海神と迷子 22※※ご注意※※
・おポセさんが怖い
・オリジナル設定が距離を詰めて来る
・キャラ崩壊
以上のことを踏まえて、大丈夫という方は、次ページへどうぞ
ポセイドンの城に着くと、プロテウスが出迎えてくれた。挨拶もそこそこに千栄理はポセイドンはどうしているかと、彼に訊く。
「ポセイドン様なら、千栄理様のお帰りをお待ちしておりますよ」
「えっ。もうお仕事に行かなくちゃいけない時間ですのに……」
玄関ホール奥にある壁掛け時計を見ると、確かにいつもポセイドンが下界の海へ出かけている時刻を指していた。もう一度、ヘラクレスに礼を言って二柱へ先にポセイドンの部屋へ行く旨を伝え、千栄理は走って向かった。
「ただいま帰りましたっ……!」
息を切らしながら、大急ぎで入室した千栄理が目にしたのは、明らかに不機嫌なポセイドンだった。執務机に座って、こちらを見ようともせずに読書をしている。
ソファテーブルにバスケットを置いて、千栄理が執務机に近寄っても、彼は初めて会った頃のように目も合わせない。
「あの……ポセイドンさん?」
千栄理が声を掛けると、ぱたん、と読んでいた本を閉じ、更に口を引き結んでから顔を上げ、若干目の鋭さを増したポセイドンは言った。
「何故、余に黙って出て行った」
一瞬、怒っていると思った千栄理だが、表情から察するに、怒っているというよりは拗ねていると言った方が正確だ。答えを間違えると、また槍を持ち出しかねないと判断した千栄理は、今朝思ったことをそのまま言う。
「すみません。まだポセイドンさん、眠っていたので、起こしてしまうのは悪いかなって思ったんです」
「その程度、些末なことだ。それより問題なのは、貴様が余に何も言わずに出て行ったことだろう。…………次からは起こせ」
「ごめんなさい……」
俯き、頭を下げる千栄理に対して、ポセイドンは彼女を傍まで呼ぶ。千栄理が近くに来ると、ポセイドンは彼女を優しく抱き締めた。
「へっ? ……あ、あの……ポセイドン、さん?」
「動くな」
抱き締められた、と思った千栄理だったが、少し違うようで、首の後ろでカチリと何か金属同士が触れ合う音がした。すぐに身を引き、千栄理の胸元を見つめるポセイドンに倣って彼女も下へ視線を落とした。
「これ……」
「余の加護だ。お前が行ってから、ヘパイストスに造らせた」
それは水晶のネックレスだった。銀の鎖に通されている物で、中に植物の葉のような物が埋め込まれており、光に当たる度、角度によって様々な色に見える。
「ポセイドンさんの加護?」
「それにお前が祈りを捧げれば、余は召喚に応じる」
彼の簡易過ぎる説明を理解すると、千栄理は驚き、遠慮し始めた。
「召喚……って、ポセイドンさんが来てくれるってことですか!?」
「何度も同じことを言わせるな」
「でも、それは悪いです。ただでさえ、お忙しいのに……」
「では、お前は己の身に危機が迫った時、どうするつもりだ」
「そういう場合は、何とか逃げて来ます」
「そういつも逃げられる訳ではなかろう」
「そ、れは、そうですけど……でも……」
「お前は何にでも一度は要らぬと言うが、その石に関しては言っても無駄だ。要らぬと言うなら、捨てる」
咄嗟に千栄理はネックレスを大事そうに握って、ポセイドンから少し遠ざけた。
「捨てるのは、だめです。折角、ポセイドンさんが私の為に作ってくれたのに」
「ならば、持っていろ」
「はい。……でも、これを使う時が来ないことを祈ります」
「何故だ。何か不都合でもあるのか」
「これを使って、ポセイドンさんが誰かを傷付けるようなところは、見たくないです。私のせいで誰かが傷付くのは、嫌です……!」
はっきりと訴える千栄理にポセイドンは呆れ、頬杖をついて彼女の顔を下から覗き込むような体勢で溜息を零した。
