海神と迷子 28※※ご注意※※
・キャラ崩壊
・オリジナル設定が怒れる波濤
・ちょっとだけ夢ちゃんへのヘイト
・ちょっとホラー
・ロマン溢れる戦闘シーン
以上のことを踏まえて、それでも大丈夫という方は、次ページへどうぞ
「……この辺りにはいないみたい。もっと奥か。瞳、森の中を捜して。ボクは反対側捜すから。…………見付けたら、殺してやる」
「畏まりました」
その純粋な憎悪の言葉にどくん、と心臓が恐怖と緊張で跳ねる。無意識に口を塞いでいる手に力が込められ、千栄理は目を瞑った。瞳は千栄理が隠れている茂みを通り過ぎ、離れた場所から森の中へ入って行く。ロキも彼女とは反対側の森の中へ足取り軽く去って行った。このままでは見付かるのも時間の問題だ。なるべく早く、気付かれないうちにここを離れた方が良いと思った千栄理は、音を立てないように気を付けながら、辺りを見回し、誰もいないと分かると、そっと出てくる。辺りは不気味な程、静かで鳥の声すら聞こえない。異様な雰囲気に、早く帰ろうと何か目印になるものを探した。
ふと、森の向こう、微かに見える山には見覚えがあった。確かあれはアレスの城があった山だ。ということはポセイドンの城も近くにある筈だ。まずは森を抜けようと、千栄理は太陽の位置を確認する。現在のおおよその時間を計るためだ。今日はのんびりしてしまったせいか、いつもより位置は高い。早く帰らないとと思いながら、千栄理は山の方へ向き直っ
「みぃ〜つけた」
眼前に顔があった。あの神の憎悪と歓喜に満ち溢れた歪んだ顔。本能が激しく警鐘を鳴らし、千栄理は悲鳴を上げて逃げようとした。が、突然、背後から羽交い締めにされ、身動きが取れなくなってしまう。
「いやっ! 放してぇっ!!」
「あはっ。そのまま押さえててね、瞳。すぐヤっちゃうから」
じゃりん、と二対の鎌が鎖の重い音を立てる。ロキは千栄理に必要以上の恐怖と絶望を与えるため、わざとゆっくり歩を進めた。
「ねぇ、どんな風にされたい? まず、そうだなぁ。手足をもいで全身の皮を剥ぐってど〜お? それとも、虫らしくお腹割いて解剖したげようか? 瞳も人体について良い勉強になるしねぇ。あはははは…………。ねぇ、聞いてんの?」
「ひっ……!」
ロキの右腕が振られたかと思うと、顔の横を風が通って行き、頬に痛みが走る。一拍遅れて、じんじんと鋭い痛みが滲んできた。このまま神に嬲り殺されてしまうのかと、千栄理は恐怖に震え、涙を流す。両足は使い物にならない程、がくがくと膝が笑い、頭は混乱して発狂してしまうのではないかという状況の中、千栄理はただひたすらに、助けて欲しいと、祈った。槍を持ったポセイドンの姿を思い浮かべた。ロキがいよいよ鎌を大きく振り、その切っ先を千栄理の胸に突き立てようと迫る。
「泣けば許されるとでも思った!? ざぁ〜んねん! このまま切り刻んで――」
「助けてくださいっ!! ポセイドンさん!!!!」
ネックレスが強く光った瞬間、上空から何かが飛来してロキの鎌を弾き飛ばした。衝撃と風圧で千栄理と瞳は吹き飛ばされ、辺りに土煙が立ち込める。
「……随分、派手な登場するね。ポセイドンさん」
全く動じず、その場に留まっていたロキは戦う構えを取りつつ、土煙の向こうを睨んだ。煙が晴れると、そこには地面に突き立った槍を抜き、無言でロキを見据えるポセイドンの姿があった。そのまま彼は、神速で突きを繰り出し、その動きに合わせて宙返りし、ロキは距離を取った。
「余のものに手を出したな、雑魚が」
「先にケンカ売ってきたのは、そっちだけどね」
お互いに殺気をぶつけ、睨み合いが続くと思われたが、先に動いたのはロキだった。無造作に片方の鎌を投げたかと思うと、それは大きく弧を描いていたが、急降下する。ポセイドンはそれを片足を下げることで体の向きを変えて避け、突撃の構えを取り、突っ込んだ。
「やばっ……!」
そのまま槍がロキの脳天を貫くかと思われたが、間一髪のところで鎌の鎖が巻き付き、僅かに軌道を逸らした。このまま槍を引けば、取られる。ポセイドンの判断は早かった。
