海神と迷子 27※※ご注意※※
・キャラ崩壊
・オリジナル設定大洪水
・他の夢ちゃんが出てくる
以上のことを踏まえて、それでも大丈夫という方は、次ページへどうぞ
外へ出ると、薄暗い場所から急に明るい場所へ出たことで目が慣れず、異常に眩しく感じて彼女は目元に手を翳して影を作った。それも少し経てば、目が慣れて手を退かす。彼女は城内から出てすぐに見えるところに立ってヘラクレスを待つことにした。
そのまま少し待っていると、ヘラクレスが戻って来た。千栄理の姿を見ると、いつもの快活な笑顔を見せてくれる。千栄理も「お帰りなさい」と返して、そのまま二人は帰路に着いた。
ヘラクレスは迷っていた。そもそも玉座の間まであの執事を連れて行かなかったのが最大の失敗だ。自分以外誰もいない部屋で「やってしまったな」と彼は小さく零した。あまりこの城に出入りをしたことが無かった彼は、未だ城内全てを把握している訳ではない。こうなったら、覚えのある部屋や通路を片端から当たってみるしかないかと手近な部屋の扉を開けた。
「む? トール様?」
ヘラクレスが最初に開けた部屋は誰かの寝室で、大きな格子窓が並ぶ白い壁、様々な動物の刺繍が施された藍色の絨毯、部屋の奥の方には真っ白な大きいベッドがあり、その向かいには小さな本棚がある。後家具らしい物と言えば、窓際に設置されている小さなテーブルと一脚の椅子くらいで、そこに座って読書をしているトールの姿があった。そこでヘラクレスはおかしいと漸く気付いた。先程、トールに声を掛けられた玄関ホールに続く通路からこの部屋まで、それなりの距離がある。決して瞬間移動できる程の距離ではないし、トール自身も急いで移動する理由など無い。どういうことだと思考を巡らせていると、ヘラクレスはあることを思い出した。この城には、離れの方にだが、ロキの住居もあった。石造りの塔で、彼はその一番上の部屋を好んで使っている。彼自身は非常に気まぐれで、塔には長い間帰らなかったり、ある日突然帰って来たりしているらしい。しかし、共通しているのは、彼は決して外出することを欠かしたことが無いという点だ。一応、トールに確認すると、オーディンからそんな言伝はもらっていないと返ってきた。やられた。油断していた。
「ヘラクレス、先程は言い出せなかったが、久しぶりに手合わせを……」
「すみません! トール様! 急用を思い出してしまいました! 手合わせはまた今度お願いします! それでは、失礼します!」
急いで踵を返すヘラクレスに声を掛けることはできず、トールは閉じられた扉を見つめることしかできなかった。
通路や部屋を走り、ヘラクレスはあの老執事を捜す。どこかから見覚えのある通路に出られれば、必ず辿り着ける筈だと自分に言い聞かせ、彼は走った。
「早くしないと、千栄理が危ない……っ!」
オーディンの城からかなり離れ、もう豆粒程度にしか見えない。それまで楽しく会話をしていたヘラクレスが急に黙り込んでしまい、千栄理は不思議そうに見上げた。彼は暗い表情で、重くなった口を開いた。
「千栄理、さっき泣いていたことについてだが」
「え? あ、ごめんなさい。自分でも泣くとは思ってなくて。でも、もう大丈夫ですよ」
「自分が何の役にも立たない存在だと……思ったんでしょ?」
「…………え?」
彼らしくない口調に彼女が思わず彼の顔をまじまじと見つめる中、ぐにゃり、と目の前のヘラクレスの輪郭が、屈強な肉体が大きく歪み、虹色の光を放つ。信じられない光景に千栄理はいつの間にか自分の体が震え、歯ががちがちと鳴っていることに気付いた。ヘラクレスだった者の肉体はぐにゃぐにゃと形をまるっきり変え、やがて一人の男の姿を取る。深緑の肩くらいまでの髪、妖艶に光る紫の瞳に、少年のようなあどけなさが残る顔、体のラインを強調するかのような全体的にスリムなシルエットの服に、道化師が履くような爪先が上向いた靴を履いている。見覚えの無い神に、たった一人で対峙している恐怖から千栄理は怯え、距離を取った。