「やはり、お前は甘いな。それに加え、余のものという自覚が無い」
「私は物じゃないですっ! 撤回して下さいっ!」
その瞬間、ぐるんっと彼女の視界が回転し、気が付くと千栄理は背中を強かに打ち付け、口をポセイドンの大きな手で塞がれていた。目の前に彼の端正な顔が迫るが、その瞳には、目の前の千栄理はおろか、何も映していない深淵が広がっていた。地の底から響いてくるような声が彼の喉奥から発せられる。
「口の利き方がなっていないようだな、ボウフラが」
背中に当たる感触と温度から机に押し付けられているようだが、そんなことが気にならないくらい、千栄理は目の前の虚無を具現化したような神に怯えていた。このまま八つ裂きにされてしまうのではないかと思い、体が自然と震える。じわりと視界が滲み、自分が泣いていることに彼女は気が付いた。弱々しく彼の手の中で嗚咽を漏らす千栄理に、少し怒りを鎮めたポセイドンが手に込めていた力を緩めた。
「いやっ……!」
恐怖に駆られ、その隙を突いて彼の手から逃れた千栄理は、走って出入口の扉へ向かう。丁度プロテウスが入って来たタイミングで彼女はすれ違い、そのまま泣きながら出て行ってしまう。
「どうされました? ポセイドン様」
「…………」
出て行った千栄理を気にしつつ、虚空に手を伸ばしたままの主人を見、訝しげな表情を浮かべるプロテウスとは対照的に、ポセイドンは眉間に皺を寄せ、「千栄理……」と呟くだけだった。
城を飛び出した千栄理は、近くの森の中をただ宛も無くとぼとぼと歩いていた。
城を出る時には既にヘラクレスの姿は無く、一人ぼっちだ。流れる涙を拭っていると、近くから聞こえた馬の嘶きにふと足を止める。
鳴き声が聞こえた方へ目を向けると、一頭の美しい白馬がこちらをただ静かに見つめていた。そういえば、ポセイドンの象徴は馬だったなと思い出した千栄理は、白馬の美しさも相まってふらふらとそちらへ足を向ける。馬は逃げる素振りも無く、彼女が傍に来ると、撫でて欲しそうに顔を寄せてきた。馬など触れたことの無い彼女は、恐る恐るという手つきで撫でてやると、馬は気持ち良さそうに目を細めた。
「……ふふっ。気持ちいいの?」
随分、人懐っこい子だなと思いながら、そのまま撫で続けていると、馬はその場にゆっくり体を落とし、千栄理を見つめる。その静かな瞳が何となく「乗れ」と言っているようで、千栄理は「いいの?」と訊いた。馬はその問いに了承したように彼女が乗りやすいように頭を下げる。乗りたい気持ちは山々だったが、千栄理はやはりポセイドンのことが気にかかっていた。暫く迷って、彼女は少しだけ乗ってみることにした。沈んだ気持ちを少し癒したかったというのもある。
ちょっとだけ。ちょっと乗ったら、すぐ帰ろう。そう思い、千栄理はおっかなびっくり馬の背中に乗ってみる。すると、馬はすぐさま立ち上がり、そのまま物凄いスピードで走り出してしまった。
「えっ? えっ? えっ? ちょっと……待って!」
あまりの速さに千栄理は馬の体にしがみついているのがやっとで、周りを見ている余裕も無かった。
突如、ばしゃんと音を立てて、千栄理の体は水の中に落ちた。息ができず、容赦なく襲い来る冷たさと苦しみ。逃れようと必死に藻掻くも、何かに足を取られてどんどん沈んでいく。
苦しくて苦しくて、先程までの出来事も忘れ、ただ死にたくないという一心で、千栄理は無意識のうちに水晶のネックレスを握りしめて祈った。ポセイドンに助けを求めた。水の重みに彼女の体が限界を迎えようとした時、彼女の手の中で水晶が青く輝いた。出し抜けに甲高い馬の嘶きが響き、力ずくで彼女の体は誰かの腕に抱え上げられた。
水面から顔を出すと、千栄理は咳き込む。意識が朦朧とする中、彼女が最後に見たのは、頭からずぶ濡れになったポセイドンの無表情だった。