海神と迷子 19※ご注意※
・オリジナル設定が大地を揺らしている
・オリキャラ扱いの神様が出ている
・キャラ崩壊
それでも大丈夫という方は、次ページへどうぞ
この靴を履きこなす基乗りこなすには練習が必要ということで、千栄理は空いた時間にやろうとヘルメスの靴を外した。元通りに繋ぎ目を付け、ポケットにしまう。今日はゼウスへの配達以外に2件あるが、頑張って歩くしかないと彼女は固く決意した。
「ありがとうございます。それと、ついでみたいで申し訳ないんですけど、パンのお届けに……」
「おお! ヘスティアのパンじゃな! 今日はどんなのがあるのかのぅ」
配達の手順を教えてもらった際、ヘスティアの店の売りも千栄理は教えてもらっていた。神々へ配達するパンは注文された分だけではなく、他にも何種類か別のパンが入っており、毎日内容が変わる。飽きっぽい神々への対策と彼女は言っていたが、効果は現れているようだ。千栄理はヘスティアから渡されていたバスケットをヘラクレスから受け取り、覆いを取って中がよく見えるようにゼウスに差し出した。ヘスティアから、このバスケットはいつでも焼きたてパンが食べられるように神々の技術が施されていると聞かされていたので、覆いを取るとふんわりと小麦の香ばしい匂いが湯気と共に鼻腔をくすぐった。
「では、ゼウス様からどうぞ」
「何にしよっかの〜…………ん? 千栄理ちゃん、もしかして今日はハニーアップルパイは入ってないんかの?」
「え? えっと……」
「ゼウス様、ヘスティア様に確認致しましょうか?」
配達初日ということもあって、まだ不慣れな千栄理を見かね、ヘルメスが助け船を出す。少ししょんぼりしたゼウスがヘルメスに確認を急がせる。ヘルメスは自分のスマホからヘスティアへ電話を掛けた。少し離れて話した後、彼はスマホをゼウスに差し出す。
「ヘスティア様からゼウス様に代わって頂きたいと」
「なんじゃ、やっぱり今日は無いのかのぅ」
「もしもし?」と出たゼウスに、ヘスティアは丁寧な説明をしてくれたらしく、彼はそのうちがっくりと肩を落とした。その様子から察するに、入れ忘れなどは無く、本当に無いらしい。ますますしょんぼりして電話を終えたゼウスは、よろよろと戻って来てヘルメスにスマホを返す。
「大丈夫ですか? ゼウス様」
「だ……大丈夫じゃ……。千栄理ちゃん、蜂蜜メインのパンはあるかのぅ?」
「でしたら、ハニーミルクパンがありますよ。ヘスティア様自家製ミルクと蜂蜜を練り込んだ生地に、更に蜂蜜を掛けて焼き上げました、蜂蜜がいつもの倍になったパンですよ」
袋に包まれたパンを差し出すと、ゼウスは感動したのか「おぉ……おぉ……」と絞り出すような声を出したかと思うと、ばっと両腕を広げ、「千栄理ちゃ〜ん!」と衝動のまま抱きつこうとした。
「ゼウス様っ、それはアウトですっ!」
「ゼウス様、お待ちを!」
がっとすかさず、ヘルメスとヘラクレスに両肩を押さえられ、ゼウスは敢え無く強制的に千栄理と距離を取られる。「なんで〜!?」と抗議するゼウスに、鬼気迫る様相のヘルメスがひそひそと耳打ちする。語調は強いが、あくまでも彼女に聞こえない範囲の音量だ。
「千栄理さんはポセイドン様のお気に入りです! あまり過度なスキンシップはどうかお控えくださいっ!」
「ゼウス様、オレもさっきのは少し行き過ぎていたと思います」
「え〜。ちょっとくらい……」
「首が飛びますよ? 物理的に」
「お……おぅ……。そうじゃな。気を付けるわい」
自分はポセイドンに対抗できる故に危機感が薄いゼウスに、ヘルメスはとうとう殺気立って威圧する。その勢いに少し圧倒され、ゼウスは渋々了承した。
他に注文されていたパンをヘルメスに渡し、明日の注文をしっかり取ったところで、千栄理とヘラクレスは次の配達先へ行くことにした。その前にとゼウスに呼び止められる。