「んふふふ。びっくりした? まぁ、キミがどう思うかなんて、別にどうでもいいんだけどね」
「……え? あの、ヘラクレスさんは……」
「あれぇ? まだ分かんないの? 結構、鈍いんだねっ。さっき玄関のとこでヘラクレスちゃん、行っちゃったじゃん? あの時に入れ替わったんだよぉ〜」
そこで漸く千栄理は気が付いて、更に距離を取った。少なくとも、この神には悪意がある。少年のような神は軽やかに宙返りをして逆さになると、空中でぴたりと静止した。
「それよりさぁ、ボク、前からキミに興味あったんだよね。ボクも人間飼ってるからさ。仲良くしてあげて」
「ね? 瞳」と神は千栄理の背後に呼び掛ける。振り返ると、そこにはいつの間にかメイド服を着て目隠しをしている少女が一人、佇んでいた。背は千栄理より少し高いくらいだが、顔の造作は彼女より幾分幼く見える。人間、だと言われても千栄理にはあまりそうは感じなかった。立ち姿すら、どこか機械的に思えた。
「あの、この子は……」
警戒を解かずに千栄理はまた神の方へ向き直ると、神は気味の悪い薄ら笑いを浮かべながら、至極楽しそうに瞳という少女について語る。何故、彼女が天界にいるのか、自分達が如何に愛し合っているか、その全てを聞いて、千栄理は恐怖から口を開いた。
「違う……」
「ん? なぁに?」
「違います、そんなの。……そんなの、愛じゃない…………!」
「………………はあ?」
ぐにゃり、と今度は神の表情が大きく歪む。人間の筋肉では到底有り得ないだろう歪み方に千栄理は「ひっ……」と短い悲鳴を上げて、また距離を取った。彼の表情から読み取れるものは、怒りだ。自分は無意識にこの神の逆鱗に触れてしまったと、彼女は後悔する。
「なんで? なんで、そんなこと言うの? なんで、お前みたいな奴にそんなこと決められなくちゃいけないの? お前みたいな何の価値も無い虫に……! お前みたいなゴミにっ!! ボクらの愛を否定する権利なんて無いよねぇっ!!!!」
今にも襲って来そうな鬼気迫る形相に、千栄理は弾かれたように走り出した。この場から逃げ出したい一心だった。
「追え! 瞳! 絶対逃がすなっ!! ……ボクらをコケにしたこと、絶対後悔させてやる……っ!!」
「はい、ロキ様」
それまで一切動かなかった少女が彼に命令されて初めて動き、口を利いた。千栄理を追う瞳の後ろ姿を見ながら、がりがりと自分の指を齧って何とか平静を保とうとする狡知の神ロキだったが、あまり効果は無く、それどころか、先程の千栄理の言葉を思い出して益々腹を立てた。そんなの愛じゃないだって?
「殺す。ポセイドンさんとか、もう関係無い。ボクらを否定する奴は、みんな死ね」
口から指を放し、彼愛用の武器を掌から召喚する。彼の掌にある黒い穴のような紋様から直接出てきたそれは、巨大な鎖鎌だった。ロキは地面を蹴って飛び上がると、そのまま宙を走り、彼もまた瞳と同じように千栄理を追った。
走って走って、何とか千栄理は近くの森の中に逃げ込むことに成功した。元来、あまり体力の無い彼女は魂のみの存在となっても変わらないようだった。しかし、森の中に逃げ込んだだけで、あの神から逃げ延びることは恐らく不可能だろう。休む暇もなく、彼女は道から外れ、茂みの中に身を潜めた。
乱れた呼吸を無理矢理押し殺し、悲鳴が出ないように両手で口を塞ぐ。息苦しく、心臓の鼓動が全身に響き渡り、生理的な涙が滲む。それでも、殺されるよりはずっとましだと、彼女はなるべく身動きをしないように縮こまり、じっとしていた。ぱたぱたと軽い少女の足音が聞こえ始めた。