『合い言葉』という単語に、監督生が納得しているうちにフロイドに背中を押され、出口へ向かう。
「フロイド先輩、さっきレオナ先輩が言ってたゴボウって……」
「ん~、あのさぁ、小エビちゃん。アズールが言ってたんだけどぉ、後でびっくりさせたいから内緒にしててって言われたから、今は言えねーの。でもねぇ、後でぜぇ~んぶ教えてあげるから、待っててねぇ」
今まで気になっていたことについて、フロイドにそう言われれば、監督生は納得して頷いた。
※※※
一方、ジャックとエース、デュースはアズールの指示で魔法薬学室にいた。その中の薬品棚の一つを開け、下から三番目の段の奥に手を入れて探る。一番軽い瓶を取ってみると、そこにはホチキスで留められた何枚かの書類が入っていた。書類の裏には見慣れないサインが書いてある。
「これ、だよな? 多分……」
「うん、多分ね」
「中身だけ取って返すんだったな」
手早く瓶を開けて中身を取り出すと、薬品棚を元に戻し、三人は魔法薬学室を出た。
※※※
オンボロ寮の談話室。そこでアズールはテーブルに整然と並べられた証拠を眺め、ほくそ笑んでいた。その傍らには静かに微笑んでいるジェイドとフロイドがいる。
「ふふふ。これで証拠は全て揃いましたか」
「はい。ですが、証拠自体が少ないですが、大丈夫ですか? アズール」
「問題ありません。後は様子を見ましょう。二日もすれば、自然と綻びが出てきますよ。ロランド・オルソめ、僕をこけにしたことを後悔させてやるからな」
静かな笑いから堪えきれないとでも言うように高笑いをするアズールに、監督生達は困惑していた。
「あいつ、なんか全部自分一人でやったみたいな顔してるんだゾ」
「ま、オレらもあんま大したことしてないけどね」
「お使い行っただけだもんな」
「アズールは二日後に全部分かるって言ってたけど、納得いかねぇ」
「うーん……でも、アズール先輩は折れてないみたいだから、良いんじゃない?」
高笑いを続けるアズールから少し離れたところで、一年生達はマブ同士らしく仲良くひそひそ話をしていた。
※※※
「寮長! ぼくの要望を聞いてくれるって言ったじゃないですか! ホールじゃなくて、厨房担当にしてくれるって!」
VIPルームに押し掛けたオクタヴィネル寮生が、テーブルに両手を叩き付けてロランドに抗議する。彼の傍らにはジョットが無表情で佇んでいる。怒る寮生にロランドは笑顔を崩さずに肯定した。
「そうだね。でも、君のランクは確か、Cランクだったね。残念だけど、ランクが低いうちはホールを任せることにしているんだ」
「おかしいじゃないですか! ランクランクって、そればっかり! 全てがランクで決まるなら、ぼくの要望はどうなるんですか!?」
「だから、言ったじゃないか。君の願いは叶うよ。但し、それには君の努力が必要だけどね。僕はAランクにだけその権限を与えている」
こんな時でもランクに拘るロランドに、寮生の怒りのボルテージは急激に上がった。勢い余って本音をぶつけてしまう。
「Aランクって、ジョットさんやサミュエルさんと同じじゃないか! どうせ自分に媚びる奴にしかそのランクを与えないくせに! これだから思考停止の人形寮長だって言われるん……!」
続きは言えなかった。ロランドが目にも留まらぬ速さで寮生の首を絞めたからだった。ぎりぎりと締め上げる手に力を込める。ロランドの顔から笑顔は抜け落ち、首を絞めている寮生を睨み上げ、ぶつぶつと何事か呟いていた。
「違う……違う違う違う違う……! 僕は人形なんかじゃない。僕は一番だ。一番になったんだ。僕は人形なんかじゃない。僕は……」
「ロランド、手を放して。死んでしまうわ」
ジョットに言われて我に返ったロランドは、慌てて手を放す。寮生は激しく咳き込み、その場に倒れた。倒れた寮生をソファに寝かせたジョットは、ロランドの方へ向き直る。
「ピーノちゃんとルキーノちゃんには連絡しておくから、あなたも今日は休んだ方が良いわ。ロランド」
「あ、ああ…………そうだね」
急いで二人に連絡するジョットを横目に、ロランドは手で額を押さえる。寮長になったら全てが上手く行くと思っていた。皆から信頼され、尊敬されると思っていた。しかし、現実は厳しいもので、ロランドは精神的に参っていた。ジョットの言う通り、今日は休もうと立ち上がったところで、また他の寮生から学園長が訪ねて来たと報告を受けた。
ホールへ出ると、学園長はまるで喜ばしいことでも発表するように、ロランドへ宣告した。
「オルソくん、寮長就任おめでとうございます! そして、就任初の決闘の申し込みがありましたよ! 相手は前寮長のアズール・アーシェングロットくんです! 記念すべき決闘になりそうですねぇ」
アズールが仕掛けてきた。あれで終わる男とは思っていなかっただけに、予想の範疇だ。ロランドは当然という顔をして宣言した。
「もちろん、受けて立ちますよ。日取りはいつにしますか?」
そのまま決闘の話をするロランドと学園長。その姿を遠巻きに見ていたジョットは、痛ましいものを見るような目で見ていた。
「ロランド……」
複雑な感情を押し殺すようにジョットは、密かに拳を握り締めた。
ぼたぼたと真っ黒な澱が数滴、滴り落ちた。