「考えたんじゃが、千栄理ちゃん。あの靴を履けるようになるまでは、ヘラクレスに付き添ってもらった方が良いじゃろう」
「でも、ヘラクレスさんもお忙しいのでは……」
「この時間はいつもなら鍛錬をしているが、配達の間くらいは大丈夫だ。それに、オレも千栄理一人での配達は正直まだ心配だ。鍛錬しても気が散って集中できん」
「ありがとう、ございます」
深々と頭を下げる千栄理に二柱は気にするなと笑った。
名残惜しいという様子のゼウスをヘルメスが宥め、千栄理達は次の配達先へ急ごうとゼウスの宮殿を出た。次の配達先はここから程近い場所にあるらしいが、道が険しいので、ヘラクレスには靴を履けるようになってから配達に行けるように、ヘスティアに報告しておくと言われた。今日だけはヘラクレスの肩に乗せてもらうことになった。
「何から何まですみません。お手数お掛けします」
「なに、千栄理は軽いから大丈夫だ。それより、また山を登るから、その時は落ちないようにしっかり掴まっててくれ」
「はい。次の配達先はどなたのところでしょうね」
「次はアレスだな」
「アレスさん! お会いしたのはまだ一度だけですけど」
あの高性能な化粧台を運び込んでくれた日を思い出し、ちょっと怖いけど、良い神様というのが千栄理のイメージだ。それをそのまま言うと、ヘラクレスは少しおかしそうに笑って「うむ、確かにな」と同意した。
アレスの居城までは本当に道らしい道は無く、千栄理は崖をよじ登るヘラクレスの背中に必死にしがみつき、下を見ないようにぎゅっと目を瞑っていた。なかなかの時間をかけてヘラクレスは崖を登りきり、千栄理に声を掛ける。
「着いたぞ、千栄理。もう目を開けても大丈夫だ」
「うぅ……。怖かったです……」
ゆっくり下ろしてもらい、目の前の城を見上げる。流石にゼウスの宮殿よりは小さいが、頑強そうな石造りの城で、門には雄々しい剣闘士の石像が両端から門へ剣を掲げる形で立っている。分かりやすく軍神の城という雰囲気に、千栄理は妙に納得した。ヘラクレスが門に近付きもせず、大声で来訪を告げると、地響きと共に剣闘士の石像が動いてこちらへ屈んでくる。視界いっぱいに広がる男の顔。その迫力に、千栄理は思わずヘラクレスの後ろに隠れようとした。
「怯えなくとも大丈夫だ、千栄理。この者達はアレスの従者なんだ」
「そうなんですか……? でも……」
怖いものは怖い。口には出さないが、彼女の目は正直だ。慣れるまでに少し掛かりそうだなと思いながら、ヘラクレスは石像に向かって名乗り、アレスはいるかと訊く。二体の石像は一度お互いに顔を見合わせ、二人から顔を離し、二歩歩くうちに城へ着いてしまうと、バルコニーの窓を指先でちょんちょんとつついた。その動作がどこか可愛らしく見えた千栄理は、小声でくすくす笑った。すぐにバルコニーのフランス窓が開き、アレスが姿を見せる。
「全く……フォボス、デイモス。今オレは新しい戦術を考え……」
「アレース! パンの配達に来たぞー!」
ヘラクレスが来たと分かると、ついさっきまで難色を示していたアレスは嬉々として手を振り返し、「すぐ行く!」と言って部屋へ取って返した。
走って来たアレスは息切れ一つせず、ヘラクレスと挨拶を交わした後、ようやく彼の後ろにいる千栄理に気付いた。
「お前もいたのか!? 人間。相変わらず小さくて全く分からなかったぞ! はっはっはっ!」
「お久しぶりです、アレスさん」
何故か得意そうに千栄理を指して笑うアレスに、千栄理はにっこり微笑んで挨拶を返すと、「オレのところに挨拶に来るとは殊勝な心がけだな!」と 生き生きとした様子で二人を城へ招いた。態度こそ尊大だが、こういうところがある神なので、千栄理が良い神様と評するのに充分だった。先に城へ戻っていくアレスに付いて行きながら、ヘラクレスと千栄理は互いにくすっと笑い合った。