海神と迷子 21※※ご注意※※
・おポセさんが出てこない
・オリジナル設定が突撃して来る
・キャラ崩壊
以上のことを踏まえて大丈夫という方は、次ページへどうぞ
「こちらでお待ちください」と通された応接間で千栄理はそわそわとして落ち着かない様子だった。用意された椅子に座ってはいたが、その椅子にも背もたれに赤や青の宝石が散りばめられており、壊したりなどしてしまったら、大変だと千栄理はなるべく背もたれから体を離して座っている。
そうして暫く待っていると、またあのエルフの女性が入って来てアフロディテの来訪を知らされた。ぴん、と背筋を伸ばし、扉の方へ視線を移す千栄理。扉が大きく開けられ、入って来たのは、筋骨隆々な男達に運ばれているアフロディテの姿だった。運ばれているといっても、男達は彼女の体に極力手を触れないよう、椅子か何かのように気を付けながら、丁寧に移動してくる。一切言葉を発さないせいか、男達は段々背景のように霞み、アフロディテの美しさだけが際立って見えた。花で飾られたふわふわとした金の長い髪を無造作に耳に掛け、ゆっくりとその青い瞳をヘラクレスへ向ける。着ている服らしい物は白い布をドレスのように身に纏っているだけで、男達の支える手が無ければ、そのまま零れ落ちてしまいそうな程、豊満な乳房からまろい尻までを辛うじて隠しているだけに見える艶やかな女神に、千栄理は視線をどこに落ち着かせればいいのか分からず、俯いていた。
「久しぶりね、ヘラクレス。パンを届ける仕事なんて、わざわざあなたのような英雄がすることなのかしら」
「いいえ。それはオレではなく、こちらの……千栄理?」
千栄理の様子がおかしいことに気付いたヘラクレスは、その顔を覗き込み、「どうした?」と問うも、千栄理はぎゅっとスカートを両手で握りしめるだけだ。逡巡し、おずおずと彼女は言葉を紡ぐ。
「あの……アフロディテ様が、とてもお綺麗で……その、緊張してしまって……。すみません」
言っている間にも彼女の顔はみるみるうちに真っ赤になり、恥ずかしさから見られまいと両手で顔を覆う。聞こえなかったらしいアフロディテは不思議そうに小首を傾げて「なんなの?」と問いかける。それを受けたヘラクレスが千栄理の言葉を伝えると、彼女は表情を変えずに続けた。
「私が美しいのは当たり前よ。愛と美の女神ですもの。それで、何故その子が照れるの?」
「千栄理は、その……」
「私はその子に訊いているのよ、ヘラクレス。お黙りなさいな」
決して機嫌が悪くなった訳ではなく、純粋に千栄理に問いかけているのだと主張するアフロディテに、千栄理はおずおずと顔から手を退け、椅子から立ち上がって礼をする。
「あなたはポセイドン様のとこの子でしょう。神の問いに対してはすぐに答えなさい」
「は、はいっ……! えっと……あの……その…………い、言っていいものか……」
「いいわ。早くして頂戴」
少し苛立ち始めたアフロディテに、ぐっと意を決したように千栄理は顔を上げ、今度ははっきりと言った。
「か、神様のお体をじろじろ見るのは失礼なのでっ! その……どこを見てお話したら、良いのか、分からなくて……。下を見てしまっていました。申し訳ございません。却って失礼なことをしてしまいました……」
ぽかん。正にそんな擬音が似合う程、アフロディテと彼女を支えている男達、ヘラクレスは驚き、また恥ずかしそうに俯いてしまった千栄理を凝視する。「え? それだけの事で?」と言わんばかりだ。彼女の言葉を消化し終えると、何だかこの状況に可笑しさを与え、アフロディテはくすくす笑った。
「まぁ、随分と初心な子なのね。あなた、名前は?」
