海神と迷子 32※※ご注意※※
・キャラ崩壊
・オリジナル扱いの神様がいる
以上のことを踏まえて、それでも大丈夫という方は、次ページへどうぞ
いつものようにヘスティアの城へ入り、厨房へ。朝食を食べてから今日の配達分のリストを受け取り、名前を確認する。
「今日は随分、多いですね」
「あ、ヘイムダルと戦乙女達じゃん」
「そうなのよ。今日はあの子達に……」
その時、ヘスティアを呼ぶ声に彼女は応え、他の配達員の許へ行く。その後ろ姿に千栄理が今日の分の在処を訊くと、ヘスティアは赤いリボンが結んであるリュックだと言う。その言葉を受けて荷物を取りに行こうとしたところに、瞳がリュックを差し出した。彼女が持っているそれには、ヘスティアの言った通り、短い取っ手の部分に赤いリボンが巻いてある。
「ありがとう、瞳ちゃん」
「いいえ。ロキ様のご命令ですから」
「ロキさんの?」
「はい。あなたをサポートするようにと」
千栄理が目を向けると、ロキはそっぽを向きつつ、「何?」とぶっきらぼうに言う。そんな彼の態度に千栄理は微笑んで彼にも礼を言った。
「別に? 早く終わらせたいだけだし」
「そうですね。じゃあ、早く終わるように頑張って行きましょう!」
未だ忙しそうに配達員達と名前のリストを確認し合っているヘスティアに一言声を掛け、千栄理達は城を出た。リュックの中に入っていた住所を見ながら、一同は最初の配達先へと足を向けた。
千栄理達が配達に出かけて三十分経った頃、一人の配達員が厨房に戻ってきた。頭に翼を生やした女性だ。その女性はヘスティアに荷物の内容が間違っていると報告する。
「え? そんな筈……だって、ほら。あなたのには青いリボンが付いてるじゃない」
確かに彼女が持って来たリュックには青いリボンが巻いてある。しかし、彼女は中身が全く違うのだと言ってリュックを開けて見せた。
「まあ……!?」
そのリュックの中には様々な種類のパンがいくつも入っていた。戦乙女達がいつも頼むパンと同じような内容に、ヘスティアは首を捻る。自分が荷物をまとめた時には、このリュックには確かに赤いリボンを巻いた筈だった。それは間違いないという自信がある。しかし、現にこうして中身が違ってしまっていることに、必然的に誰宛の荷物と入れ替わったのかと考えた。丁度、近くにいたニンフに確認してみると、ある配達員が持って行った荷物と入れ替わったことが発覚した。
「まさか、でも……」
「ヘスティア様、今朝は確かロキ様も一緒に来てましたよね?」
「ええ。……でも、あの子がそんなことができる状況じゃないでしょう? 今罰を受けているんですもの」
「いえ、ロキ様ならやります。あの方はそういう方です」
「…………それじゃあ、何方の荷物と入れ替わっちゃったのかしら?」
「確かあの時、隣にもう一つリュックがありましたよね? あそこのテーブルに……」
ニンフが指したテーブルを見て、何かを思い出したヘスティアは、さっと青ざめて呆然と呟いた。
「大変……!! 誰か! ポセちゃんに知らせて! 千栄理ちゃんが危ないかもしれないわ!」
ヘスティアの焦った声に戻ってきた配達員の女性が自分が行くと言い、荷物もそのままにポセイドンの城へ飛び去った。
住所が書かれたメモに従い、千栄理達はある施設の前にいた。千栄理は目の前にある大きな扉を見上げ、ロキに確認する。
「本当にここが、ヘイムダルさんのお家なんですか?」
「当たり前じゃん。同郷だもん。ボクが間違う訳ないでしょ?」
「それにしては、何だかイメージと違うような……」
千栄理は改めて扉を観察してみる。真っ白な両引き戸の表面には大きな羽虫の精巧な絵が描いてある。蝿だろうか、あまり気持ちの良いものとは言えない。警戒している千栄理とは打って変わって、ロキは「大丈夫、大丈夫」と言って彼女の背中を押し、インターフォンのような機械の前に連れて来る。勝手にボタンを押すと、少しして、男の声がインターフォンを通じて聞こえた。
「誰?」
「やっほー、ヘイムダル。パンの配達に来たから開けて〜?」