「ふぃ〜。危なかっ……!?」
空いている左手でロキの頭を掴み、握り潰そうと力を込める。咄嗟にロキはポセイドンの手から逃れるため、頭の形を変えて抜け出した。彼の手から逃れると、ぐにゃぐにゃと元の形を取り戻しながら、地面の下に忍ばせておいた鎌で足場を崩す。その際、ポセイドンの足首に鎖を巻き付け、体勢を崩そうと思い切り引っ張るが、それより早く正確無比な刺突で鎖を引きちぎられる。
「ああーっ!? ボクの神器が……!」
砕け散った鎖を見て、ロキは驚き、顔色は青くなる。そんな彼に構わず、ポセイドンは跳躍し、激しい連撃を浴びせかける。その激しさから荒れ狂う波涛を思わせ、いつからか怒れる波涛と名付けられた神技だ。
迫り来る刃にロキは死を覚悟するかと思われたが、そうではなかった。
「なぁんて、ねっ!!」
軽口と共に掌から取り出されたのは、二対の短剣。柘榴石のような色を帯びているそれらは、ロキの手によってポセイドンの槍を尽くいなしていく。
そこで漸く気絶していた千栄理と瞳は目を覚まし、瞳の意識が覚醒し切っていないうちに千栄理は彼女の手から逃れる。ポセイドンとロキの戦いは益々激化し、ロキの短剣はいつの間にかポセイドンの槍とぶつかる度、火花を散らせ、やがて、それは炎と熱を帯び始めた。突き出された槍を左の短剣でいなし、すかさず右の短剣を槍の柄にぶつけると、短剣の刃は櫛に似た形状にへこみ、ソードブレイカーの顔を見せる。そのまま腕ごと絡めるようにして、ロキは槍を振り落とそうとすると同時に、左の短剣をポセイドンの胸に突き立てようと真っ直ぐ突き出す。ポセイドンは槍に掛かる力に敢えて逆らわず、襲い来る左の短剣を掴んだ。柄を掴むつもりだったが、それより少し早かった短剣の刃の部分に少し掠ってしまったが、止めることには成功した。じゅう、と肉の焼ける嫌な匂いがし、ポセイドンの左手に軽い火傷を負わせる。
博打で近接戦に持ち込んだロキだったが、単純な筋力だけで比較すれば、圧倒的に不利な彼は一撃で相手を行動不能にする攻撃を繰り出し続けなければならない。一方、ポセイドンは筋力と武器の性能上、相手を死に至らしめるには充分過ぎる程だが、ロキのトリッキーな回避行動になかなか決まり手を打つことができないでいる。二柱の戦いは永遠に続くかのように思えたが、唐突に終わりを迎えた。
「瞳……っ!」
ポセイドンに蹴りを見舞いながら、再び距離を取ったロキの声に反応し、瞳は走って、ポセイドンが突き出す槍の前に躊躇なく両手を広げて割り込んだ。それを見た千栄理は考えるより先に体が動いた。目の前に妙な人間が割り込もうと、ポセイドンには関係無かった。変わらぬ無表情で槍を突き出したところで、びたりと彼の動きが止まった。
「…………何のつもりだ」
槍の切っ先は瞳の目と鼻の先で静止していた。それもそうだろう。ポセイドンの腰には千栄理が両腕を回し、ぎゅっと、彼にとっては微弱な力で押さえ込もうとしていた。千栄理の腕から彼女の震えが伝わってくる。このまま彼女を振り落とすことは赤子の手をひねるより簡単だが、ポセイドンはそうしなかった。千栄理はその格好のまま、震える声でぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「その……その子は、人間です……。ポセイドンさんの槍で、死んじゃいます……。それだけは、それだけは駄目なんです! その神様にとって、凄く大事な人だから! ……わた、私が悪いんです。自分だけの価値基準で、お二人を否定しました。…………怖くて、逃げたのも良くなかったと思います。謝ります。だから、殺さないで……! 誰も殺さないでくださいっ!!」
目の前に槍の切っ先があるというのに、瞳は一切動じず、顔色一つ変えない。千栄理は静かに涙を流しながら、「お願いします」と呪文のように何度も唱える。彼女の「殺さないで」という言葉はロキにとっても、目の前にいるせいか、瞳が言っているようにも思えた。