海神と迷子 25※※ご注意※※
・キャラ崩壊
・オリジナル設定の波が来てる
以上のことを踏まえて、それでも大丈夫という方は、次ページへどうぞ
さて、着替えようと服を脱ぎ始めたところで、シヴァとヘラクレスが部屋に入って来る音と声がした。どうやら待つことに痺れを切らして、様子を見に来たらしい。
「あれ? あいつは?」
「今、お着替えしてもらってるところよ。ねぇ、ヘラクレス。あの子、神嫁について何にも知らないのね。ポセイドン様は教えてなかったのかしら?」
パールヴァティの言葉に、ヘラクレスは「えっ!?」と驚きの声を発し、続いて「いや、そんな筈は……」と言葉を濁す。パールヴァティから千栄理が贈り物の習慣すら知らなかったことを知らされ、彼とシヴァは素直に驚いた。
「えぇ~!? マジかよ! ……ポセイドンちゃん、もしかして、あの人間のこと、めっちゃお気になんじゃね?」
シヴァの予想外の言葉に、千栄理も話の内容が気になり、着替える手を緩める。
「え? 逆ではないのですか?」
ヘラクレスの言葉に千栄理もうんうんと頷く。しかし、シヴァはそんな訳がないという調子で「ばーか」と言った。嘲笑の意味は含まれていない。
「ポセイドンちゃんの神嫁については結構前から話だけは聞いてたんだよ。それがさ、なっかなか挨拶に来ねぇし、来たと思ったらアレだろ? あのポセイドンちゃんが、嫁じゃないって言いながらわざわざ傍に置いて、じいさんの話じゃプレゼントも拒否ったって言うじゃん。拒否るってことはさ。誰とも関わらせたくない、自分とこだけで賄おうとしたってことよ。そもそもオレらに見せる気すら無かったんじゃね、あの人」
「いえ、そんなことは……」
シヴァの言う『アレ』という単語が気になったが、それよりも千栄理の興味を惹いたのは、シヴァのポセイドンに関する見解だった。まさかポセイドンが、そこまで自分に対して感情があるとは思わなかったからだ。しかも、シヴァの予想が当たっているなら、相当のもの。
「お前は余のものだ。余が己のものをどうしようと、勝手だろう」
いつか言われた彼の言葉を思い出し、千栄理はかっと頬が熱くなるのを感じたが、同時に不安が胸の内に広がる。ポセイドンの性格を考えると、単純に自分を通して他の神と交流をしたくないだけだったのかもしれない、と。そちらの方が十二分に有り得る気がして、千栄理の気持ちは急速に落ち着いていった。きっとポセイドンは自分のことなど、そこまで思ってはいない。何故、自分を傍に置いてくれるのかは分からないが、恋とか愛ではない。そう思うと、千栄理は何だか無性に胸にぽっかり穴が空いたような心地がした。
「まぁ! やっぱり、似合うと思ったのよ! ほら、見て。あなた。可愛いでしょう?」
「ん~……そういうのは、よく分かんねぇけど、良いんじゃね? 流石はオレの奥さん」
シヴァに褒められて三人の妻達は嬉しそうに微笑む。時間を見たヘラクレスが、そろそろ次の配達先へ行かなければならないと告げると、女神達は「後は他に似合いそうな物をいっぱい送るわね!」と気合を入れ直して、千栄理をもう一度衝立の向こうへ連れて行った。急いで着替え、貰った服と装飾品は後でまとめて送ると言われ、千栄理は礼を言ってぺこりと頭を下げてから、大急ぎでヘラクレスと共に宮殿の外へ急いだ。その後ろ姿を見送りながら、シヴァの妻達はきゃあきゃあと何やら色めき立つ。
「ねぇ、あなた。あの子、きっとポセイドン様に沢山愛されてるのね。素敵だわ」
「正気かい? パールヴァティ。あたしは正直、体の震えを抑えるのに苦労したよ」
「見せつけてくれるわよね……」
「ん? ああ、あれは……愛されてる、のかねぇ」