少し沈黙した後、男はふっと息を吐いて「うん。今開けるよ」と返ってきたすぐ後、固く閉じていた扉がさっと呆気なく両端に開いた。中も真っ白な通路が奥に続いており、両脇に等間隔で人一人が通れるくらいの真っ白な扉が付いている。「そのまま、真っ直ぐ来ていいよ」という平坦な声がして、それきりインターフォンのマイクは切れたようだった。今まで見てきた建造物と明らかに異なる、未来の文明を感じる様相に、千栄理は不審感を覚え、怖気付く。なかなか入ろうとしない彼女の肩を後ろから掴んで、ロキはそのまま押していく。
「あ、あの……っ、ロキさん。押さないでくださいっ!」
「だいじょ〜ぶ、だいじょ〜ぶ。ボク達も付いて行くからさ。な〜んにも怖くないよ」
「でもぉ……」
ぐいぐいと押され続け、千栄理が中へ入った瞬間、ロキはぱっと手を放した。
「あっ、靴紐解け――」
その後は何も続かなかった。それどころか、彼の言葉は重い金属が合わさるような轟音にかき消され、その余韻の音すら無くなると、後には無音だけが支配した。
「ロキさん!?」
轟音のすぐ後に千栄理は慌てて振り返ったが、そこにロキの姿は無く、固く冷たい白い壁があるだけだ。否、それは壁ではなく、大きな扉だった。入口の扉が閉まってしまったようで、掌を押し付けて両側に開こうとしても、びくともしない。取っ手やノブのような物も無い。扉を叩いても、固い金属と蝕むような冷えた感触しか返って来なかった。いくら外にいるであろうロキと瞳を呼んでも、返事は一切無い。扉が厚くてこちらの声が聞こえていないのかと思った千栄理は、諦めて行く先を見た。
彼女が奥の方へ振り返ると同時に、通路の蛍光灯が点いていく。まるで導くように手前から奥に向かって点いたそれらに、作為的なものを感じるが、ここでいつまでも棒立ちになっていても、仕方がない。奥に進むしかないと覚悟を決めて、千栄理は警戒しつつ、歩き出した。
両側に並ぶ扉にもノブのような物は無く、試しに近付いてみても、開く気配は無かった。まるで病院のように一面真っ白な通路は素っ気なく、どこからか絶えず聞こえてくる低く唸るような機械音に、少しの恐怖と大きな不安が否が応でも込み上げてくる。無意識にぎゅっとリュックの肩紐を握りながら進む千栄理は、やがて一番奥の扉の前まで来た。その扉も外へ続く扉と同じようにさっと両側に開く。来い、と言われているようで、あまり気分の良いものではないと思いつつ、千栄理は中へ入った。
その扉の先も同じような景色だったが、少し違う点があった。一番奥以外の蛍光灯は点いておらず、千栄理が立っている場所は薄暗い。少し待っていても、全く点灯する気配が無いので、彼女はそのまま慎重に歩を進める。どこまで行けばいいのか、見当も付かないまま、もう少しで一番奥の扉に着くというところで、出し抜けに真横にあった扉が開いた。
通路の薄暗さに目が慣れていたせいか、その部屋は眩しく感じられて千栄理は思わず一瞬だけ目を瞑る。まだあまり目が慣れないまま部屋の中を覗いてみると、手前には幾つもの本棚が並び、白い床には何枚もの書類が散乱している。いくつかはまとめて本棚の前にあるが、留める紐や重しなどは無く、無造作に束になって置かれていた。足の踏み場も無いという訳ではないが、うっかり踏んでしまうと危ない具合には書類が散らばっている。その奥には、まるで監視室のように九つのモニターが上下に三列並んでおり、その前に一脚の回転椅子が置かれている。背もたれが大きいので、ここからでは誰かが座っているのか、いないのか分からない。すると、僅かに椅子が動いたので、人がいるのだと分かった。
「あの……」
「どうぞ」
道を訊こうと声を掛けた彼女に、その人物は男の声でそれだけ言った。その声はインターフォン越しに聞いた声に少し似ていると感じる。入れ、ということだろうか。恐る恐る千栄理が入室すると、扉は閉まり、通路へ出る道は絶たれた。
固く閉まっている扉を見上げてロキは喉奥で押し殺すように笑い、表情を歪ませる。昨日ムニンに言われた言葉を思い出し、心底可笑しそうに嗤っていた。
「怪我をさせたり、最悪死なせたりなんてしたら、こんなもんじゃ済まねぇぞ!」
「怪我したり、死なせたり、ねぇ……ふふふ。じゃあ、それ以外なら何しても良いってことだよねぇ〜? ちょおっと怖い目に遭うくらいしてもらわないと、割に合わないよねぇ。ね? 瞳」
ぎゅっと手を繋ぎ、口元に空いた方の手を持って行ってけたけたと嗤うロキを、傍らに立つ瞳は無言でただ見つめていた。