千栄理が名乗ると、アフロディテは優雅に微笑み、「あの方があなたを選んだ理由、何となく分かるわね」と零した。その言葉に疑問が浮かんだ千栄理だったが、彼女の「さあ、パンを見せて頂戴」という一言で発さずに終わる。アフロディテの前まで駆け寄り、跪いてバスケットを掲げる千栄理。パンを幾つか受け取り、アフロディテは代わりにある物を入れた。
「もういいわ」
「ありがとうございます。アフロディテ様。……あれ? あの、これは……?」
彼女がそれに気付くと、アフロディテは悪戯っ子のような笑みを浮かべて言った。
「女の子は誰でも美しくなる権利があるわ」
「まぁ、私には敵わないけれど」と続きそうな態度の彼女に、千栄理は素直に礼を言って受け取った。彼女の手元にはアフロディテが経営しているエステサロンの割引券があった。
嬉しさを少しも隠さない千栄理に聞こえないよう、アフロディテはそっとヘラクレスを近くに呼び寄せる。ヘラクレスもその意図を汲み、武神の為せる業で彼女に気付かれること無く、近付くことができた。
「何か?」
「ヘラクレス。ポセイドン様とあの子は、実際どういう関係なの? 神嫁だと思っていたのだけれど」
「関係、ですか。……オレから見た感想しか申し上げられませんが……」
「いいの。少し疑問に思っただけだから」
少し考えてから、ヘラクレスは慎重に言葉を選びながら二人の関係について話し始める。
「千栄理とポセイドン様は、何と言いますか……。二人共、お互いに信頼し合っている、とオレは思います。互いが互いを尊重できていて、あの方にしては非常に珍しく、千栄理と共にいる時だけは雰囲気が柔らかいんです」
「そう……。それで、そんな稀な子をポセイドン様は何故、こんな風に放っておいているのかしら。さぞ、深いお考えがあるのでしょうね」
何故か少し怒っている様子のアフロディテに、ヘラクレスは戸惑いを隠せず、言葉に詰まる。彼が何か言う前に顔を近付けたアフロディテが含みのある笑みを口元に浮かべた。
「あの子、放って置いたら、他の誰かに横取りされてしまうわよ? 近年稀に見る純粋な魂だもの。あの輝きに手を伸ばさない理由は無いわ」
「……それをオレからお伝えする、ということですか」
「察しの良い子は好きよ」
もう用は無いとでも言うように顔を離すアフロディテに、了承の意を示すように一度だけ頷いて、ヘラクレスは千栄理に声を掛けた。
「では、そろそろ失礼しよう。千栄理」
「あ、はぁい。アフロディテ様、ありがとうございました!」
「ええ。今度はお客様として待ってるわ。千栄理」
「はいっ!」と元気な返事をして一礼し、ヘラクレスと共に応接間を後にする千栄理の背中を見送りながら、アフロディテは溜息と共に独り言を呟いた。
「全く。ポセイドン様は本当に何をお考えなのかしら」
今日の配達を全て終え、そのまま帰っていいと言われているので、千栄理はヘラクレスと一緒に帰ることにした。今日は帰って少し寝てから靴の練習をする予定だ。
「ヘラクレスさん、今日はありがとうございました」
「なに、このくらいどうということは無い。明日はポセイドン様の城へ迎えに行くから待っていてくれ」
「はい。ちゃんと準備して待ってます」
城門の出入口を待ち合わせ場所に定め、明日の配達先の話に移る。今日はギリシャの神々に挨拶をするという意味合いもあったので、明日はまた違う国の神々のところらしい。
「やっぱり、神様ってギリシャの神様だけじゃないんですね」
「ああ。ギリシャの神々に匹敵するのは、北欧やインドの神々が多いな。そのうち、配達でも回るようになるだろう」
「私、故郷の神様とギリシャ神話の神々以外の神様は、あまり知らないんですけど……。ダメですよね、勉強しないと」
その言葉を受けて、苦笑しながらも肯定するヘラクレスに、千栄理も同じような笑みを返す。そんな彼女にヘラクレスは「焦る必要は無い。実際にお会いして、少しずつ覚えていけばいい」と励ました。