シヴァの目には、千栄理の背後に静かに立つ槍を持ったポセイドンの姿が常にあった。彼女には全く見えていないのだろう。でなければ、あんなに平然としてはいられない。主神である自分や常日頃から精神的にも鍛錬をしているヘラクレスは、それに対して表情にすら出すことは無かったが、ぽつりと呟いた。
「いや、ほんとすげぇわ」
背後に立っているポセイドン。その顔は常にこちらを睨んでいる、鬼のような形相なのだから、大抵の神は簡単に寄せ付けないだろうことは容易に想像できた。
「次はオーディン様のところか」
ヘスティアから渡されたメモを見つつ、ヘラクレスは千栄理の歩幅に合わせて歩いている。「オーディン様……」と呟く彼女に北欧の神のことは知っているかと訊くと、彼女はとても強い神様達がいることは知っていると言った。間違ってはいないが、彼女の認識がそのくらいなので、ヘラクレスは少し危機感を覚えた。北欧神には主な神としてオーディン、トール、ロキがいる。先に挙げた二柱は途轍もない無口なだけで根は悪い神ではない、と思う。いきなり襲って来るような無礼者では決して無いが、かといって友好的かと言われると微妙なところ、という何とも言えない神々だ。その中でも特に厄介なのがロキである。彼は人間達の間でトリックスター、狡知の神と呼ばれ、気分次第で手助けしたり、何もかも破壊しようとしたりととにかく安全が保証できない神だ。半神半人の自分や人間を見下しているので、ヘラクレスは千栄理とロキは会わせない方が良さそうだと思った。
「どうしたんですか? ヘラクレスさん」
はっと気が付いて、自分の足がすっかり止まっていることに気付いたヘラクレスは、誰にともなくははと苦笑した。不屈の闘神がまさか考え事をして足を止めてしまうなど、らしくないと思ったからだ。もし、ロキに会って最悪の事態になろうとも、自分が彼女を守ればいい。なんだ、簡単なことじゃないか。そう思うと、もう迷いは無いとヘラクレスは千栄理ににかっと笑みを送った。彼女はよく分かっていないようだったが、同じようににっこりと微笑み返してくれた。
オーディンとトールは神にしては珍しく、同じ城に住んでいる。北の山の上にある石造りの古城に住んでいて、使用人は最低限にしかいない、何だか寂しい風情のある城だ。普段から集団の中にいても我関せずという風な二柱に似合っている雰囲気と言えば、そうなのだが。目の前に聳え立つ荘厳な城に、千栄理は少し怖気づいたようで、「本当に入ってもいいんですか?」と不安そうな目を向けてくる。大丈夫だと元気づけると、彼女にはいくらか効いたようで微かに笑顔が戻ってきた。城門は無く、城の玄関扉にはベルも何も付いておらず、ただドアノブの代わりに鉄輪のような物が付いているだけだ。いくらヘラクレスが鳴らしたといっても、すぐに感知できるかも怪しい小さな音に、すぐさま扉が開かれた。
中からこちらを眩しそうに覗き込んだのは、背の低い老人だった。少し曲がった背を精一杯伸ばしているといった風で執事服を着ている。
「どちら様でしょうか」
「ヘラクレスだ。オーディン様とトール様にパンの配達を」
老執事は暫し考え、無言で扉を更に大きく開け、「どうぞ」とだけ言ってさっさと奥へ歩いて行ってしまう。ヘラクレスの後に千栄理が入り、扉はゆっくりと閉じられた。
中は日の光が最低限にしか入っておらず、薄暗かった。老執事は何を言うでもなく、ただ静かにオーディンの許へ案内しているようで、重い沈黙と城内の静謐さに自然とヘラクレスと千栄理も無言で歩く。礼拝堂らしい建物へ続く通路に突き当たった時、通路から誰かが歩いて来るのが見えた。赤く長い髪に白いローブのような丈の長い服、顔には電気回路のような紋様が浮かんでいる男神トールだった。